第30話 決着と……
メデューサへ向かいながら、俺はベルトのクリスタルを自分の名を冠するクリスタルに入れ替え、モードシフトする。黄金色の輝きが全身を包み、その輝きが消え去る前にジャンプし、空中でモードシフトを完了させると、レバーを下げた。
『キックグレネード』
ベルトから音声が流れ、俺は右脚の蒼い光が尾を引く流星のように、メデューサ目掛けて飛んでいく。そして、俺の必殺技と、俺に魔石の光る両腕を掲げたメデューサの見えない力とがぶつかりあった。周囲に衝撃波が広がり、メデューサの足元の岩石が大きく崩れ、俺のキックはメデューサの両手へと徐々に近付き、届きそうになる。
「――ッ!? うぉああ!?」
身体に強い衝撃を受け、一瞬意識が飛んで、気が付くと吹っ飛ばされていた。
だが、ゴドゥのハンマーのときのような強烈な飛ばされかたではない。キックグレネードが威力を相殺したと思われる。
俺は後方宙返りをして、足から着地し片手を地面に突きながら、飛ばされた勢いで地面を滑った。
「ゴ、ゴロ―の必殺技でもダメなのか……」
遠くでディアスの呟きが聴こえた。
「いや、今ので通用するのを確信した!」
俺はディアスにそう叫ぶと、再びレバーを下げ『キックグレネード』を発動して、メデューサへと駆けた。
ブランワーグ戦の後に思い至って調べてみたのだが、空中でキックの体勢を取ると矢のように飛んでいくキックグレネードは、別にそうしなくてもキックをすれば発動することがわかった。
そうやって使えば、ブランワーグとの戦いも楽になったかも知れないな。光って目立つ脚だから、ヤツなら避けそうな気もするけど。
その発光する右脚が地面の岩盤を踏む度に砕いていく。
メデューサがこちらに長い両腕を向け、迎撃の姿勢を見せる。あと数メートルの距離になり、ヤツの腕の魔石が輝いた瞬間、横に飛んだ。
メデューサの目に見えないあの力は、自身を防御するものと、両腕をこちらに掲げて弾き飛ばすもののふたつがある。さっきのキックグレネードのときにはその両方が使われていた。なら、腕を躱せば攻撃は――。
「届く!」
メデューサの傍まで駆け寄り、ヤツがこちらへ向けようとする腕へ目掛け、光り輝く必殺の蹴りを放った。見えない力の防御を突き破って、蒼い光が弧を描き、メデューサの左前腕部を捉える。キックの衝撃と衝撃波で、左肩のところまでヤツの身体が千切れて吹っ飛んだ。
「ギィャァアアアアッ!」
耳を劈くような叫声を上げながら、メデューサはキックの衝撃で宙を舞い、地面を転がって苦しんでいる。
ヤバイ。予想以上の威力だ。これじゃメデューサが爆発してしまうかも知れない。
俺は慌ててメデューサに駆け寄り、頭の蛇を2匹掴んで引き千切り、バックジャンプで離れた。
「ィイイァアアー! ギィイアアアッ!」
だが、メデューサは爆発しなかった。暫くの間、激しく悲鳴を上げてのたうち回ると、やがて動きが鈍くなっていき、殆ど動かなくなった。
「やったな、ゴロー!」
地面に尻餅をついて、ディアスがこちらに杖を掲げた。俺も腕を上げてそれに応える。
「トアン! トアンは無事か!?」
「……そんなに慌てるなって、ジジィ……。なんとかへーきだよ」
「よ、よかったわい……」
「普段は冒険者としてなっとらん! とかって煩く言うくせに、いざとなったら慌てすぎなんさー」
「ふん、そう言うな……。おヌシを立派に育てると、おヌシの母に誓ったんじゃから……」
「うぇ!? ちょっと、泣くなって!」
「な、泣いとらん!」
「泣いてるじゃんよー」
トアンも無事でよかった。あのふたりにも色々あるんだろうな。
そんな光景を眺めながら、俺は変身を解除した。
「よくやったな、ロゴー」
「リヴィオ! 気が付いたのか」
「ああ。お前の活躍を、見損ねてしまったがな。石化したときは本当に驚いたぞ。それを解いたのにも凄く驚かされたがな」
「見てたのか」
「チラチラとな。メデューサと交戦中で余裕はなかったから……」
