第29話 決断
俺はメデューサに向き合いながら、ベルトのクリスタルをドラゴンクリスタルに入れ替えてモードシフトした。炎の剣も竜も使えないが、炎を出すことはできる。
駆け寄り、数メートル離れた位置から炎をメデューサの足元へと放射した。頭の蛇を燃やすわけにはいかないからだ。
しかし、放射し続ける炎であっても、その軌道を逸らされてしまう。
「なら、直接ぶっ飛ばすしかない!」
地面の水溜りを跳ね上げ、俺はメデューサへと駆けた。その目を視界に入れないよう、胸の辺りまでを見ている俺の瞳に、メデューサが両腕をこちらに向けたのが見える。リヴィオのように吹っ飛ばす気だろう。
俺は素速く横へと飛んだ。避けた身体の端が見えない力で押し出され、ぐるりと一回転したが、走りながらバランスを整えてメデューサを射程に捉えると、思い切り蹴りを放った。
メデューサの足元の地面の岩石が音を立てて砕け、亀裂が走る。俺の攻撃の衝撃が見えない力に逸らされて、地面に移動したのだろう。蹴りはメデューサには届かなかった。
……マズイな。今の助走をつけた蹴りは、おそらく必殺技以外では最も威力のあるものだ。だが、炎の剣の必殺技は使えないし、キックグレネードは強力で、ドラゴンの喉奥を突き破って身体ごと飛び出てきたように、腕だけを狙っても体まで抉って爆発させてしまいかねない。そうなれば、頭の蛇も吹っ飛ばしてしまう。洞窟の崩落の危険もあった。
一撃の威力でダメならと、俺は拳を連打した。だが、メデューサには届かない。
「ダメか……!」
俺はそれでも、メデューサの攻撃を避けながら、効かない攻撃を続けた。
リヴィオと対峙していたメデューサは、数多の岩を飛ばす攻撃はしてこなかった。おそらく、そうする余裕はないのだろう。水鏡も作れないと思われる。それに、その超能力のような力で俺たちを操ることもできないようだ。
推測だけど、岩の中にストーンゴーレムの素材となる鉱物があって、そのために操れることができているんじゃないだろうか。ストーンゴーレムを作る際にも鉱物を集めるのだろうし。小さな水鏡も作っていたが、あれは、小さな物なら動かせるのか、鉱物が水に流れ込んでいて、それで操れるといったところではないか。
「うッ!」
メデューサの弾き飛ばす見えない力を身体の広範囲に受けてしまい、地面を転がった。
マズイ、距離が離れた。数多の岩に皆が曝されてしまう。
しかし、それは杞憂に終わった。仲間たちがその隙を与えなかったのだ。エステルが矢を放ち、ゴドゥとトアンが左右から攻撃をしかける。そこへリヴィオも加わった。
「ワシら3人でも、攻撃が届かんか!」
「あっ! 攻撃のタイミングを合わせたらどうさー!?」
「そうしよう。ロゴーも来てくれ! いくぞ。イチ、ニの、サン!」
カウントダウンに間に合わせて俺も駆けつけ、全力でキックを見舞った。メデューサの足元の地面がさっきよりも広い範囲で砕けたが、攻撃は届かない。
「これでもダメなのか!」
叫んだ俺に、メデューサが長い両腕を伸ばしてきた。俺狙いかよ! 左側にリヴィオがいたので、誰もいない右側へと素速く跳ぶ。すると、メデューサはその左右の腕に大量に埋め込まれた魔石を光らせながら、リヴィオへと両腕を動かした。フェイントか!
とっさに後ろに飛んで鋭い爪を避けたリヴィオだったが、見えない力で弾き飛ばされ、地面を転がった。
「リヴィオッ! くそっ!」
その間に、ゴドゥとトアンが大きく振りかぶったハンマーをメデューサへと振り下ろしていたが、新たな亀裂を地面に作り出しただけだった。
「リヴィオ! 大丈夫かー!?」
そう叫んでリヴィオに視線を移していたトアンに向かって、メデューサがしゃがみ込んだ。視線を戻すトアン。メデューサと目を合わせないように、下側へと。
「うわッ!?」
トアンが驚いて声を上げる。メデューサと目が合ってしまったのか!?
