第116話 ロンドヴァル
俺とサキュバスは別空間から脱出し、土の地面を踏んだ。
魔法のスクロールを燃やしたことで、別空間にいた魔物がこの場所に出てきていることを懸念していたが、そのような様子はない。胸に安堵が広がっていく。
「ようやく……出られたわ……」
「グリーディは……!? もうここにはいないのか……?」
城の正面入り口前を見回すが、その姿はなかった。
城の入り口へと伸びていく白の石畳の通路に、倒れている兵士や魔術師が増えている。グリーディと争ったのだろう。
その中で一人、立派な杖と魔術装束を着た老女が立っていて、こちらへと近付いてきた。高位の魔術師なのだろう。
「グリーディはどこへ行ったんですか!?」
尋ねると老女が杖を掲げたので、身体がビクリとした。臨戦体勢を取りかけたが、老女は空を見上げている。杖は空に差し向けただけだったようだ。俺も空を見てみる。
「んん……?」
グリーディがいるのかと思ったのだが、空には何もいないように見える。随分と晴れ間が広がっているが、それだけだ。
すると、同じく空を見上げているサキュバスが口を開いた。
「上から強い魔力を感じるわ。きっとグリーディよ。でも、どこにいるのかわからない……」
「そうなのか? ……透明にでもなってやがるのか?」
「そんな魔法あるの?」
「いや、知らないけどグリーディなら持っててもおかしく――」
「危ない!」
「えっ?」
空から目線を戻すと、魔術師の老女の杖からキラキラとした輝きが飛んできていて、避ける間もなく俺のベルトを氷漬けにした。
「うっ……! しまった!」
「この女……! 魅了で操られてるわ!」
サキュバスがそう叫ぶと、今度は地面に赤く発光した魔法陣が出現して、それが大きく、とても大きく広がっていく。
「なんだこの魔方陣!? まだ広がり続けてるぞ!?」
「これは……! エナジードレインの魔法よ! でも、こんな大きさなんて……!」
城壁を越えるどころか、その周囲を取り囲んでいる貴族街にもかなり入り込んでるんじゃないか!?
魔法陣は拡大と止めると、強い光を放ち始めた。魔法が発動したのだ。
「うぁ……ぅう……!」
身体から力が抜けていくのを感じる。
魔術師の老女が前のめりに倒れていく。土の上とはいえど固い地面にぶつかる前に、なんとか滑り込んで支えた。
「くぅう……っ! ち、力が……!」
身体にろくに力が入らない。なんて魔法だ……!
これをこんな広範囲に!?
よろよろと立ち上がってふらふらと老女から離れ、ベルトの氷を炎を出して溶かし始めたのだが、魔法は炎にも影響していて火力が弱い。
「きょ、強力すぎる……! も、ダメ……」
サキュバスが横座りでしゃがみ込んだ。
別空間からの脱出にエナジーを使ったので、もう体力が残り少ないのだろう。
「おい、俺のエナジーを――」
「ダメよ……! 貴方が倒れたら、誰がアイツを倒すの!」
「だけど、死んじまったら……!」
「ここでアイツを倒せなきゃ、私はまたきっとアイツに魅了を掛けられ、利用されるわ……。その屈辱より、よっぽどマシよ……!」
「フフフ……! 嫌われたものだな」
天から、底ごもるグリーディの声が響いてきた。
見上げると青い空の中に淡青色の肌をした、裸になったグリーディが浮遊魔法で下りてくるところだった。
見つからないように空の色に混じってやがったのか。
「く、そッ……!」
飛び上がろうにも、力が入らない。
どうにか攻撃してやろうと炎の球を作ろうとするが、上手くいかない。それどころか、よろけて膝を突いてしまった。
グリーディは十数メートル上空で停止すると、愉快そうに笑い声を響かせる。
「フフッ、フフフフ……! やはりまともに動けんようだな……! ハハハハハ……!」
「ち、くしょ……!」
「クロキヴァ、貴様、別空間で捕らえた魔物を逃しただろう?」
「……逃したってか、スクロール燃やしたら消えたんだよ。ここには出てきてないみたいだな」
「魔物は元々の場所へと戻ったのだ。そのおかげでエナジーを奪い取る繋がりまでもが切れてしまった。まったく、とんでもない損害をこうむったものだ。貴様の命と引き換えであるならば甘受したのだがな……。とは言え、結果的に貴様をこうして殺せるのならば、構わんがな」
「狙うんなら俺だけを狙えよ……! 周りの人たちまで巻き込みやがって……!」
「有能な者は殺したくはないが、貴様を殺すためにはやむを得ん。これだけ魔法の範囲が巨大なら、走って逃げることも叶うまい? それもまともに出来ぬほど効いているようだがな……。フフフ……貴様にとってはこれが最も効く魔法であったらしい」
「く……ぅうう……!」
しゃがみ込んでいたサキュバスが倒れ込んだ。目を閉じている。意識を失ってしまったのだろうか。
「しかし、魔法を使ってこれほど疲労する間隔は、実に久しぶりだぞ」
「そうかよ……っ!」
くそ……! ベルトの氷、早く溶けてくれ……! エナジーを吸われ尽くした人々が死んじまう……!
