最終話 vs.グリーディ
「ゴローっ! がんばれーっ!」
「がんばって! おにいちゃん!」
「彼奴めに引導を渡してこい! ゴロー!」
「ゴロー! 負ケルナ……!」
仲間たちの声援が、跳び上がった俺の耳に届いてきた。
振り返らずに片腕を掲げて応え、空飛ぶマントでグリーディの元へと向かう。
貴族街の中程の空の上で、グリーディは俺が来るのを待っていた。
ウロボロスの姿のグリーディは全長20メートルほどで、日の光をよく反射する煌めく銀の鱗に全身が覆われている。蛇のような体の背中には翼が生えており、トカゲのような小さな四肢があって、漆黒の瞳は白目と黒目の区別が付かない。顔の形は恐ろしくも格好良く見えた。
「グリーディ、お前、ウロボロスの姿なら空を飛べるんだな」
「……リリーペトゥアめ。おかげで私の正体が都市中に広まってしまった。死の呪いを解呪する魔法がまた生まれかねん……。憎らしいことだ」
「リリーペ……って、別空間にいたサキュバスのことか?」
「そうだ」
グリーディの底ごもりする声は、ウロボロスの姿だと声量が増していて、迫力がありやがる……。
会話できる距離まで近付いた為に、ヤツの体から放出された黒い霧のような瘴気が俺の身体にかかった。これで俺も呪われたのか?
――レジスト成功――
お、効かなかったのか。と思ったらすぐにベルトから、
――3度目でレジストに失敗しました――
と知らされた。俺には効きづらいのかと思った矢先に。
「うっ……!」
禍々(まがまが)しい感覚が瘴気を受けた部分から広がってくる。嫌な気分だ、これは……。
その感覚はすぐに抜けていったが、左腕の瘴気の触れた部分から、僅かに瘴気が発せられている。そこから禍々(まがまが)しい感覚がチリチリと燻っているような感じがした。
これ、呪いを解呪しないと消えなそうだな。
――肯定。スライムクリスタルの必殺技『アブソーブ』で呪いを体外に放出可能――
そうなのか。いや、でも今、スライム化するのはリスクが大きい。このまま戦おう。
「どうやら私の呪いは貴様に効くようだな。ならば全身を呪い漬けにしてくれよう……!」
うわ、この嫌な感覚が全身からしてくるのはかなり嫌だな……。
でも、グリーディを倒すには仕方ないか。
「下を見るがいい。全身を呪われた者たちの苦しむ姿を」
グリーディが俺に下を向くよう促してくる。
俺は下を見ながら、グリーディの放ったキラキラとした魔法の輝きを躱した。俺のいた位置で、その輝きが人ひとりがすっぽり入るくらいの氷の塊に変化した。
「フフフ……読まれていたか。こちらを見もせずに避けるとはな……」
新しい『ピープルクリスタル』では『リヴィオクリスタル』の必殺技の、数秒先までの未来を予測できた場合に見ることが出来る『フォーキャストフォーサイト』、そのパワーアップ版が常時発動状態なので、グリーディが氷魔法を放ってくることを予知することが出来た。
パワーアップ版では、魔法攻撃の場合は攻撃が来ることとその方向さえ予測できれば予知が可能だ。
魔法に特化しているのは新しい『ピープルクリスタル』が具体的にグリーディを滅ぼす為に願われた為だと、先程、流れ込んできた知識でわかった。
まぁ予測予知できてもそれに対応する為の時間も必要だから、下を見ろだなんて単純な罠だったから回避が間に合ったけど、戦闘中にどれだけ出来るか……。
ちなみに少し下を見た限り、外に人影は見当たらなかった。どこかの貴族の屋敷の2階の窓からこちらを見上げている人々を見つけたが、苦しんでいるようには見えなかった。
「やっぱ嘘かよ。だろうと思ったよ」
「瘴気が蔓延すれば屋敷の中にいようと無駄だ。そのうち嘘ではなくなる」
「……そんな時は来させねぇよ……!」
すぐにでもグリーディを倒したいのだが、ヤツの動向が気になっていた。
グリーディにはもう余裕はないハズだ。
新しい『ピープルクリスタル』の力で、俺にはヤツをヤツたらしめる物の存在、つまりヤツが再生することの出来る体の一部がどこにあるか、把握することが出来る。
