第20話 トリア村
トリア村は、イメージと違って大きな村だった。
だが妙に閑散としており、道行く人は皆、沈んだ顔をしている。
俺たちの姿を見つけると暫くの間、なんだか縋るような顔で見つめてくる人たちがいるのが印象的だった。
「これは、アタイたちの出番がありそうだな」
トアンの言葉と視線に、隣を歩いていたゴドゥが頷く。
どうやら、村の災厄は去っていないようだ。
鍛冶に詳しく、上質の素材を求めて何度かこの村に訪れたというゴドゥが言うには、本来は活気ある村らしい。
辺りを見回しながら村の中を進んでいると、ひとりの中年の女性が近付いてきた。
「あのう、貴方たちは、旅の冒険者の方々ですか?」
「いえ、この村からの国への連絡を聞いて……」
エステルの返答に、ざわっと周囲が騒がしくなった。
「まぁ! それじゃあ、貴方たちは討伐隊の方々ですか! お待ちしていました! さぁ、こちらへ!」
「あっ、い、いや。討伐隊じゃあないんです。討伐隊に参加していた兄を探しに来たんです。ご存知ですか?」
びくりと肩を持ち上げ、その後、中年女性は落胆の色を見せた。周囲の人々も同様だ。
「そ、そうでしたか……。討伐隊は一部、行方不明です。詳しい話は村長代理の元で……。どうぞ、こちらです」
「一部って……行方不明じゃない人たちは無事なんですか?」
「それは……」
女性は言葉を濁し、先へと歩いていく。
エステルもそれ以上は何も言わず、黙って付いていった。
代理の村長は、長い白髭の痩せた老人の男だった。
彼の話によると、11日前この辺りにメデューサが現れて、村長を含めた多くの村人が石化したのだという。
そしてメデューサは鉱山地帯を乗っ取り、住み着き始めた。
こういうとき、緊急用に遠方の地ともすぐに連絡が取れるように、書類程度なら転移できる魔法陣が国中の町村に設置されており、トリア村はそれを使って支援を求めた。
即日、6名の討伐隊(エステルの兄たち)を派遣して貰えたので、到着後、何人かの村人とともに坑道へメデューサ討伐に赴いたが、返り討ちに遭った模様。
行方不明になった一部を除いて、討伐隊は全滅したらしい。
「運べるだけの人々は、こちらに……」
代理の村長に案内された納屋には、所狭しと石化した人々が詰め込まれていた。18人いるという。
「多いな……」
リヴィオが呟く。なんでも、メデューサの被害というのはたまにあるらしいが、二桁に及ぶことは少ないそうだ。
本人の耐性により個体差はあるが、石化しても短時間でメデューサを倒し、その頭の蛇に噛ませれば元に戻るからだそうだ。
だが今回は、そのためにメデューサに立ち向かい、犠牲者が増えてしまったのだという。
エステルはすぐに自分の兄の姿を探し始めた。
無事であって欲しい。
そう願う俺は、エステルがひとりの石化した男性の前で立ち止まった時、嫌な予感がした。
おそらく皆もそうだっただろう。
その男性は耳が長く、エルフのようだった。
弓矢を構えようとしていた時に石化させられたのだろうか。そんな姿勢で、驚いたような表情をして固まっていた。
「この人、知ってる……。お兄ちゃんと同じ、近衛兵の人だ……」
その男性は、エステルの兄ではなく討伐隊のひとりだった。
「いない。お兄ちゃんはここには」
なら、一部の行方不明者のほうだ。
「皆、聞いて。わたし、すぐにお兄ちゃんを探しに行きたい。石化してしまったら、一日以内にこれを使わないと治せないから……。手遅れになったら、後悔しちゃうから……だから……」
「エステル、それは、まさかメデューサの蛇の……」
「うん」
エステルが見せた小瓶に、ディアスが驚いた様子で尋ねた。
なんでも、メデューサの頭の蛇の牙から出る液体から抽出した成分に、特殊な治癒魔法を込めた水を合わせたポーションで、石化を癒やす効果があるらしい。
最近、開発に成功したものだとか。
「それをどこで……」
「お姫様からだよ」
「エステル、キミは王族と繋がりがあったのか」
「ううん、わたしはほとんど……。お兄ちゃんがお姫様の側仕えみたいな感じでね、どうも懐かれてるらしくって。それで、心配したお姫様から渡されたの」
「なるほど。王族の者ならば、それを手に入れられるのも納得だ。なにせ、国立の研究所が開発したものだからな」
「詳しいんじゃな、おヌシ」
「あぁ。我がリングバレイ家も、そこへ出資しているからな。私がメデューサ討伐に加わったのも、メデューサのサンプルの入手を目論んでのことだ」
「金を出す貴族の家の者が、自らのう……」
「私は家督は継げないし、自分の道を行きたいだけだ。資金の捻出にも苦労していてな。冒険者に依頼せずとも自分で取ってくればタダだからな」
「なるほどのぅ。そうやって家の役に立とうっちゅーわけか。殊勝じゃな」
「やりたいようにやっているだけだ。私は探究心旺盛なんだ。この旅は危険だが、実に楽しい」
ニヤリ、とディアスが口角を上げた。
それを受けて、ゴドゥもがっはっはと笑う。
むむ、このふたり、なんか仲良いぞ。俺だってディアスをおんぶしたのになー。
今度はお姫様だっこするか。逆に友好度が下がるよね、うん。
「皆、これを」
「あ、それって!」
ディアスは、2本の小瓶を荷物の中から取り出した。
エステルは自分の小瓶とそれらを見比べる。落とした時に割れないようにだろうか、革で括られたガラスの小瓶で、見た目が同じものだった。
