第19話 ディアスの恥辱
「い、嫌だ!」
ディアスが頑なに拒否して、後ずさった。
何が嫌なのかというと、彼は俺の怪我を治癒するのに、自分で考えていた以上に魔法を使いすぎてしまったそうで、その結果、暫く休んでも山脈越えをする体力が回復しなかったのだ。
なので、俺が変身しておんぶするということになったのだが、ディアスが格好悪いと拒否している、というわけだ。
「そうは言うけどさー、膝、ぷるぷるしてんじゃんよー」
「ぐっ」
トアンに指摘され、しゅんとするディアス。
うーん、困ったな。
「じゃあさ、お姫様抱っこは?」
「も、もっとダメだ!」
エステルの提案も却下される。
そういう問題じゃないと思うよ、うん。
「か、肩を貸してくれればいい……」
そういうわけで肩を貸して、先程、戦闘した広い坂のところまでやって来たのだが。
「ううっ」
「っとと」
バランスを崩し、傾斜で転びそうになる。危ない。
俺はディアスを連れて行きやすくなると思い、変身した。
長時間、変身していると体力を消耗していくとベルトが言っていたので、そうしたら皆で休憩を入れることに決まった。
そういえば、今回は敵を倒してもクリスタルが出なかったなぁ。
なせかとベルトに尋ねてみると、出ない相手や出現がランダムの相手もいるそうだ。ランダムなんてあるのか。
倒したブランワーグの元に皆で向かった。
ブランワーグは白の毛が根本のほうから黒ずんでいた。
「死んで魔力が行かなくなったんじゃな」
ゴドゥはそう分析し、魔力の宿った牙を回収する。
後で換金して山分けすることになった。かなりいい値段になるらしい。
俺の取り分はそのうちの半分だ。遠慮したのだが、却下された。
それからまた先へ進み始めたのだが、すぐに肩を貸している黒い格好をしたイケメン魔術師が息を乱し、苦悶の表情を浮かべている。
俺はパーティの一番後ろに下がり、ディアスを背負うことにした。
「い……嫌だ。みっともない」
カッコツケめ。
「お前が回復してくれないと、いざという時、困るんだよ。一番後ろで皆に見えないようにおぶってやるからさ」
「う、ううぅ……」
渋々、ディアスは了承した。
「その代わり、後ろから襲われたら危険かも知れないぞ」
「その時は、私を見捨てて行け」
「嫌だね」
気を付けるし、変身してる時は聴力も上がってるから、たぶん大丈夫だろう。
パーティの皆もそれで納得し、俺たちは一番後ろを歩いた。
ちなみに変身したら、ブランワーグに噛まれて穴の空いた部分は直っていた。 ベルトによると、変身し直せば損傷は元に戻るそうだ。
ヒビ割れていた炎の剣も元通りになるそうだけど、あの場面でそれは自殺行為だな。
それから1時間ほど歩いて、変身の影響で体力が減ってきたのを実感する。
早くない? ベルトに尋ねてみると現在の体力が関係しているそうだ。
なるほど、ディアスの治癒魔法は怪我は治せても体力が回復するわけじゃないし、山脈越えやさっきの戦闘や怪我で、俺はだいぶ消耗していたからなー。
前の世界で普段からあまり運動してたわけじゃなかったし。
休憩を取ることになり、俺とディアスは地面に突っ伏した。
ああ、地面から緑の濃い匂いがする。
先程の岩場の多い地帯を抜けて、今は森の中にいた。
木々に刻まれた視界の遠く向こうで、得体の知れない大きな生き物が何匹か飛んでいるのが見える。
「最悪、山で夜を明かすことになるかも知れないから、皆、よさそうなとこあったら教えてね」
エステルたちは山での野宿を想定し、色々と話し合っている。
「しかし、やはり山で夜を明かすのは危険じゃ。それなら日が落ちても進んで、山を抜けてから休んだほうがええんじゃないか?」
「それはそれで危険だよー。敵との遭遇率も上がるかも知れないし。どこか、迎撃に適したとこで夜を明かしたほうが……」
「いっそ、さっきの岩肌の多いとこに戻るってーのは? 白いヤツぶっ倒したんだ。あそこなら安全じゃないかー?」
「戻っても、夜には強力な魔物が出てくるかも知れん。あの、空を飛んでいるジャイアントファルコンは夜は岩場で休むと言うぞ。結局は、どれもリスクがあるのぅ」
「うーん……じゃあ進みつつ、よさそうな場所があったら候補にしとくってことで」
エステルたちの話し声を聞きながら、俺はいつのまにか寝入っていたようだ。
目が覚めると、頭の下に柔らかい感触。
眼前にトアンがバストアップで映る。
なぜか、トアンが膝枕してくれていた。
「あれ、なんで?」
「お。にへへ~」
俺が起きたのに気付き、白い歯を見せて笑うトアンに、何か企みのようなものを感じた。
「……チョコ欲しいのか?」
「えっへっへ。バレた?」
そう言って白い歯を見せて笑うトアン、愛嬌の固まりみたいだった。
ああ、なんだか癒されるなぁ。
ふとももも、肉付きが良くてぷにぷにで心地良い温かさだし。
このまま寝ていたい。
そうもいかず、暫くして再び出発となった。
出発前にリヴィオが「今度は私が……」と言っていたが、何のことだったのだろうか?