別空間までは次元が違うので無理だが、別空間にあった鱗は燃やしておいたので、今度はもう復活できない。ヤツがそのことに気付いていないとしても、鱗がまだ残っていると楽観視はしていないだろう。
それに、ヤツは魔力を人々から奪うことは出来ても、魔物から奪っていたエナジーはもう手に入らない。あとどれくらい魔法が使えるのかはわからないが、限界はある。
なのに、逃げずにここに留まっていた。それにさっきは余裕がありそうに笑っていた。
留まっていたのは俺を迎撃する準備をしていたのだろうが……。
…………そうか。
『ニュークリアブレイド』
俺はレバーを2回下げ、核の剣を出現させた。剣は全体が真っ白に光り輝いている。
「なんだ、それは」
「さぁな……!」
嘘を見破れるっていっても、具体的になんなのかまではわからないだろ。
俺はグリーディに近付き、核の剣を振るった。
グリーディは魔法壁を展開したが、俺が斬ったのはヤツの隣の空間だ。斬撃によって、別空間への切れ目が生まれた。
核の剣は最初の『ピープルクリスタル』のものと性能は同じで、最初のときにはわからなかったが、こういう能力が秘められていたのだ。だから剣の形をしていた。
怖くて使う気がなかったのと、ベルトのほうも能力を把握できてなくて、別空間に閉じ込められたときは爆発させて脱出って方法しか知らなかったけど、もっと調べてみればわかったかもな。
こっちが起爆させようと思わなきゃ爆発しないように出来てたし。
ちなみに、別空間への入り口が開いていない状態で使っても、グリーディを滅ぼす為に別空間ごと吹っ飛ばす能力が付随されている。
最初の奇跡の力でも倒すことは可能だった訳だ。都市でこんなの使うわけにはいかなかったけどな。
「何……!? き、貴様ッ!?」
グリーディが動揺を見せた。やっぱりか。
「まさか、と思ってるか?」
「……ッ!」
俺がいないあいだに、また鱗を別空間に保存しておいたんだな。
俺は別空間の切れ目に核の剣を放り込んだ。
「おい、早く閉じないと爆発すれば巻き込まれるぞ」
「なんだと……!」
「俺は平気だけどな」
嘘じゃないとわかってるから、閉じるしかないだろ。
「ぐくッ……!」
慌ててグリーディが別空間との切れ目を閉じる。
だが、核の剣は時限式で爆発するわけじゃあない。俺の意志による起爆式だ。『爆発すれば』という言い方にして嘘じゃないと思わせ、閉じさせるのが目的だった。成功だ。
空間を隔てていても起爆できる仕様に加え、威力の調節も出来る。別空間を破壊してこちらの世界への裂け目が出来ない程度の威力に調整して、剣を起爆させようとした。
――二段階認証です。もう一度、核の剣を使用する意志を示してください――
流石、核の剣だな。
もう一度意志を示し、核爆発させた。
……わかんないけど、したんだよな? 放射能漏れてないよな?
――肯定――
よかった。
「おい、もう別空間は開けないほうがいいぞ。毒が蔓延してる。上級浄化魔法でも解毒は無理だってさ」
これも嘘ではないとわかるから、開けられないだろ。
爆発の状況がわからなければ、すぐには開けないと思うが念を押す。
別空間は強力な爆発の衝撃を受けて壁が歪むと、そこに掛けられた空間を維持する為の魔法が壊れ、空間は収縮して消滅するそうだ。
中の全ての物も消滅するそうなので、放射性物質も消える。
思うに、核の剣は別空間に対処する為に生み出されたものだったのだろうな。
――肯定。別空間の消滅を確認――
お、念を押してすぐだったな。
「きっ、貴様ァア……!」
「残念だったな。これでもう復活できないな……!」
『アッシュブロー』
レバーを3回下げて、新たな必殺技を発動させる。
俺の両腕が虹色に輝いた。この腕で殴ると、殴った相手を灰にすることが出来る。
「これで最後だ、グリーディ!」
「巫山戯たことを……!」
グリーディは、歯茎を剥き出した更に恐ろしい顔付きを見せると、その全身から大量の瘴気を放出し、姿が見えなくした。
それでも、瘴気の中に突っ込んでいけばヤツがいるハズ……!
