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変身ヒーローin異世界  作者: 鯨尚人
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第111話 ダークエルフ

「あのかたの準備とは、なんのことですか?」

「それは、お前の知らなくていいことだ」


 投げ掛けられたルーシアの問いを一蹴すると、ダークエルフは魔剣で斬り掛かった。

 次々と繰り出される斬撃に対し、時に躱し、時に折れたロングソードで受け、時に蹴りや拳を放って反撃するルーシア。

 剣は折れてしまったが、吾郎の通常の変身フォームと同じパワーを持つルーシアの打撃はそれだけで脅威だ。

 一瞬の隙も許されない激しい接近戦が続き、未だ逃げずに留まっていたコンチェッタはなんとか魔法で援護したかったが、ルーシアに当てることを危惧して放てずにいた。


「くう……ッ!」


 ルーシアのふとももが斬り付けられ、メイド服のスカートとエプロンに切れ目が入った。白いエプロンに血が滲んでいく。


「メイドさん!」

「平気です。それより、あなたは早くお逃げください……!」

「で、でも……!」


 コンチェッタにはルーシアのほうが不利に見えていた。


「行ったでしょう、危なくなったら私も逃げると! そのときあなたが逃げてなかったら逃げづらいじゃないですか。逃げちゃいますけどもっ!」


 しゃがみ込んで放ったルーシアの回し蹴りが、ダークエルフの足をね上げた。体勢を崩したダークエルフが地面に倒れる前に、追撃の蹴りを放つルーシア。

 それに反応したダークエルフが魔剣の刃で受けようと構える。ルーシアは蹴りを止めたが、靴底が斬れた。

 倒れて横たわったダークエルフが魔法壁を張るが、ルーシアは折れたロングソードを振るってすぐに砕くと、改めて攻撃を仕掛ける。その隙になんとか立ち上がったダークエルフと、再び激しい攻防が始まった。


「とても割って入れない……」


 氷魔法で援護しようと思ったが出来ず、無念な思いでコンチェッタはその場から離れるべく走り出した。


「うぅ……こんなことならお姉ちゃんからもっと戦闘用の魔法を教えて貰うんだった……」

「割って入るのは私も無理……」

「え? お姉ちゃん!」


 光を纏ったコンスタンティアが、浮遊魔法で空中からコンチェッタのいる石畳の路上へとコツリと靴を鳴らして降り立った。


「お姉ちゃん、ホントに光ってる……」

「ああ、これは奇跡の力で……。強くなってるの……」

「き、奇跡の……」

「それより、コンチェッタちゃんにお願いがあるの……。今は割って入るのは無理だけど――」


 ルーシアとダークエルフの近接戦闘は続く。

 ルーシアは距離を空けることを嫌がった。

 魔法の杖は落とさせたが、ダークエルフが使っていた銀の杖は魔法の発動の補助として優秀で、多くの魔法使いが使用しているものなのだが杖自体に魔法や魔力が篭められた魔杖にするには向いておらず、それ故にルーシアはダークエルフ自身が強力な魔法の使い手であるのだろうとの見立てをしていて、それは正解だった。


「効いてない!? そのセクシーな衣装は魔装ですか!」


 ロングスカートで隠して放ったルーシアの蹴りがダークエルフの膝に命中したが、効果が薄い。軽い蹴りだったがパワーが増している為、普通なら骨折していてもおかしくない威力だった。


「その通りだ。全身を生身の部分まで衝撃を緩和してくれる、あのかたからの贈り物だっ!」

「う……うぅっ……!?」


 ダークエルフの連撃を上手く受け切れなかったルーシアは、ロングソードのつばの下を斬られた。手を斬られることはなかったが、手には柄だけが残った。

 ダークエルフはニヤリと口角を上げると、魔剣を振り被った。


「死ね!」


 勢い良く振り下ろされる魔剣を、ルーシアは左腕の前腕で刃の腹を払って逸らした。そしてそのまま流れるように右腕に持った柄をみぞおちに叩き込む。


「グゥ……ッ!?」

「油断しましたね。大振りになっていましたよ」


 ダークエルフは距離を空けて体勢を整えようとするが、ダメージを受けて動きの鈍った隙を見逃すルーシアではなかった。あっという間にダークエルフを組み伏せ、魔剣は蹴って石畳の地面を滑らせ、遠ざける。


「お、おのれ……!」

「ふぅ……。なんとかなりましたね……」

「おのれ、おのれ……ッ! ダークエルフを虐げる者どもめ……!」

「……そんな人ばかりじゃありませんよ。私はダークエルフのいる冒険者のパーティを知っていますが、仲は良さそうでしたよ」

「そのダークエルフとて、パーティ以外の者からは忌み嫌われているだろう?」

「私はそのようなことはありませんが、そういうかたもいるでしょうね。でも、時間を掛けて友好を築けばよいでしょう?」

「虐げられる辛さを知らぬから、そのようなことを軽々しく言えるのだッ!」


 激昂するダークエルフに、ルーシアは困った顔をした。


(こんなときリヴィオ様がいれば、良いことを言ってくださるかも知れませんが、私では……。うーん……)


