第31話 脱出
あれから、どれくらい経っただろう。エステルは泣き疲れて、リヴィオに寄り添っている。顔は俯いていて、よく見えない。眠っているのだろうか。
居た堪れなくなったゴドゥは洞窟の奥へ調査に向かい、俺はディアスから治癒魔法を受けていた。
「よし、とりあえず終わったぞ。中途半端だがな」
ディアスがエステルに配慮し、小声でそう告げた。少し前から、皆がそうしている。
俺の治療が中途半端なのは、エステルに寄り添っていたために治療を後回しにしたリヴィオのために治癒魔法を使う魔力を残しておいて欲しくて、少しだけにして貰ったからだ。
エステルも落ち着いたので、ディアスがリヴィオの傍に歩み寄って杖を見せ、「いいか?」と治癒魔法をかけることへの了承を尋ねた。
「ありがとう。だが、もう少し後でいい」
治癒魔法は光が起こる。断ったのはエステルをそっとしておいてやりたいという、リヴィオの配慮だろう。
「なぁ……これから、どうしようか。洞窟の奥へ探索に行ったゴドゥの報告次第だけどさ……出口が見つからなかったら。塞がれた横穴を掘って脱出するにも、崩落の危険があるから、ストーンゴーレムを呼び出して、それに掘らせようか。ディアスの魔法で何かいいものはあるか?」
「何? ……メデューサのクリスタルで、そんなこともできるようになったのか?」
「ああ」
「なんという凄い魔装だ……。そのような魔装を持つゴローの国とは、一体いかなるところか……。是非、行ってみたいものだ」
「あ、あはは……」
ディアスとゴドゥとトアンには、もう本当のことを知って貰いたい気持ちになっていた。でも、いい人でもうっかり話してしまうこともあるかも知れない。ドワーフのふたりは凄く呑んで酔っ払うしなぁ。
「それで、魔法でいいものってないのか?」
「ああ、そうだったな。残念ながらよさそうなものはない。出口がなければ、掘る他ないだろう。そのときは頼む」
「でもさー、これ、掘れるのかー? 何日もかかっちゃうんじゃ」
トアンが心配そうに、塞がった横穴の岩石を手の甲でこつんと叩いた。
確かに、少し奥のほうまで埋まっていったのが見えたしなぁ。
「ロゴーのゴーレムでもダメなら……そうだな、誰かが様子を見に来て事態を把握すれば、坑道の作業員には土系統の魔法の使える者もいるだろうから、それで脱出できるだろう。メデューサやゴーレムにやられていなければだが……」
「うーん、冒険者でも来ればいいけどさー、そうじゃなきゃ、様子なんて見に来ないんじゃないかー?」
「最悪、4日か5日待てば、新たな討伐隊が来ると思う。その中には、必ず土系統の魔法を得手とする者も同行しているハズだ。それまでの辛抱だな」
「うえー、そんなにかー。食料なんて持ってきてな……あ、そっか。ゴローがいればチョコ食えるんだ」
「水もあるしな。多少の浄化なら、私の魔法でできるぞ」
ディアスが銀の杖を軽く掲げた。
この洞窟に出口がなくても、なんとかなりそうだな。
「しかし、ジジイ時間かかってるな。アタイも付いてきゃよかったかな~」
俺も付いて行こうかと聞いたのだが、「あれだけ騒いで出てこんかったんじゃから、もうメデューサはおらんじゃろ」とのゴドゥの言葉に、そうかもな、と独りで行かせてしまったのだった。
だけど、心配になってきた。今からでも追いかけようか。
「大丈夫……。戻ってきてるよ」
エステルが起きていたのか、身を起こしてそう言った。
なので、リヴィオの治癒が始まり、それが終わった頃、洞窟の奥からゴドゥが戻ってきた。
「ダメじゃ。縦穴が外に繋がっておったんじゃが、高すぎてムリじゃ」
「それなら、ロゴーなら行けるんじゃないか?」
「相当高かったんじゃが……。まぁ、ゴローならあり得るのか……? じゃあ行くか?」
「待て、私が治癒魔法をかけてからだ」
それで、俺が再びディアスに治癒して貰った後、俺たちは洞窟の奥へと向かった。
その際、エステルは兄を置いていくのを嫌がった。村まで運んで保管して貰いたいのだという。
今はエルトゥーリにかけられた石化を治す手段がないとしても、いつの日かその術が見つかるかも知れないからな。1日も早くその日が来ることを願わずにはいられない。
だが、俺たちで運ぶと下手をすれば破損させてしまいかねない。後に土系統の魔術師にでも安全に運んで貰えるように頼もうということになって、開通させた際に崩落の危険のある横穴から離した場所に置いていくことにした。
「お兄ちゃん……」
エステルは再び涙をぽろぽろと零しながら、黙って歩いた。覚束ない足取りに、リヴィオはその隣に寄り添って、手を繋いで歩いた。
洞窟の奥は、まだ人の手が入っていなかった。手を繋いでいては歩きにくい場所を歩く度、リヴィオはエステルから手を離したが、再び手を繋いでいた。
結構な距離を進み、行き止まりに辿り着いた。その上に縦穴が伸びていて、40メートル程の高さの向こうに、夜の星が見えた。
「じゃあ登ってみる」
俺は変身し、30メートル程のロープを持って、思いっ切りジャンプを試みる。だが、俺のジャンプ力は全力で30メートル程度で、出口までは届かなかった。
「やはりダメじゃったか……」
「いや、壁面が滑りやすくなければ、たぶん登れるよ」
「なんじゃと? しかし、登るために手をかけるところなぞ……」
「あっ。アタイ、わかった! スライムになって登るんさー」
「ぬぬ? そうか、その手があったか」
そう、スライムクリスタルでゲル状になれば、例え天井でも移動できるのだ。壁や天井にくっつき続けるには力がいるので、疲れたら落ちてしまうけれど。
正直、もう疲労困憊で、地上からゲル状になって登るのは疲れそうなため、俺はジャンプしてからゲル状になって壁面に貼り付いた。
かなり穴が大きく深い井戸、といった感じの縦穴を登っていって地上に辿り着くと、草の匂いがして外に脱出できた実感をより感じられた。
持ってきたロープを近くの木に括り付けて穴に放り、それからおもむろに穴に飛び降りて、気付く。
あれ? この高さから飛び降りて大丈夫なんだっけ?
