第1話 変身
「くっそう、カルボのやつ……」
俺は、この世界を作ったというカルボナーラパスタのことをそう呼び、不満を漏らした。
異世界に俺は復活できた。願いも叶えてもらった。
俺の願い、それは『変身ヒーローになること』だった。
ガキの頃から憧れていた。仮○ラ○ダーみたいな変身ヒーローになって、怪人なんかと戦うのが。
しかし、どうだ。この世界、この状況。
俺は辺りを見渡して溜息をつき、頭を垂れる。
地面までの距離が遠い。なぜなら、馬の上に乗っているからだ。そして、鎧と槍を装備している。なのに、ふとももはまるだしだ。
周りには同じく鎧を着て、槍やら剣やら武器を持った格好をした人たちで溢れかえっているが、自分の格好だけ年代が古い感じがする。
中世後期のヨーロッパの戦いに、古代ローマの兵士が紛れ込んだみたいな。
それに、ちらほら人間じゃない種族も混じってるみたいだ。
やけに大柄な者や小柄な者、小柄だが体躯がよくて立派な髭が生えてる者……。
オーガ? ドワーフ? ホビット? エルフとかもいるんだろうか。
杖を持っている者もいる。ということは魔法がありそうだ。
「なんてこった……」
もっと詳しく聞いておくんだった……。
カルボのやつが「似たような世界だねぇ」て言ってたから、てっきり前の世界と同じような世界だと思ってた。
だけどここは昔のヨーロッパ風のファンタジーな異世界じゃないか。俺だけ格好が違うけど。
そんな世界で、俺は『変身ヒーローになりたい』と願ってしまった。
場違いな感じがする。
それに周りの人間の男たち、鎧を付けてない腕とか見るに、みんな筋骨隆々な感じなんですけど。自分、肉体は前の世界と同じで、ひょろいんですけど。鎧もずっしり重いし、槍はクッソ重い。腕、ぷるっぷるしてきた。
強い日差しと人が密集した熱気が相まって、臭うし暑苦しいし。
自分がいる赤い旗がチラホラなびく大集団から数百メートル先には、金色っぽい旗を掲げた大集団がユラユラ。
陽炎が立ち昇り、揺らめいて見えているのだ。
幻滅の悲哀の中、途方に暮れているとパパパパーッと威勢のいいラッパの音が響いた。
軍勢中央の先頭にいる高価そうな鎧を纏った男が「全軍突撃ー!」と叫ぶと、赤い旗の大集団は鯨波を作って喧囂した。
ものすっごい煩い。
それとともに、自分のいる軍勢は金色の旗の軍勢へ目掛けて突撃していった。
俺を残して。
「まさか、この状況で変身して戦えってんじゃないよなぁ」
人間相手に戦えってのか?
善と悪、どちらがそうなのか、わからない。どちらもそうではないかも知れない。
いきなりこんな状況に放り込まれたって、戦えるかよ。
ひとり、遠くに駆けていく軍勢を見送りながらそんなことを思っていると、一騎その中から戻ってきて俺の元にやってきた。
「お前、どうして立ち止まっている」
若そうな女性の声だ。フルフェイスの鉄製の兜を付けていて顔は見えないが、兜の目の隙間の闇からは、じろじろとこちらを覗き見る赤い瞳が微かに見て取れる。
「……腹が痛くて、目眩がするんだ。とても戦えない」
俺は適当な言い訳で取り繕った。
「何? 昼食が当たったんじゃないか? ほうれんげ草、古くなっている感じがしていたんだ……。大丈夫か?」
ほうれん草みたいな名前の食べ物が出てきたぞ。
「あぁ、ほうれんそ…ほうれんげ草に当たったみたいだ。とても戦えない……とても……」
戦えないことを強調してみた。
「そうか……。しかし、ウチの部隊にお前のようなヤツがいたかなぁ。私も副隊長に任せすぎか……」
目の前のフルフェイス女兵士が首を捻る。もしかして、部隊長なのか?