呪いを全身に浴びる苦しみを受け止める心構えをしながら死の呪いの瘴気の中へと飛び込むと、中に入ったことで黒い瘴気が薄くなった為か、ウロボロスの銀の鱗が日の光に反射して煌めくのが見えた。下へ逃げようとしている。
急いで近付き、左拳をくり出す。ギリギリのところで、それはヤツの尾に先に当たった。
「……ゥウッ!? グウゥウゥ……ッ!」
殴った部分から虹色に輝きがグリーディの体に広がり、ヤツの体を灰にしていく。
尾の先から4メートルほどが失われたところで、ヤツは尾の先5メートルほどの部分から体を切断してそれを防いだ。風魔法の刃だろう。
なら、残った右腕で今度は頭部を殴り付けてやる……!
グリーディとともに、下へと飛行する。落下の速度と相まって、凄い速度だ。グングン地面が近付いてくる。
グリーディが自分の周囲に3つの光弾を出現させた。
アレは前に食らったヤツだ。前はあの2つに挟まれて潰れるかと思った。弱ってたのもあったんだろうけど、それで変身が解除しちまったんだよな。
でも、今度はそうはいかない。
向かってくる光弾を、俺は『メモリーズフィールド』を使って地上へ瞬間移動して躱した。
俺を見失ったグリーディは、地上へと視線を向けて俺の姿を見つけると咆哮を轟かせた。憤慨しているようだ。
俺はその頭に拳を叩き込むべく、ジャンプしようと膝を曲げる。その瞬間――。
「うッ……!」
身体の力が抜けた。地上に再び、エナジードレインの赤い魔法陣が現れ、俺を中心に広がっていく。
すぐに瞬間移動しようとベルトのレバーへと手を伸ばしたが、虹色に輝く右腕でレバーに触れることで『アッシュブロー』の効果が失われないかと迷い、普段は使わない左腕をレバーに伸ばす。
その隙に、電撃を身体に落とされた。
「ぐぅううッ……!」
痛覚は遮断してあるが、全身が痺れている。エナジードレインで力が抜けているのもあって、レバーを下げる前に、グリーディが俺の身体に巻き付いてきた。
強く締め付け、身動きを取れないようにしてくる。
「う、腕が……!」
動かせない……! レバーへ必死に手を伸ばすが、どちらの手も届かない。
エナジードレインのせいで『アッシュブロー』の効果が切れ、右腕の輝きが失われた。
全身に浴びた呪いの不快さも、想像以上にキツイ。
「フフフッ……! どうだ、これならば転移できまい! このまま私にエナジーを奪われ、惨めに力尽きるがいい!」
「ぅうう……! くそぅ……!」
どうする……!?
「ストーンゴーレムッ!」
喚び出したゴーレムは、俺をグリーディから引き剥がそうとするが、エナジードレインでパワーが出ずに、やがて崩れていった。
「残念だったな、諦めるがいい……!」
「誰が……っ!」
どうする、『ナユクリスタル』の能力で遠く離れた菜結と会話は出来るが、呼ぶか!?
