エピローグ
あれから、半年が過ぎた。
この世界でも1年の周期は同じで、日本と同じくらいの間隔で四季のあるアグレイン国では、秋から冬が過ぎて今は麗らかな春の季節が訪れている。
グリーディとの戦いの後、都市では戦勝パレードが行われた。
勇敢に戦った人たちの列のトリを務めたのは、俺と『サモンヒーローズ』の仲間たちだった。
とても多くの人たちが街道に集まってくれて、大歓声で、気恥ずかしさもあったけどすごく嬉しかったな……。
パレードでは、フランケンがなぜか人気で驚いた。
闘技大会で人気になったのかと思ったのだが、なんでもフランケンが貴族の母子を助けたというエピソードが広まっていた為らしい。
そのおかげと、不気味な風体や穏やかな性格などもあって、彼は子供たちにとても人気が出た。
街に出れば子供たちに囲まれるようになり、フランケンはとても嬉しがっていたな……。
実は、それにはフランケンの成長が確認できて、外出を認められたのも大きい。
フランケンは俺と最初に戦ったときは、戦闘を途中でやめることも手加減することも出来なかった。闘技大会の頃にはそういったこともなくなり、賢くはなっていたのだが、戦勝パレードのような興奮しそうなイベントは、おそらく大丈夫だとは思うが万が一を考え辞退していただろうと、ラファエルとコンスタンティアは言っていた。
だが『サモンヒーローズ』の副産物として、召喚する仲間の条件に一定水準の精神構造というのが含まれていた為に危険はないと判明し、外出が許可されることになったのだ。
それでも、フランケンはその不気味な風体で人々に嫌われるのを気にして、パレード前はアンバレイ家の屋敷の庭の外からは出ようとはしなかった。
なので、パレードでの人気には仲間たち皆で喜んだものだった。
そして、その為にラファエルたちは自分たちの屋敷に戻らずに都市に残り、自分たちの屋敷を新しく建てて住むことにした。
ガラードとの件が済んだので、もう都市から離れた屋敷に住む必要はなくなってはいたんだけど、あの場所が気に入っていて帰ろうとしていたのをそれで取りやめたんだよな。
一方、ラファエルはパレードではフードを目深に被っていたので他の人の目に触れなくて不満そうだった。
闘技大会の衆人環視の中で闘うことは嫌がってたけど、こういうのでは褒め称えられたかったんだろうな。
グリーディが起こした事件によって大きな損害を受けた都市アグレインは、半年経って随分と復旧した。
あの事件では少なからぬ犠牲者も出てしまったが、それでもこれだけの被害で抑えられたのは、『ピープルクリスタル』による奇跡の力のおかげだと、事件の詳細報告を受けた女王様は俺やその仲間たちに謝辞を述べていた。
女王様は、菜結の治癒魔法のおかげで病が完治した後、再び本格的に国政に携わっている。
隣国のレンヴァント国が貴族主義と金色の主義の崩壊で荒れ、その立て直しの為にアグレイン国はレンヴァント国とのあいだに同盟を結んだ。
アグレイン国は俺が優勝したことで採掘権を得た鉱山の魔石による収入の2割を今後10年、レンヴァント国への支援に充てるという。
同盟には平和条約も盛り込まれ、両国の国境付近では周辺の魔物に対処できる程度の兵力を残して、常駐していた軍隊は撤収された。
幼い王女、リズオール・アグレインは女王の国政への復帰で負担が減り、時々はアンバレイ家の屋敷に遊びに来ては、泊まっていくこともある。
菜結とは大の仲良しだ。
そんなお姫様大好きのリヴィオとフリアデリケは、リズオールと会っているときは未だに落ち着かない様子なのだけど、特にリヴィオはずっと顔の締まりが緩んでいて、見ていておもしろくも可愛くて愛らしい。
グリーディが最後に俺に託した魔力の上限を上げる方法と、魔法の理の一部がわかったことによって、この世界は大きく変わっていくことになるのかも知れない。
魔法のプログラムを進めるには知識が最も重要なので、俺と菜結がこの世界に持ち込んだ知識が合わされば、その可能性は大きく上がるのかも知れない。
その辺は、女王様などのアグレイン国の人たちや、元々魔法の理の一部を広めようと考えていた菜結の魔法の師匠であるペネロネというお婆さんを呼び寄せて、一緒になって広める内容や方法を相談している。
今は、随分と話し合いが進んで、一段落したところだ。
同時に道徳教育も必要と女王様は考えていて、その必要性を訴えたり、教育プログラムなんかも作っているので、その辺の時間も掛かっている。
魔力の上限をアップする方法がわかったことで、リヴィオやルーシア、フリアデリケは魔法が使えるようになると張り切った。
半年で少しは魔力が上がったようで、フリアデリケは初級の風魔法が使えるようになり、夢が叶ったと飛び跳ねて喜んでいたっけ。
グリーディの新しい召喚魔法も世界を大きく変えるかに思われたが、解明したところ結局、召喚対象を契約で縛って別空間に転移させる為に通常の召喚魔法並みに魔力が必要だったことが判明し、契約で縛るのも別空間の持ち主でないとならなかったので、それはなさそうだ。
将来的にはどうなるかわからないけど、その頃にはもっと優れた召喚魔法が出来てるかもな。
ところで、半年経って俺はどうしているかというと――。
『キックグレネード』
海面に浮上してきたクラーケンへと、必殺の蹴りを命中させた。
蒼く輝く蹴りが巨大なクラーケンを海中へと押し込んでいく。俺の身体も海中に沈んでいった。
「爆発しないか……!」
この世界のクラーケンはイカの怪物とタコの怪物のハーフ&ハーフって感じだ。
クラーケンは地球ではタコみたいだったりイカみたいだったりした姿で描かれていたので、地球人のクラーケンへの願望が混ざった形で反映されたんだろうか。
でも、これはこれで格好いいデザインなので、アリだと思います。
そんなイカタコフィフティフィフティなクラーケンが、俺へと触手を伸ばしてくる。
吸盤の付いたアレに捕らえられてベルトのレバーが下げられなくなったらマズイな……!
