第15話 山脈越えの途中で
「いやー、それにしても。アタイ、さっきはビックリしたなー」
「あぁ、ゴロ―の魔装があれほどのものとはのう……」
「それだけじゃなくってさ、ゴブリンの言葉をしゃべれるのにもアタイはビックリだったよー」
「チョコレートも作れるしな……。大したものだ」
「ふっふーん、そうでしょう~。だから言ったじゃない!」
トアン、ゴドゥ、ディアスの3人にエステルが自慢気に胸を逸らした。
なんだか気恥ずかしいな。
ふとリヴィオを見ると、彼女は口元をにっこりさせていて、なんだか俺のことを誇ってくれてるような顔をしていた。
目が合ったら気恥ずかしかったのか、そっぽを向かれてしまったが。
魔装も言語もチョコも、カルボから与えられたものだ。
とは言え、それはお詫びであるのだから、今は自分の力として素直に受け取っておきたい。
あ、チョコは餞別って言ってたっけ。
とは言っても、この世界に来ることになったのはカルボが原因だしな。
ゴブリンの領域を抜けた俺たちは、何やらゴツゴツした岩肌の多い地帯へと辿り着いた。
「こっから先は、別の山みたいだね。でっかい岩がゴロゴロ……ゴロー」
「ぷはっ。あははは、エステル、くだらないぞー」
トアンが可笑しそうに丸い顔に愛嬌のある笑顔を見せる。
でもあなた、俺の意図せぬダジャレには真顔でつまんないって言ってましたよね。今の、そんなおもしろかったでしょうか。
んー。間とか言いかたとか言うタイミングとか、色々あるんでしょうな。
「ふぅむ、この辺も何か採れたりするんかのぅ」
ゴドゥは採掘資源に興味があるようだ。
俺のイメージにあるドワーフっぽいな。こっちの世界でもそうなのかな。
「この辺りは歩きやすいな。だが小石に気を付けろよ、ロゴー。足を挫けば事だからな」
リヴィオが注意を促してくれる。
すると、ディアスが銀の杖を軽く掲げて申し出て来る。
「挫いた程度、私が治癒できるが?」
「ほう。ディアス・リングバレイと言ったな。貴殿は治癒系統の魔法も使えるのか」
「ああ。初級の治癒魔法だけだがな」
「初級だけでも凄いことだ。リングバレイ家には優れた魔術教師がいると聞いたことがある。その者に教えを?」
「よく知っているな。リヴィオと言ったか。そなたも貴族なのか?」
「ああ、そうか。家名は名乗っていなかったな。失礼した。リヴィオ・アンバレイだ」
「アンバレイ……。すまんが、不勉強でな、そちらの家には疎いようだ。申し訳ない」
「ふふ、いや、いいさ。力ない貴族だ。滅ぶ寸前のな。知らなくても構いはしない」
「ふたりとも、貴族なんかー。道理でなー。なんか姿勢がいいっつーか、上品っぽいってーかなんつーか、そんな感じしてたんさー」
ふたりの会話に、トアンが割って入る。
「でも、貴族なのにこんな仕事するんだなー。山脈越えやメデューサ退治ってけっこう危険だろ?」
「私は、エステルやロゴーを放っておけなくてな」
「そっかー。ディアスは?」
「私は末弟だからな。跡目を継ぐこともない」
「でも、貴族なら食うのに困ったりはしないよな。いーよなー」
「確かにそうだが……。私は、いずれ世界中を旅して回りたいのだ。危険なところにもな。今回の件はそれの修行と経験、といったところだな」
「は~……。危険なとこにも、ねぇ。アタイは日がな一日、酒浸って暮らしてたいけどなー」
トアンの願望に、皆が笑った。
パーティが打ち解けてきてる。
「なぁ。皆がどういう能力を持ってるか、もっと詳しく把握しといたほうがいいんじゃないか? 戦略を立てる上でさ」
「いや~、皆、大まかには把握してると思ってたんだけどねー。ゴローとリヴィオには治癒魔法のことは伝わってなかったかー。ごめんごめん」
俺の提案に、エステルは苦笑しながらストレートの金髪を指先でくるくるっと絡めながら答えた。
まだあどけなさを残した表情は、とても可愛らしい。
余裕で許せるな。