………………。
いや――。
「……お前も必死だな、グリーディ」
「当たり前だ……!」
グリーディは締め付けるだけでなく、銀の鱗を逆立てて俺の動きを阻害し、そのせいで自分の鱗や体を傷つけていた。
その逆立った鱗が、右手とベルトの間の部分にはなかったおかげで、俺は掌から蜘蛛の糸を斜め上にある割れた魔法陣の右上の欠片、ベルトのレバーであるそれへと繋げることが出来た。
隙間がなく手首をあまり逸らせず腕も下げられなかったが、指で糸を引いてレバーを下げた。
『メモリーズフィールド』
「何!? なぜだ、腕はロクに動かせていなかったハズだ……!」
ヤツの声が耳の近くから、遠くへと変わる。俺は30メートルほど離れた位置へと瞬間移動していた。
「やっぱりここならもう中心部ほど強力なエナジードレインじゃなくなってるな」
「……! 貴様!」
「遠くに移動してまた鱗とか隠されたら困るしな」
「……ッ! 貴様ァァ……!」
グリーディの傍には、鱗を逆立てて自らを傷つけながら締め付けを行なった為に、何枚か地面に鱗が落ちている。
それらが次々と再生可能な体の一部としての機能を失っていくのが新しい『ピープルクリスタル』の能力で伝わってきた。
ヤツから離れた体の一部が再生に使える時間は、鱗1枚程度では短いんだな。それで氷漬けにして保管してあった。
鮮度の問題なのか、外気に触れないようにか、魔力を逃さないようにか、理由はわからないが。
そう考えながら、俺は蜘蛛の糸をレバーから取り除いて地面へと捨てた。
グリーディはそれに視線を移し、鋭い歯を剥き出してギリギリと歯軋りすると、怒声を張り上げた。
「ク、ロキ……ヴァァアアッッ!」
怒りを露わにした今までで最も恐ろしい形相をしたグリーディが、こちらへと飛んでくる。
その全身が、黒い電撃で包まれた。どうやら死の呪いの瘴気が電撃に含まれて黒く見えているようだ。
電撃はヤツの体にもダメージを与えていて、鱗が弾け飛んだり血が噴き出したりしている。再生できるからやれる、捨て身の攻撃だ。
そんな状態になりながら、グリーディは俺へと迫りつつ魔法の風の刃をいくつも放ってきた。
『フォーキャストフォーサイト』が常時発動しているので、避けようとする軌道に風の刃が来ないか予測するだけで予知できる。その力を使って、なんとか刃を避けていく。
魔法陣の外側へと逃げていくと、エナジードレインの魔法によって奪われていた身体の力がどんどん回復し、ほぼ元に戻ってきた。
すると、地面に大きく広がっていた赤く輝く魔法陣が収縮していき、それが宙に浮かぶグリーディの真下に5メートル程の大きさになって留まって、グリーディととも追い掛けてくる形になった。
「どうした、先程の私を灰にする技はもう使わんのか! 貴様の命が尽きるのか先か、私が死ぬのが先か、逃げずに戦え! クロキヴァ!」
勝手なことを言いやがる……!
あんな状態のグリーディに捕まったら、今度こそやられちまうかも知れない。『アッシュブロー』を使うのは危険だ。
だったら――。
『ブレイズブレイド』
『リプロダクション』
逃げながら炎の剣を出現させ、次にそれぞれが炎の剣を持った9体の複製体を生み出す。そして炎の剣の必殺技『ブレイズフォース』を発動しようとしたところで、グリーディは全身に纏った黒い電撃を辺り一面に放射してきた。
「うおぁッ!」
腕や脚や肩に命中し、痛覚は遮断してあるが軽い痺れを起こす。
「くそっ……!」
そこまで強い威力の電撃ではない。しかし、複製体を消滅させる威力は持ち合わせていた。電撃を浴びて9体の複製体が次々と消えていく。
対策を練っているだろうと予想はしてたが……!
「なら、これだ!」
『メモリーズフィールド』
グリーディの上空に瞬間移動し、すぐにレバーを下げて『リプロダクション』で複製体を生み出す。
そして、更にレバーを下げた。
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
『キックグレネード』
一度に『キックグレネード』10回分の激しい体力の消耗を感じながら、蒼く輝く右脚をグリーディへと向ける。いくつもの金色の輝きが加わったその必殺の脚は尾を引いて、10の流星雨となった。
グリーディは黒い電撃を放つが、後ろの身体を守るように前面に広がっている右脚から発せられた光が、ヤツの電撃を防いでくれる。
複製体が何体か側面から浴びた電撃にやられて消滅していくのが見えたが、この速度なら何体かは――!
