第17話 vs.ブランワーグ
妙案を思い付いた。
炎の剣の必殺技、あれはリーチの伸びる強力な一撃だ。
リーチが伸びることを知らないブランワーグ相手なら、不意をつける。
『ブレイズブレイド』
炎の剣を出現させるトリガーであるベルトのレバーを押し、
『ブレイズフォース』
剣が形成されるとすぐにもう1度、レバーを押し倒した。
燃え盛るような音とともに、炎の剣が明るく輝く。
青い瞳を少し見開いたブランワーグは、それを注視しているようだ。
警戒されるのは仕方ない。
ブランワーグが身を屈め、ジリジリと歩み寄ってくる。
嫌な緊張感だ……。
(もう少し……もう少し……今だ!)
輝く炎の剣を、全力で横ざまに振った。
高速で伸びた炎の刃が、ブランワーグへと走る。
ブランワーグは跳躍したが身体半分、間に合っていない。
獲った、と思った。
だが、ブランワーグは棒高跳びの背面跳びのように身体を捻り、炎の刃を躱してしまう。
更にグルリと回転し、足から地面に着地した。
目を疑う出来事だった。
「くそっ! だったら、これはどうだ」
俺はバックステップで距離を置き、レバーを2回倒す。
『ブレイズドラゴン』
その音声が流れている間に、ブランワーグは俺との距離を詰めた。
魔力を帯びた七色の犬歯が俺の太腿へと伸びる。
「えぅいっ!?」
間一髪、身をよじって回避する。
思わず変な声が出た。
だが、無理な体勢になってしまい傾斜で滑って後ろ向きに転倒してしまう。
そこへ、ブランワーグの鋭い爪が襲いかかった。
金属の装甲の無い、厚手のラバーのようになっている右腕の肘の内側にその爪が食い込み、激痛が走る。
「うぐあああっ!」
俺は身体を捻りながら、右側にいるブランワーグに倒れ込みながら左腕でパンチを繰り出すが、ブランワーグは軽くジャンプすると先程のブレイズフォースを避けたように宙で身をよじって拳を交わし、うつ伏せになった俺の背中に降り立った。
――噛まれる!
「グァォオオ!」
それは、炎の剣が形を変えた炎の竜の咆哮だった。
火の粉が俺の上で飛び散り、ブランワーグは俺から距離を取った。
ブレイズドラゴンが追い払ってくれたのだ。
「た……助かった」
右腕を見ると、穴は開いていないようだった。よかった。
爪じゃなくて犬歯だったら、破られそうな気がする。
「ドラゴン、連携して戦うぞ。できるか?」
炎の竜は咆哮を上げて答えた。イエスの返事だ。
できない時は弱々しい唸り声を上げる。
これも、都市アグレインへの道中に試して判明したことだ。
「先行しろ!」
俺の命令で、ブレイズドラゴンはブランワーグの元へ飛んだ。
ブランワーグはその体当たりを、坂の下方へと軽く横っとびして躱す。
そこへ、俺が追随した。
イケる!
ブランワーグの着地の隙に、拳が届く。
硬くて速いのは、お前だけじゃねーぞ!
坂の下方へのジャンプだから、軽く飛んでも距離が稼げると思ったのかも知れないが、仇になったな!
