第2話 vs.ドラゴン
「な、な、なんだーッ!? 魔法か、それは!」
なぜかフルフェイス女兵士がそのフルフェイスの鉄兜を取り去った。
兜に仕舞いこんでいたピンクの髪が腰まで落ちて、弾む。
彼女は驚きに目を見開いている。赤い、綺麗な瞳だった。
よく見えなくて取ったのかな、兜。
そして声から予想していた通り、若い女の子だった。20代前半くらいだろうか?
とても眉目良く、可愛らしさもあるがどちらかと言えば美人という言葉が当て嵌まる。
軍勢の中には様々な髪色の人たちがいたが、ピンク色の髪は初めて見たような気がする。
「アンタは早く逃げてくれ。ここは俺が食い止める!」
背中越しに彼女に声をかけ、俺はドラゴンへと大地を蹴った。
走りながら自分の身体を見てみると、マットな黒のボディに銀色のファンタジックな紋様が入っているのが見える。
変身後の姿は、この世界に合わせてファンタジーテイストが取り入れられてるのか。いいね。
ボディは金属と思われる装甲の部分と厚手のラバーっぽい素材の部分で出来ていて、二の腕やベルトの下からふとももまではそのラバーっぽい素材で覆われていた。
眼は多分、クリスタルと同じ蒼色だ。変身したとき、その色で輝いたから。
ううう、鏡、見たい。めっちゃ見たい。
それに、走ってみたら速い。めっちゃ速い。乾いた地面から土埃が上がってる。100メートルの世界記録は確実だ。前の世界での話だが。
ドラゴンは先程の金髪のエルフっぽい女性に、再び標準を定めていた。
めっちゃ速いが、このまま走ったのでは間に合いそうにない。どうする……?
「飛び道具は無いのか!?」
叫んでみた。出るかなと思って。
しかし都合よく出なかった。
「くそっ、だったら!」
俺は、ドラゴンに飛び掛かるつもりで思い切り跳躍した。
距離は遠かったが、予想通り凄いジャンプ力だ。これなら届く。それに、叫び声も追加だ。
すると、思惑通りドラゴンがこちらに気付いて、長い首を持ち上げた。
「うおおおおお、黒木場パンチ!」
パンチに自分の名前を付けて放ってみた。黙ってパンチするのもなんだったので。
でも、言ったあとに恥ずかしさがこみ上げてきた。うん、もうやめよう。
俺のパンチはドラゴンの鼻っ面におもいっきりヒットした。
「ガァッ」
小さく呻くと、ドラゴンは少しだけよろけた。
殴り飛ばせることを少し期待してたけど、デカいからなー、コイツ。
頭から尻尾まで20メートルはあるだろうか。
四本足の後ろ足二本で立ち、身体を起き上がらせてこちらを睨み付けるその高さは8メートルくらいだろうか。
「はやく逃げろ!」
着地した俺はドラゴンと対峙しつつ、背中越しに金髪のエルフっぽい女性に声をかけた。
そんな自分に少し酔いながらも、ドラゴンの懐に素早く潜り込み、連続でパンチを叩き込む。
「ギャォオオ!?」
ドラゴンが叫声を上げた。
腹這いになると下側になる、鱗の生えてない部分だ。殴った感じではけっこう硬かったが効いたみたいだ。
すると、ドラゴンは上に飛んで逃げながら身体の下にいる俺を長い首をぐるりと下に曲げて覗き込んでくる。
上下が逆さまになったドラゴンの頭。その口から、炎を吐いてきた。
「うわぁあ! あちッ! 熱い!」
変身してても、めっちゃ熱い。
俺はみっともなくバタバタと跳ねまわった。
「よくもやってくれたな……!」
俺は飛び上がり、ドラゴンの首に手をかけ、頭の上に乗った。
「ここなら攻撃できないだろ!」
後は剣でも頭にぶっ刺せば、断末魔の叫びとともに、勝利確定だ。
剣、持ってないけど。
だが俺は、ここで時間を稼ぐつもりだったのだ。
変身ヒーローなら必殺技があるハズ。俺の願望が反映されてるなら、キックかな。それを調べる時間を作りたかったのだ。
「必殺技、どうすればできる!?」
しかし、問いかけに対する返答はなかった。
さっきは頭の中で声がしたんだがなー。思いの強さか?