『フォーキャストフォーサイト』で俺も側面から電撃を浴びてしまうのがわかったが、必殺技中で避けられないので体勢が崩れないように力を入れ、グリーディへと飛んだ。
「うぉおぉああぁあーーーーッ!」
電撃が肩に命中し、そこから麻痺が広がるが体勢を崩すことなく必殺の蹴りをグリーディの腹部に浴びせた。
隣で同じ動作をしていた複製体もグリーディの体を捉えたのが視界に入る。
腹部に大穴を開け、吹っ飛ぶグリーディ。その穴が2つしかないことに気付いて周囲を見回すと、複製体の攻撃は俺の隣にいた1体以外は、グリーディに届いていないことがわかった。
「なんでだ……!? ――っ。あれか!」
グリーディの銀の鱗が何枚も宙に浮いている。自分の鱗を電撃で剥がして前面に展開したのか。
鱗に再生能力があるせいで、それをグリーディ本体と認識した『キックグレネード』は、そこで攻撃を終了させてしまったんだ。
あちこちに吹っ飛んだ鱗が爆発を起こしていく。致命傷もしくは通常それに相当するダメージを与えなければ爆発はしないのだが、再生能力があるせいで鱗でもそういう対象になっているようだ。
グリーディ本体は爆発しなかった。エナジードレインで『キックグレネード』の威力が弱まった影響を受けたせいもあるのかもな。
「クロキヴァアアッ! 貴様さえ、貴様さえいなければァアア……!」
激昂し、俺へと飛んでくるグリーディ。その酷く恐ろしい顔付きと、感じられる殺意に怯みそうになる。
ヤツから放たれた電撃を身体に浴びながら、俺は瞬間移動で距離を空けた。
「グゥウウッ……! おのれェエエ……! 忌々しい力だ!」
「……随分と頭に来てるみたいだけどな。それはお前だけじゃない、俺も同じだ! こんなに都市を滅茶苦茶にして、人々を傷つけやがって……。お前、若い身体に再生できるんだろ? 永遠に生きられるんだろ!? こんな真似せずに独りで山にでも籠って新しい魔法作ってろよ!」
「それは、死よりも辛いものだ……! 貴様のような短命種にはわかるぬだろうがな……!」
「知らねェよ! こんな真似すんなって言ってんだ!」
「人など、偏見に囚われ、短命であるが故か、身勝手な憎しみを捨てずに憎悪の対象を排除しようとする、愚かな種ではないか! 人のカテゴリーの中でも特に人間は、人との殺し合いをやめることも出来ぬ種族だ。なら、金色の主義に支配されたほうが人も幸福であろう!? それを邪魔したのは貴様だ!」
「……支配する側はそうかもな。だけど、される側はどうなる? その思想を持つだけで民衆を導く者だと信じた連中は、民衆にいくらでも酷い真似が出来るぞ」
そういう話は、いくつか俺の耳に入っている。
「……フフフッ。騙される方が莫迦なのだ……!」
笑いながら、グリーディが横に顔を向けた。そして別空間への裂け目を作り出す。
さっき別空間は消滅したと聞いていたが、俺は放射能が漏れないかと心配になった。だが、やはり別空間は既に存在せず、ただ別の次元への裂け目だけが浮かんでいて、グリーディは制止した。
「何!? 広げた空間が消失しているだと……!?」
「ああ、爆発の衝撃で消えたよ」
「お、おのれぇ……。永きを費やし、あれほどに広げた空間を……!」
「別空間には毒が蔓延してるって言ったのに、中に逃げるつもりだったのか? 俺も別空間への切れ目を作れるんだぞ」
「毒の中なら追ってこれぬかと踏んでな……。あの剣を放り込まれたら投げ返してやるところであったものを……」
そんなこと考えてやがったのか。
つくづく、放射能ごと別空間が消滅してよかった。……いや、それも人々の願望が、そうなるように能力を生み出したのか。
「……………………」
もう、複製体を用いた必殺技で有効そうなものは思い浮かばないな……。
……出来ればこれは使いたくなかったが……もうこれしか残されていないか……。
今度こそ決着が付くことを願い、俺は覚悟を決めてレバーを4回倒した。
『ピースメーカー』
