第3話 必殺技
俺は足掻いた。
折れた剣先を見つけたので、拾ってドラゴンの眼に投げ付ける。
しかし、瞼も硬い鱗で覆われていて弾かれてしまった。
くそっ。1対1で目を狙うのは難しいか。
鱗のない身体の下部分が一番柔らかいが、ヤツも警戒している。今度は押し潰されてしまうかも知れない。
変身後のボディが耐えられても、身動きが取れなくなれば鉤爪や牙で襲われるかも知れない。
危険な賭けだ。却下だった。
肩で息をしながら、ドラゴンの攻撃をなんとか回避しつつ、思考を巡らす。
やはり、必殺技しかない。
だが、先程からベルトや身体を調べているが、一向に方法がわからなかった。
カルボのやつは、俺の願望を反映してると言っていた。なので、自分がこうやったら必殺技が出るんじゃないか? というのを試してみる。
割れた魔法陣を叩く。
無反応。
なら連続で2回叩くのはどうだ?
無反応。
連続3回、無反応。
手をかざしてみても、無反応だった。
ぐぬぬ。
このベルトは、腰に手を当てて出てこいと願ったら出てきた。
ならば、と腰に手を当てて願う。「必殺技! 使いたい! 出ろ!」
出ない。
割れた魔法陣に手をかざし「必殺技! 使いたい! 出ろ!」
出ない。
ドラゴンへとジャンプしてキックのポーズを取り、足に力を篭めながら叫ぶ。「必殺技! 出て! お願いします! キック! 発動! はぁーっ!」
普通の蹴りが当たっただけだった。
なんだか涙が出てきそうだ。
めげるかよ。そう思った矢先、ドラゴンの炎を腕に食らった。
めっちゃ熱い。泣きそう。めげそう。
熱くて腕をぶんぶん振っていたら、金色の旗を掲げた、少数の騎馬の軍勢
が遠くで横切っていくのが見えた。
ドラゴンを避け遠回りして、赤い旗の軍勢に馬で追い付いて追撃をかける気なのだろう。
危険が伴うというのに、血気盛んなのか、栄誉を手にしたいのか。
そんな俺の視線に気付いて、ドラゴンも彼らのほうを向いた。
俺をなかなか殺せなくて面倒になったのか、そちらの軍勢へと飛んで行ってしまう。
「あっ、てめ、俺を無視して! しかし、なんだってこう、人を襲うんだ、あのドラゴンは!」
使役に失敗して、無差別に襲うようになったのか?
よろめきながらも駆け出した俺の後ろから、蹄の音が迫ってきているのが聞こえた。
振り返ると、フルフェイスだった美人な女兵士が馬で追い付いてきて並走した。
そして、風で棚引いて顔にかかった淡紅色の長髪を掻き上げながら、端正な顔立ちに真剣な面持ちを浮かべ、手を差し伸べてくる。
それは、美麗な姿だった。
「今のうちだ。逃げるぞ」
「……アンタ。逃げろって言ったろ」
「お前のことが気になってな」
「アンタが隊長だからか? 部下を見殺しにできないって思ってるんなら、気にしなくていいぞ。俺は部外者だ」
「確かに私は隊長だがな、単身でドラゴンに戦いを挑む愚か者など、隊長だろうが普通は見捨てる。お前が凄まじい魔装をその身に纏って戦う者だったから、気になって離れたところで見ていただけだ」
魔装? 魔装じゃないんだけどな。
「それでも危険だろ」
「自分の身を危険に晒して他人を守るお前に言われたくはないが……。そうだな、ドラゴンが攻撃の対象をお前から移すとは思わなかった」
「だろ?危ないんだよ。それに、バカってのはいるもんだ。バカに付き合って死ぬこたぁない。それで死なれたら、俺も気分が悪い」
「バカってのは、この手を掴まないお前のことか?」
「ああ、そうだよ。俺のことはいいから、アンタだけで逃げてくれよ」
もし俺が死ねば、次の標的は近くにいる人間だ。俺のせいで巻き込みたくない。
「もうやめておけ、疲弊の色が濃いぞ。今はチャンスだ。ドラゴンが敵軍を襲っている間に逃げるぞ」
「……アンタにはおかしなヤツに見えるかも知れないけど、あっちの連中も助けたいんだよ」
「何?」
「俺のことはその辺の石っころだとでも思って、捨て置いてくれ。あと、その腰の剣、ベルトごと貸してください」
説得したかったが、今はその余裕がない。
これで言うことを聞かなかったら仕方ないと割り切った。
女兵士が放り投げて寄越したベルト付きの剣を受け取り、ベルトをたすきがけして剣を背負う。
両腕を空けて、試したいことがあったからだ。
それは、変身の際にセットしたクリスタルを一度外してセットし直してみること。
そうしたら必殺技が使えるんじゃないか? と思ったわけだ。
だが、これは賭けだった。変身が解けてしまうかも知れないからだ。
だから、さっきの状況では使えなかった。
クリスタルを引っ張ると、穴の中の固定された部分から外れ、取り出すことができた。
変身は解けていない。
セットし直してみるが、カキィーン! と、セットしたときと同じ音声が流れるだけだった。
うーん。そういえば変身のとき、割れた魔法陣が広がったよな。閉じれるかな。
俺は魔法陣の側面を手で包み込むようにして、閉じようと試みた。
ガション。
あ、閉じれた! ……でもそれだけだ。なんの反応もない。
あーこれ、クリスタル外した状態で閉じると、変身解除なんじゃないか?
