第11話 疑惑
「うおおおぁ……ああああああ……」
リヴィオの屋敷に泊まった翌日の早朝。
俺はひとり、アンバレイ家の化粧部屋にて、そこに備え付けられた大きな鏡の前で、感動に打ち震えていた。
自分が変身した姿を初めて見たのだ。
ファンタジックなテイストのあるマットな黒のボディに、銀色のファンタジックな紋様がいい感じに配されている。
だが、ファンタジーに寄り過ぎないデザインだ。
カッコイイ。
ベルトに尋ねてみてわかったが、装甲やベルトの魔法陣はやはり金属製だった。でも、なんの金属かはわからないらしい。ラバーっぽい素材もわからないそうだ。
未知の物質かも知れないな。そう思うと、なんかそそるものがあるなぁ。
マスクもカッコイイじゃないか。
眼は俺の名前の入ったゴロークリスタルと全く同じ色みたいだな。
しかしこの名前、なんとかならんかったのか……。恥ずかしいんですけど。
昨日、カルボに会った時に言えばよかった。
だが、とにかくカッコイイ。
俺は叫び出し飛び跳ねたくなる衝動を堪え、マスクの中で笑み崩れていた。
よし、ポーズを取ってみよう。
自分は鏡の前で、仮○ラ○ダーウィ○ー○の変身ポーズを取ってみた。
なんか似合いそうな気がしたのだ。
うむ、カッコイイ。
続いて、仮○ラ○ダー1号のポーズを取ってみる。
おお、これも格好いいじゃないか。
「えへへ……ふへへへへ……」
おっと、気持ち悪い笑い声が零れてしまった。いかんいかん。
続いて、高○さんの手のポーズで立ってみる。
「ふおおぉ……」
それからも、色んなポーズを鏡の前でキメて悦に浸っていると、鏡に反射して扉の隙間からこちらを覗く顔が見えた。
振り返ると、フリアデリケが覗きこんでいた。
フリアデリケはこの部屋まで案内してくれたのだが、もしかして去らずに部屋の外で待機していたんだろうか。
「い、いつから覗いて……?」
「も、申し訳ございません。何か音がして光がドアから漏れましたので、気になって、そこから……」
変身直後だ。
変身直後から、見られてた。
「ああ、ああぁああ……」
恥ずかしさがこみ上げてきて、俺は頭を抱えることとなった。
――――――――
「先程は、申し訳ありませんでした」
深々と、フリアデリケは頭を下げてきた。
こっちの世界でもお辞儀はあるんだな。
「うん、あの、他の人には黙っといてね……」
「はい、畏まりました」
「お願いします……」
「はい。あの、本当にすみませんでした……。ドラゴンを倒したというクロキヴァ様の魔装を拝見したくて……」
「いや、いいよ、ウン。他の人に黙っていてくれれば、それで」
「あ、ありがとうございます! 決して他言は致しません!」
ほっとした表情を見せるフリアデリケ。
粗相をしたのがバレたら怒られたり減給されたり、最悪、クビになったりするんだろうか。リヴィオはそこまではしなさそうだけど。
バレたらマズイのは一緒か。
「あの、クロキヴァ様の魔装のお姿、強そうで、それでいて美術品のような芸術的なところがあって……カッコよかったです! きっと何者をも恐れぬ勇猛さを持ちあわせていらっしゃるんでしょうね」
フリアデリケは両拳を胸の前で握りこみながら、頬を紅潮させ、そう告げてきた。瞳がキラキラしている。
そう言われて悪い気はしないな。
「そ、そう……?」
「はい。ドラゴンを倒す勇姿、拝見したかったです! もしお時間の許されるときがありましたら、是非お話をお聞きしたいです!」
「そ、そう……? じゃあ後で……」
「それで、魔装の調子はどうでしたか? もし具合の悪いところがあれば、私、魔装を取り扱っているお店までご案内しますので」
「え、あ、うん。大丈夫だったよ?」
……ん? もしかして、俺がポーズ付けてたのを、魔装の点検してたと思ってる?
