第22話 吊り橋の攻防
気付くと、多くの村人が集まっていた。盗人が出たためかと思ったが、その視線は俺に集まっている。
ああ、そっか。変身して重そうな装備を身に纏っている俺が、ダーフィットを担ぎながら結構なスピードで走ってきたもんな。そりゃ驚くか。
「あ、あの……! どうか、メデューサを退治してください!」
「おねがいします!」
「あ、えっと、できる限り頑張ります」
その集団から中年女性と幼女が歩み出てきて、俺に声をかけた。それに答えると、次々と村人たちから声が上がる。
「頑張ってくれ! 仲間が何人もやられたんだ!」
「仇を取ってくれ!」
「商売も上がったりだ!」
「夫の……夫の仇を! どうか……」
必ず倒す! と約束したいシチュエーションだけど、期待させてダメで失望させたくない。俺は「頑張るよ」と皆に答えた。
そんな中、ひとりの小さな男の子が俺の足元にまでやってくると、ぐっと涙を堪えたような表情で俺を見上げた。
「おとうさんを石から治して!」
すぐにその母と思しき人が出てきて「すみません」と頭を下げながら俺の前から連れ去っていった。
俺だってできるなら治してやりたいけど……。メデューサからクリスタルが手に入れば、可能性はありそうだな。
旅の最大の目的はエステルの兄の救出であり、メデューサ退治ではない。だけどメデューサを退治できれば報奨金が出るので、パーティはこれも視野に入れている。
倒したい。皆のために。
俺はエステルたちに追いつくため、森を疾走していた。
取り戻したポーションは自分の持ち物になったからか、クリスタルのように消したり出したりできた。この辺も上手くできてる。これ、荷物とか運ぶのに便利に使えそうだけど自分の所有物じゃないとダメそうな気がするな。
オレンジ色の夕日が遠い山間の谷間に沈み、そこから光の帯たちが伸びている。なんとも美しい情景だった。こんなときでなければゆっくり見ていたくなるなぁ。
先程、エステルたちと別れた場所を越え、更に先へと急ぐ。
ポーションを取り戻したと知ったエステルは喜ぶだろうな。その様子を想像し、早く伝えたいと高揚し、足の回転を速めた。
「きゃああー!」
「うぉああっ!?」
「うわっ、うわわっ。おちっ、落ちるう!」
悲鳴が聴こえた。声の主はエステルとディアスとトアンだ。落ちる? どういうことだ? 俺は全速力で先へ急いだ。
森を抜け、視界の先に飛び込んできたのは吊り橋と、全長2メートルくらいの鼠色の石の塊だった。
塊をよく見ると動いていて、ロックゴーレムのような形をしている。あれがストーンゴーレムか。
エステルたちは橋を渡っている最中で、吊り橋の両端にストーンゴーレムが一体ずついて、橋を破壊しようと巨大な拳を振り上げ、殴りつけている。
「なんでこんなことになってんだ!?」
「あっ、ロゴーっ! 急いでそいつを倒してくれー!」
俺に気付いたリヴィオが、崖のこちら側にいるストーンゴーレムを指差して大声を張り上げた。
ストーンゴーレムは地面に打ち付けられた橋を支える重要な木の柱を殴りつけていて、柱が破壊されていく音が繰り返し鳴っている。橋を繋ぐメインとなるロープの片方はすでに外れていて、もうひとつも時間の問題だった。あれが落ちれば、橋が落下してしまう。
「やめろーっ!」
俺は声を張り上げてストーンゴーレムの注意を引きながら駆け寄り、助走をつけた拳の一撃を叩き込んだ。バゴン、と音がしてストーンゴーレムの右腕が砕けた。太い両腕で胴体をガードされたのだ。
「いっ……てぇええ……」
コイツ、硬ッ! 拳がじんじんと痛み、ぶんぶんと右手を振った。
俺が一旦飛びずさってそうしている間に、ストーンゴーレムは左腕を振り上げ、橋を支える柱を殴りつけた。
「ちょ、コイツ……!」
俺は再び素速く間合いを詰め、足裏で蹴りを入れる。ストーンゴーレムは胴体を回転させて体を反らし、致命傷を避けた。右上半身は砕いたが、ヤツはまだ健在だ。
「ぅぐあっ……!」
そこに俺の隙ができた。その一撃で仕留められると思っていた俺は、蹴りを入れた姿勢から体勢を戻す前に、ストーンゴーレムの左腕から放たれた重い一撃を食らってしまった。ボディに身体が軋むような痛みが走って宙に浮き、数メートル飛ばされた後、地面を転がった。
「ぐっ、痛っ……」
ボディに鈍痛が残る。
コイツ、ロックゴーレムと違って賢い。メデューサが産み出したであろうコイツは、ロックゴーレムと違って防御姿勢を取るし、俺と戦っている最中にも関わらず、隙を見て柱を壊しにかかった。今も、その拳を再び柱に叩きつけている。
「やめろってんだよ!」
俺は数歩、助走をつけて跳躍し、飛び蹴りを見舞った。ストーンゴーレムの頭部が砕け、吹っ飛んで地面に散らばる。それでもストーンゴーレムは止まらず、拳を柱に叩き込んだ。
柱が縦に割れて、そこに括られていたロープが緩む。
「うわっ、わっ!」
俺は慌てて腕を伸ばしロープを掴んだ。だが、俺ひとりでパーティの皆も乗った橋を支えるには重すぎた。そのまま崖へと引きずり込まれそうになり、俺は思い切ってその勢いも利用して跳躍した。
「うっ、うわああああー!」
届かないのはわかっていた。叫び声を上げながら、俺は身体が降下し始めるのを感じた。パーティの皆も、悲鳴を上げながら崩れた橋と共に崖下へと落ちようとしている。崖はかなりの高さだ。落ちたら命はないかも知れない。変身した俺でもただでは済まないだろう。
いちかばちか、俺はセットしたままだったスライムクリスタルの能力で身体をゲル化させ、リヴィオとディアスの頭上を飛び越えながら空中で伸びていく緑色の体を操り、ふたりに絡ませた。それから体を思いっきり前へ伸ばす。
届け、届け! と、ど、けぇええええ!
