第18話 vs.ウルムングイス
――――エステル視点――――
まだ他にいたのっ!?
金色の大蛇、ウルムングイス。
この魔物は確か、魔法耐性が高くて鱗も硬かったハズ。
でも圧迫には弱い。ゴドゥかトアンに来て貰えれば、巨大なハンマーが有効だ。
だけどゴドゥとトアンは前衛だし、しかもエステルの援護が必要な状況だ。
「崖の上に大蛇がいる!」
それだけ叫んで、後ろの大蛇を気にしつつゴドゥとトアンに迫るワーグに矢を放った。
我ながら、的確な援護射撃だった。
「助かった!」
トアンが大声でわたしにお礼を言いながら、ワーグをハンマーで叩き潰す。
それを見届けつつ、後ろを振り返る。
ぎょっとした。
さっきまで数メートルの崖の上にいたウルムングイスが、降りていたからだ。
わたしはエルフで、耳がいい。
後ろの音には注意していた。でも、這いずる音も聴こえなかった。
無音系の魔法か。
わたしの中に、この金色の大蛇が無音系の魔法を使うという知識はなかった。
それが命取りになりかねない場面だった。
あと3メートルといったところで、大蛇はチロチロと舌を出した。
わたしは蛇に睨まれた蛙のように硬直し、思考だけを巡らせていた。
「うお、あがあああ!」
5秒くらい経過しただろうか。そこで、ゴドゥの悲鳴が聞こえた。
一瞬の躊躇の後、振り返るとゴドゥは腕をワーグに噛み付かれていた。
しまった! 援護できなかった。
そして、視線を再びウルムングイスに戻す。
僅かな間だった。振り返っていたのは。
でも、その金色の大蛇は眼前にまで距離を詰めていた。
そして、裂けたように大きく開くクチと、鋭い牙が迫った。
わたしは、地面に転がる大筒から矢を取り出すためにしゃがみ込んでいた。
そのため、とっさに坂を丸まって転がる回避行動を取った。
それは功を奏した。
ゴロゴロと転がって、尾骶骨が痛いけど。
ウルムングイスとは距離が空いたが、矢筒からも遠ざかってしまった。
手持ちはたったの2本しかない。
わたしはそれを、援護に使うことにした。
たぶんこの金色には、矢は効果が低そうだと思ったからだ。
上手く口の中に矢を射れればいいが、そう上手くいくとは限らないし、コイツに時間を取ってもいられない。援護をしなくてはいけないのだ。
ゴドゥとトアンが居るほうを見ると、リヴィオが駆け付けてゴドゥに噛みついたワーグを斬り伏せたところだった。
「助かった! いやぁ、危ないとこだった。とっさに腕でガードせにゃ、喉笛を掻っ切られてたとこだったわい!」
ディアスがまた、光の矢を敵群へと放った。
何匹かのワーグに矢が命中する。
その中で致命傷になっていない2匹のワーグに狙いを付け、わたしは残った弓矢でそのワーグたちを仕留めた。
やった。
だけどわたしはその時、注意を怠っていた。
一体なぜ、そんなミスを犯してしまったのか、わからない。
ゴドゥが負傷したことで動揺したのか、戦闘中の極限状態のせいだったのか……。
なぜかはわからないけど、ぽっかりと失念していた。
無音移動のことを。
いつのまにか、ウルムングイスはわたしのすぐ傍にいた。
気付いた時には、遅かった。
今度はその迫り来る猛毒の牙を避けることはできなかった。
でも、その牙はわたしに届かなかった。
見ると、金色の大蛇の尾の先の部分から更に蛇の身体が伸びているみたいに長細い緑色のスライムが貼り付いていて、ウルムングイスを引っ張っていた。
ズルズルとスライムに引きずられ、ウルムングイスはわたしから離れていく。
スライムってこんなに細長くなれたっけ? こんなに力、あったっけ?
ウルムングイスが身体を捻ってスライムのほうへと頭の向きを変え、口を開けた。噛み付く気だ。
だけどスライムは捉えているウルムングイスの尻尾を振り回して、ヤツをムチのように地面に叩きつけ、それを阻止する。賢い。
それからスライムはウルムングイスの首を捉えると、その姿が変貌してわたしは驚きに目を見開いた。
「あっ、ゴロー!」
ゴローだ。ゴローだったのだ。
スライムの姿から元の黒き魔装戦士、いや、魔装じゃないんだよね、変身ヒーローの姿に戻ったゴローが、ウルムングイスの首を握り潰した。
「間に合って、よかった……」
そう呟くゴローの太腿が大量に出血しているのに気付いて、私は驚愕する。
ゴロ―は再び変身し、スライムになって皆のほうへと移動していく。
そうか、足を怪我してたからスライムになって移動して来たんだ。
ゴローのことは心配だったが、決着を付けなければいけない。
わたしは急いで矢筒の元へ戻り、弓矢を構えた。
その矢は、放たれることはなかった。
それは、再び元の姿に戻ったゴローが叫んだことによって。
威圧感のある声で、ゴロ―のあんな声は初めて聞いた。
「お前らのボスは俺が倒したぞ! まだやる気か! まだやるってんならかかって来い! お前ら皆、火達磨にしてやる!」
そう言いながら腕を伸ばし、指差した先には白いワーグが煙を吹いて倒れていた。
それを見た魔物たちは、散り散りに逃げ去っていったのだった。
――――主人公視点――――
気付くと、エステルの膝の上だった。
戦いが終わり、逃げ去るモンスターどもを見届けた後、俺はどうやらぶっ倒れたらしい。
さっきまで戦っていた傾斜した大地より、少し戻った場所にいた。
「あっ、ゴローが気が付いた!」
間近にあるエステルの顔がこちらの反応を伺っているようだ。
俺はそれに笑顔で返すと、エステルの大きな蒼色の瞳が揺らめいた。
「う、うぅ……ゴロぉ……ゴロ~~」
エステルが俺の頭を抱き抱える。
その目からは大粒の涙が零れて、俺の首筋を伝った。
くすぐったっ。
でも我慢だ。
ああ、そういや俺、太腿からすごい出血してたっけ。
エステル号泣してるなぁ。俺、死ぬのかなぁ。
まぁでも、皆を守れたみたいだ。
エステルの控えめな胸に埋まった隙間から、皆の顔が見て取れる。
よかった……。
エステルの膝枕も胸の感触も匂いも心地良くて、あんまり苦しくない。
このまま死ねるのなら、悪くないかも……。
なぜか不思議な光が視界に差し込んでいて、それもなんだか心地良い。
死ぬ直前で正常じゃなくなった脳が、幻覚を見せてでもいるんだろうか。
「うぅ、よかった……。よかったよぅ~~」
いや、よくないでしょ。死んじゃうんだよ、俺。
…………あれ? もしかして助かったのか?