「俺は目立ちませんから……」
「そんなことはないだろう。戦士でそんなに細腕の者なら」
「う。……さ、最近、激痩せしたんです」
「……何かの病気か?」
「た、たぶん……」
「そういうことなら、仕方がないな。お前は負傷兵キャンプに……ん?」
前方の軍勢同士がぶつかり合って、剣戟などの戦いの音が聞こえてきていたところから、猛獣の咆哮のようなものが轟いた。
見ると、ドラゴンだった。
翼の生えたドラゴンが、空を飛びながら火を吹いている。うわぁ、異世界だなー。
「とんでもないものを喚び寄せたな! 命を捧げたか……。しかも、召喚に失敗したようだ。見ろ、敵味方、散り散りになって逃げていく。これでは戦どころではない。一時撤退だな、こちらに来なければいいが……。いや、来てるな、こちらに来ている! 逃げるぞ!」
フルフェイス女兵士が、馬を走らせて撤退してゆく。
こちら側の軍の兵士たちもだ。すごい全力で逃げてる感じだ。突撃していったときより速い。
ふむ、せっかく変身ヒーローになったんだし、ここはいっちょ戦ってみようかな。なったんだよね? やり方わかんないけど。
でも戦って勝てるのか? ドラゴンに。ラスボス級じゃね?
俺は、カルボが言っていたことを思い出した。
――――――――――――――
「じゃあ頭の中、見せてもらうね?」
「ええ?」
驚いたが、変身ヒーローになりたいという俺の記憶や願望を調べて、カルボが創造した世界に反映させるのだそうだ。
言葉で説明するよりいいと思った俺は、素直に頭を差し出す。
「なるほど……こういう感じか。うんうん。うんうん。……うんうんうん」
うんうんうるさいな。
「うるさくてごめんね~」
うぇ。思ったことが伝わった。
ヘタなこと考えられないな。エロいこととか。
「…………うわっ。腋でおにぎり握ってほしいとか、変態だねキミはっ」
「人の性癖、見ないでくれよっ!」
「ごめんごめん。さて、まぁ大体わかったよ。ほんじゃ反映させるね~」
――――――――――――――
俺の願望を反映させたのなら、基本的には人間サイズの怪人などと戦う変身ヒーローだ。
ドラゴンはそれよりずっとでかく見える。
仮○ラ○ダーはでかい敵とも戦ったりするが、戦い方を知らない俺が初陣で勝てるとは限らない。
というか、変身の仕方も知らない。
カルボの野郎、いや、女郎? 説明くらいしろよな。
なので、俺も逃げることにした。
馬のお腹を軽く足で蹴ると、馬も逃げたかったのだろう。猛スピードで走り出した。
落ちた。
バランスを崩し、落馬。頭をぶつけたが、兜があって助かった。
後ろを振り返ると、200メートルくらいの距離までドラゴンが迫ってきていた。
落馬したり、最初から馬に乗ってなくて逃げ遅れた人達に、炎を浴びせたり踏んづけたりしている。
阿鼻叫喚だ。
「平気か!」
振り向くと、先程のフルフェイス女兵士が戻ってきて、手を差し伸べている。
この人、俺を助けに戻ってきたのか。こんなヤバイ状況で。
その手を取ると、彼女は掛け声を上げた。
「いくぞ、せーのっ!」
その合図に合わせ、俺は彼女に引き上げられつつジャンプしてなんとか馬に跨る。
「しっかり掴まっていろよ!」
振り落とされないよう、鉄製の鎧に包まれた腰にしがみ付く。
振り返ると、ドラゴンはもう100メートルくらいまで迫ってきていた。
その鉤爪が逃げ惑う兵士の頭に振り下ろされ、俺が被っている青銅製の兜より上等な、鉄製の兜が吹っ飛んだのが見えた。
「あ」
思わず声が出た。
兜の中には長い金髪と耳が収まっていた。女性だ。あれは、もしかしてエルフというやつではないだろうか。