エステルの肩に体を潜らせ、ゴドゥの脚とトアンの腕にくっつきながら、崖の向こう、橋のロープを支える柱へとゲル状の体を飛ばすように伸ばした。柱までは届かなかったが、そこへ続くロープには体を絡ませることができた。
橋とともに、俺たちも重力に引かれ落下していた。まだ橋の前方は繋がっているので、俺たちは曲線を描いて前方の崖へとぶつかった。
体に皆の体重と落下の衝撃が伝わる。お、重すぎる! 体が伸びていって、痛みの感覚はないが非常に辛い。本能なのか、なんとなく限界がわかる。千切れそうだ。や、やばい……もう持たない。体が……裂ける……!
「皆、橋に掴まって身体を支えろ! ゴローが危ない!」
リヴィオの声が、苦しさのあまり遠のく意識の中で聞こえた。すると、次々に皆が橋に掴まったのだろう、その度、支えるのが楽になった。
た、助かった……。
そう思った瞬間、体に振動が走った。前方の崖の上を見ると、もう一体のロックゴーレムが橋を支える柱を破壊しようと殴っている。
させるかよ、崖に引きずり落としてやる!
そう思ったのだが、体がそこまで伸びていかない。伸ばした体の長さが限界のようだ。短くしたくても、一番下のディアスが片方の手に杖を持っているためにロープ1本に片手で掴まっていて、それに絡んで補助している状態なので、離すわけにいかなかった。離せばたぶん落ちてしまうだろう。
どうする? どうすりゃいい!?
「トアン、先頭のおヌシがよじ登ってあのゴーレムを叩き割れい!」
「そうしたいんだけど、アタイ、片手でハンマー支えてて……。片手じゃ背負うための留め具つけれないし、どうしよう……」
「むぅ……! やむを得ん、ハンマーを捨てて素手で戦えい!」
「むっ、むりさー! あんなのにどうやって素手で勝つんだよー。うわっ!」
トアンのゴドゥの会話の間にも柱が殴られてロープが緩んだようで、ガクン、とロープが少し下がり、トアンが小さく悲鳴を上げた。
「つべこべ言っとる時間はないぞ! それ以外、手はないじゃろ!」
そこで、手を思いついた。
崖の上のほうは垂直じゃなく、少し角度が下がっていてストーンゴーレムの上半身が見える。そして、トアンのハンマーを持つ手には、俺のゲル状の体が絡んでいる。ゲル状に変身していても、力は通常の状態くらいあるんだ。だったら……。
「え、あれ? ゴ、ゴロー!? どうしてアタイの腕を……」
俺はゲル状の体でトアンの腕を動かし、ハンマーを掲げさせてみせる。そして、イチ、ニ、サンのリズムで腕を振る動作を繰り返した。イチ、ニは小さめ、サンは大きめだ。
「あ、お、おー。お、お、おー……。あ! わかった! アタイとゴローでハンマーぶん投げてゴーレムやっつけようってんだな!」
そうそう、その通り! 伝わってよかった!