「ぐんぬぅうう~っ! 必殺技のやりかた教えてくれ~っ!」
思い切り念じてみた。無反応。
どうすりゃいいんだ。
そんなことをしていたら、世界がひっくり返った。
ドラゴンが身体を捻り、頭を上下、逆にしたのだ。
「うわわっ」
思わずドラゴンのツノにしがみ付いたが、ずり落ちてしまう。
数メートル落下して、厚手のラバー素材のようなものに包まれた臀部を打ち付けたが、大して痛みはなかった。
おお、すごいな。
「避けてー!」
さして痛まないことに少し感動していると、遠くから先程の金髪のエルフっぽい女性の声が飛んできた。逃げながら叫んでいる。
もうずいぶん遠くにいるのに、聞こえたのは変身したおかげか。
上を見ると、ドラゴンはそのボディでプレスをかけてきていた。
俺は横っ飛びし、間一髪で回避する。
あっぶなー。
そう思った瞬間、側面から強烈な一撃を食らって吹っ飛んだ。
ドラゴンが尻尾をぶん回して攻撃したのだ。
俺はゴロゴロと土の地面を転がった。
いってぇええ。石にあちこちぶつかったのも痛いし、頭がくらくらする。
ドラゴンを見ると、ヤツもこっちを見ていた。
倒れてやられた振りをしてやり過ごすか。必殺技も調べたいし。
その作戦は上手くいった。動かなくなった俺を仕留めたと思ったのだろう、ドラゴンは他へ標的を移したようだ。
さっきのエルフっぽい女性もだいぶ離れたハズだし、もう近くには人はいないだろうけど、他の人が襲われる前に再び標的をこちらに移すためにドラゴンを後ろから追いかけながら必殺技を調べよう。
そう思ったのだが。
逃げ遅れたハゲで小太りのおっさんがいた。
足を痛めたようで、引きずっている。このままではすぐに追い付かれてしまう。
「くそッ!」
俺は立ち上がり、全力で駆け出す。
さっきまでなら見捨てていたが、変身ヒーローになったからには、ハゲたおっさんだろうが美少女だろうが、別け隔てなく助ける!
空を飛ぶドラゴンは思っていたより速く、俺が追い付く前におっさんは滑空してきたドラゴンの爪に捕らわれ、上宙へと攫われてしまった。
更にドラゴンが握り締める力に、おっさんの鉄製のアーマーが歪む音がする。
「ぎゃあああ! 助けてくれぇえ!」
俺は飛び上がり、十数メートル上空にで捕らわれているおっさんを掴んだドラゴンの腕めがけて、おもいっきり回し蹴りを食らわせた。
「ガァッ!?」とドラゴンは呻くと、おっさんから手を離す。
俺は、蹴りを食らわせたドラゴンの腕を足裏で蹴って、おっさんより先に地面に着地し、更にジャンプして空中でおっさんを抱きかかえた。
前の人生を含めても、人生初のお姫様だっこだった。
おっさん、心なしかときめいた表情をしている。
まぁ、わかるよ。死ぬ直前だったもんな。
地面に着地した俺は、おっさんに逃げるよう促しつつ、素早く彼から距離を離した。
炎を吐かれたら守り切れないからだ。
「ア、アンタ、武器は!」
「俺のことはいいから、行け!」
振り返らずドラゴンと対峙しながらそう答えると、俺のすぐ脇の地面に鞘付きの剣が滑り込んできた。
おっさんが腰に下げていた剣を放り投げてくれたようだ。
おお、これさえあればドラゴンに頭グサッ! ができるんじゃね?
「サンキュー、おっさん!」
俺はさっそく剣を拾い上げて、ドラゴンへと駆けた。
走りながら剣を鞘から抜き放つと、よく手入れされていそうな両刃が出てきた。
それから俺は、頭グサッ! を果たすため、ドラゴンの炎やら尻尾やらの攻撃を掻い潜ったり、時にダメージを食らったりしながらも、どうにかこうにかドラゴンの頭上に再び登頂することが叶ったのだった。
「終わりだ! ハァアーッ!」
気合一閃!
俺は渾身の力でドラゴンの頭部に剣を下ろす。
だが、ガギッ!と鱗が防いで、刃がへし折れてしまった。
マ、マジか……。変身した俺の腕力なら行けると思ったんだが・・・・・・。
くそ、仕方ないので、折れた剣先を鱗の隙間に突っ込んで剥がそうと試みる。
だが、ドラゴンがまた頭を上下逆さまにしてきた。
「同じ手を食うかっ」
ツノに掴まって落ちるのを阻止する。
しかし、ドラゴンが頭を地面にプレスしようとしてきた。
なんとか飛び退いて離脱する。
「くそっ……。まいったな。ずいぶんと体力を消耗しちまった」
肩で息をする俺に、ドラゴンが咆哮を上げる。
俺、死んじゃうかも。
嫌だ。せめて必殺技を使って死にたい。