第21話 取り戻したいもの
今回から改行を減らしました。読みづらくなってしまうかたには申し訳ありません。
今後も書き方が変わっていくかも知れませんが、どうかご了承ください。
「どうしてそのポーションを……? お、お金のため?」
突然、鬼気迫る表情を露わにして大声を張り上げるダーフィットに、ビクリと身体を震わせたエステルが尋ねた。顔が青ざめている。
「いや、売ろうにも鑑定できるところはほとんど無いだろう。仲間の石化を直すため、なのだろう?」
それに答えたのはディアスだった。
「……ああ、そうさ。恋人を助けるためだ。どうしてもこのポーションが必要なんだ!」
「なら、私のを1本くれてやろう。それは彼女のものだ。返せ」
「お前のは石化して6時間程度までしか効かないんだろう? それじゃダメなんだよ」
「それも聞いていたか。……恋人が石化してから、どれくらい経ったんだ?」
「…………1日以上経ってる」
「それでは無理だ。もう手遅れだ」
「いや、コーネリアは魔法抵抗力がかなり高い。もしかしたら……」
「実験結果は抵抗力の高い人間でも1日が限界だった。その可能性は無い」
実際には『ほぼ』可能性は無い、というのが正確ではあったのだが、ディアスは言わなかった。同情はするが、赤の他人の盗人だ。それに、可能性があるといってもそれは天文学的に低い可能性だった。縋るには小さすぎる灯火だ。だが、それでも今のダーフィットなら、それを知れば縋っただろう。
「う……煩い! 使ってみればわかることだ!」
可能性がないと断じられ、鎌首をもたげかけた絶望を振り払うように、ダーフィットが叫ぶ。
「それは、アグレイン王国の姫から彼女に託されたものだ。王族を敵に回したくはないだろう」
「構うものか! コーネリアのいない世界で生きて行くくらいなら、世界中を敵に回してもいい! アイツはかけがえのない女だったんだ。俺は今更それを思い知らされたんだ!」
ダーフィットは瞳に涙を湛えていた。リヴィオはそれを見て、同情しまいと嫌悪したような表情を浮かべながら、諦めさせる言葉を口にする。
「……気の毒だが、もう手遅れだ」
「い、いいから退け!」
だが、ダーフィットはポーションを持たない右手でリヴィオの剣を掴むと、強引に剣を振り払った。手は魔剣によって深く切れ、ボタボタと落ちた鮮血が土の地面に染み込んでいく。
リヴィオは頭ではわかっていた。ダーフィットはどうしてもこの石化を解除するポーションが必要なようだ。握り潰すわけがない、と。
だが、エステルのために逃がすわけにはいかなかったのに、リヴィオはダーフィットの手が切れるのを避けようと反射的に力を抜いてしまったために、剣を振り払われた。
駆け出し、道を戻るダーフィット。だが、先程の会話の間に回り込んでいたゴドゥが立ちはだかる。
ダーフィットは走りながら、腰から短剣を引き抜いてその剣をやけに下に構え、そしてもう一方の手で器用にもポーションを持ちながら背中から別の短剣を取り出し、ゴドゥへと投げ付けた。
「ふん、そいつは見え透いとるわい!」
ゴドゥは巨大なハンマーの柄で、その短剣を弾く。そこに、赤い液体が飛ばされて来た。
「うおっ!?」
それはダーフィットの血だった。下に構えた短剣に血を伝わらせ、振ることでそれを飛ばしたのだ。
顔面へと目掛けて飛んで来たそれをゴドゥはハンマーの鉄製の頭部で防いだが、そのために視界が奪われた。
走り込んでいたダーフィットは、その隙を突いてゴドゥを斬撃の間合いへと捉え、そしてそれを放とうとしたとき――。
「だめ!」
「ぐうッ!?」
それを防いだのは、エステルだった。矢を飛ばし、ダーフィットの右肩を射抜いた。
視界の回復したゴドゥの間合いから素速く飛び退くダーフィット。
「エルフ娘ェ……。このポーションがどうなってもいいのか!」
「いいわけないでしょ! でも、ゴドゥももう仲間だもん!」
「ふん……。助かったわい」
「それ、返してよ! 可哀想だけど、あなたの恋人はもう助からない、そう言ってたでしょ! 無駄なことしないで!」
「……お前の兄のほうが可能性は低いだろう。とっくに石化して手遅れのハズだ。なら、このポーションは俺の恋人に使われるべきだ!」
「そ、そんなことない! お願い、返して! 使わなかったらあげるから!」
「そんな時間はないんだよ……。いいか、次に俺に攻撃を仕掛ければ、今度は本当にこのポーションを握り潰す。これは脅しじゃない」
「おヌシにそんな真似ができるとは思えんがのぅ」
「手に入らないぐらいなら、そうするさ。それだけじゃあない、じき夜だ。逃げに徹すれば俺はお前たちから逃げ延びるくらいはできる。その後で、メドゥーサに挑むお前たちを影から狙ってやる」