魔法陣の上から両手の指をぐっと宛てがって引っ張ったら、またガションと開いたが、いかん、きっとこんな風に無理矢理に開くもんじゃない。
イライラして、つい力尽くで動かしてしまった。
そう思ってたら、親指にかかった魔法陣の右上の欠片が、ぐらついた。
一瞬、壊したかと肝を冷やしたが。
「これ、レバーだ!」
下側に少し押したら下に動き、戻ろうとする抵抗を感じる。手を離したら元の位置に戻った。これはきっとレバーだ。
よく見ると、ここだけ細長く魔法陣が割れてて、レバーっぽさがある。
ああっ、なんで気付かなかったんだ、俺!
俺の願望が反映されてるなら、これを下げれば、きっと必殺技ができるようになるハズだ。
そうとわかれば! 調べながらの小走りから、フルスロットルに切り替えて猛ダッシュする。
荒い呼吸がハァハァからゼェゼェに変わってしんどいが、気分は最高潮だった。
たすきがけしたベルトから剣を手繰り寄せて引き抜くと、約100メートル先のドラゴン目掛けて全力投剣。
ドラゴンは今まさに先程の金色の旗の軍勢に襲いかかろうとしていて、青ざめた兵士たちが悲鳴を上げている。
ガギンっと音がして、ドラゴンの背の鱗に剣が弾かれると、ヤツはこちらを振り返った。
「グオオォオー!」
怒りの咆哮ってやつか?
ヤツは腹を刺されないようにか、空から地上へと降りて、身体をくねらせ、前面にも尻尾で攻撃できる体勢になった。俺を迎撃する構えだ。
俺は走りつつ、レバーを下げた。
変身したときと同じように、割れた魔法陣の隙間から金色の光が漏れ出て、蒼いクリスタルが輝きを放つ。
『キックグレネード』
おお、ベルトから音声が流れた!
って、キックでグレネードって。何? 爆発すんの?
これはカルボの趣味だろうか。
右脚に熱さを感じて見てみると、ひざ下15センチ辺り下から、蒼く、発光していた。
おおっ、カッ、カッコイイ!
跳び上がりたくなる高揚感を体現し、俺はジャンプする。
「うぉりゃああー!」
そして右足でキックをする姿勢を取り、そのままドラゴンの身体の側面を目掛けて飛んでいく。
ドラゴンは尻尾で迎撃しようとするが、間に合わない。
蒼く輝く流星のような俺のキックが、その鱗に当たる。そこを中心に、周囲の鱗ごとドラゴンの横っ腹は円形に窪んだ。
そして、ドラゴンはその衝撃で吹っ飛び、大地を3回転ほど転がっていった。
「ギャオオォォ……!」
大きな呻き声が響き渡る。
金色の旗の軍勢は誰も彼もが、驚愕に目を見開いていた。
幾人もの兵士が、呆然と立ち尽くしたまま、驚きの余り手にしていた槍を落とす。
また、幾人もの兵士が腰を抜かし、地べたへとへたり込んだ。
「キックグレネードっていっても、爆発はしないんだな……」
膝に手をやり、息を整えていると後ろから蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。
振り返ろうとしたが、やめた。ドラゴンが起き上がったのだ。
俺は右手を水平に上げて、後ろにいるであろう美人の女兵士に静止を促した。
「トドメを刺してくる」
俺はそう言って、ドラゴンの元へと駆け出す。
金色の旗の軍勢の横を通り過ぎると、茫然自失といった体で見送られた。
「連続して使えるといいけど……!」
レバーを下げると、再び割れた魔法陣とクリスタルが輝いて、『キックグレネード』の音声が流れた。よし、行ける!