俺の左右の空中に、横並びに次々と様々な武器が出現していく。どれも全体が白い、装飾の凝ったファンタジックな武器で、虹色の光を纏っている。
剣に斧、槍に弓矢にクロスボウ、ランス、ダガー、ハンマー、魔法の力を模した杖、メイス、爪の付いた籠手、鎌。それぞれに、いくつかバリエーションがある。
この必殺技は、危険だ。
この武器は傷つけた対象を消滅させてしまうのだ。
ヤツには暴風を発生させる魔法がある。下手をすれば逆に俺が消滅させられてしまいかねない。
皆を連れてこなかったのも、これが一番の理由だ。万が一のことがあったら困るからな。
俺が武器を出現させると、グリーディは纏っていた電撃と、エナジードレインの魔法を消し去った。再び同じ魔法を発動させるには時間がかかるだろうに、この状況に対処しようとしてるのか。
「勝負だ、グリーディ!」
人々の願望によって生まれたこの力がヤツの力を粉砕してくれることを願い、俺は自分のすぐ右隣に出現した両刃の剣の柄を取り、振りかぶった。
「行……ッ!?」
すぐ近くで、不快な音がした。硬い金属や骨が潰れるような。
音のしたほう、俺の左腕を見て愕然とする。
左腕が肩の辺りから無くなっていた。
「うあ……ッ! うわぁああッッ!?」
取り乱したが、すぐに落ち着け、落ち着けと自分に心の中で言い聞かせる。
痛覚は遮断してある。痛みはない。
どういうことだ!? グリーディが何かしたのか? 何を……?
まさか、『ピースメーカー』の武器で知らずに傷つけてたのか!? いや、違う。それなら一部が消えただけじゃ済まないハズだ。
「グリーディ、お前ッ……何をした……!」
「さぁな」
恍けやがって。何かしたって言ってるようなもんだろ……。
肩からの出血が酷い。『ヴァンパイアクリスタル』の自己修復能力、それの修復速度の上がったパワーアップ版が常時発動しているのでそのうち出血は止まるだろうが……。
このまま、攻撃していいのか? その隙を狙っているんじゃないのか?
……変だ。グリーディだって追い詰められていたハズだ。こんな切り札があるなら、もっと前に使っていたハズ…………。
――そうか!
俺は下ろしてしまった右手の剣を再び振りかぶり、勢いよく振り下ろしてグリーディをその剣先で指し示した。
「行けぇええーーーーッ!」
俺の左右に浮かんでいた武器たちが、一斉にグリーディへと虹色の軌跡を描きながら高速で飛んでいく。
未来が見えた。瞬間、俺はしゃがみ込んだ。
上を向くと俺の頭のあった辺りに、まるで竜が口を開けて噛み千切ろうと迫ってくるように、別次元への裂け目が広がり迫ってくるのが見えた。
裂け目の先は、行き止まりだ。だが、裂け目に飲み込まれて閉じられてしまえば、そこは空間のない別次元だ。身体は収縮して消えた空間のように消滅するのだろう。
グリーディはさっき、これで俺の左腕を消し去ったのだ。
俺は右手に持った剣で、別空間への裂け目を薙いだ。薙いだ部分から裂け目全体が消滅していく。武器も1度しか使えないので、俺の手から消えていった。
グリーディとは10メートルほどの距離があるが、ここまで離れた位置に裂け目を発生させられるとは思わなかった。
『フォーキャストフォーサイト』はある程度、具体的な予測じゃないと予知できないので、もしヤツが追い詰められていなかったら攻撃に別次元への入り口を使っているとは予測できず、予知が発動せずに俺は死んでいたかも知れない……。
「おのれ、避けたか! クロキヴァ……!」
グリーディは魔法で暴風を起こしながら叫んだ。
風がいくつかの武器を吹き飛ばした。警戒していたが、こちらには飛んで来なかった。
飛ばされなかった残りの武器が、次々とグリーディの体に突き刺さっていく。魔法を模した杖から、風の魔法を模した斬撃も命中した。
「グウゥ……ッ! ガァアアッ……! おのれ……ッ……ロキヴァアァッ!」
命中した部分から、グリーディの体が消滅を始めていく。
グリーディは竜の咆哮と悲鳴が混じったような声を発している。痛覚を遮断してないのか?