――叩き割ったほうが早い――
え、ベルト!? そ、そうか!
さっき氷漬けにされたときにまともに身体を動かせなくて、溶かして脱出したからその考えに引きずられていたのか、余裕がなかったのかその発想に至らなかった。
今もまともに身体は動かないが、氷を割るくらいなら……!
拳を叩き付けるとレバー周りの氷が砕き割れたので、俺は出来る限りの声を発した。
「俺は逃げる! だから魔法を止めろッ!」
言い終わると同時にレバーを下げ、『メモリーズフィールド』を発動させた。
瞬間移動で消える直前、グリーディの表情にどこか落ち着きを見た。俺が逃げることを想定していたのか?
平民区域の緩やかな坂道になっている道の上に、俺は転移した。その坂道をのぼると、貴族街を取り囲む塀の入り口へと続いている。
魔法陣の規模がわからなかったので余裕を持って逃げたつもりだったが、魔法陣の赤い光が貴族街の塀のすぐ外側にまで達しているのが見えた。
それが、ゆっくりと消えていく。どうやら魔法を止めたようだ。
「こんな規模の魔法なんて……」
さっきのエナジードレインは強力だった。死者も出ていそうだ……。
城にはラファエルもいただろうし、病床の女王もいるだろう。無事だろうか……。今日、菜結が治癒魔法を掛ければ女王は完治するというのに……。
「うぐ……ろくに身体が動かねぇ……。ちくしょう……!」
思った以上にエナジードレインで体力を奪われてしまったようだ。力が抜ける感じはなくなったが、立ち上がるのも困難なくらいだった。
(色々と、体力を消耗していたからな……。変身が解けていないのが救いだな。そう簡単には解けないらしい。これも俺の願望か……)
とにかく、どうにかして回復しなくては。
そんな地面に突っ伏す俺の傍に、坂道を下ってきた一台の馬車が停止した。
「……? なっ!? お、お前は……!」
「フハハハハ……! 姿は変わっているがやはり貴様だったか。ここで何をしているのだ、クロキヴァよ」
「ガラード! お前、捕まってるハズじゃあ……」
「この混乱に乗じて家の者が手引きしたのだ。我はこのまま、国外へと逃亡する。だが、その前に倒れている貴様を見つけたのでな」
俺が斬り落としたガラードの腕は元に戻っていた。上級治癒魔術師が治したのだろう。
ヤツは試合のときと違って負傷を無かったことに出来る鎧は着ていないが、淀みない動作で腰に穿いていた魔剣ロンドヴァルをスラリと引き抜きつつ、スタスタと近付いてきた。
「お前、貴族街から来たんだろ? エナジーは吸われなかったのか?」
「エナジーだと? ああ、あの魔法陣はエナジードレインの魔法であったか。フハハ、それで貴様はそのような有り様なのだな」
「お前は平気だったのかよ?」
「まったく何も感じなかったな。範囲は限定的であったのだろう」
くそっ、そうだったのか……! グリーディに騙された。有効範囲から逃げないようにする為の罠だったんだ。
あんな巨大な魔法、おかしいと思った……。
あれだけ強力な魔法だ。もしかしたら効果があったのはほんの数メートルの範囲だったのかも知れない。
「クロキヴァよ、貴様のせいで我もフールバレイ家も終わりだ」
「……フールバレイ家も?」
「女王めの仕業でな。色々と露見してしまったそうだ」
「へぇ……。屋敷が強制捜査でもされたか」
予想を口にしながらどうにか立ち上がったが、膝が震えてやがる……。
「フフハハハ! 立ち上がるのがやっとではないか。グリーディという魔族にやられたのだろう? 無様だな」
「ぐ……っ!」
「魔族など薄汚い存在ではあるが、貴様に恨みを晴らす絶好の機会を作ったことに関しては評価してやろう!」
そう声を上げると、ガラードは斬りかかってきた。
回避できずに胸の装甲部を斬られ、激痛が走ってすぐに痛覚を遮断する。よろめいて後ろ足で2、3歩あるいたが、崩れたバランスを立て直せず、尻もちをついてしまった。