俺はクラーケンの体を両足で思いっきり蹴って、海中から空中へと飛び上がった。
水しぶきの向こう、船上にいる人たちが声を上げたのが耳に届いてくる。その中には俺の大切な人たちの声も混じっていた。
「ロゴーっ! 海に落ちた乗客は拾ったぞ! もう大丈夫だ!」
「了解!」
俺は空飛ぶマントを装着した状態で出現させて空中に留まり、最悪、瞬間移動で逃げられるようにベルトでセットしていた『ナユクリスタル』でのモードシフトを取りやめて、代わりに美しい黒色のクリスタルと入れ替え、レバーを下げた。
『ルーシアクリスタル』
そしてモードシフト完了後、すぐにレバー1回の必殺技を発動する。
『ライトニングシュナンパイ』
旨そうに湯気の立つ出来たてシュナンパイが眼前に出現した。熱々のそれを、再び海面に顔を出したクラーケンへと放り投げる。
クラーケンの体にべたんとぶつかって、海に滑り落ちたところでシュナンパイが光り輝き電気の塊となって、周囲に電撃を迸らせクラーケンを感電させた。
この技、便利なんだけどルーシアには不評なんだよな。好物のシュナンパイが出てくるのに食べられないから。
この必殺技も本人の願望が反映されてると思うんだけど、ルーシアは本当に自分の願望が反映されているのか、いじわるされてるんじゃないのかって怒っていた。
まぁどれくらい反映されるかはわかんないからなぁ……。
船上の人々は、電撃が発せられたことでどよめいていた。
クラーケンは動かなくなると、ゆっくりと海中へと沈んでいく。
「あっ。浮かんでこないのか!」
クラーケンは幻の食材とも呼ばれていて、非常に美味であるらしい。
だが捕獲が非常に困難で、もし撃退の際に可能なら足の1本だけでも欲しいと船員に言われていたんだよな。
空飛ぶマントをストレージに仕舞って落下して海へ飛び込み、どうやって持って帰ろうか考える。
足を断ち切るにしても、炎の剣は水中だしな……。『アックスビーククリスタル』の『ヒートアックス』もダメかな……。
……あ。これなら全部持って帰れるかも。
暫くして、再びクラーケンが海上に姿を現したので、船上から悲鳴が上がった。
『ゾンビクリスタル』の『ゾンビネーション』を使って、死んだクラーケンをゾンビにして操り、客船を追従してくるように命令したのだけど、先に説明すればよかったな。
船尾に乗り込んだ俺が説明すると、安心した人々が俺に賞賛や労いの言葉を掛けてくれた。
ゾンビは変身を解いてもゾンビのままで、命令が解除されることはない。変身を解くと、その様子に周りの人々がざわめく。
噂の魔装が見れたと喜ぶ人たちもいる。ちょっと恥ずかしいな。
「おつかれ、ゴロー!」
「ロゴー、平気か」
そうしていると、エステルとリヴィオが駆けてきたので、俺はふたりとハイタッチした。
実は、今は新婚旅行の最中なのだ。
「クロキヴァ様、お見事でした。海の中でも戦えるとは、驚きです」
お世話になっている商業ギルドのグリースバッハもやってきて、声を掛けてきた。
新婚旅行の計画が上がったときに、海の向こうの国を勧めてくれたのが彼だ。
俺が提案したコンテナによって、物流の世界は大きく変わり始めているらしい。実際に港に行ってコンテナ船や積み下ろし作業の様子などを見てみたかったのもあって、彼の提案に乗ることにしたのだ。
そうしたら、仕事のついでということで、彼や彼の商業ギルトの人が案内をしてくれることになった。
海の向こうの国が楽しみだ。
「貴方、やっぱり凄いわね……」
次にグリーディが作った別空間にいた、サキュバスのリリーペトゥアが声を掛けてきた。
彼女はあの戦いの後、行く宛がないということでリヴィオの提案でアンバレイ家の屋敷にともに住んでいたのだ。そして、新婚旅行で海の向こうの国に行くとなったとき、その海の向こうにある故郷に帰りたいというので、途中まで同行することになったのだった。
「ゴロー様、お疲れ様です……」
最後に、顔色のよくないルーシアが船内から姿を見せた。
彼女は船酔いで苦しんでいたのだ。でも今は、顔色が悪いながら笑顔を見せている。
「ルーシア、平気か?」