ドラゴンは、紅い瞳を発光させ、歯茎を剥き出しにして唸り声を上げた。
うわっ、怖っ!
何、その顔。自分が知ってるドラゴンはそんなおっかない表情しないぞ。
瞋恚の炎を燃やしている、といった感じだ。
「グォオガアアーー!」
咆哮とともに、今までで最大の火力と最高の速度の炎が俺に襲いかかった。
飛び上がってそれをかわすと、キックの姿勢を取る。
さっきもそうだったのだが、こうすると物理法則がおかしくなるのか、矢のように飛んでいくのだ。
普通ならドラゴンの手前に落ちる感じのジャンプなのだが。
これも、俺の願望が反映されたのだろう。
「これで終わりだ! キックグレネード!」
技名を叫ぶかどうしようかちょっと悩んだが、まぁ試しに叫んでみることにした。
恥ずかしがったら負けだ。
ドラゴンはまだ炎を吐き続けていた。
頭を上げて、ジャンプした俺へと炎を軌道修正してくる。
猛烈な勢いの炎と、俺のキックグレネードがぶつかり合う。
蒼く輝くキックは、ヤツの赤い炎を蹴り割いた。炎は割かれて広がり、多少の炎は浴びたが、殆どは俺の身体の横を通り過ぎていく。
そのまま、ドラゴンのクチの中へと飛び込み、喉を突き破って外へと飛び出した。
内側からだと破れやすいのだろうか。剣を通さなかった、あの硬い鱗が飛び散っている。
「ギャォオオーーッ!」
ドラゴンの悲鳴を背に、俺はその背中へと着地した。そしたら、だ。
大爆発が起きた。
どういう原理か知らないが、ドラゴンの身体全体が爆発したのだ。
その背中に乗っていた俺は上空に吹っ飛ばされた。
キックグレネードとは、どうやら倒した相手を爆発させる必殺技のようだった。
――――フルフェイスだった女兵士視点――――
後方で何かが光り、慌てた。ドラゴンの炎か何かだと思った。
振り返ると、しがみ付いていた細身の男が落馬していた。
「うわぁ! 大丈夫か!」
すぐに急停止し、馬を反転させる。
ドラゴンが近くまで迫ってきているというのに言うことを聞く、よく調教されたいい馬だ。
男は平気だから行けという。落馬した自分を見捨てて逃げろというのだ。殊勝な男だ。
男はドラゴンのほうを向き、立ち向かおうとしているようだった。
無謀だ。
どう説得しようか思案していると、男が「変身!」と叫んだ。
魔法で変身するのか? しかし、何も起きないようだった。
やはり説得しよう。ダメなら無理にでも引きずって……。
そう思い一歩踏み出すと、カキィーン! とガラスがぶつかるような音が響いた。
その後、変わった音色が鳴り出す。どれも男のほうから発せられているようだ。一体どこから。
なんなんだ、と戸惑っていると、男が再び「変身!」と叫んで変身しなかった。
本当になんなんだ。
驚いたのはその後だ。
男は「カルボなら?」などと叫んでいたかと思うと、全身が発光し、黒い鎧姿に今度こそ変身したのだ。
その光景をよく見たくて、私は思わず視野の狭いフルフェイスヘルムを脱ぎ去っていた。
こんな魔法が存在するのか。
おそらく、召喚魔法で何か特別な効果がある魔装を召喚したのだろう。
だが着用した状態で召喚することができるとは。便利だな。凄いな。
更に、驚愕の出来事が起きる。
黒い鎧の男が、ドラゴンへと物凄い速度で駆け出したのだ。
鎧を身に纏っているのに、とてつもない速さだった。
それだけではなく、驚くべき跳躍力を見せると、そのままドラゴンをその拳で殴り付けた。
私は目の前で起きていることが、にわかには信じられなかった。
あの黒き鎧には、身体能力を大幅に強化する魔法がかけてあるのだろう。あれほどの魔法など、聞いたこともないが。
やがて男はドラゴンの吐いた炎に包まれた。
死んだ、と思った。