俺の拳がブランワーグの白く煌めく身体に届いた瞬間。
拳を中心に大気中に半透明の白い波紋が広がり、拳の威力が拡散された。
「何!? 硬いってそういうことかよ!」
魔法だろ、これは。
それでも拳の威力はある程度、伝わっている。
1メートル程度だが、ブランワーグを吹っ飛ばした。
「グルルゥァ……!」
回転し、再び見事に足から着地したブランワーグが、牙を剥き出して唸った。
今まで仲間がやられても冷静な態度だったブランワーグが、怒りを見せたのだ。
「す、すげー怖いんだけどっ!」
心情を口にしながら、坂の下方のブランワーグへ掌から炎を放射した。
サイドステップで躱すブランワーグに、手の向きを変えて炎を浴びせようとするも、炎の到達より速くサイドステップで避けられてしまう。
それを3回ほど繰り返したところで、ブランワーグが逃げる方向へと回り込んだブレイズドラゴンが、その白い身体を捉えた。
「効かないのかよ……」
ブレイズドラゴンが触れた位置からまた大気に波紋が広がり、ブランワーグは少し熱がったような素振りを見せたが、白く煌めいた毛には焦げ跡も無かった。
更に、ブランワーグは接触していたブレイズドラゴンに爪を浴びせてダメージを負わせたようで、ブレイズドラゴンが呻き声を上げた。
炎の竜だから物理攻撃は効かないのかもと思ってたけど、そんなことはなかったようだ。
「剣に戻れ」
負傷して戻ってきたブレイズドラゴンを炎の剣に戻すと剣にヒビ割れができていて、オレンジ色に発光している。
これ、折れないか? 大丈夫なんだろうか。
「ベルト、折れたらどうなる? 説明してくれ」
――暫く、使用不可――
「今の状態で必殺技を使うとどうなる? 説明頼む」
――レバー1回の必殺技は使用できない――
うわ、使えないのかよ。
ヤツの素早さでは、キックグレネードはまず当たらないだろう。
とすると、必殺技は使うことができないが、コイツが頼みの綱だ。
俺は両手でしっかりと炎の剣を握り締め、ブランワーグと対峙した。
後方で、リヴィオたちの戦いの音が聞こえる。なんだかヤバそうな気配だ。
すぐにでも助けに行きたいが、この地形で飛びかかっていくのは不利だと考え、迎撃の構えを取った。
「かかって来いよ……」
俺の言葉に反応したのかはわからないが、ブランワーグは3メートルほどの距離を取って、俺の周囲を廻り始めた。
坂になったこの地形で、両手に武器を持ちながらそれを追うのは困難だった。
ヤツに合わせてその場で身体を回転させるが、坂に足を取られバランスを崩してしまう。
当然、ヤツの狙いはそこだった。
炎の剣を持つ俺の右腕へと、牙を伸ばす。
「くっ!」
間一髪、その牙を避けることに成功したが、右腕を剣から離れてしまった。
その隙を突き、ヤツは爪で炎の剣を握っている残った俺の左手を切り付けた。
「うぐあっ!」
炎の剣を落としてしまう。
それを坂の下へとブランワーグは後ろ足で蹴り飛ばした。
俺もヤツを蹴り飛ばしてやろうと右足を突き出して蹴りを見舞ったが、
ヤツはぐりんと身をよじってそれを避けた。
避けながら、突き出したその脚に絡み付くように前へと跳躍してきて、厚手のラバーのようになっている金属の装甲のない俺の右の太腿へと、ブランワーグは上顎の2本の虹色に淡く輝く牙を立てた。
「ぐぁああぁああーっ!」
噛み付かれ、激痛が走る。
ヤツの牙がラバーのような素材を破って太腿に突き立っている。
――ああ、そうだ。
あることを閃いた俺は先程、斬り付けられた左手でヤツの首根っこを掴んだ。
素早く離れようとしたブランワーグが俺の太腿から牙を引き抜くが、逃げようとするヤツの下顎に右手を伸ばし、口の中に指を突っ込んで掴む。
すぐに顎を広げようと下へと力を入れたのがよかったのか、魔力が宿った牙の部分じゃなかったからか、噛み付かれたが指を持っていかれることはなかった。
そして左手で上顎を掴んで口を大きく開かせる。
この手があった――。
「炎よ!」
