第27話 異形のメデューサ
「……み…………」
エルトゥーリは何かを伝えようとした。だが、それ以上言葉は出てこなかった。み? なんのことだ?
トアンより石化が遅いのは彼女より魔法耐性が高いためだろう。エルトゥーリは、杖代わりにしていた鞘付きのリヴィオの折れた魔剣から手を離した。ともに石化させないためだろう。バシャッ、と音を立ててリヴィオの剣は地面の水溜りに倒れた。
「な、なんでだ!?」
エルトゥーリが暗闇のほうを見るヘマをするとは俺には思えなかった。視線も顔もそちらは向いていない。それどころか逆方向を向いていた。見て、すぐに動かしたのかも知れないが。
エステルはすっかり石化してしまった兄に取り縋った。
「ディアス! わたし、自分のポーション使う! いいよね!?」
「う……。そ、それは……」
ディアスは眉間にしわを寄せ、悩む様子を見せた。メリット、デメリット、双方ある選択だからな。
「使え、エステル! 敵は穴を塞いでしまうようなヤツだ。石化した兄が危険だ!」
そこへリヴィオの声が飛ぶ。エステルは慌てて姫から渡されたというポーションを兄にかけた。ポーションのかかった部分が輝き、その光が全身へと広がり……光が消えると石化が解けるハズだった。だが――。
「……え? え? なんで……」
エステルは戸惑いを見せた。
「な、なんで? ポ……ポーションかけたのに!」
「ディアス、ポーションが失敗作だったってことはないのか?」
俺の言葉にディアスが再び眉根を寄せる。
「考えにくいが……。仕方がない。私のを使おう」
持っていたポーションをエルトゥーリにかけるディアス。これが、最後のポーションだ。光が全身を包み、そして――。
「……なぜだ…………」
石化は、解除されなかった。
エステルは事態を飲み込めないといった表情で呆然としている。
「ま、まだだ。短時間でメデューサの蛇に噛ませれば……」
「わ、私が行こう!」
すぐにリヴィオが駆け出し、通路を戻る。暫くして、さっき倒したメデューサの頭を持って帰ってきた。その頭の蛇にエルトゥーリを噛ませたが、変化は訪れなかった。
リヴィオを待つ間、立ち尽くして兄を見ていたエステルは、パニックに陥りかける。
「だ、だって、さっきまで……折角、無事で……それで、それで……一緒に帰って……あぁ……ああぁ……嫌ぁあ……!」
「落ち着け、エステル! これが暗闇の奥にいたメデューサの仕業だとしたら、ソイツの蛇ならあるいは助かるかも知れない」
リヴィオがエステルの肩に手をかけて言い聞かせた。エステルは悲痛な顔つきをしていたエステルはそれを聞いて悲壮な面持ちへと変わり、黙って頷くと弓に矢をつがえた。
「なぁ。エルトゥーリも岩の隙間の男も、石化した時にはあらぬところを見ていたんだ。どういうことだと思う?」
「固まっちまう前に、動かしたんじゃろう?」
「俺もそう思ったんだけど、暗闇を見るなと言ったエルトゥーリが見るってのは考えにくくないか?」
「ふぅむ……。だが、つい見てしまうってこともあるじゃろう。メデューサがおらんところを見ていて石化するなどとは思えんしの……」
「アタイの場合は目は動かせなかった気がするけどなー。暗かったけど、メデューサの黒い影みたいの見えてたし」
「トアンは魔法耐性が低いからじゃろう」
「エステル、何か音は聴こえたか?」
「……お兄ちゃんが石化して、そっちに気を取られてたから……」
「そうか……。ディアスはどう思う?」
「……これといって思い付かないな。目を合わせなくても石化するとは思えないからな……。だが、ポーションが2つとも効かなかったというのも考えにくい……。何かがある可能性は充分あるのではないか?」
「そうだな、俺もそう思う。リヴィオはどうだ?」
「わからない……。だが、私もディアスやロゴーに同意する。問題は、どう気を付けるかだ」