ディアスはまだ回復せず、再び変身した俺のおんぷの刑だ。
「うう……無念だ……」
背中から呟きが聞こえた。
俺は、他の皆に聞こえないよう、小声で話しかける。
「なぁ、さっきリヴィオから聞いたぞ。俺の傷を治してくれた時、予想より出血が多くて、それで思ってたより魔力を使わざるを得なかったんじゃなかったのかって」
「…………あの娘、魔術の知識も持っていたか」
どうやら当たりのようだ。想定外だったんだな。
「なんで黙ってたんだ?」
「言い訳など、格好悪くてできるか」
やっぱりか。なるほどなー。少しディアスのことがわかってきた。
「……お前は命の恩人だよ、改めてありがとうな、ディアス」
「お互い様だと言ったろう」
「そうだけどさ。お前はカッコイイよ」
「なっ、こ、こんな醜態を晒す男が、カッコイイわけがないだろう!」
ディアスの大声で、皆が振り向いた。
「いーや、そんなことねーよ」
「ふ……ふん! 慰めの世辞など、器用なことを……」
「お世辞じゃねーって」
皆がディアスの様子を見て、何やら訳知り顔で再び前を向いた。
それで俺も首を回してディアスを覗き見てみると、耳まで真っ赤にしていた。
「なっ……。み、見るな!」
首を締められた。
変身してるから、ぜんぜん苦しくないけど。
その後、金色じゃない大蛇や、大型の動物も罠にかけて捕食する植物、巨大蜘蛛、色々なものに出会った。
崖を下った先でコヨーテの群れと遭遇したり、川辺でコモドドラゴンに出会ったり。
戦闘になることもあったが、エステルとリヴィオとトアンの3人で充分だった。
順調に進めたため、山脈越え寸前というところで日が沈んだが、山を出てから野宿することにして、最後の場所となる森を進んでいた。
暗い中で、多少回復したディアスの光魔法が頼りになった。
なんかもちもちした光の球を生み出す魔法だ。
ディアスから渡されたぼんやりと光るその球をぐにぐにすると、明るさが増して辺りを照らした。でも暫くすると光が弱まってくるから、またぐにぐにする。ちょっと楽しい。
その明かりを頼りに進んでいく。
「熊だー!」
エステルとトアンの叫び声が同時に響き、見ると全長4メートルはある巨大な熊が森の中からこんばんはしていた。
でっか。でか!
俺の出番かとベルトを出現させるが、そうしているうちにトアンが駆け出していった。
大丈夫か?
「今夜は熊鍋じゃあ!」
がっはっは、とゴドゥが笑う。
そういえば、エステルとトアンの叫び声には喜びの色が含まれていた気がする。
エステルが弓を放つと、それが見事に熊の額に命中。
蹌踉めいたところに側面から近付いたトアンがジャンプし、その脳天に巨大なハンマーのドリルのような円錐形になったほうを振り下ろした。
どすん、と倒れる音がして動かなくなる熊さん。
この世界の熊は弱い……ってわけじゃないよなぁ、たぶん。
「まぁ、魔物に比べたらなー」
にへへっと歯を見せてトアンが笑う。
この人たちって実は皆、大概強いよね。
まぁエステルがそういう人たちを選んで連れて来たんだろうけど。
「見ろ、暮らしの灯火が見えるぞ」
前を歩くディアスが指差すほうを見ると、遠くに人家の明かりがぽつぽつと見えた。
「おお、それじゃあもっと切り分けていくかのぅ。分けりゃあ納屋にでも泊めさせて貰えるかも知れん」
ゴドゥは嬉しそうに持ち帰る熊肉の準備をしている。
まだ治療してない腕も痛むだろうに。なんか歴戦の冒険者な感じするなぁ。
やがて、俺たちは山脈越えを果たした。
辿り着いた民家では、熊肉がとても喜ばれて納屋ではなく部屋を貸して貰え、さらに晩飯に風呂まで頂いてしまった。
おかげでだいぶ疲労を取ることができた。
翌朝になり、ディアスの治癒魔法によりゴドゥの傷が癒やされた。
「すまなかったな。昨日のうちにかけてやれたらよかったのだが……。眠れたか?」
「気にするな。痛み止めの薬草が効いて、朝までぐっすりじゃったわい」
民家の一室で、何かの毛皮の敷物の上に腰掛けながら出して貰ったコーヒーを啜りつつ2人の会話を聞いていると、トアンが近寄ってきて耳打ちしてきた。
