第114話 ゴローの策
『リプロダクション』
レバーを下げ、『ヒュドラクリスタル』の9体の複製を生み出す必殺技、そのパワーアップ版を発動した。
すると、俺と同じく炎の剣を持った複製体が俺の左右に横並びに現れる。複製体には意志はなく、俺と全く同じ動きをする。
パワーアップしてどんな風になるのかと思ったが、9体から増えたり、金色のキラキラした輝きを纏っているわけでもない。
どこがパワーアップしてるんだ? 何せ、この必殺技に関しては通常の必殺技も使ったことがなかったからな。炎の剣も複製されてるけど、それは通常版では出来ないとか?
――可能――
脳内にベルトの声が響いて教えてくれた。出来るのか。
……あ。もしかして『ピープルクリスタル』の今のフォームの俺を複製してることがパワーアップなのか。
――肯定――
やっぱりか。それでもう充分すぎるパワーアップだもんな。
……それにしても、予想はしていたが体力の消耗が大きいな。それは多分、この必殺技自体の体力消費じゃない。炎の剣の複製したことが、必殺技の『ブレイズブレイド』9回分の体力消費を生んだからだ。ベルト、そうだろ?
――肯定――
だよな。想定してた。覚悟は出来てる。失敗したら後がないだろうから恐怖はある。手が震えてやがる……。
でも、他にいい手は思い付かなかった。石化させる必殺技はパワーアップ版でも、ヤツの種族特性の再生魔法で解かれてしまうことを、さっき空飛ぶマントを使ってゆっくり地上に降りたときにベルトに教えて貰ったしな。
「分身か。数は少ないが、私とて出来るぞ」
グリーディはそう告げてくると、目を閉じた。
うっ、向こうも増やせるのか。マズイか――いや、無視でいい……!
慌てた気持ちを落ち着かせながら、俺は作戦を進めた。複製体も同じ動作を行い、10人が一斉にレバーを下げる。
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
『ブレイズフォース』
全てのベルトから音声が鳴り響き、俺と全ての複製体が持つ炎の剣が轟々と火力を上げ、明るくなっていく。
「くう……っ!」
強力な必殺技を10も同時に発動したことにより、急激に体力が削られて思わず片膝を地面に突いた。
急に荒くなった呼吸をしつつ立ち上がると、グリーディの身体が陽炎のように揺らめき、横並びに5体に増えていく。
その5体のうちの真ん中の1体が口を開いた。
「成程、無茶苦茶だな……。まさかバハムートを屠った力を、分身すべてが使うとは……。これでは我が分身は意味を成さんか……」
「グリーディ、一気に決着を付けてやる!」
俺は正面の1体へ目掛け、少し角度を付けて横向きに必殺の一撃を放った。
複製体は全く同じ動作をするだけなので、俺が狙った位置に合わせて攻撃してはくれない。複製体それぞれの正面へ目掛け必殺の斬撃を放つだけだ。
なので、複製体の攻撃が分身したグリーディ全てに当たるように必殺技を放ったのだ。
そのおかげで、グリーディの分身は斬られて消滅し、本体には8つの斬撃が当たってその身体を斬り刻んだ。
「ぐぅ……っ。クロキィ……」
斬られた瞬間、グリーディは小さく呻き、憎そうに俺の名を発しようとした。
決勝戦で戦った感じだと、ヤツも痛覚を無くせる魔法でも持っているのだろうから、この状況をよくないと思ってのことだろうな。
――その通り。
俺はグリーディがよく使うその言葉を思い浮かべながら、更にレバーを下げる。
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
『トマホーク×トマホーク』
ガクンっ、とまた片膝が落ちた。かなり堪える……!
