第117話 復活
「父と母の仇だ」
ガラードへとそう告げたリヴィオの凛々しい横顔は、すぐに俺へ向けられると複雑そうな顔へと変化した。
リヴィオのそんな顔は、初めて見た気がする。
それで俺は、「やったな」と言う言葉を飲み込んでしまった。
見つめ合っていると彼女の表情に微笑みが混ざった。俺の表情はマスクで隠れているから、リヴィオを案じている俺の表情を見て笑ったのではない。多分だが、俺の表情を推察して笑ってみせたのだろう。
「案ずるな、ロゴー。中級ポーションは持っていたな? 背中にも傷があるぞ。かけてやろう」
いや、俺の今の状態のことを思ってのことだったのかも知れない。両方かもな。
「あ、ああ……」
何かあったときの為にストレージに入れておいた中級ポーションを取り出し、リヴィオに手渡す。
リヴィオはそれを俺の身体に降りかけ、傷を癒していった。
「変身した姿は、鎧や厚手の服のように見える部分もお前の身体の一部だという話だが、その部分の損傷は治らないんだな……」
「ああ。でもその下の肉体の怪我は治ってるから、血は止まってるよ」
「しかし、こちらの傷が治らなければ痛むのではないか?」
「大丈夫だ。今は痛覚を無くせるからさ」
「あ、ああ。そうか、そうだったな……」
「リヴィオ……?」
「心配するな。上手く行けばお前はより強くなって復活できる。ベルトに聞いて確認したから間違いない」
「え!? リヴィオもベルトと会話できるのか?」
「ああ。『サモンヒーローズ』で喚び出された者はベルトと繋がりを持っている。会話できるのに気付いたのは、ベルトのほうから話し掛けてきてくれたからだが」
「ベルトから?」
「お前のことが心配で、助けたくてな……。それで気付いたんだ。もしかしたら『ピープルクリスタル』を使用している状態でも、『ピープルデザイア』を使えるんじゃないかと」
「……!」
『エステルクリスタル』の奇跡を起こす必殺技を、奇跡が起きた状態で……!?
「そうしたらベルトが教えてくれた。使用可能、と」
「マジか……」
そうか……。レバーを1回倒して使える任意の必殺技のパワーアップ版は、特定の条件のあるものは除く、という説明だった。
俺はてっきりそれは『ピープルデザイア』のことだと思い込んでいたけど、違ったんだな……。
思い込みっていうのは恐ろしい。
じゃあ菜結たちが城に行ったのは、『ピープルデザイア』を発動する為だな。尋ねると、リヴィオが頷く。
「女王様の元へ向かったのだ。コロシアムでお姫様に頼んだように、今度は女王様の声をこの都市中に届けて貰う為にな」
「そうか……あの持ってた大きな魔道具はその為に?」
「そうだ。グリースバッハに拡声魔法の魔道具を頼んだら、用意してくれてな。まだ市場に出していない、新しい魔道具だそうだぞ。大きな声を出して遠くに届けるのではなく、一定の音量で飛ばせるのだそうだ。指向性があって届く範囲が限られているから、数がいるそうだが」
だから3つ持ってたんだな。
「ありがとうな、リヴィオ。さっきも助けてくれて」
「ああ。私だけの力じゃあないがな」
「そうだな、皆に感謝だ。……ところで、都市の魔物はどうなった? リヴィオはベルナ・ルナと一緒だったろ? 『サモンヒーローズ』で喚び出した他の仲間たちは無事かな……?」
「仲間たちのことはわからない……」とリヴィオは声のトーンを落とした。
心配なんだろうな。
「ベルナ・ルナは、他の戦士たちとともに魔物討伐を行なっている。だが、強力な魔物は多分もう全て倒したぞ」
「おお、そうなのか!? どうやって?」
都市は広い。全体を把握するには時間が掛かるハズだ。
でも、リヴィオが言うんならそうなんだろうな。
「まず連絡網を構築した。書類程度の転移が出来る魔法陣が設置されている、冒険者ギルドといくつかの商業ギルド、それに軍隊の詰め所など数カ所の国家施設に協力して貰って、魔物の情報を集めた」
「へぇ……」
「そして、軍と冒険者などの戦士たちに別れて、数の力で魔物を討伐していった。強力な魔物が多かったからな。その中で特に強力な魔物については『サモンヒーローズ』の皆で手分けして倒した。その際、少数のサポートに長けた戦士たちに協力して貰ったのだが、彼等には随分と助けられたよ。私の場合は隙を作って貰えれば、ロゴーから貰った力に加えて真・ロンドヴァルの切れ味だ。止められる敵などいなかったな」
そう言ってリヴィオはまた笑顔を見せたが、作り笑いのようにも感じられる。さっきからなんだかリヴィオの様子がおかしいような……。