「なっ! ふ、ふざけないでよ!」
「そうすりゃあお前たちはそこのエルフ娘の兄を救うどころじゃなくなるぞ! いいのか!?」
再び、恐ろしい顔付きをして怒鳴るダーフィットからは、本気かも知れない、勢いでポーションを潰してしまうかも知れないと感じられた。嘘かも知れなかったが、その後のダーフィットとの戦闘と、メデューサ戦で影から狙われるリスクもあり、エステルたちは手出しすることができず、ダーフィットのシルエットは森の向こうに遠ざかっていった……。
――――主人公視点――――
「このままだと、どうせアイツにポーション使われるからさ、ダメ元で取り返しに行っていいか?」
「えっ。あ、そうか、ゴローなら追いつけるかも! うん。お願い、ゴロー」
「ああ。でも、その、あんまり期待しないでくれ」
「うん……。ダメなら、仕方ないよ。……よし、落ち込んでても仕方ない! 時間ないから、わたしたち先に行ってるね!」
エステルは涙目を揺らせて、笑顔を見せた。
待ってろよ。今、取り返してきてやる。
「ロゴー、ロープだ。後からヤツが私たちを狙えないように、縛っておいてくれ」
リヴィオからロープを受け取り、俺は変身する。もう姿の見えなくなったダーフィットには、この輝きは見えないだろう。
元々、身に付けていなかったロープは変身しても消えなかった。この辺はなんだか上手いことできていて、背負ったリュックなんかは消える。俺の願望をベルトが汲んでくれてるんだろうか。
「うわっ、速っ!」
「こりゃたまげた……」
「なんて速度だ……」
戻る道を行かずに迂回して走り出した俺の後ろで、トアンとゴドゥとディアスの声がした。そういや、皆の前で走ったことってなかったっけ。
森を疾走しつつ、俺はベルトのクリスタルを緑色の『スライムクリスタル』に入れ替え、モードシフトするためレバーを下げる。クリスタルが緑に輝き、黄金色の輝きが全身を包んだ。やがて光が消え、マスクの眼がクリスタルと同じ緑色に1秒ほど光って消えていく。
うーん、この辺は上手いことできてないんだよな。俺の願望が反映されてるなら、最初から別のクリスタルで変身できるハズ。
カルボ、アイツいい加減だからなー。
でもカルボが言うには、この世界はカルボや他の地球人類の願望を反映させたって話だった。もしかしてそれが抑止力になって願望が反映されないってこともあるんだろうか。
俺は変身ヒーローになる願いを叶えて貰った。正直、それには満足してるけど、ドラゴンとスライム戦を経てブランワーグと戦い、もっと強かったらという思いは増している。
でも、カルボは敵が強くて俺が死ぬからといって、もっと強くはしてくれない。この世界に復活する前に言っていたのだ。「叶える願いはひとつだけだよ。後で変えてとか、細かい変更もなしです。クーリングオフはありません」とかなんとか。
だけど「カッコよくなかったらマスクは後で変更可」という条件だけは取り付けたんだよな。
その後、すぐにこの世界に復活したんだけど、そこで色々会話する時間があれば、この世界がいわゆる剣と魔法の世界だって知ることもできたんだろうな。
あ、でもそれだと後になって変えるってことになるからダメか。結局、俺が馬鹿だったのか。もっとよく聞いときゃよかった……。
でも、車に轢かれていきなりあんなことになって、冷静な判断ができなかったのかも……。うん、そういうことにしとこう。
強くはして貰えないが、強くなる仕組みならある。倒した敵から手に入るクリスタルだ。
今、変身しているこのスライムの力も、使い方次第だ。
……そういえば、マスクを鏡でちゃんと見る前に、もう会えないかもってカルボ言ってたな。マスクがカッコ悪くても会えなかったら変更して貰えないじゃないか……。だから会いに来たのかな? それとも、変更する機能がベルトに付いてるんだろうか。
ああ、俺はどっか抜けてるなぁ。
思えば、カルボの車に轢かれたのだって、青信号だからってどこかぼーっとして歩いてたんだ。それで気付くのが遅れてしまった。
だけど、そんなことでまた死んでしまったり、大切なものを失うのは嫌だ。
この世界は厳しい。もう俺は一度死にかけたし、今も大切なものが奪われてしまっている。
気を付けなきゃな。
荒い呼吸音が聴こえる。道の向こうから、ダーフィットが走ってきたのだ。
俺は村へ戻る道を大きく回り込んでヤツを追い越し、道の脇の叢に潜んでいた。やがて、ヤツがそこを通る瞬間に俺はゲル状に変えた自身の体で、ダーフィットへと覆い被さるように飛び掛かった。
「うおぁあッ!? スライムか!」
まずは、ポーションを持っていない右腕の自由を奪う!