「ロゴー、冒険者は時に護衛任務などで敵対することもあるから、細かいことまで踏み込んで聞くのはマナー違反なんだ。自分のことについても何を教えるかは自分で決めろ」
リヴィオがつつっと横に来て、教えてくれた。
「ゴロー、お前さんの魔装については興味あるのぅ。ワシは鍛冶もかじっておるからのう」
「つまんないぞ」
ゴドゥのダジャレを、トアンが半分閉じた目で冷たくそう評価する。
うん、今のは俺にもわかった。つまんなかったぞ。
でもふたりの気安い関係がわかって、ちょっと和むな。
「魔装の出処については悪いけど教えられないな……。でもその力で敵をぶっ飛ばして爆発させたり、炎を放ったり炎の剣を作ったり、炎の竜を作って操ったりできるよ」
「ほぉお~、凄いもんじゃな。それだけの魔法の力を秘めとる魔装とはのう」
「私も最初は本当に驚いた」
しみじみとリヴィオが呟いた。
「そうは言うが、ええと……リヴィアじゃったか。べっぴん貴族のお前さんや、あっちの魔術師の貴族の男も相当にやるではないか。貴族は英才教育っちゅーやつで強者も多いとは聞いとったが、ワシの予想以上じゃったぞ」
「ゴドゥ、リヴィアじゃなくてリヴィオだよ。リヴィアは妹」
ぺちっ、とリヴィオが無言で俺の頭をはたいてきた。
「姉だった? ……おぅッ!」
問いた俺の尻に、鋭い蹴りが飛んできた。
痛い! ありがとうございます!
冗談はさておき。
「……妹だ」
小声で頬を赤らめ、片頬を膨らませたリヴィオがそう答えた。
「仲が良いな。それなら貴族でも、庶人の為に命を賭けるか」
その様子を見て、ディアスが微笑む。
「ふんっ。そこまでの仲じゃない。私は己の剣の道を行きたいだけだっ」
ディアスに向けた横顔の、反対側の頬は更に膨らんでぱんぱんになっていた。
ふいに、エステルが弓矢を構えた。
矢を向けた場所に目をやると、切り立った岩肌の崖の上にひとつの青いシルエットが見える。
狼だろうか。
エステルはゆっくりとした動作で引き絞った弓矢を下ろした。
「流石にあそこまでは届かないか」
俺はけっこうな距離のある青いシルエットに目を凝らしながら、エステルに訊いてみる。
「届くよー。でも下手に刺激できないからね。群れが近くにいるだろうし」
「おい、まさか白いのはおらんじゃろうな?」
「白いの?」
俺たちの会話に、ゴドゥが加わってきた。
その表情は今まで見た中で一番険しい。
「報告はないよ。冒険者ギルトに150回くらい山脈に入った記録が残ってて教えて貰ったんだけど、一度もなかった。いるならわたしだって山脈越えは断念してるよ~」
「そうか。そりゃあそうじゃな」
「その白いのってどんなヤツなんだ? ヤバそうだけど……」
「ヤバいよ~。速くて、硬い。剣が通らないし、魔法の耐性もかなり高い。魔力の宿った特殊な牙は、鉄の鎧でも噛み砕くんだってさ」
「うぇ~、ホントにヤバそうなヤツなんだな……」
「あはは、アンタ、昨日シュナン食べてたときみたいな顔してんぞ。アタイたちには関係ないって~」
「そうじゃそうじゃ」
トアンとゴドゥのドワーフふたりが大声で笑い合うと、それに反応したように狼か何かの遠吠えが響き渡った。
「これが合図で、ワーグの群れの取り囲まれちゃったりして」
苦笑するトアンに「こんな坂でか?」とゴドゥが返す。
25度くらいだろうか、傾斜した乾いた大地を今は進んでいるところだ。
横と下方に大きく広がっていて、下手をすると転げ落ちていってしまいそうだ。
想像したらちょっと怖くなった。
「どうした、ディアス・リングバレイ。敵か?」
リヴィオのその言葉に皆、表情を固めてディアスを見た。
ディアスは今まで見た中で、一番青い顔をしていた。
「……強い魔力を感じる。何かが近づいて来る」
暫くして、俺たちは魔物の群れに取り囲まれた。
ワーグと呼ばれる、青い狼のような魔物が40匹ほどもおり、更にロックゴーレムという人型の岩の固まりが7体ほど。そして更に――。
「し、白いヤツだ……」
トアンはガチガチと歯を鳴らした。