「グゥォオアアッ……! ガァア……ァガアアァ……ッ!」
グリーディは風の魔法の刃で消滅していく部分を自切するが、命中した数も多く、切り離してもその切り口から再び消滅を開始していく。
この必殺技は、1つ命中させて傷を付けるだけでよかった。
……そうか。たぶんどこが消滅していってるか痛覚がないと気付けないから遮断してないんだな。
諦めたのか力尽きたのか、暫くの間その細長い蛇のような体のあちこちを断ち切り続け、体積が5分の1ほどのボロボロの状態になったグリーディは、風の刃を止めた。
再生を妨害されると再生速度がそれより上がるというグリーディは言っていたが、それは本当だったようだ。だが、更にそれを超えるという『ピースメーカー』の能力により、消滅の速度は遅くなったが再生速度を僅かに上回っている。
俺のほうの怪我は出血が止まったようだ。
自己修復能力は体力を消耗するし、色々必殺技を使って、『ピースメーカー』でもかなりの体力を使用した俺は、ふらつきながらグリーディの傍へと近付いた。
「……私は……。死ぬのだな……」
「……ああ」
「口惜しい……。…………フフッ、愚かだったな……。最強の称号など、魔法を求めたその副産物でしかなかったものを……欲に目がくらんだ……。貴様がエナジードレインから逃げ出した際に、別空間へと逃げていれば……」
いや、新しい『ピープルクリスタル』はグリーディが別空間にいても居場所を把握する能力があるんだよな……。そして『ニュークリアブレイド』にはグリーディが作った別空間への入り口を開ける力がある……。
それは別にどこからでも開けられるのだけど、さっきは核の剣を爆発させる為にグリーディに近付いて切れ目を閉じさせたんだよな。
「聞け、クロキヴァ……。私の魔法の知識を、貴様に託す……」
「えっ!? あ、ああ。話してくれ」
「私は最初、魔力をほとんど持っていなかった……」
膨大な魔力を持っていたお前が……?
「全く魔力を持たない生物は、この世界には存在しない。無いとされている者でも、測定しても検出できない程、ごく微量だが魔力は存在する……。魔力を育てる方法はいくつか知られているが、どれもそう育てることは叶わん。だが……その身に他者の大量の魔力を使用した魔法を浴びれば、その都度、僅かずつ魔力の上限は上がっていく……。これは、魔法を使えぬ者がそれでも追い求めた際に残された希望だ……」
「…………!」
俺は、変身ヒーローの力の代わりにカルボが魔法を使えるようにはしなかったけど、これで今まで魔法が使えなかった人々が、魔法を使えるようになるじゃないか……!