トアンは意外と察しがいいな。
「よーし、やってやるさー!」
トアンがそう言いつつ、片手でロープを持って身体を支えながら、壁面に垂直に立った。ストーンゴーレムのふとももの辺りまで見えるようになる。おお、これならボディを狙いやすい。トアンも投げやすく、狙いやすくなったろうしな。手首のコントロールはトアン頼みだ。
「イチ、ニの、サンだな? いっくぞー! イチ、ニの……」
今、まさにロープを支える柱に巨大な拳を叩き込もうとしているストーンゴーレムへと、ありったけの力を込めて――。
「サン!」
俺とトアン、ふたりの力が合わさった巨大なハンマーが、豪快に風を切る音を発しながら回転し、ストーンゴーレム目掛けて飛んでいき、その胸部に命中した。
「げっ! 柄のとこが当たっちゃった!」
だが、命中したのは木で作られた柄の部分だったため、威力が弱く、ストーンゴーレムを粉砕するには至っていない。蹌踉めかせただけだった。
「うわわっ!」
ストーンゴーレムにぶつかり、崖に落ちてくる巨大なハンマー。それを皆の前まで伸ばした俺の体をロープから少し離してキャッチした。
「ゴ、ゴロぉ~、助かったさ~。 よ、よーし、もう一発だ! せーのっ」
トアンの手に再びハンマーを渡し、彼女の掛け声に合わせる。
「イチ!」
掛け声はふたつだった。崩れた橋の下側でしがみついているゴドゥが声を合わせたのだ。
「ニの……!」
更に掛け声が増えた。エステルもそれに続いたのだ。
「サン!」
最後にはリヴィオとディアスも掛け声を合わせた。
全員の想いを乗せた巨大なハンマーの一撃が、轟音とともにストーンゴーレムへと放たれる。ストーンゴーレムがその巨大な拳で壊れかけた柱を捉える直前、回転したハンマーのドリルのような円錐形の部分が、ストーンゴーレムの胸部を打ち砕いた。
そして、ストーンゴーレムはその場にバラバラに崩れ落ち、ただの石に戻った。
「よっしゃー!」
「やったー!」
「って、おい!、石が落ちてきとるぞ!」
今度はハンマーは落ちて来なかったが、ストーンゴーレムを構成していた石がいくつも落下してきた。結構デカいのもある。俺は自身のゲル状の体を鞭のようにしならせて、こちらに落ちてきた石の軌道を逸らした。だがひとつだけ、大きな石が支えきれない。
「よいしょー!」
しかし、片手の空いたトアンがそれを一緒に押しのけてくれた。ドワーフって力持ちってイメージあるけど、この世界のドワーフもそんな感じで、パワーあるよね。
その後、全員が無事に崖の上に登り着いた。一番下で片手でロープにしがみついていたディアスには手を貸してやった。
「また助けられたな……」
「いやぁ、お互い様だよ」
変身を解除し、元の姿に戻った俺が地面にへたり込みながらそう言うと、エステルが抱きついてきた。
「ゴロー、ありがとー! 助かったよぅうー!」
「あ、あいててて!」
「えっ!? 大丈夫?」
身体のあちこちが痛い。特に右足首が酷く、歩くのも辛そうだ。
ディアスがすぐに治癒魔法をかけてくれる。それを見ながら後ろを振り返る。
「向こうのゴーレム、まだ動いてるな。頭を砕いたんだけど」
崖の向こう、俺が飛び蹴りで頭を砕いたストーンゴーレムは、今だに動き続けていた。橋を構成していたボロボロになった柱を、今だに殴り続けている。目が見えないため、拳はよく空を切っていた。命令通りに動いているんだろう。
「ほっといて平気かな?」
「大丈夫だろう。あれはもう、ただああするだけだろうさ」
ディアスがそう答えてくれてからしばらくすると、視界の失われたストーンゴーレムは崖から転落し、崖下で砕ける音が鳴り響いた。
「しかし、なんで俺が来たときあんなことになってたんだ?」
「それがさー、橋を渡ってたらアイツら急に出てきてさー。茂みの中にでも潜んでたんだろうなー」
「メデューサが命令していたのだろう。こちら側のストーンゴーレムが橋を壊すのが下手で助かった。効率よく破壊できるほどの知能はないようだな」
トアンとディアスがそう教えてくれた。橋が無くなったので帰りのことも聞いてみたら、回り道をすれば橋なり道があるだろうとのこと。まぁそうだよな。ずーっと崖が続いてるわけないし。
「トアン、先頭のおヌシがモタモタしとらんかったら前のヤツくらい……」
「だって、揺れるからさー」
ゴドゥとトアンが言い争いを始めたのを眺めながら、そうだ、と俺はベルトを出現させる。
「どうした、ロゴー。敵か?」
「ああ、いや。これを出そうと思ってさ」
「……やったな」
俺が出現させたポーションを見て、リヴィオが俺に柔らかい笑顔を向けた。リヴィオはこうして、またに優しい目をすることがある。俺はそれが好きだった。
「あっ、ゴロー! 取り返してくれたんだね!」
ゴドゥとトアンの言い争いをなだめていたエステルがそれに気付き、喜色満面の笑顔を見せて飛びついてきた。
「ありがとぉお~! もう、大好きっ!」
「いぎっ、いててて!」
「そこの治療はまだ終わってないぞ」
「ご、ごめん~……」
皆が笑った。よかった、皆、助かって。
見上げると、暮れ泥んでいた日がとうとう夜の訪れを告げようとしていた。