……ん? 連絡網があったのに仲間たちのことは把握してないのか? 他の仲間はまだ魔物と戦っているから、わからないと言ったのかな……。
「皆、無事だといいな……」
「そうだな……」
返事をしたリヴィオはまた微笑んだが、さっきよりも作り笑いのように思えた。
「今は、ゆっくり身体を休ませるといい。女王様の放送が始まるまではまだ暫く時間が掛かるだろう」
「……そうだな。そうさせて貰うよ」
治療を終えてマスクを取り、疲れた身体を横にする。屋根の上にいるエステルが視界に入った。彼女はそこで都市の様子を伺っている。
すると、リヴィオが俺の頭の上側に来てしゃがみ、顔を覗き込んできた。
「マスク、取れるんだな。その……よければ膝枕しようか? 石の地面じゃ固いだろう?」
「えっ。こ、こんな往来でか?」
「魔物騒動でこの辺りに人の姿はないぞ。今は静かになったから建物の中に隠れていた者が出てくるかも知れないが、こんなときだ。気にするな」
身体がぼんやり光っているリヴィオに膝枕して貰うのは凄く目立ちそう、と思ったが、そうだな、今は身体を休めよう。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ああ」
リヴィオが履いている下衣の布越しに、ふとももの暖かさと弾力と柔らかさが伝わってくる。
暫くそうしていると、戦っている最中だという現実感が乖離していくような感覚がしてくる。
ああ……。早く元の暮らしに戻りたいなぁ……。
…………。
……。
――眠ってしまうと、変身が解ける――
うおっ、ベルトから忠告が。
まどろんでいた俺は目を覚まそうと、がばっと上体を起こした。
「うわっ、ど、どうした!?」
驚いたリヴィオに事情を説明した。それからは、ふたりで地面に腰掛けたまま、女王様の放送を待って色々な話をするなどして過ごすことにした。
「大規模討伐の場合は、討伐部位は山分けというのがコンセンサスだというのは冒険者ギルドの講習で受けただろう? だがそういったことを知らない、田舎から出てきたような一部の者が自分が倒した魔物の討伐部位を自分の物だと主張してきてな。揉め事になった。その連中は討伐部位の確保の為に他の魔物を倒しにいかなかったりしてな。そういう聞き分けのない連中の尻を、ベルナ・ルナが蹴って回ったんだ。それでな……」
リヴィオはなんだか饒舌だった。やっぱどっか変だよな、リヴィオ……。
そういえば、レバー1回で使える任意の必殺技のパワーアップ版は特定の条件のあるものは除くって説明だったけど、除かれるのってなんなんだ?
心の中でベルトに問いてみると、ベルトの音声が脳内に響いた。
――『サモンヒーローズ』、『ニュークリアブレイド』、『ヴァンパイアブラッド』が該当――
そうなのか。『サモンヒーローズ』と『ニュークリアブレイド』は『ピープルクリスタル』を使って発動する必殺技だからわかるけど、『ヴァンパイアブラッド』はなんでだ? 強くなりすぎるから?
――『ヴァンパイアブラッド』は『ピープルクリスタル』による強力なパワーアップと重複し、身体が負荷に耐えられない為、使用不可――
成程、身体がぶっ壊れちまうのか。
「あ……! ねぇ、見える!?」
そこで、エステルが大きな声を上げて、空を指さした。
「大きな魔物が空に! まだ凄く強いのが残ってたのかも!」
彼女の指し示す方向を見ると、何キロメートルか離れた先で、体が蛇のように細長い銀色の竜が飛んでいた。貴族街の上空から、平民の街のほうへと移動している。
「まだ、あんな魔物が残っていたか……! 空の上は厄介だな」
「…………あれは、きっとグリーディだ……」
俺がそう言うと、「えっ?」とリヴィオと遠くにいるエステルの声が重なった。
「魔獣ウロボロス、それがヤツの正体なんだそうだ」
マスクオフの状態だと、変身していると上昇する視力が上がらないのでマスクを被る。そうして遠くに飛ぶ魔物を良く見ると、やはり俺が別空間で見た鱗と同じ鱗が生えているように見えた。
リヴィオとエステルはウロボロスについて知らなかった。なので、サキュバスから聞いた話を説明していると、ウロボロスに対して地上のほうから光の矢のようなものが飛んでいくのが見えた。
あれはきっとディアスの魔法だな。
どうやら、誘導は成功しているようだ。
「ん……?」
ウロボロスの体から黒い瘴気のようなものが出始め、地上へと降っていく。
「……あんな魔法は見たことがない。もしやあれが、ウロボロスの死の呪いか……?」
「そうかもな……」
俺は暫く無言でその光景を見つめていた。