「さっきのさぁ……いや、いいや」
聞いてみ……ない。
だって、ポーズ付けてたと思われてたら恥ずかしい思いをすることになるから。
代わりに、俺は左ポケットからミルクチョコレートを取り出した。
ミルクチョコレートは衣服やスマホとは違い、変身解除しても消えて状態がリセットされるということはなかった。
身に付けて変身すると消えてしまうが、どこかに置いておけば変身解除する度に増やすことができる。
餓死する心配はないな。
「わわ、これ、なんですか? すごく凝った包装ですね」
俺がミルクチョコレートをフリアデリケに渡すと、彼女は上から下からその包装を見回した。
「チョコレートだよ。あげる」
「チョコレート……ですか?」
「うん、食べ物だよ」
「わぁー。こんな凝った包装に入ってるなんて、一体どんな食べ物なんでしょう!」
フリアデリケは身体を少しだけぴょんと宙に浮かせて喜びを表現した。
まだ開けてはいないが包装が凝っているから期待値が膨らんだのだろう。
食いしん坊さんなのかな?
チョコの包装は二重になっており、商品名などが書かれた包装紙の下に銀紙の包装紙がある。
フリアデリケは商品名などの書かれた包装紙を剥がせるとは思わなかったのか横にスライドして取り外してから銀紙を開いた。
そして中から出てきたチョコレートを見て、きょとんと小首を傾げる。
「これ……食べ物なんですか?」
「うん」
「え、ええっと……」
ああ、茶色くて四角くて、食べ物っぽく見えないのか。
口に入れるの躊躇してる。
「大丈夫だよ。なんなら毒味しようか?」
「あっ、いえ、そんな……」
「見た目はそんなだけどさ、甘くて旨いよ」
「甘いのですか……。蜂蜜が入っているのでしょうか」
「砂糖が入ってるよ」
「お砂糖!」
フリアデリケはさっきよりも高くぴょこんと跳ね上がった。
「ええぇ!? これ、その、あの、ええ? いいんですか!?」
そう言いながら俺を見て、チョコを見て、俺を見て、またチョコを見て。
見開かれた眼差しをフリアデリケは投げかけてきた。
「う、うん……。え? そんなに?」
「そ、それはそうです! お砂糖はこの国ではとても希少で、高貴な者しか口にできませんもん!」
興奮の余り、口調がおかしくなってるな。
話に聞くと、この世界ではかつて砂糖の原料となるサトウキビの利権争いで戦争が起きたほどなのだそうだ。
そして、今は広大な領土を持つ一国の大国が、その栽培と流通をほぼ独占しているらしい。
で、このアグレイン国には砂糖はほとんど流通せず、貴族や王族が買い占めてしまうし、サトウキビに至ってはその大国が国外へ流出しないよう厳しく取り締まっているために自分たちで作ることもできず、庶民の口にはほとんど入らないのだそうだ。
「一度だけ砂糖が売りに出されているのを見たことがあるのですけど、お値段が物凄く高くって、とても手が出せるものじゃなかったんですよ~」
「へぇー……。まぁ、チョコはまだあるからさ。遠慮せず食べてよ。そんな見た目だけど、旨いよ」
「ほ、本当に……いいんですか?」
生唾を飲み込みつつ、いいのかって聞かれてもなぁ、と俺は苦笑する。
目を泳がせ、よく見ると手も震えているフリアデリケを見ていると、日本人だった俺は恵まれていたんだなぁと実感が湧いた。
「うん。ささ、どうぞ」
「わ、わかりました。頂きます!」
銀紙からチョコレートを大事そうに摘み上げると、フリアデリケは小さな可愛らしい口で、チョコをかじった。
「どう? おいしい?」
「…………」
「……えーと、フリアデリケさん?」
「…………」
フリアデリケは、くりっとした大きな瞳を見開いたまま、無表情で咀嚼している。
その顔、ちょっと怖い。
「……濃厚」
「へ?」
「おいひぃい~~」
無表情の顔が一転、ほにゃりと破顔して、とろけるような笑みを見せる。
身体も溶けるように姿勢を崩して、もう少しで倒れてしまいそうだ。
濃厚、かぁ。
食べたことなかったんだもんなぁ、チョコ。
フリアデリケはその後も、チョコに夢中だった。
縦が10センチ程度、横は3センチ程度の薄い小さな板チョコだ。
しかし、彼女は急いで食べることなく、ゆっくりと大切そうに味わって食べている。
リヴィオに話があったので、彼女の部屋に案内してもらおうと思っていたのだが、あまりにチョコに夢中なので部屋の場所だけ聞いて、俺はひとりリヴィオの部屋へと向かった。
昨日のこと。
あれから考えたが、リヴィオがあんなヤツの嫁になるのは、やっぱり気に入らない。
リヴィオの問題だけど、俺は殺されかけたしな。少しくらい口出ししてもいいだろう。
リヴィオの部屋の前に着くと、何やら中から話し声が聞こえた。
先客かな?