「ぐぅ……ぅっ!」
「フハハハハ! 実に無様だ!」
前のフォームと違って硬さが増しているのだろう、胸の装甲の傷は浅い。
だけどやっぱりあのロンドヴァルはヤバイな……。装甲のない厚手のラバーっぽい部分を思い切り突き刺されたら、貫通してしまいそうだ。
俺がなんとか起き上がろうとしていると、馬車から長身細身の燕尾服っぽい衣装に身を包んだ男が現れた。
アイツには見覚えがある。ガラードが最初にリヴィオの家に来たときに、一緒にいた男だ。
「ご主人様、お早く」
「うむ。クロキヴァよ。もう少し楽しみたいが、そうもいかんのでな。トドメをくれてやろう」
「ぐううぅ……ッ! こんなところで……!」
「ふむ、そのベルトを砕くか、鎧の付いておらん太腿の太い血管でも断つか……」
恐ろしい言葉を吐きながら、ガラードは淀みなく近付いてくる。
俺は座ったまま後ずさって逃げたが、やがて道に面した建物の壁に行き当たってしまった。
「こんなところで、死んでたまるかよ……!」
掌を向けて力を込め、ガラードに炎を放つがヒラリと躱された。放射し続けることが出来ず、もう一度放ったがガラードは指輪を光らせると魔法壁を展開し、炎を防いだ。
「その姿は炎を使えるのか。だが、残念だったな」
「……お前だって、そうしてたら攻撃できないだろ」
俺はそのあいだにと、掌をガラードに向けながらなんとか起き上がった。
すると、ガラードが魔法壁を消したので炎を放ったのだが、炎はヤツの服を焦がして小さな火を付けただけで威力が弱く、すぐに叩き消されてしまった。
「やはりな。こんな弱い炎では、魔法壁はいらんな」
だったら……!
向けたままの掌から炎ではなく蜘蛛の糸をガラードの足元に放った。しかし、弱っている為に速度が遅い。ギリギリで躱されてしまった。
すぐにもう一度、糸を放ったが素早く間合いを詰めたガラードの剣撃に掌の向きを変えられ、糸は逸らされてしまった。
そのまま流れるような動作で俺のふとももに突きが飛んでくる。
「うああッ!?」
「フハハ……! 今のは危なかったぞ」
まともに食らうのをなんとか避けたので太い血管は切られなかったようだが、太腿の厚手のラバーのような部分に切れ目が入り、出血が見て取れた。
「足掻くな。余計苦しむだけだぞ。フフフッ……。フハハハハハ……!」
ああ、畜生。生き生きとした顔をしてやがる。爛爛と目を輝かせて俺を殺そうとしていやがる。
最初は路傍の石でも見るような目をしてやがったのに。
「そうだ……!」
俺は『ゴブリンクリスタル』の逃げ足のみ速くなるという特性を思い出し、そのパワーアップ版を発動させた。
そうしてなんとかガラードから逃げようと試みたのだが、ふらふらと覚束ない足取りでなかなか距離を空けることも出来ず、ガラードの剣撃をなんとか致命傷にならないように避け続けるので精一杯だった。
「こうなったら……!」
何か必殺技を使おう。
だが恐らく、もう1度でも必殺技を使えば変身は解けてしまう。
そうなればもう今のパワーアップした姿には戻れない。ラファエルに分けて貰うなどして何らかの方法で体力を回復できたとしても、ガラードを倒すことは出来なくなるだろう。
だけど、ここで死ぬよりはマシだ。
俺は体力消費を出来るだけ抑えることを考え、『ゴブリンアックス』を選択してレバーを下げた。
これで後ろの執事服の男もまとめて倒せれば……!
――体力が足りない為、使用不可――
なっ……!
まだイケるかと思ったんだが……。もしかしたらパワーアップ版だから、通常版より体力を食うのか?
――肯定。又、『ピープルクリスタル』は『サモンヒーローズ』が発動している場合、一定値以下の体力では必殺技は一部を除き使用できない――
そ、そうなのか。そうか、変身が切れれば『サモンヒーローズ』も解除されちまうからその措置か?