スライム状になった体は、斬られればダメージを受ける。そこが本来は内蔵の部分なら、内蔵がダメージを受けてしまうのだ。なので、腕の自由を奪って短剣を持てないようにする。
「ぐ……うぅうっ! な、なんだコイツは……!」」
その作戦は上手くいった。ダーフィットの右半身に纏わり付いた俺は、右腕の自由を奪った。スライムの状態でも力は通常の変身している状態並にあるのだ。
まだ細かいコントロールは上手くいかないけど。
次はポーションを奪還するべく、それを持っている左手へと体を伸ばそうをしたところで、ダーフィットはしゃがみ込み、地面にポーションを置いた。
俺はポーションへと体を伸ばそうとはしなかった。ダーフィットがポーションを置いた理由を察していたから。
ダーフィットが腰の短剣を引き抜けないように、そこに纏わり付く。
「ちっ! だったら……!」
だが短剣が使えないとわかると、ダーフィットはすぐにブーツに仕込んだナイフを取り出し、俺の体を斬りつけてきた。
ビュッ!と空を切る音がして、間一髪、俺は体をくねらせてそれを躱す。
あっぶな!
次の斬撃は避けられないかも知れない。そう思った俺は腕を伸ばすようにゲル状の体の一部を伸ばして、ダーフィットが振り上げたナイフを持つ手首を捉えてそれを防いだ。
「こっ……このスライム、なんでこんなに賢いんだ!? ぐっ、ああぁ!」
俺はダーフィットの両腕を後ろ手に締め上げつつ、その両腕をロープで縛り上げた。
「うっ、嘘だろ……!?」
ダーフィットの顔が青ざめている。ああ、そうだよな。スライムがこんなことしてきたら怖いよなぁ。
更に俺は両足もロープで縛り上げ、元の変身した姿に戻った。
「なっ……何者だお前は!」
「俺だよ。声でわかるかな?」
「お前は……ゴローと言ったか。一体、いつのまに回り込んで……。それに、その力はなんなんだ……」
「なんでもいいだろ。ポーションは返して貰うぞ」
「くっ、くそっ! おい! あのエルフ娘の兄はとっくに死んでる! なら俺がそいつを使ったほうがいいだろう!?」
「……そうかも知れない。でもそれは結果を見てみなきゃわからないだろ。それに、このポーションはお前のもんじゃないだろ」
「う、ううっ。た、頼む! 金ならやる。なんでもする! だから、だからそのポーションを使わせてくれ!」
「悪いけど、そういう訳にはいかないよ」
「う、うああぁ……。ち、畜生……畜生っ……!」
俺はダーフィットを担ぎ上げ、トリア村へ向かうことにした。
森で放置するのも魔物とかに襲われて危険かも知れないし、ダーフィットがブーツに仕込んでたナイフみたいなものとか使ってロープを切って自由になれば、俺たちのメドゥーサとの戦いを妨害してくるかも知れないと思ったからだ。
「死ね……死んじまえ……っ。お前ら全員、石になっちまえ……!」
ダーフィットは俺に担がれながら、呪いの言葉を吐いた。殴ってやりたい気持ちになったが、涙と悲しみでぐしゃぐしゃになった顔を見て、その気が失せた。
そしてトリア村に戻った俺は、村の人々に事情を話し、ダーフィットを引き渡した。
ふう……。気を使う戦いだった。
でも、今回はどっか抜けてるってことはなかったよな、俺。