ゼェゼェとさっきより息も上がった。
両手を確認すると片方には炎の剣、もう片方には今、出現させた金の光を帯びた爆発する斧がある。
炎の剣を出現させるのは『ブレイズブレイド』という必殺技なので、どうやら必殺技を同時に使うことが出来るようだ。特定のものだけの可能性もあるが。
なんにせよ体力の消耗が激しいのでもう一度出さずに済むのは助かる。
俺は蹌踉めきつつも立ち上がり、切り刻んだグリーディの転がる地面へと、金の光を帯びた手斧を投げ付けた。
複製体が投げた斧はそこへは飛ばないが、それでいい。俺の左右の複製体が投げた斧の爆発が、グリーディを巻き込んでくれればそれで。
狙った位置に複製体も攻撃できるのなら『キックグレネード』でいいんだけどな。
パワーアップして威力の増した爆発が、グリーディを包み込む。ヤツの身体の一部が飛び散るのが見えた。
これで身体の大部分に、かなりのダメージを与えられたハズだ。
「ふぅーーっ! ……よし!」
大きく息を吐いてから気合いを入れて体力が大きく減る心構えをし、更にレバーを下げる。
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
『ブレイズドラゴン』
急激な体力の低下に意識が飛びかける。両膝は地面を突いた。
炎の剣は螺旋を描き、炎の竜へと形を変えていった。剣ほどの大きさだった竜はパワーアップによってふた回りほどサイズを増し、見た目が強そうに変化している。
よし、これも予想通り強くなってるな……!
ふらついて地面に片手を突きながら、俺は命令を下した。
「行け、ブレイズドラゴン! グリーディを欠片も残さず焼き払え!」
俺の命令に全ての竜が咆哮を上げて散開し、散らばったグリーディの身体をその体を使って焼き始めた。
いくら再生魔法がとんでもなくても、再生する為の部位が全て死滅すれば、復活できないハズだ。
そうでなければ、人々の願望から『ニュークリアブレイド』などという核の剣は生まれなかっただろう。
試しにベルトに尋ねてみると、ちょっと驚いたことにそれを肯定して教えてくれた。
それで、この作戦を思い付いたのだ。
呼吸を整えつつ立ち上がり、俺も斧の爆発で窪んだ地面に転がるグリーディの頭部を見つけて、駆け寄った。
同じ動きをした複製体たちの1体が、石に躓いて転んだ。
グリーディの頭部は上側3分の1程度で少しずつ再生しており、目が再生したところだった。その両目がぎょろりとこちらを向く。
「……その状態でも、意識があるのか……?」
口の無い頭部は目元で笑ったように見えた。
頭部は地面を引っ張られるようにズルズルと動いている。再生する為に他の部位を繋がろうとしているのだろう。
俺はそれに片手を向ける。
「これで終わりだ」
向けた手から炎を発し、その頭へと放った。すぐに他の部位を焼き尽くしたであろう炎の竜が2体やってきたので、あとを任せる。
「…………終わった、な……」
グリーディの全てが灰燼に帰した。
再生を懸念して暫く待ったが、その様子はない。
俺は炎の竜と複製体を消し、変身を解除する為にベルトの割れて広がっている魔法陣を閉じようと手で触れたところで、グリーディの頭部が転がっていた辺りに別空間への切れ間が現れ、その中から五体満足のグリーディが現れた。
「…………!」
「フフフ……! 残念だったな。私は私の弱点をよく知っている」
「身体の一部を……別空間にか……」
「ああ、その通りだ」
「ち、ちくしょう……ッ!」
…………だったら……!
『メモリーズフィールド』
瞬間移動した。グリーディの背後へと。
ヤツは俺の攻撃を防ぐべく、ドーム状の魔法陣を展開する。
俺はそれを無視して、別空間の中へと飛び込んだ。
「――何!? ……私の身体がまだ残っていると思ってか……?」
「わかんねェけど、残ってたら倒してもまた復活するだろ」
「……フフフ、この切れ目を閉じたら貴様は戻ってこれるのか?」
戻ってこれないかも知れないな。
皆を悲しませる結果になるかも知れない。
でも、俺は……。それでも俺はやっぱり――コイツをこのままには出来ない。
「そうか、明確な手段はないのだな」
俺が黙っていると、グリーディは嘘を見抜く魔法でそのことを知ったようだ。笑い声を上げると、別空間の切れ目を閉じていく。
「いいだろう、探してみるがいい! 100年後にでも開けてやろう!」
そうして、出入り口は閉ざされた。
別空間を見回すと、地面も空も淡い青色のマーブル模様をしていて、それが蠢いている。かなり広いようで、遠くのほうはその模様が靄のようにかかってよく見えない。
空間の大部分にはいくつも並べられた檻があって、その中には数多くの魔物たちが囚われていた。
「100体はいるんじゃないか……?」
まだまだ召喚できるということなのだろう。
「あっ!」
様々な魔道具や財宝が無造作に置かれた場所を見つけ、そこに魔法のスクロールの束を発見した。これを燃やしてしまえば、もう召喚は出来ない……!