それからリヴィオに視線を移すと、その横顔はウロボロスを睨み付け、唇を噛んでいた。
「都市アグレインの皆さん。私はクラウディア・アグレイン。この国の女王です」
そこで、女王の放送が耳に届いてきた。
まるで、すぐそこで話し掛けられたような声量と声質だ。
「要件だけを手短にお話します。都市に出現した魔物は、8割ほど討伐が完了しております。皆、不安ではありましょうが、もう暫くの辛抱です。ですが、元凶を取り除かなくてはなりません。魔獣ウロボロス。今、死の呪いを振り撒きながら都市の空を飛んでいるあの竜がいる限り、人々は大きな被害を受けてしまうでしょう」
ウロボロスの情報が女王の元に行ってるってことは、サキュバスが生き延びて伝えたってことだな。死んでなくてよかった……。
「ですので、皆さんにお願いしたい。どうか、黒き魔装戦士クロクィ、クロキヴァがウロボロスを滅ぼし、人々を救ってくれるようにと願って欲しいのです」
願いが具体的だ。お姫様のときは、俺が奇跡を起こすように願って貰っただけだったが。これもリヴィオの支持かな。
「願えば、クロキヴァにはそれを力に変える能力があるのです。信じがたいでしょうが、それはすでに闘技場にて一度、現実に起きております。ですので今度はこの都市の皆で、今、どうか願ってください! クロキヴァがウロボロスを滅ぼして、人々を救ってくれるようにと! 以上です」
女王の力の篭った願いを請う声に、都市にいる人々やフランケンのことなどを想起して、胸が満たされるような思いがした。目頭が熱くなる。
俺は、万感の思いを胸にベルトのレバーを下げた。
『ピープルデザイア』
ベルトのクリスタルから、金糸のような光の束が枝分かれしながら都市中へ広がっていく。物凄い量だ。
やがて、何十万人もの願いが定量化し、光球へと変換されて金糸のような光の中を伝わってベルトのクリスタルへと集まっていく。
おびただしい量の光球に辺りが何も見えなくなったとき、ベルトの声が脳内に響いた。
――『ピープルクリスタル』を新しくする前に、『サモンヒーローズ』のバックアップを起動します――
え? バックアップ?
――損傷した身体及びそれに該当する部分を復元します。脳、及びそれに該当する器官が損傷している場合、直前の状態になります――
な……。
『サモンヒーローズ』ってそんな機能が付いてたのか……。言ってよ……。
そういや、新しい魔物を倒してもリソースがないからクリスタルは出ないって言ってたな……。これにリソースを割いてたのか。
じゃあ、これでフランケンも元に戻るんだよな……?
暫くしてベルトのクリスタルに光球が全て取り込まれると、ベルトの中から『ピープルクリスタル』が出てきて俺の胸の辺りにまで浮き上がり、眩しい光を発した。
光が収まると、前よりも更に豪華な金色の装飾が施された、七色のクリスタルに変化していた。
『ピープルクリスタル』
それをベルトにセットしてレバーを下げると、全身が虹色の輝きに包まれる。ややあって、それが飛び散って消えていくとマスクの眼が輝き、それも次第に消えていく。
変身完了だ。
すると、頭の中に新しい『ピープルクリスタル』についての知識が色々と流れ込んできた。ベルトに聞く手間が省けたな。
姿は、先程までとは少し違うようだ。
流れ込んできた知識によると、ボディの造形などはそのままだが、高級感のある艶をしたボディだったのが、厚手のラバーのような部分はマットな素材へと変わり、ガンメタになっていたファンタジックな紋様は、虹色の光沢を帯びた銀色になり、豪華な形へと変化している。眼もクリスタルの色の虹色になっていて、魔法陣は金色から、少量の虹色の大粒の粒子が混ざったものへと変わった。
見た目の知識を得たことで、マスクの造形もわかった。通常のフォームよりも勇ましそうな顔付きをしていて、こっちも格好良い……。
傷だらけだった身体も元に戻り、身体は最初に『ピープルクリスタル』で変身したとき以上に力がみなぎっていた。
『サモンヒーローズ』
変身して少しして、この勝手に発動する必殺技の音声が鳴った。
再び身体が光に包まれた仲間たちが俺の両隣に並んで出現する。
その中にフランケンもいる。動いてる。よかった……よかった。
「うぇえええん……!」
突然、リヴィオが幼い子供のように泣き声を上げ、ルーシアに抱き付いた。
吃驚した……。
それで、リヴィオの異変の理由に気付く。
そうか……。ルーシアは死んでしまっていたのか……。つくづく、バックアップがあってよかった……。
――貴方の願望が反映された結果です――