――一部、肯定――
そうか……。くそ、必死になってて『サモンヒーローズ』のことは失念してた。
皆のパワーアップをいきなり解いちまうとこだった。そうなったら危険かも知れない。
仲間たちは無事だろうか。彼等と合流できれば……。
ガラードと少し距離が離れたので、仲間に居場所を知らせようと空に向かって炎を放ってみたのだが、道沿いにある建物の屋根の高さを越えなかった。
「…………。人を呼ばれても面倒だ。諦めてそろそろ死ぬがいい、クロキヴァ!」
そうだ、どこか人が入り込めない狭い場所があれば、身体をゲル状にしてそこに逃げ込める……!
しかし辺りを見回しても都合のよさそうな場所は見つからない。
ガラードの斬撃が、ベルトを掠めた。
「ううぅ……ッ!」
このままだと死ぬ……! 俺はさっき見回したときに脳裏に浮かんだ方法を取るべく、身体をゲル状に変化させて雑貨屋の店先にあった大きな樽の中へと飛び込んだ。
「何……!?」
そうして中で動いて樽を横に倒し、道を転がって逃げ始めたのだ。
しかし、急に樽が壊れてしまった。割れた樽の破片でもスライムの状態だと危ない。傷ついたその部分が元の身体の重要な部分だったら命に関わる。俺はすぐに元の姿に戻り、地面に突っ伏して滑る形になった。
振り返ってガラードを見ると、ヤツの指輪が光っていた。何らかの魔法を使って樽を壊したのだろう。
「フハハハハッ! ハハハハハハ……! 無様だな、実に無様だ!」
厳つい顔の口を大きく開けて嘲笑うガラード。
そこに、俺の頭上を越えて1本の矢が飛んでいくのが見えた。
「むぅッ!?」
ロンドヴァルで矢を弾いたガラードだったが、鉄の鏃に頬骨の上の皮膚を切られ、血を流した。
「……貴様ら……!」
俺は再び振り返って逃げようとしていた道の先を見ると、そこには矢を放ったであろうエステルと、変身して成長した姿の菜結にリヴィオ、それに商業ギルドでお世話になっていたグリースバッハの姿があった。
「ゴローーッ!」
「おにいちゃーん!」
「ロゴー、無事か!?」
エステル以外の3人は、何やら大きな魔道具を抱えている。
「グリースバッハさん、私のこれもお願いできるか?」
「え、ええ……!」
リヴィオはその大きな魔道具をグリースバッハに渡すと、俺の前に来てガラードに立ち塞がった。
「リヴィオ……!」
「ロゴー、そんな血塗れになって……。死ぬなよ……」
「致命傷は受けてないから、死にはしないよ」
「そうか、よかった……」
その会話を俺の隣でしゃがんで聞いていたエステルが、矢を番えながら立ち上がって叫んだ。
「ナユちゃんとグリースバッハさんは先に! いいよね、リヴィオ!?」
「ああ。くれぐれも気を付けてな……!」
「でも……」
「ここは大丈夫! ナユちゃんは行って、ゴローを助けてあげて!」
「う、うん。わかった!」
「どこへ行くんだ? まさかグリーディのところか!?」
俺は菜結たちに尋ねた。貴族街へと続くこの道を進んで来たということはそうではないかと思ったのだ。
「おしろにいくの!」
「城にはまだきっと、グリーディがいる。行くのは危険だ!」
「ううん。でぃあすさんたちが、ゆーどーしてるの! じかんがないから、いくね。まってておにいちゃん!」
「あっ、菜結っ!?」
走り出してしまう菜結。グリースバッハも「いいのですね?」とリヴィオたちに確認してから、その後を追い掛けていく。
ガラードと、いつのまにかその隣に並んでいた執事服姿の男の脇を菜結たちは通り過ぎていく。ガラードたちは何もしなかった。敵は少ないほうがいいのだろう。
まぁ、グリーディは菜結のことを生かす価値があると言っていたから、殺しはしないかも知れないが心配だな。菜結たちは一体何をするつもりなんだ?