陽光に白く煌めく毛のワーグが取り囲む魔物の群れ、正面の最奥にいる。
名はブランワーグ。白いワーグという意味だそうだ。
「な、なんで……? 出ないんじゃなかったのかよう、エステルぅ……」
「そ、そのハズなんだけど……」
「魔物も随分な数じゃな……。白のワーグが従えたようじゃのぅ」
「なんでこんないっぱい……? い、今までこんなことなかったんだろ?」
その疑問を、リヴィオが推測する。
「……ワーグというのは臆病で、群れの仲間を大切にする魔物と聞く。今まで山脈越えをしてきたパーティは、見た目は強そうな男たちが多かったんじゃないか? だからワーグたちも仲間の犠牲を押してまで、襲っては来なかった。だが、我々を見ろ。ゴドゥがいるが、ドワーフだから背丈がな……」
「フン、ワシらが弱そうに見えたからか。舐められたもんじゃな。じゃが、腑に落ちる考えじゃ。ゴブリンどもも、それで襲ってきたのかものぅ」
「我々のような連中まで通してしまっては、人間どもが雪崩れ込んで来て領域が侵食されると思ったのかも知れない」
「それで、叩き潰しに来たっちゅーわけか? フン、後悔させてやるわい」
「ウ、ウソだよな……。アタイ、こんなところで死にたくないよぅ……」
「しっかりせい、トアン。おヌシだって冒険者だろうに」
「あはは……だ、だよね。でもほら、ブランワーグがドワーフの村を全滅させた話、あったろ? アタイ子供の頃、何か悪さする度にお母さんからブランワーグに食べられちゃうぞって脅されて……さ」
トラウマになっちゃってるのか。
「こんなところで殺されてたまるもんか。絶対にお兄ちゃんを助けに行くんだ……!」
エステルは、弓に矢を宛てがい、気を吐いた。
「なぜ、こんなところで……」
ディアスは周囲を見回しつつ呟く。
確かにそうだ。ロックゴーレムなんて、周囲を取り囲む際には傾いた地面に足を滑らせて移動しづらそうだった。
「ワーグにゃあ岩場にも刺さる爪があるからのぅ。この地形を有利と見たんじゃろうな。ブランワーグは知能も高いそうじゃから、ヤツが指示したんじゃろう」
「……提案だが、俺が目眩ましの魔法を使うからイチかバチか、この傾斜を駆け下りてみるか? 上手くすれば逃げられるかも知れない」
「じゃが、ワーグは鼻も効く。追い付かれれば、まともに戦うより全滅の可能性が上がるじゃろう?」
「ああ……そうだろうな」
「そん時、一番にやられるのは多分ワシかトアンじゃ。ドワーフじゃからな。悪いがワシらはおヌシらを生かす為の囮になる気はないぞ」
「いや、そんなつもりで言ったわけでは……。気を悪くしたならすまない」
そうして話しているうちに、魔物たちはじりじりとその包囲を狭めていく。
おそらく、一斉に襲いかかるつもりなのだろう。
「リヴィオ、何か策はあるか?」
「状況を打破できるようなものは……」
「そうか。ならあの白いヤツ、いや、正面の群れもなるべく、俺がやる」
俺は皆の先頭へと踏み出していく。
「ア、アンタ……。か、勝てるの?」
「わからない。そうだ、チョコやるよ」
俺は、ゴブリン相手に変身したときにリュックの横ポケットに入れておいたミルクチョコレートを取り出して、トアンに握らせた。
「うぁ……」とチョコを手にした彼女が困惑顔で声を漏らす。
すぐに口にするかな? と思ったが、腰に下げた袋に仕舞い込んだ。
「じゃ、じゃあ、これ食べるために、絶対勝たなきゃな……!」
青い顔で引き攣った口元に白い歯を覗かせて、笑うトアン。
そんな彼女の頭を撫でて、俺は前へと踏み出す。
「ゴロー……」
「エステルも、そんな顔すんなよ。絶対、兄貴助けるんだろ?」
「う、うん」
先程までの明るい感じと違い、急に不安そうな顔を覗かせたのは、たぶんだけど、今まで無理して明るく振る舞っていたんじゃないだろうか。
兄を想って、危険な山脈越えを決めたエステルを助けてやりたい。
俺は先頭へ歩み出ると、変身ベルトを出現させた。
「変身!」
戦いが、始まる。