俺は声を投げ掛けた。
「トアン!」
「だ、大丈夫さー! 丁度、ハンマーで隠れて助かったっ」
「き、気を付けろ、トアン! ワシぁ心臓が止まるかと思ったぞ!」
「わかってるけどさー!」
ふいにしゃがまれたなどの対策として、メデューサのおかしな動きを一瞬でも見たら視線を逸らす訓練はしていた。ここへ来る移動中の夜などに皆で。俺は下手くそで皆に心配されたものだ。しかし、今みたいな不意打ちは想定していなかった。
やはりメデューサの目は脅威だ。時間がかかるほど危険だ。コイツの目の石化は治らないかも知れないというのも、酷く脅威だ。
キックグレネードを使うか。上手くすれば、爆発させずに済むかも知れない。だが、失敗すればエステルの兄は……。俺には決断できなかった。
打つ手を求めていたのと様子が気になっていたのとが、無意識的にあったのだろう、俺はメデューサから目を逸らし、リヴィオを振り返った。
「――あっ!」
リヴィオはうつ伏せに倒れていた。先程、弾き飛ばされてやられてしまったのか!?
「ぬぅおぉッ!?」
ゴドゥの大声が聞こえ、気を使いながら振り返ると、メデューサがゴドゥのハンマーの円錐形の部分を魔石の輝く両腕で掴んでいて、次の瞬間、恐ろしい速さで巨大なハンマーが斜め上に吹っ飛んだ。
「ぐぬォおおッ!」
その柄を握っていたゴドゥがハンマーと一緒に宙に浮いたが、堪らずに手を離したのだろう、2メートルほどの高さから地面に落ちた。天井に激しくぶつかったハンマーはその衝撃で洞窟を揺らし、離れた壁際まで地面を転がっていった。
ゾッとした。掴まったらヤバイな……。
「ええぇ!? ジジィ! 大丈夫か!?」
「平気じゃ。おのれ……化物めが……」
「皆、一度離れろ!」
ディアスが俺たちにそう呼び掛けた。
「ど、どうするつもりだ!? 離れたら岩を飛ばしてくるぞ!」
俺は倒れているリヴィオが心配だった。
「そこを狙うんだ! おそらくヤツはその間、碌に防御できない。ヤツが岩を浮かせたら、目眩ましの呪文を放つ!」
ディアスも俺と同じ考えだったか。
「……わかった! じゃあ俺が足音で悟られないように、ジャンプして攻撃する。トアンは追撃を頼む!」
「わかったさー!」
「じゃあわたし、リヴィオを見てくるよ!」
そして、俺とトアンはメデューサから距離を取った。メデューサはしばらく様子を伺った後、周囲のいくつもの岩を宙に浮かせた。狙い通りだ。
そこへディアスがメデューサの頭上へ向けて、目眩ましの魔法を放った。光弾が弧を描いてゆっくりと飛んでいく。
数秒後、顔を伏せて瞼を閉じていても強烈な光で視界が白く染まり、メデューサの悲鳴が洞窟内に響き渡った。
更に数秒の後には、光が消える。俺はその前に、メデューサのいる辺りに当たりを付け、跳躍した。そして光が消えた頃、俺は空中で目を開けてメデューサを見た。リスクはあるが、変身解除で石化をリセットできるから、攻撃を当てられるようにと。
瞳に映るメデューサは、奇声を上げながら固く瞼を閉じていた。だが、光を跳ね返そうとでもしたのだろうか、両手を掲げて見えない力を使ってもいたのだ。俺の拳はそれに防がれてしまった。
「くそッ、失敗だ! 他に手はないか!?」
「ダメだったか……! 他には……中~大規模の魔法はあるが、おそらくヤツには効かん。イチかバチか、それで天井を崩すという手があるが……」
「いや、それなら俺がやる。でも、それは最後の手段だ」
ディアスには治癒魔法のために魔力を残しておいて貰いたいしな。
俺は視力が回復してきたのであろうメデューサの、長い腕と見えない力を躱しながら、どうにか攻撃を届かせようとするが、やはり防がれてしまう。
どうすればいい?