俺はスクロールに炎を放射した。すると、檻に囚われていた魔物たちが消えていく。これは……解放されたってことかな。
……都市に出現してないよな……。
もしそうなら、とんでもないことをしでかしたことになる。俺は顔を引き攣らせた。
まぁ、考えても仕方がない。
「貴方! ここで何をしているの!?」
「うぉわッ!?」
突然、背後から声を掛けられ、驚いて跳び上がった。
振り返ると、そこには妖艶な女性が立っている。目鼻立ちが整っていて、年齢はわからないが20~30代だろう。大きく胸元の開いたシースルーのドレスを着ていて、大事な部分が透けている為に思わず目を逸らしてしまった。
「……ん?」
気になるものが見えて、もう一度、女性を確認すると小さな黒い蝙蝠の羽と、黒くて先端が矢印のような形をした尻尾が付いているのが見えた。
「もしかして……サキュバスか?」
「そうよ。貴方、とんでもないことをしてくれたわね……。これじゃあ、おしおきじゃあ済まないかも知れないわ……」
「おしおきって……俺にする気か?」
「違うわよ。私がされるの。ああ……ご主人様に殺されるのなら本望だけれど、出来るなら生きてご主人様とともにいたい……。私を許してくださるかしら……」
「ご主人様って、グリーディか?」
そう問い掛けると、サキュバスは真紅の瞳でキッとこちらを睨み付けてきた。
「……愛しいあのお方の名を、貴方のような見ず知らずの者に教える訳がないでしょう。……でも、どうせ後で会えるわ。そのときには、貴方は私の下僕になっているけれど」
さっきの表情とは打って変わって、色目を使ってしなだれてくる。
ううっ、服が透けてて大事なとこが……。
顔を背けたが、凄く惹かれる感じがしてチラチラと彼女を見てしまう。透けてるせいか? いや、それだけじゃない。滅茶苦茶、このサキュバスを魅力的に感じてきた。
俺は危険を感じてサキュバスを押し退け、飛び退いた。
「きゃん!」
お尻を打ってそんな悲鳴を上げるサキュバス。
ちょ、やりづらいな……!
「お、お前……ここの番人か?」
「あいたたぁ……。ええ、そうよ。それが?」
「ここから出る手段を知ってるんだろ? 教えてくれ!」
「あら、来たクセに出られないの……? ウフフ、お姉さんといいことしたら教えてあげるわよ。さぁ、そんな鎧は脱いで、顔を見せなさいよ」
「脱ぐわけな……うぅ!?」
なんだ!? 逆らえない。手がマスクを……!
「……へぇ。そんな立派な鎧を身に纏ってるからどんな強面が入ってるのかと思えば、まだ若い男じゃないの。ふぅーん。なかなか可愛い顔してるわよ、貴方」
マスクを脱がされただけで済んでよかった。鎧を脱げと言われていたら、変身を解除していたかも知れない。
サキュバスは俺の頬を爪の伸びた細長い指でなぞると、流し目をして顔を寄せてくる。
「くぅっ……!」
「ふふふ……いい反応しちゃって。でも無駄よ。どんなに魔法抵抗力の高い相手でも、時間を掛ければ従順な下僕になるわ……。やがて、自ら命を断たせることだって……ね」
「そんなこと……冗談じゃない……!」
『スティンガーディスペル』
ベルトのレバーを下げて鳴った音声と光に、サキュバスは驚いて身を引いた。
サキュバスは俺を魅了して言うことを聞かせる魔法でも使ってるんだろう。
俺は自分に発光する腕を向けると、魔法を消し去る必殺技を浴びた。
これで解除できれば……。だが、俺の全身はかつて魔法が解除されたときのように発光しなかった。
「ああ……そ、そうか……! 種族特性の魔法か……!」
冷や汗が額に浮き出てきた。
これ、かなりマズイんじゃないか……!?
「もしかして私の魔法を解除しようとしたの……? そうよ、私の魅了は種族特有の魔法。どうやら解除は失敗したみたいね。残念でした」
どうする……。もう、俺はこの女を倒したくない。
マ、マズイぞ……。