ロープに捕まろうにも手の届く距離ではなかった。恐怖心とともに地面に着地する。
「この高さから飛び降りて平気とは……」
「い、いや……脚がじーんと痛いです」
感嘆の声を漏らすディアスにそう言うと、ふふっ、と笑い声が聞こえた。その声に、皆が一番後ろの人物へと振り向く。泣き疲れてぐったりした様子のエステルが、小さな笑顔を湛えていた。
「もー、ゴローってば……」
そう言って、エステルは俺の元まで歩み寄ると、俺の身体に腕を回した。
「えっ? エステル?」
「こうするんでしょ?」
「あ、ああ、うん」
この後は、一人ひとり抱き抱えてジャンプし、十数メートルの高さにあるロープに捕まる予定だったので、それをエステルが察した形だった。
俺もエステルのか細い腰に腕を回し、抱きかかえる。間近にあるエステルの泣き腫らした顔を見て、庇護欲が掻き立てられた。
「え、えーと、俺がロープを掴み損なうかも知れないから、足をぶつけないように俺の腰に絡ませてくれ」
「うん」
「ロープはひとりで登れるか?」
「うん」
「じゃあ行くぞ」
「……うん」
普段のエステルなら、「ひとりで登れるよー」なんて笑いながら返してきそうなところだ。
俺はジャンプしてエステルをロープに捕まらせ、登って行くエステルを見送りつつ、他の皆も同じように登らせていく。
ディアスだけはカッコ悪いと俺の腰に足を絡ませなかったが。俺はロープを掴み損ねたら回すと言っていたが、その機会はなかった。少し残念だ。
そして、全員が真夜中の地上へと脱出した。そこは鉱山のある山中のどこかのようだった。
「夜は魔物が危険じゃあないか? 朝まで中で待ってたほうがよかったかも知れんのぅ」
「村の者に聞いたが、この辺はそう脅威となる魔物もいないらしい。それに、メデューサが出たから魔物も随分、減っているだろう」
「そうか。なら、そう心配は要らんか。流石にワシも草臥れたからのぅ」
ディアスの情報を受けて、疲労を吐露したゴドゥが大きく息をついた。
「アタイもさー」
トアンが苦笑しながら同意する。皆、そうだろうな。
そこで、エステルが口を開いた。
「皆……ありがとうね……」
「……ふん、無理せんでええわい」
「ううん、皆にお礼言いたかったのは、ホントだから……」
「……そうか。じゃが、ワシらに気ぃ使ったり遠慮せんでいい。冒険者をやってりゃあこういうこともあるもんじゃからな」
「そ、そうさー! アタイ、アグレインに帰るまでは一緒にいて、いつでも胸貸すしさー。あ、エステルがよかったらだけど……。皆も、一緒に帰るだろ……?」
トアンの問いに、仲間の皆も同意する。
リヴィオがエステルの傍に行き、そっとその肩に手を乗せた。
「ありがと……皆……」
それから俺たちは、星の位置からトリア村の方角へ見当を付け、時間が経って復活したフレイムドラゴンと、2つほど拝借してきていた洞窟の壁面に備え付けられていたランプの明かりを頼りに帰途についた。
「なぁ、ここに道みたいのあるぞー」
山中の傾斜で、トアンが細くなったり広くなったりしている、そのようなものを見つけた。
「こりゃあ……道じゃないのう。何かを引き摺った跡か……蛇が通った跡のようにも見えるが……」
「ええ!? こんなにでかい蛇がいるのかー?」
「いや、ものの例えじゃ。こんな蛇はおらんじゃろう」
トアンが驚いたのも頷ける。その跡は、細くなっているところでも俺の肩幅より大きい。もし本当に蛇だとしたら、超巨大蛇だろう。
俺たちは用心して先へ進んだが、特に魔物や獣に遭遇することはなかった。橋が落ちたので大きく迂回し、空が白み始めた頃、トリア村へと到着した。