それから少し、俺たちは対処法を話し合い、有効かどうかはわからないがなるべく周囲を見ないようにすること、石化したふたりが上と前を見ていたのでなるべく下側を見ようと決めた。
エステルは早く行きたそうにしていたが、皆の命に関わることだと理解していたのだろう、急かすことなく待っていた。
「耳がいいわたしが先頭のほうがいいんじゃないの?」
「いや、エステルには前方への警戒のぶん、音に注意していて欲しい」
先頭は大きなハンマーを使った防御力の高いドワーフふたりに決まった。と言っても、ある1匹を除いて、だが。
「ブレイズドラゴン、少し先行して、ランプを付けていってくれ」
ひと鳴きして答えると、ブレイズドラゴンは壁に定期的に備え付けられているオイルランプを俺たちの歩みに合わせ、自らの体で灯してゆく。
慎重に進んでいく俺たちは、左右に一度ずつ曲がった短い通路を抜けると、その先に明かりを見た。そこでは洞窟は大きく開けていて、既にランプが灯っている。
「なっ――!?」
俺は驚きに目を見張った。先行していたブレイズドラゴンが、空中で動きを止めたかと思うと、みるみるうちに石へと変わっていってしまったのだ。ブレイズドラゴンに石化は効かなかったハズだ。少なくとも、坑道の辺りで戦ったメデューサ相手には。
ブレイズドラゴンは地面に落下し、その衝撃で胴体と脚が砕けてしまった。
「どういうことだ!? ベルト、説明!}
――炎の竜の魔法耐性を上回れば、魔法は効果を発揮する――
「そういうことかよ……」
「ど、どういうこと? ゴロー」
「強力な石化攻撃だと効くんだそうだ」
「そいつが、この先に……。お兄ちゃんもそいつに……?」
洞窟の大きく開けた場所は人工的に切り開かれたところのようだった。先程の場所までと同じで壁面の様々な場所から水が漏れ出ており、水溜りもあちこちにできている。ストーンゴーレムが採掘したのだろう、いくつかの箇所には積み上げられた岩石で山ができていた。
そして、異様な姿のメデューサがそこにはいた。体にいくつもの色とりどりの魔石を埋め込んでいて、特に多くの魔石が埋め込まれた腕からは血管が浮き出ており、普通のメデューサよりも長く伸びている。通常のメデューサの爪も鋭く尖っているが、それがかなり長く伸びていた。そのメデューサの左右には、魔石が埋め込まれたストーンゴーレムが1体ずつ立っている。
「メデューサぁっ!」
エステルが声を上げながら弓矢を射った。しかし、矢は腕を掲げたメデューサから逸れていく。
「えっ!?」
腕の魔石が光っていた。そのせいで逸れたのか。
メデューサはもう片方の腕を掲げた。その腕のいくつもの魔石が輝く。体からは魔力だろうか、鈍い光の薄い膜が全身を包んでいるようで、それが煙のように立ち上った。すると、広場中に転がっていた数多の岩の塊が浮き上がる。こぶし大のものもあれば、大きいものだと人の頭くらいのものもある。
コイツがこの力で横穴を塞いだのか? それにあの大量のストーンゴーレムを動かしたのも、コイツの仕業ではないのだろうか。そう脳裏を過ぎった。
「――おぉあッ! ぐっ、うぐ……!」
メデューサは浮遊させた数多の岩を、俺たち目掛け放った。俺へと飛んできた一番大きな、人の頭くらいある岩を拳で砕き割り、後ろの仲間に当たらないよう、ふたつの岩を避けずに身体で受け止めた。
「皆、無事か!?」
「ゴローが一番でっかい岩を防いでくれたおかげで助かったさー!」
どうやら全員、無事のようだ。トアンはこう言ったが、俺が一番大きな岩を防いだ程度では無傷で済まなかっただろう。皆は素速くお互いの死角を埋め合い、自分や仲間に当たるような攻撃を防いだようだった。
「エステル! 何本かまとめて矢を射れるか? 私に合わせろ!」
そう叫んだディアスが、自身の前に光の矢を並べた。エステルも3本の矢を一度につがえ、弓を引き絞る。