「小娘ども、その身体の光はなんだ? 魔法か?」
「貴様に答える義理はない。ガラード・フールバレイ!」
「小娘じゃないし! アンタよりずっと歳は上だし!」
「ふん。そのような口の聞き方をする若いエルフなど、小娘で相違ないであろうが。……おい、エルフの相手は貴様に任せる」
ガラードに呼び掛けられ、執事服の男は「畏まりました」と一礼したあと、両手に1本ずつ剣を持って構えた。
俺の通常フォームと同等の身体能力に強化されているエステルが道沿いの三階立ての建物の屋根に飛び乗ると、執事服の男も驚いたことにエステルを追って、同じ屋根の上まで飛び乗った。
「魔力で身体強化してるの? 凄いね」
「いえ、魔道具も使用しております」
「そう。じゃあ、行くよ!」
「どうぞ……!」
番え直して3本に増やした矢をエステルが放つ。執事は2本の刀を使って2本の矢を弾き、1本を躱す。
エステルが距離を詰められる前に何度かそれを繰り返すと、決着が付いた。
1本の矢が執事服の男の胸に突き刺さったのだ。心臓のある辺りだった。
「グブッ……! ゥ……隠していましたね」
「うん」
「……操れたのは、1本だけですか」
「そう。だから操れるのが弾かれそうなときは、何もしなかった」
「成程……。ご主人様の頬を矢が掠めたとき、違和感を感じたのです……。あのときに気付けていれば、避けにくい屋根の上へ追いはしなかったのですが……。飛び道具の相手に近付いてプレッシャーを与えたつもりが、失敗でしたね……。フフ……。ゴフッ……! 参りまし、た……」
執事服の男はゆっくりと倒れ込むと、屋根の上から転がり落ちていった。
どうやらエステルは風魔法で矢を操り、執事服の男に上手く命中させたようだった。
「……死んだか。優秀な男であったものを……」
ガラードはそう呟くと、地面に落ちて動かなくなった執事服の男へ向けていた目をキョロリとリヴィオへ移した。
リヴィオは大声を張り上げる。
「エステルは手を出さないでくれ! この男との決着は、私が付ける!」
「わ、わかったー! 頑張れ、リヴィオ!」
「ああ……!」
俺もリヴィオに声援を送ろうとしたところで、ガラードが声を発した。
「ふん。どの道、貴様と切り結ぶ距離では矢を放てまい」
そう言いながら、間合いを詰めていくガラード。
リヴィオは腰に履いた剣に手を掛けた。
俺は今、声援を送るのは邪魔になるかも知れないと思い、心の中で応援をした。
リヴィオの背中から張り詰めた緊張感が伝わってくるようだ……。
「ほう……。その鍔の形は、偽物のロンドヴァルではないか。修理から直ったのか? そんなナマクラでこの本物の魔剣ロンドヴァルをいつまで受け切れるか見ものだな」
「……ナマクラではない」
「ならば、本物の剣を受けてみるがいい。叩き折ってやろう……!」
ガラードは踏み出すと、上段からリヴィオへと斬りかかった。
リヴィオはベルナ・ルナから誕生日に贈られた鞘から新しい魔剣ロンドヴァルを引き抜くと、そのまま斬り結んだ。
綺麗な白刃が、宙を舞った。
ガラードの魔剣ロンドヴァルの刀身が、中程から折れていた。
「な、なんだその剣は……ッ!」
リヴィオの持つ新しい魔剣ロンドヴァルの刀身は、淡く虹色に輝いていた。
「真・ロンドヴァルだ」
そうリヴィオが口にする。
お、おい、それ……。
前に、本物と偽物で同じロンドヴァルだと紛らわしいからいっそ違う名前にしたらどうかとルーシアが提案したことがあった。
結局、リヴィオが嫌がって改名はしなかったのだが、そのとき俺は冗談で新しいロンドヴァルにはそう名付けたらどうだって言ったことがあったのだ。リヴィオはどうやらそれを気に入っていたみたいだな……。
ま、まぁいいか……。
「莫迦な……! お、おのれぇええ! これ以上、貴様らに何も奪わせはせん!」
ガラードは激昂した。
そうして再び斬りかかってきたヤツの折れた剣の間合いを見定め、リヴィオはその剣撃を折れた部分の刀身が通過する位置で躱した。
ガラードは腕を振り下ろさずに水平にして止めると、すぐに刺突に切り替えてリヴィオを襲う。それはガラードの剣の流派の一連の動作なのだろう。
リヴィオは消えるように姿勢を低くしてそれを避けた。そしてガラードの懐に潜り込むとガラードの腹を深々と斬り付けた。
「な……にぃ……!」
「お前のその剣筋はもう見切った」
「ぐ、ぅうぁあッ……! 我が、我がこんなところで終わる……!? ぎァアぁああァぁ……! お、おの……れ……! おの……れ…………」
意識を失って急に身体の力が抜けたのか、ガラードは両膝を石畳に強くぶつけると、前のめりに倒れ伏した。