そっか……。
出来たら都市の皆を助けたかったけど、そういう訳にはいかなかったんだろうな……。
――バックアップ出来る数には限界があり、バックアップされていない死者を生き返らせる能力は『ピープルデザイア』にはない――
やっぱり奇跡の力っていっても万能じゃあないんだな……。
「ゴドゥー! このぉ! このっ、このぉー!」
「いたた。痛い! 痛いわ、やめぃ!」
リヴィオ以外にも泣き喚いている者がいた。トアンだ。泣きながらボカボカとゴドゥを殴っている。
ゴドゥも復活したのか。
フランケンは嬉しそうにニコニコ顔でラファエルの元へ行ったが、ラファエルは気恥ずかしいのか煩わしそうにしている。
それを見てコンスタンティアはきょとんとしていた。
「そうだ。皆、魔物討伐中に召喚したけど、大丈夫だったのか?」
そのことに気付いて問い掛けると、皆、頷いたりして肯定した。
「大丈夫さァ。途中から急にアタイたちを見て魔物が逃げ出すようになっちまってさ。散り散りに逃げるもんだから逃げた先で被害が出て、討伐に時間もかかるからって待機状態だったんさー」
ベルナ・ルナがそう教えてくれる。
そうだったのか。途中から急にってことは、グリーディが命令したんだろうな。
それに、別空間で魔法のスクロールを燃やしたけど、既にこの地に召喚されてしまっていた魔物は元の場所には戻らなかったようだな。
遠くの空では、瘴気を振り撒くのをやめて城へと向かっていたグリーディが今度はこちらへと向きを変え、停滞しているのが見える。
ベルトの光で、俺の居場所は丸わかりだったよな。
「ゴロー、あれはグリーディだ」
ディアスが空を飛ぶ竜を指し示した。
「ああ。わかってる」
「私は、ヤツに死の呪いの瘴気を浴びせられたハズなのだが……ゴローの力で治ったのだろうか?」
「治ったっていうか、元に戻したんだ」
「そうだったか、助かった。……ん!?」
ウロボロスが再びその体から黒い霧のような瘴気を都市に降り撒き始めた。
「なぁ、あの呪いってグリーディを倒せば解けるのか!?」
皆に声を飛ばすと、ラファエルが「術者が死ねば呪いは解けるぞ」と教えてくれた。
「魔物も召喚できなくなり、魔力にも限りのある今、死の呪いを振り撒くことで都市の人々に損害を与えるつもりなのだろう」
俺の隣で推測を述べるリヴィオ。その横顔に、俺は疑問を投げ掛けた。
「なんで最初っからそうしなかったんだろうな」
「多分……死の呪いというのは切り札であり、ウロボロスという魔獣であるヤツに取ってのアイデンティティーなのだろう。死の呪いは魔法やポーションで解呪することが出来るが、使い手は多くない。だが、今回のように都市の一部の人間だけを呪いで殺めて優れた魔法を手に入れようとすれば、死の呪いを解呪する魔法の使い手が増えるかも知れないということを、魔法のプログラムの存在と仕組みを知ったグリーディは理解している。それは避けたいことだろうな」
「成程な……」
「生き残れば優れた魔法が作れるかも知れない人でも、死の呪いだと解呪できなきゃ死んじゃうから、それも避けたいんだと思うよ」
反対隣から、エステルが思うところを口にする。
俺は振り向き、頷いた。
「とにかくだ。アイツをぶっ倒せばそれで呪いは解けるんだ。行ってくるよ。皆は付いて来ないでくれ」
空飛ぶマントを装着した状態でストレージから出現させ、グリーディを仰ぐ。
「……一人でいいんだな? ロゴー」
「ああ」
「おにいちゃん! わたしもとべるから、ついてく!」
「いや、危ないから菜結は待っててくれ」
「うぅ、でも、ふっかつできるんでしょ?」
「ベルトやクリスタルが壊されたら、出来なくなるんだ。それに――」
「足手まといになりたくなければ、ここは聞き分けよ」
フードを深く被りながら、ラファエルが割って入った。言葉はきつめだが言い方は優しかった。
黙って頷いた、変身して成長している姿の菜結の頭に、エステルがぽんと手を置いた。
「ロゴー、いざとなったら逃げろよ」
「心配するな、そうするよ。でも、勝ってくる気だからさ。ここは景気よく送り出してくれないか? ……あとついでに、ロゴーって言われるのも好きなんだけどさ。ゴローって呼ばれたい」
「うぇ? な、何をこんなときに……。わ、わかった……」
こほんこほんと咳払いをした後、頬を赤く染めたリヴィオが声を張り上げる。
「お前の、そのベルトの割れた魔法陣のように、グリーディの魔法への欲望を打ち砕いてこい! ゴロー!」
「おう!」
俺はグリーディ目掛けて助走を付け、思いっ切り跳躍した。