だが、ストーンゴーレムがメデューサの前に出て、立ち塞がってしまった。ディアスは魔法をキャンセルし、エステルは3本の矢を高く放物線を描いてストーンゴーレムを越すように放ったが、また軌道を逸らされてしまう。
「また来るぞ!」
叫んで、自分のほうに飛んできた3つの岩を拳で叩き落とした。先程より少し大きな岩が仲間へと向かったが、俺が下手に動けば仲間の視界を奪ってしまい邪魔になるかと思い、動かなかった。だが、それがもっとも防御のできないエステルの元へと飛び、間に合わず守れないと気付いて、失うことに恐ろしくなった。
迫る大岩を、エステルは両腕で受けようとしていた。後ろに逆方向を向いたトアンがいるためだろう。そこに、ふたつの弧が描かれた。リヴィオが片手に鞘付きの魔剣、もう片方の手にエステルから借り受けたショートソードを持ち、その二本を横に振って、大岩へとぶつけた軌跡だった。
身体全体を使ったようなその斬撃に、岩は勢いを殺されて地面へと転がった。
「こんなの、いつまでも持たないぞ!」
トアンの言う通りだ。さっきのは辛うじて防げていたが。
「あのストーンゴーレムをどかさなきゃならんのぅ!」
「私が魔法壁でエステルも守ろう。だが、私の魔法壁は全方位には展開できない」
「なら、私がそこを守る」
「ううん、リヴィオも行って! 死角からの攻撃にはわたしが対処するよ。いいよね、ディアス!」
「ああ。リヴィオは隙を見てメデューサを攻撃してくれ。チャンスがあれば、コイツを使う」
ディアスがメデューサが持っていた、あの身体の動きがおかしくなる魔法の杖を掲げた。これにはリスクがあって、敵味方関係なく周囲の生物全体に効果があるそうなのだ。魔法耐性によって効き目は変わるが。その中で自在に動けるのはリヴィオだけなので、使用する際には皆に敵から離れるように、とのことだった。ゴドゥもそこそこは動けるらしいが。
「了解だ。じゃあ、行こう!」
話し合いの最中にも飛ばされてきた、いくつもの岩を皆が防いだところで俺とリヴィオ、ゴドゥとトアンが走り出す。
ブレイズドラゴンが石化させられたのは痛手だった。炎の剣の必殺技なら、魔石で硬さの増したストーンゴーレムでも斬れたかも知れない。
キックの必殺技でも、ストーンゴーレムは人形という話だから爆発しないのかも知れない。ベルトによると、キックグレネードの爆発の際には倒した敵の体が爆発物に変わり、一部しか体は残らないそうだが、もし爆発してしまったら石が細かく飛び散って危険だ。崩落の危険もあるし。
2体並んだ左側のストーンゴーレムに俺は向かった。ゴドゥとトアンは右、リヴィオは右に大きく回り込み、メデューサに向かおうとしているようだ。
俺の接近にストーンゴーレムは両腕で胴体をガードする姿勢を取った。魔石によって動きが速くなっているが、パターンは同じだな。
あ、そうだ。
俺はストーンゴーレムの脚へ目掛け、渾身の力で脚を突き出した。ストーンゴーレムの弱点は頭と胴体だが、片足を破壊すれば倒れるだろ。
ビキビキと石にヒビ割れが広がったが、砕くには至らなかった。もう一発でいけるか?
ストーンゴーレムの攻撃に備え、素速く俺はバックジャンプする。そこに、予想以上に速さでストーンゴーレムの巨大な拳が飛んできた。両腕でガードし、バックジャンプで威力を減らせたため痛みはそれほどでもなかったが、拳の威力と、思ったよりストーンゴーレムの動きが速かったためバックジャンプに力が入り、随分、後ろに飛んでしまった。
そこで、視界の隅にキラリと光るものが映った。見ると、それは四角い板状の水だった。水鏡だった。
「――っ!」
そこにはメデューサの顔が、目が、映っていた。視線を逸らそうとしたが、マスクの中の目が固まってしまい動かせない。身体の其処彼処が、石化を始めた。