「グリーディ……お前、優れた魔法が欲しかったんだろ? どうしてこのことを広めなかったんだ?」
「フフ……ッ。強力な軍隊が出来上がってしまっては、驚異だからな……。再生できるとはいえ、集団で強力な魔法を浴びれば殺されるかも知れん……。魔法を封じられ、囚われるかも知れぬし……。いずれは金色の主義者たちに広めるつもりだったがな……」
「そうか……」
「上昇は本当にごく僅かずつだ……。ほとんど魔力のなかった、永きを生きた私だったから気付けたのだ……」
最後に、グリーディは笑いを含んだような声でそう告げて、消滅していった。
俺の全身から、瘴気が消えていく。
他の呪われた人たちの瘴気も消えていっているだろう。
「終わったぁああ…………!」
俺は仰向けに大の字に倒れた。いや、左腕がないから大の字にはならなかったが。
それから、『ナユクリスタル』の離れたところにいる菜結と会話できる能力を使って菜結たちに勝利を伝え、自己修復能力じゃ腕が再生するには時間が掛かりすぎるので、『ヒュドラクリスタル』の再生する必殺技『リジェネレーション』を使って欠損部位を再生した。
パワーアップによって消費がある程度抑えられる仕様になっていたが、更に体力を大量消費してしまってへとへとになってしまったので、戦闘中は使わなくて正解だったな。
「つ、疲れた~…………」
そうしてやることを終えた俺は、ベルトから『ピープルクリスタル』を引き抜き、割れて開いている魔法陣を閉じて繋ぎ合わせ、変身を解いた。
『ピープルクリスタル』はベルトからひとりでに宙に浮いて発光すると、そのバスケットボールくらいの大きさの光の中から『エステルクリスタル』が落下してきて、仰向けになっている俺のお腹で受け止める形になった。
光は消えることなく宙に浮いていて、俺は首を傾げる。
すると、光が白い円へと形を変えた。身体を起こして横から見てみると、白い皿に盛られたカルボナーラのパスタだった。
「……んん!?」
「やあ」
「お前っ……カルボ! なんだよ、もしかしてと思ってたけど、やっぱりいなくなってなかったのかよ!」
「いやぁ、私はカルボ本体じゃないよ。『ピープルクリスタル』の力で生まれた、本体よりは相当に能力が劣化した別のカルボさ。ベルトの力だけじゃあ『サモンヒーローズ』の処理とか充分にできないからね」
「そ、そうなのか……」
「うん。それにしてもよく勝てたねぇ。最初に負けたときはもうダメだと思ったよー」
「皆のおかげだよ……。でも、見てたんならせめて能力の使い方くらい教えてくれてもいいんじゃないか? 別に俺の味方ってわけじゃないからか?」
「いやあ、教えるくらいはしたよー。でもリソースが足りなくってねぇ。変身が解除されたから、リソースが確保できて出てこれたんだよ」
「へぇ、そうだったのか」
「それでね、もしもこういう機会があったら、キミに聞こうと思ってたことがあるんだ」
「なんだ?」
遠く、坂道の上の城のほうからの歓声が耳に届いた。
どうやら俺がグリーディを倒したことが伝わったようだな。
「キミ、いい顔してるねぇ」
「そりゃあ、な」
「……この世界に来て、よかったかい?」
「聞きたいことって、もしかしてそれか?」
「うん。もしもこういう機会があったときの為に、本体にお願いされててね」
「……聞いた内容は本体に届けに行くのか?」
「うん。それだけじゃなくて、『ピープルクリスタル』での戦闘もね。きっと喜ぶよ~」
「そっか……。なぁ、この世界に来てよかったかって、もしかしてお前の本体は、俺を送り込んだこと気にしてたのか?」
「死なせたことは贖罪したから気にしてないよ」
「…………さいですか」
「でも、この世界を創った者としては、この世界のことをどう思うかは気にしてたね」
「ふーん……。う~ん、そうだなぁ……。俺もまだこの世界の一部しか知らないからなぁ。でも……」
「でも?」
「……来てよかったよ」
「そっかそっか!」
「菜結をこっちの世界に送ったことには、文句を言いたい気持ちはあるけどな……。でもどっちの世界にいたほうが幸せかは、わからないからな」
「伝えておくよ」
別のカルボはそう言うと、くるくると回転しながら浮き上がっていく。湯気がいっぱい出てきた。
「じゃあね! 元気で!」
「ああ……。……じゃあな!」
カルボナーラは再び光に変わった後、ふいに消えた。
坂道の上のほうから兵士たちが俺を見つけ、駆けてくる。
カルボに手を振って上げていた片手の拳を握り、その腕を掲げて勝ったことを示すと、兵士たちがわぁっと歓声を上げた。
坂の下のほうからも声がして、振り返ると『サモンヒーローズ』でともに戦った皆の姿と笑顔があった。