ブランワーグに噛み付かれた脚を確認するために首を動かしたため、エステルの胸の感触が強くなった。
あっ、わざとじゃないんだ。ありがとうございます!
それはさておき負傷した太腿を見ると、そこにはイケメン魔術師のディアスがいて、治癒魔法をかけてくれていた。
光の正体はこれだったのだ。
「…………助かったのか」
俺が呟くと、「そうだよぅ」と自分の頬の涙を掌で拭いながら、エステルが笑った。
「骨まで達してなくてよかった。もしそうであれば、私には助けられなかった」
ディアスが言うには骨に損傷があると、初級の治癒魔法では途端に治りが悪くなるのだそうだ。
中級で1回で治せるところを、初級では何十回、何百回とかけなければ治せなくなるらしい。
変身した姿の厚手のラバーみたいなとこも、かなり丈夫だったようだ。
骨まで達していなかったのは、穴が空いてもそれを広げるにはかなりの力が必要だったのだろう。
なんせ、ブランワーグの魔力の宿った牙は鉄の鎧を噛み砕くって話だったしな。
それでも俺の脚は深い傷で出血も多く、治癒魔法を何度も唱えたディアスは、魔力が尽きかけ疲労困憊になってしまった。
「も、もう、限界だ……」
「ふん、ワシは後でいいわい」
へたり込んで空を仰いでいたディアスがゴドゥに視線を移すと、ゴドゥは左腕に包帯を巻きながら、笑って返す。
それを受けてディアスも口角を上げると、銀の杖をゴドゥへと伸ばした。
するとゴドゥは怪我をしてないほうの腕だけでさして重くもなさそうに大きなハンマーを持ち上げると、コツンと銀の杖にぶつけた。
えー、何その、お互いの健闘を称え合って拳をぶつけ合うみたいなやつ。
いいなぁ、男の友情。俺も混ぜてほしい。
死地を乗り越え、連帯感が増したようだね。
「ディアス、ありがとう」
「お互い様だ。キミがいなければ、全滅していたしな。しかし、すまないが魔力を使いすぎた。休息が欲しい」
「そうだねー。ゴローもまだ休ませたほうがいいだろうし。暫くはここで休みますかー」
「…………。ならエステル、お前も疲れただろう。ロゴーを寄越せ。私が変わろう」
リヴィオが交代を申し出て、自分の太腿をぽんぽんと叩いた。
「へ? へーきだよ~」
「そ、そうか……」
「……もしかして、ゴローに膝枕してあげたかった?」
「なっ? ち、違う、そうではないっ」
意地悪そうな笑顔を浮かべるエステルに、顔を赤らめたリヴィオが反応する。
「ふーん。じゃあなんで~?」
「う、それはだな……」
「アタイわかった! チョコのためだろ!?」
そこでトアンが割って入った。手には戦闘前にあげたチョコを持っている。
「アタイがあんまり旨そうに食ってたもんだから……。お先に、ごめんな~。貴族様でも食いたくなっちゃうよな~」
にへにへと破顔しながら、トアンが左右に身体を揺らし、足は交互に前後にぷーらぷら。
ものすごく嬉しそうだ。
あの戦闘の後だしな。
「……。そ、そうだ。うん。そうだぞ」
「ちょっと考えたよね」
「ち、違うっ」
リヴィオは片頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
エステルは俺の頭を撫でながら「素直になればいいのにね~」と呟いてくる。
「いやぁ、そういうんじゃないと思うけど……」
「そうなの? じゃあ、どういうの?」
「ん? んー……。わかんないけど、リヴィオだから、かな?」
「へー……。あ、でもわたしもなんとなくわかるかも。きっと、リヴィオだからこの旅に付いてきてくれたんだよね」
そこで俺たちが視線をリヴィオに移して見ていると、横目でこちらを見たリヴィオがその視線に気付き、「みっ、見るな!」と怒鳴った。
「ありがとうね、リヴィオ」
エステルはそっぽを向いたリヴィオの背中に、そう声をかけた。