「あれ、嘘さー。ホントはけっこう遅くまでごろんごろん寝返り打っててさー。アタイ隣で寝てたからおかげでうるさくって、こっちまでちょっと寝不足だよ~。ふああぁ……」
へー……。ディアスに気を遣って嘘をついたのか。
ゴドゥって優しいんだな。
あくびをして大きなくちを開けるトアンにそう囁くと、あはははっと笑いが返ってきた。
「ちがうよ~。あれは見栄を張ってんさー」
「誰がじゃっ」
「やべ、聞こえたっ」
ゴドゥに睨まれて笑いながら俺の後ろへ回り込むトアン。俺の両肩に手を置いて、くっついてくる。
全体的に肉付きが良くぽよぽよと柔らかいのだが、背中に特にぽよぽよするふたつの部分が当たっている。
そっと目を閉じ、感謝した。
チョコレートのせいか、随分と懐かれたようだ。
「ロゴーは大丈夫なのか?」
「ああ、怪我はすっかり治ってるよ」
「そうか。だが、脚が随分と痛むんじゃないか?」
「よく見抜いていらっしゃることで」
俺は苦笑しながら、自分の脚を揉んだ。
筋肉痛で酷く痛むんだ、これが。
「強行軍だからなぁ、この旅は。鍛えてないお前にはしんどいだろう」
「そーなのかっ? だったらアタイがマッサージしてやろうか」
「いや、私が治癒魔法をかけよう。痛む所はどこだ?」
銀の杖を軽く掲げて、傍に来たディアスがしゃがみ込む。
治癒魔法で筋肉痛も治るのか。でも、マッサージ受けた後じゃダメですかね?
そうは言えず。
「有り難いけど、魔力は大丈夫か? 今日はこれからだぞ」
「筋肉痛くらいでは大して魔力は使わんさ」
「そっか、じゃあお願いするよ」
「残念じゃったな、トアン。チョコを貰いそびれたのぅ」
意地悪そうな顔を見せるゴドゥ。さっきのお返しかな。
俺も残念でした。
「まぁ、それだけじゃないけどなー。コイツ、昨日はがんばってたさー。白いヤツやっつけて、大怪我した後もディアスおぶってさ。ゴブリンとも話せるし、アタイ、すげーって感動しちゃったんさ~」
リヴィオもうんうんと頷いている。
「だから、マッサージくらいしてやろーって思ってさ。いらなかったけどなー」
「ほぉ~。トアンがそれほど人間に懐くとはのぅ。まあ、ワシもマッサージくらいならしてやってもよい気持ちじゃがの。昨日の晩に食うたチョコレートは旨かったからのぅ」
リヴィオがまたうんうんと頷いている。
その奥に視線を移すと、荷造りをしていたエステルもこちらを向いて、なにやら誇らしそうにしている。
そうこうしているうちに、ディアスが治癒魔法をかけ終えた。
「おー、痛みが消えた!」
「思ったより魔力を使ったな……」
立ち上がり脚を上げて喜ぶ俺の傍で、ディアスが苦い顔をして呟いた。
酷かったからなー、筋肉痛。
「魔力、大丈夫か?」
「案ずるな。予想より多かっただけで大した量じゃない」
「休めば回復するんだよな。またおぶってやろうか?」
「え、遠慮する!」
期限を損ねてしまった。結構、真面目に言ったのにな。
身支度をしている俺たちの部屋に、泊めてくれた民家の家族が熊肉とチョコレートのお礼だと、少し甘みのある果実を3つ持ってきてくれた。
ゴドゥが言うには奮発してくれたようじゃ、とのこと。
家族のいい笑顔が印象的だった。
そして、トリア村へと出発する。
「着くのは、夕方頃かなー」
到着時刻を尋ねた俺に、エステルが答えた。
「状況次第では、到着して戦闘ってことも有り得るよな」
「そうだね。たぶんメデューサがいるのは坑道のほうだと思うけど」
「そういやリヴィオの家に来た時、坑道のこと言ってたな。鉱山地帯なのか?」
「うん、そうそう。トリア村は魔石の採れる山が見つかってできた村なんだよ」
「へぇー」
「だから、もしメデューサと戦うとしても、今日、村に着いて討伐は明日になると思う。心構えはしといたほうがいいけどね」
エステルの兄は無事だろうか。
皆、それぞれに思う所はあったが、その点についてはエステルを気遣い、安否に関わる言動を避けるためか、言葉少なだった。
旅は順調に進んだ。
道中で何度か魔物と出会ったが、難なく撃退した。
そうして、夕刻前にはトリア村へと到着したのである。