スライムクリスタルはどうだ? ゲル状になってもおそらくヤツに取り付くことはできない。だが、ヤツが伸ばしてきた腕にわざと掴まって身体を辿り、首をへし折れば……。
いや、ゴドゥの鉄のハンマーがあんなに激しく吹っ飛ばされたんだ。掴まってその攻撃をされた時点で、ゲル状の体が千切れ飛んで終わりだろう。
「アタイ、思い付いたぞ、ゴロー!」
「え!?」
「これを使えー!」
意外な相手からアイディアが飛んで来た。ハンマーだ。トアンの手に持っていた巨大なハンマーが飛んできた。
「ああ、そうか!」
俺のパワーでコイツを使えば! 受け取るとズシリと重いソイツを持ち直し、円錐形を打撃する方向へ向けて、思いっ切りメデューサに叩き込んだ。
「…………っ! ダメか!」
それでも、メデューサの魔石の力を超えることはできなかった。
「だけど、メデューサが苦しそうに呻いたさー! もっと殴り付け……うわぁ!」
メデューサは俺ではなく、トアンへと見えない力を放った。不意を突かれたトアンの身体は宙を舞い、壁面に叩き付けられ、ズルリと落ちた。
「トアン!」
吹っ飛ばされたハンマーを取って戻ってきたゴドゥと俺の声が重なった。
「うおおああッ!」
俺はメデューサ目掛け、何度もハンマーを振り下ろした。
「おのれぇえい!」
ゴドゥもそれに続いて、ハンマーを打ち込む。だが、ヤツの目に見えない魔石による力が、どうしても攻撃を届かせない。
メデューサが、両腕をゆらりと斜め下に伸ばした。しかし、俺たちには向けていない。どういうことだ?
そう思った次の瞬間、メデューサが体中の魔石を光らせながら、唸るように底ごもりした声を発した。それは数秒の後、甲高い強烈な叫声に変わると、下半身に強烈な衝撃を食らった。
「うぐッ!?」
「ぬぅおあああッ!」
メデューサは自身の足元の辺り一帯に見えない力を放ったようだった。俺とゴドゥは吹っ飛ばされ、地面を転がった。
「ゴロー! ゴドゥ!」
気付くと、間近にエステルとリヴィオがいた。俺は、彼女たちがいるところまで転がっていた。
「大丈夫!? ゴロ―!」
「あ、ああ……。リヴィオは無事なのか?」
「うん、気を失ってるけど、たぶん大丈夫だよ」
「そうか……よかった。あっちは無事かな」
遠くでゴドゥは起き上がろうとして、よろりと倒れかけた。別の所ではトアンが倒れている。小さな呻き声が聴こえる。
エステルが矢を、ディアスが光の矢を放ってメデューサを牽制するが、それだけでは足りていない。メデューサはいくつかの岩を浮かせ、もっとも近くにいるゴドゥへとそれを放つ。
「うぉおッ!」
なんとか身を捩ってそれを躱し、巨大なハンマーで防ぐゴドゥ。
行かなければ。
「……エステル」
「なに?」
俺は、決断しなければならなかった。
「ごめん。仲間のために、必殺技を使う。でも、そうするとメデューサの頭の蛇も爆発させてしまうかも知れない」
「……え? そ、そんな……他に手はないの!? 天井を崩すってさっき……あ……。ううん、そんなのダメだよね……」
「ああ……」
それは、リスクが大きすぎる。下手をすれば全員、生き埋めだ。
エステルの青い大きな瞳から、いくつも雫が零れ落ち、頬を伝った。
「わかった……」
ぐしゃっと一瞬、歪めた顔を伏せて、エステルはその細い腕を俺に伸ばし、白い小さな拳をこつん、と俺の膝の装甲に当てた。
「……ゴロー、あんなヤツ、ぶっ飛ばしてきちゃってよ……!」
「……ああ!」
俺は、メデューサへと駆け出した。
決着をつけてやる!