「ええ、リヴィオ様。ところでですね、皆さんにお話したいことが出来まして……」
そうしてルーシアは、自分が吐き気を催していたのは船酔いではなく、妊娠しているようだと告げてきた。
驚きの声を上げる、俺とリヴィオとエステル。
「ル……ルーシアさん……」
「さんは余計ですよ、あなた」
「あ、ああ。ルーシア……。ホントに?」
「ええ」
「お、おめでとう……!」
「はい」
心底、嬉しそうなルーシアの目の端に涙が煌めく。
「わー! おめでとう、ルーシアさん!」
「ありがとうございます、エステル様!」
「ル、ルーシアっ……。おめでとう!」
「ありがとうございます、リヴィオ様っ」
リヴィオはもらい泣きしてしまったようだ。
「おめでとうございます、ルーシア様、ゴロー様、皆様」
「ありがとうございます、グリースバッハ様」
「やったわね。私もゴローとだったら欲しいかも……」
「……また勝手にゴロー様の寝込み襲ったら怒りますよ、リリーペトゥア様」
「も、もうしないわよぅ……。凝りました……」
実は、この新婚旅行はリヴィオとエステルとだけじゃなく、ルーシアも含まれていたのだ。
それにしても、妊娠してたとは……。俺が父親か……。
「お留守番してるフリアデリケちゃんやナユちゃんにも伝えなきゃね!」
呆けていた俺の視界に、エステルの可愛らしい笑顔が飛び込んできた。
「あ、ああ、そうだな」
あとで『ナユクリスタル』の能力で菜結と連絡を取るか。
リヴィオとルーシアは抱き合い、涙を流して喜び合っている。
周りの乗客たちがルーシアが懐妊したと知ると、お祝いの言葉が次々に届けられ、クラーケンを退治したのもあったのだろう、人々はアグレイン国で有名なお祝いソングを歌ってくれて、すごく感動してしまった。
「クラーケンはね、魔界でも美味しいって人気よ。だから挑んではやられる魔族がよくいるの」
余韻に浸っているとリリーペトゥアがそんなことを口に出した。
「……え? 今、なんて言った?」
魔界? 魔界って言わなかった? あるの? 魔界。
聞き直しても、やっぱり魔界だった。
「もしかして、魔王とかいたりすんの……?」
「いるわよ」
「マジか……」
と言っても、詳しく聞いてみると俺がイメージしたような、この世を支配してやるーって感じの魔王じゃないらしい。
魔王は魔族の国の王様で、魔界も魔物が沢山いる大陸で別世界というわけではなく、人の国とは平和的に交流しているそうだ。昔は支配してやるーってときもあったそうだけど。
「前から疑問だったんだけど、絵本とかに出てくる魔王ってすっごく強いじゃない? でも王様のことを魔王っていうだけなら、魔界の魔王って強いわけじゃないの?」
以前から知っていた様子のエステルが尋ねると、リリーペトゥアは「いいえ、すっごく強いわよ。そうでなきゃなれないの」と答える。
すっごく強いんだ……。
リリーペトゥアはその魔界でグリーディに捕らわれたのだそうだ。
まぁ強いといっても戦うことなんてないだろうと、このときは思っていたんだけど、将来的には遠い魔界の地まで行って魔王と戦うことになるんだよな……。
始まりはリヴィオだった。それから、色んな人たちのおかげもあって、俺はやってこれた。
時々思う。もし、リヴィオに出会わなかったらどうなっていただろうと。
それでも冒険者になればやっていけただろうが、調子に乗ってブランワーグに噛み殺されたりしていたかも知れない。
変身ヒーローになれたところで、前の世界のような娯楽のないこの世界では、結局はいい出会いがなければ、一定水準以上の社会がなければ、俺はこの世界に来たことをきっと後悔していただろうな……。
時に迷うこともあるかも知れないが、仲間たちもいるから大丈夫だろう。
俺はこれからも、俺なりの変身ヒーローとして戦っていく。
これにて完結です。
約2年間、筆を折ることなく続けてこれたのは読者の皆さんのおかげです。
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それでは、読んでくださってありがとうございました!