鎧を纏ってはいるが全身が鎧ではなく、厚革のような部分もあった。
焼けただれて死ぬと思った。
だが、男は熱さに跳ね回っただけで炎は燃え移っておらず、その後も動きを鈍らせはしなかった。
耐炎や耐熱の魔法もかけてあるようだ。
黒き鎧の男とドラゴンの戦いは続き、男は段々と消耗していった。
だが男がドラゴンの頭上に乗り、剣を振りかざしたとき、決着だ! と胸が踊った。
しかし、剣は刺さらず、折れてしまった。
私の剣なら。
そのとき、思った。私の持つ名剣ロンドヴァルならば、ドラゴンの頭を貫き、見事勝利を果たすことができたのでは、と。
ロンドヴァルは父様が私が騎士になった祝いにと、領地の一部を手放してまで手に入れてくれた、とても高価な伝説の名剣だ。
その刃には魔力が宿っており、ストーンゴーレムさえ容易く切り裂くという。
黒き鎧の男とドラゴンの死闘は続く。
決着が付けられず業を煮やしたのか、ドラゴンは標的を変えた。
あれは、敵国レンヴァント軍の駛走師団か? 疾駆けの騎馬隊で奇襲を得意としている部隊だ。
ドラゴンを遠回りで回避して、攻め入ってきていた。
この機に我軍に追い打ちを駆けようというのか。
去っていくドラゴンを追いかけ始めた黒き鎧の男に馬で並走する。
逃げるように言ったのだが、ムダだった。勝機があるのだろうか。
それどころか、敵国の連中まで助けたいと言い、更には、我が名剣ロンドヴァルをベルトごと貸して欲しいという。
もしや、この剣が魔剣だとわかったのか?
私は正直、少しだけ迷った。
これは、父様がくれた大切なもの。もし先程の剣のように折れてしまったら。
いや、ロンドヴァルならきっと大丈夫だ。
それに、この剣がドラゴンを打ち倒せたのなら、父様も喜んでくださるに違いない。
そんな打算もあって、私は男の願いに応えた。
なぜベルトごとなのかは、考えたらすぐにわかった。
ドラゴンの頭の上に登るのに、両手が空いていたほうがいいからだ。
男は私からベルトごと名剣ロンドヴァルを受け取ると、何やら自分のほうのベルトを弄っていた。腰がきついのだろうか。
追いかけるのをやめてその光景を見ていると、暫くして目を疑う出来事が起きた。
男が、我が名剣ロンドヴァルをドラゴン目掛けて投げ付けたのだ。
剣は弾かれた。刃が刺さらなかった。
投げたのではダメだ。両手でこう、力を入れて刺さなければ!
近付かないつもりだったが 名剣ロンドヴァルが気になり、私は男の後を追いかけた。
そして更に、とんでもないことを目撃することになったのだ。
男が光る蹴りで、ドラゴンを吹っ飛ばしたのだ。
その巨体が3回転以上転がった。ひとりの人間の蹴りで、だ。
私は呆然とし、目の前に起きた出来事を本当のことだと処理できないまま男に追い付いた。
黒き鎧の男は振り返らずに「トドメを刺してくる」と言って、ドラゴンに向かっていく。
ロンドヴァルを持たずに。
ああ、私の剣は、ドラゴンの気を引くために放り投げられただけだったのだ。
しかもどういうつもりか、敵国であるレンヴァントの軍勢を守るために。
ドラゴンの気を引くだけだったら、その辺の岩でもよかっただろう。
実感のない状況の中でそんな不満が頭をもたげてきたとき、ドラゴンが大爆発した。
こんなことはとても信じられない。一体、何がどうなって、爆発してしまうのか。
男が光る蹴りでドラゴンを貫いた。それはまだわかる。
数秒後、ドラゴンの全身が爆発した。わけがわからない。
やはりこれは夢かと、そう思った。
次の瞬間、爆風を受けて地面を転がった。
茫然自失の私は、節々がじんわりと痛んでいたが、まだ実感が沸かなかった。
後に見つけた名剣ロンドヴァルは、刃こぼれしていた。
人知れず、泣いた。