「これは試作品だ。キミのより物は悪い。石化してから4時間、耐性が高い者なら最長で6時間程度なら治るだろう、というものだ。キミのができたからな。いらなくなったコイツを譲って貰ってきた」
「……それ、使わせてくれるの?」
「場合によってはな。1人が3つ全部持っているのは石化されるリスクを考えた場合よくないから、1つは私が持っていよう。もう1つは……」
振り返ったディアスの視線を受けて、俺たちは顔を見合わせた。
誰も目を逸らすことも、首を振ることもしない。
「ま、まって、まって。ディアスは、私に付いて来てくれるの?」
「私だけじゃないみたいだぞ?」
「えっ」
ゴドゥが一歩、前に踏み出して大きなハンマーを担ぎ直す仕草をしてみせる。
隣でトアンがにへへと笑い、その隣ではリヴィオが微笑みを湛えていた。俺も笑っている。
「みんな、いいの……? 疲れもあるし、日も暮れそうだし、かなりの危険を覚悟しなくちゃいけないよ……?」
「それを頼むつもりじゃったんじゃろう?」
「そっ、そうだけど……」
「覚悟はできとるわい。のぅ? お前たち」
「うん。アタイ、まだまだイケるぞー」
「私の剣には、ストーンゴーレムさえ容易く切り裂くという伝説があってな……。ぜひ試してみたいと思っていたのだ」
「日が暮れたら、私の光魔法の出番だな」
「俺は理由も聞かずに助けることを決めたしな。聞いてもおんなじだ」
「みんな……みんなぁ……。ありがとう……!」
エステルは、がばっと俺たちに大きなお辞儀をしてみせた。
顔を上げて笑みを零す彼女の瞳からは、涙が零れそうだった。
俺たちは旅の疲れも癒やすことなく、そのままエステルの兄の捜索へと移行した。
残り1つの石化を解くポーションは、結局、俺が持つことになった。
俺なら変身後は魔法耐性も高いようだから、メデューサの石化にも高い耐性があるかも知れないという判断からだ。
「オレの名はダーフィット。レンジャーだ。宜しく頼む」
俺たちのパーティに、近くの街の冒険者ギルドから討伐依頼でやって来たという細身の若い男が1人、同行を申し出てきた。
なんでも昨日、メデューサたちとの戦闘でパーティが全滅してしまい、途方に暮れているところだったという。
案内役を買って出てくれた。
レンジャーというのはこの世界だと、RPGなどのシーフと同じような役割のようだ。
罠や仕掛けの発見、解除。偵察、索敵。
奇襲が得意で、パーティ内においては遊撃役を求められることも多く、そのために権変に長けた者が望まれる。
自分の頭の中には、なんか迷彩服のマッチョなお兄さんたちの画しか出てこないけど。
ん、メデューサたち? メデューサ以外にいるのか?
「あぁ、ストーンゴレームがいる。メデューサが創り出したものだ」
「へぇ。今度は石のゴーレムか。どっちが硬いんだ?」
「ストーンのほうだ」
答えたのはリヴィオだ。剣の柄に手をかけ、心なしかウズウズしているようにも見える。
斬ってみたいのか?
皆、最低限の荷物だけを持ち、メデューサのいる鉱山地帯へと向かう。
日が傾いて、オレンジの空が眩しく横から照りつけている。
日が落ちれば、光系統の魔術師であるディアスは重宝される。
エステルが無理に土系統の魔術師を連れて来なくてよかったと笑った。
そうだなー。ディアスがいなきゃ山脈越えもできなかったかも知れない。
俺たちに暗い雰囲気はなかった。
エステルの兄の行方はわからないが、エステルを想う暖かな雰囲気がそこにはあった。
そして、エステルもそれを感じて、だから笑えているんだと思う。
そんな雰囲気を引き裂く出来事が起きた。
鉱山地帯へ続く林の中。
蹌踉めいたダーフィットがエステルにぶつかる。
「すまない、足を取られた」
「あたた、へーきへーき」
「悪かったな。この辺でもメデューサに襲われたことがあったって、さっき村の人間に聞いてな。だから、あちこちキョロキョロと見回しててな」
「えっ。そういうことは早く言ってよ!」
皆が一斉に辺りを警戒する。
そんな中、周囲に目を向けず、ダーフィットの喉元に白刃を向けた人物がいた。
「これは、何の真似だ? 女剣士さん」
「わかっているのだろう?」
「……さてね。わからんな」
リヴィオだった。
「エステル、ポーションの確認を」
「えっ? あっ、無い!」
それで、全員が事態を把握した。
「しもうた。こんな初歩的なミスをしてしまうとは……」
「うう、アタイもだ」
ダーフィットは観念したのか、袖口からポーションを滑らせて、自分の手に握った。
「……見え透いてたか?」
「疑いはあった。見ず知らずの人間だ。当然だろう」
「だな。じゃあ、滑稽だったろう」
「こんな稚拙なやり方をする理由には、同情するがな。ポーションを渡せ」
「嫌だね」
「喉元を掻っ切るぞ」
「……こりゃあ魔剣か。おっかないねぇ。喉に宛てがわなかったのは、すっぱり切れちまうからか?」
「話を逸らすな、さっさと渡せ」
「……剣を引っ込めろよ」
「何?」
「この剣を引っ込めろと言ったんだ! ポーションを握り潰すぞ! 例え喉元を掻っ切られても、首を飛ばされてもやってやる!」
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