「リヴィエラもリヴィアも、そんな顔しないで。お嫁に行くっていっても、会えなくなるわけじゃないんだから」
リヴィオの声だ。いつもと口調が違う。
リヴィエラに、リヴィア? 姉妹?
でも、フリアデリケに聞いた話じゃ、リヴィオはひとりっ子で、アンバレイ家の血筋の人間はリヴィオを残すのみだと言っていたが。
親戚かな?
「大丈夫。上手くすれば、貴方たちも連れていくから。言えばきっと反対されるでしょうけど、上手く私室が手に入ったら、バレずにあなたたちを囲うことも出来るかも知れないわ」
囲う? どういうことだ?
親類をふたりもバレずに囲うなんて、出来るのか?
お付きに金銭でも握らせれば……。いや、無理じゃないか?
「そうすれば私たち、ずっと一緒よ。わっ、そんなに慌てないで、デュナン。うん、うん、勿論よ。出来そうなら、勿論デュナンも連れていくわ。デュナンだけなら案外、反対されないかも知れないし」
デュナン? 男か?
男の名前っぽいけど、異世界だしな。リヴィオも男っぽくもある名前だけど女だし。
でも、そしたら3人だぞ? 訳わからん。
俺は、部屋のドアをノックすることにした。
すると、ガタガタっとドアの向こうで音がして、バタバタと駆ける音や、戸を閉める音が聞こえてきた。
「だ、誰だ?」
「吾郎だけど」
「ゴロっ、ロゴーか!?」
言い直さんでもいいのに。
なんでか随分慌ててるな。
「入っていいか?」
「い、いいぞ!」
「失礼しまーす……」
リヴィオの部屋は、こざっぱりとした部屋だった。
あまり、物のない部屋。
リヴィオの髪の色と近いピンクの天蓋付きのベッドが特徴的だった。
リヴィオには可愛すぎる感じだ。まぁ、小さい時に買って貰ったんだろうな。
しかし、さっき確かに話し声がしたのに、室内を見回してもそこには誰もいなかった。
でも、この部屋には出口は俺が入ってきた扉しかない。
二階なので、窓から逃げることも考えづらい。となると、クローゼットの中とか、か……?
そこを観察してみると、ドアの隙間からフリルが覗いているのが見えた。やっぱり隠れているのだ。
でも、なんで。
「それで、何の用だ?」
「ああ、うん……。あー……、えーと……。さっき、話し声してなかった?」
「うぇあ!? いっ、いや、私ひとりだけだぞ、うん!」
隠してるなぁ。凄く気になる。
それに、他に人がいたんじゃ話しづらい。俺は、リヴィオにこそっと耳打ちすることにした。
「ごめん、実は話し声、聞いてたんだ。話したいことがあるから、後でひとりの時に……」
「う、うあ……」
あれ? リヴィオの顔が真っ赤だ。
淡紅色の髪と赤い瞳のために、頭全体が赤くなっているように見える。
「えあ、ああっと、あれはだな……。その……」
その時、クローゼットのフリルが覗いていたドアの辺りで、何かが崩れて倒れたような音がした。
すると、そのドアが入っていた物に押されて開かれたのだろう、中から二体の人形と大きな熊っぽいぬいぐるみが転び出てきた。
上のほうに入れられていた熊っぽいぬいぐるみは、ころころと曲線を描いて俺たちから遠ざかっていく。
「……ああ、そういうことか」
リヴィオはあのぬいぐるみと人形たちに話しかけていたんだな。
多分だけど、向こうに転がっていった熊っぽいぬいぐるみ、あれがデュナンなのだろう。
「おあ……あ、あひゃぁあ……おぁぅ」
リヴィオは耳まで真っ赤になって、甚だ決まりが悪そうだ。
そう恥ずかしがるなよ。俺だって元の世界ではこの歳でも玩具をよく買って遊んでいたぞ。
最近の玩具は本当に凄かったからなー。その為にバイトしてたぐらいだし。
まぁリヴィオみたいに空想の中で遊んだりは、もうあまりしていなかったけど。
いいじゃないの、楽しいんなら。俺はそう思うよ。
ましてやここは、娯楽の少ない異世界だしな。
だから、俺は理解を示していることを伝えようと、二体の人形を見ていた俺を見るリヴィオの視線に気付き、笑顔でこう言ったんだ。
「どっちがリヴィエラ?」
するとリヴィオは、がっくりと膝を折ってしまったのだった。