リヴィオは乱れた薄紅色の髪を掻き上げ、俺に草臥れたような緊張の溶けた様子の顔を見せ、最後ににっこりと口角を上げた。そして、隣のエステルの手を取る。
「さぁ、エステル、お前の兄の元へメデューサの首を持っていこう」
「うん……!」
それから、俺たちはメデューサの頭を持って、石化したエルトゥーリの元へと戻った。
首を跳ねられても、メデューサの頭の蛇は暫く生きている。だが、驚いたことにこのメデューサ自身もまだ生きていた。額にも魔石が埋め込まれているためだろうか。
まだ目を合わせると石化の危険があるため、厚手の布が巻かれていた。ゴドゥは潰そうとしたが、ディアスが研究のためにとそうしたのだ。
そして、エルトゥーリを蛇に噛ませた。効いてくれよ、頼む……。
「………………どう……して……」
エステルはそう呟くと、地面に膝を落とし、失意を露わにした。
エルトゥーリの石化は治らなかった。
その後、何度も蛇に噛ませた。俺が引き千切った蛇にも噛み付かせた。だが、石化が解けることはなかった。
暗く、重い雰囲気が辺りを満たした。エステルは俯いたまま、動かない。
そこで、先程いた洞窟の先のほうから、聞き覚えのあるヒュンヒュンと風を切る音が聞こえてきた。その正体を掌で掴む。灰色のクリスタルだった。
メデューサの頭を見ると、蛇はまだ動いていたが、メデューサは動きを止めていた。死んで倒したから、クリスタルが出てきたのだろう。
「ロゴー、それは……」
「ああ、メデューサのクリスタルだと思う」
「それが、キミの言っていたものか……」
ディアスが興味深そうに覗き込んでくる。
「使い方はわかるのか?」
「ああ、調べてみる」
俺はもしかしたらと期待しつつ、心の中でベルトに説明を求めた。
――ストーンゴーレムを呼び出し、従わせられる――
――レバー1回で蛇の石化攻撃――
――レバー2回で蛇の石化解除――
これだ!
「石化解除の技がある!」
縋るような顔をして俺を見ていたエステルの瞳が見開かれ、揺らめいて見えたのは涙のためだろう。
俺はさっそく変身し、灰色のクリスタルにモードシフトした。音声から、クリスタルの名前はやはり『メデューサクリスタル』だった。
そして、レバーを2回倒す。
『ヘビーレリーズ』
すると、白い光に包まれた一匹の蛇が地面から生えるように現れて、石化したエルトゥーリの脚に噛み付いた。その部分から蛇と同じ白い光が彼の身体に広がっていき、全身が包まれると、やがて消えた。
「…………え?」
エルトゥーリは、石化したままだった。治るんじゃないのかよ!?
俺はその時点で、薄々気付いていた。そして、ベルトに確認して確証に至った。
「…………石化解除は、このクリスタルの能力で石化した対象だけにしか、できなかった……。ごめん、エステル……」
「…………」
エステルは呆然とした顔を見せた。
その後、クリスタルの能力で石化する力を使った後、解除の力を使ってみることを思いつき、エステルの許可を得て実行してみた。
だが、それも効果はなかった。
石化の技は『ヘビーブロッサム』といって、複数の蛇が地面から生えてきて、対象に石化の噛み付き攻撃を行うというものだった。
こういうときは、必殺技のネーミングセンスにもイライラさせられる。
現実が重く俺に伸し掛かっていた。
叶わない願いに、色んな感情が渦を巻いて壁を殴り付けたくなった。洞窟で崩れる恐れがあるのと、皆がいるので自重したけれど。
暫く辺りを支配していた沈黙が、不意に引き裂かれた。エステルが悲痛に泣き叫び始めたのだ。
「あああぁああ! ああぁああああ!」
痛ましい哀哭が、洞窟内に響き渡る。
「いやぁああぁあ! お兄ちゃん、お兄ちゃん……! あぁあああ……いやだあぁああ! さっき、さっきまでぇ……! ぁああぁあ……! わぁあああぁああ!」
リヴィオとトアンも涙を流し、エステルを抱き締めた。
エステルの泣き声は、いつまでもやむことはなかった。