俺は叫び、両手から炎を発生させる。
肉の焼ける音がして、ブランワーグが藻掻いた。
これで勝てると思った。
だが、火力が足りなかった。
こんな体勢で炎を放出したことがなくて、ヤツの喉の奥まで、炎が入って行かない。
暴れるブランワーグの4本の足の爪が、俺を斬り付ける。
痛みに耐えながら、必死に手を離さないようにして炎を発生させるが、上手くいかない。
「ちっくしょう!」
ここで手を離したら、終わりだ。
俺は無残に殺されるだろう。
パーティの皆も、たぶん殺されてしまう。
ブランワーグの爪が、噛み付かれた太腿を斬り付けた。
「ぃぎあああっ!」
激痛で、意識が遠のく。
太腿を見ると、出血が酷い。
視界にベルトが見えて、さっきの言葉を思い出した。
そうだ。
ベルトは言ってたな。「――レバー1回の必殺技は使用できない――」と。
俺は右肘をベルトのレバーに乗せ、2回、押し倒した。
『ブレイズドラゴン』
音声が鳴り響き、離れたところに転がった炎の剣が、炎の竜へと姿を変える。
「ドラゴン! コイツの口の中に飛び込めぇえー!」
ブレイズドラゴンは俺の叫び声に咆哮で答え、ブランワーグの体内を焼いて応えてくれた。
「ギャゥヴヴ……ヴゥ……!」
呻き声とともに煙を吐いて、ブランワーグは絶命した。
――――エステルたち側――――
こんなところで、死ぬわけにはいかない。
上方にいた魔物は、すべて片付けた。
残りはワーグが20匹ほどに、ロックゴーレムが3体。
ワーグの注意がエステルに向いた状態では、弓矢はなかなか致命傷には至らない。
なので、ディアスの魔法などで出来た隙をなるべく逃さないようにしつつ、隙のありそうなワーグや接近戦を行う仲間を襲うワーグへの牽制のために、エステルは次々に矢を放っていく。
特に、ドワーフのゴドゥとトアンの2人の武器は重いハンマーなので、素早いワーグ相手には支援が必要だった。
「うわー、エステルぅ、助かった!」
「ふん、エルフの嬢ちゃんの矢が無けりゃあ、とっくにくたばっとるかも知れんの!」
そう叫ぶゴドゥの頭の上を、空の矢筒が飛んで行く。
エステルが放り投げたのだ。
投げ付けられたワーグは、それを大きくバックジャンプで避けた。
下り坂へ飛べば、通常より滞空時間が伸びる。
そこへ、エステルが弓矢を放った。
ワーグの着地と同時に矢がワーグに届く。
だが、ワーグはその牙で矢をガッキリと噛んで止めると、雄叫びを上げた。
「こんのー! おとなしく食らっときなよー!」
「おっ、おい! もう矢は無くなっちまったのか!?」
狼狽するゴドゥに、エステルは戦闘前に下ろした荷物の中から持ってきた大型の矢筒を掲げてみせる。
予備の特大の矢筒には、70本ほど矢が入っている。
だが、消費が激しい。油断は出来ない。
助かったのは、ロックゴーレムにドワーフのふたりと魔剣を持つリヴィオ、接近戦を行う3人全員が対処できたことだ。
もし、リヴィオが魔剣を持っていなければ、坂の上から転がって襲ってきたロックゴーレムによってディアスは負傷し、エステルたちは敗北していた。
更に、ゴドゥとトアンには支援が必要だったが、リヴィオは1人で状況を切り抜けられる強さがあった。
今も1体のロックゴーレムを断ち割り、2匹のワーグを斬り伏せてみせた。
それでも、数で押されればエステルたちの敗北は確実だった。
だがディアスの多数の光の矢による広範囲の攻撃と目眩ましが特に効果的で、一斉に敵を寄せ付けずに済んでいた。
そこには、ワーグの臆病な性質もあったが。
しかしディアスの負担も大きかった。
初級魔術とはいえ、光の矢を一度に多く作り出す魔法を幾度も使ったのでは、魔力消費も疲労も大きい。
「ふんばれー! ゴローがきっと白いワーグ倒してくれるから!」
エステルは皆を鼓舞して、地面に転がる大型の矢筒に手を伸ばした。
その視界の隅に、金色の物体が映る。
「えっ?」
見ると、崖の上から金色の大蛇がこちらを見下ろしていた。