ドラゴンがその一撃だけで他に標的を移したので、頭に鉤爪を受けたその女性は、蹌踉めきながらもこちらに逃げてくる。
目が合った、ような気がした。
悲痛な表情をして助けを求めているような、そんな感じがした。
馬に乗っている俺たちは、そこからどんどん遠ざかる。
俺は、願望を口にした。
「助けたい! なんとかならないのか!」
「何!? ……あの女をか? 無茶だ」
「なんとかならないのかよ! ベルトとか、出てこないのかよ!」
「え?」
俺はフルフェイス女兵士に言っていたわけではなかった。
自分の、秘めたる力に訴えていたのだ。
そして、腰に手を当ててベルトを願ったとき、その力の源は姿を現した。
変身ベルトと思われるものが、光り輝きながら出現音を伴って、俺の腰に現れたのだ。
「なんだ!? なんの光だ!」
「ベルト、キターー!」
「なっ!? 何を言っている!?」
「とうっ!」
先程、俺が助けたいと口にしてからフルフェイス女兵士が馬の速度を落としていたので、思い切って飛び降りた。
「おっととと……!」
速度を落としていたとはいえ、それなりの速さがあって着地に失敗し、蹌踉めいて転倒してしまう。
「うわぁ! 大丈夫か!」
フルフェイス女兵士が焦った声を上げて戻ってきた。
俺がまた落ちたと思ったのだろう。
「来るな、行け! 俺なら平気だ!」
「しかし!」
「本当に平気だから、早く行くんだ!」
「ぐっ……」
フルフェイス女兵士はそれでもためらっているようだった。
もうドラゴンが間近だってのに、とんだお人好しだな。
「だったら、変身して見せるしかないな」
俺はベルトを覗きこむ。
大きな六芒星の魔法陣が描かれた、円形で金色の、金属と思われる板が中央に作り付けられた変身ベルトだ。
「変身!」
試しに唱えてみた。変身できなかった。
後ろでフルフェイス女兵士が聞いてることに気付いて、ちょっと恥ずかしくなったが今はそんな場合ではない。
「ポーズとか、必要なのか?」
そう言ったら、金色の装飾が施された蒼いクリスタルが現れた。
「コイツを使うのか!」
そのクリスタルの断面と同じ六角形で、同じくらいの大きさのベルト上部の穴に見当を付け、俺は蒼いクリスタルを嵌め込む。
六芒星の中央には窓があって、クリスタルの一部が見えるようになっている。
穴に奥まで入れると固定された。
すると、同時にカキィーン! と、何か金属同士がぶつかったような、高音の気持ちのいい音が鳴り響くとクリスタルが発光、今度はキラキラと鳴り出した。光は明滅を繰り返している。
「おぉ、変身待機音だ! どうすればいい、どうすれば……変身!」
……また変身できなかった。恥ずかしい。
後ろではフルフェイス女兵士が「お、あ、え?」とか言って戸惑っている。
どうすりゃいいんだ、あと一歩なんだ!
ベルトの下側などを指でまさぐるが、これといって変身できそうなギミックは見つからない。
「何が必要なのか、説明しとけよ、カルボナーラァ!」
すると、頭の中で声がした。
――魔法陣を叩け――
俺はその言葉に従い、握った拳でベルトの魔法陣を叩くと、バキン、と割れた音がした。
魔法陣の描かれた板に亀裂が入り、その隙間から金色の光が漏れている。
その板がガション、という音とともに、魔法陣の中心から少し外側に動いてバラバラに離れると、魔法陣の隙間から金色の輝きが更に漏れ出し、クリスタルが一層、蒼く光り輝いた。
そして、俺の全身が金色の光に包まれた。
次第に光が消えていき、次に変身ヒーローとなった俺のマスクの眼が、クリスタルと同じ蒼色に煌めいた。
その煌めきも次第に消え、そうして、変身が終了した。