 考えていると、コンスタンティアとコンチェッタの姉妹が小走りで駆けてくる足音がした。ダークエルフを組み伏せた状態で、ルーシアは後ろへ首を捻って彼女たちを視認する。


「あ、おふたりとも! 何か縛るものをお願いします」

「わ、わかりました!」


 コンチェッタが踵を返し、遠く後ろで見ていた住民たちのほうへ向かっていく。


「手助けを考えてたのに……。流石、ルーシア……」

「ふふ、ゴロー様の力のおかげです。これがなければ、死んでいたでしょうね」

「おのれぇ……! ダークエルフを虐げてきた貴様らなど、金色こんじきの主義者たちに支配されればよかったのだ……!」


 身体を震わせて涙を零し、頬を濡らすダークエルフ。

 ルーシアは再び困り顔を作って思案する。

 縛っておとなしくさせたら、バシリスクがまだいるかも知れないし都市には他の魔物もいるだろうから、皆、別の場所へ移動する。ルーシアはその前に何か良い事でも言えたらと考えていた。

 こんな緊急事態のときだ、通常ならルーシアはそんなことは考えなかっただろう。だが、ダークエルフの強さを目の当たりにして好敵手への情が芽生え、それが彼女を動かしていた。

 そんな表情のルーシアを見たコンスタンティアは、彼女の為にと口を動かした。


「貴方の苦しみは貴方しかわからない……。けれど、少しは理解があるつもり……。私の主人はヴァンパイアだから……」

「何? 人間の貴様がヴァンパイアのつがいだと……?」

「警戒されるのは仕方がないこと……。知らないヴァンパイアも、ダークエルフも怖い……」

「ダークエルフが恐れられているのは、一部の者による偏見だ! それを仕方がないでは済ませられない!」

「仕方がないことよ……。高い魔力を持っておごった者がいた種族でしょう……? 警戒は自衛の為に必要……」

「だから、そんなのは一部の者がやったことだ! それで皆が虐げられるなど……!」

「そうね……。それは良くない……。でもね、偏見がなくても最初は警戒されるのは仕方がない……。一部の者がやったこととは言え、おごった者がまた出てこないとは限らないでしょう……? 仮に人間やエルフやドワーフなどと同じかそれ以下の危険度だったとして、それが知れ渡っていたとしても自衛の為に警戒する人はいるわ……」

「それは……確かに……」

「でも、それを越えて友好を築くことはダークエルフでも出来る……。前例もあるわ……」

「……そうか、お前が言いたいのはそういうことか……」


 納得顔をしたダークエルフを見て、コンスタンティアはルーシアと頷き合うと、ダークエルフの魔剣に興味を示して拾いに行った。


「だが……なぜそんなふうに偏見を持った馬鹿どもの為に我々ダークエルフが労苦を負わねばならん……。それに、数の少ないダークエルフでは、そんなやりかたでは偏見はずっと消えないだろう……。私はもう、お前たちにはほとほとうんざりなのだ……」


 独り言のようにダークエルフは小声でブツブツと不満を述べると、魔力を発した。

 ルーシアはすぐにダークエルフの関節に力を加えて痛みを与え、中断させる。だがそれは、注意を自分へと引き付ける為だった。

 ルーシアの背後にいたコンスタンティアが手にしていた魔剣が、その背中を刺し貫く。


「ゴプッ……」


 ルーシアの口から血が溢れ出した。その力が緩んだ隙に、ダークエルフがルーシアを押し退ける。その際、魔剣は身体から抜けたが更に深い傷をルーシアに与えた。


「あ、ああぁ……!」


 普段はあまり表情の変化のないコンスタンティアが、痛ましい顔をして声を漏らす。


「お、お姉ちゃん!?」


 ロープを手にして戻ってきたコンチェッタが狼狽し、思わずロープを落としそうになった。


「手、手が……魔剣に引っ張られて……!」

「逃……ゴボッ! 逃げ、てくださいっ……ふたりとも……!」

「フフ、ハハハハ……ッ! その魔剣は呪われていてな、常に魔力を流さねば制御できんのだ!」


 自由になったダークエルフがコンスタンティアの元へと駆け出した。コンスタンティアはすぐに魔剣に魔力を流して制御下に置くと一振りしたが、ダークエルフは容易にそれを躱すとコンスタンティアを蹴り飛ばし、魔剣を奪い取った。


「ちなみに魔力を流さねば、手を離すことも出来ん」

「くぅっ……。敢えて教えたのですか……。コンチェッタちゃんっ……!」


 コンスタンティアの呼びかける口調は強く、そこにはコンチェッタにさっき提案した作戦を行おうという意図が含まれていた。

 コンチェッタはそれを読み取り「はいっ!」と大きく返事をすると、手に持っていたロープを道の脇へと放り投げ、頷く。

 それを見たコンスタンティアは意図が伝わったことを悟り、宙へと舞い上がった。


「私の独自魔法を……食らいなさい……!」

「何!? させるか……!」


 コンスタンティアの魔法を中断させようと、ダークエルフは発動の早い黒く光る魔法の矢を1本放った。

 コンスタンティアは敢えてそれを魔法壁で防がなかった。黒い矢が乳房に刺さる。吾郎の通常フォームと同等の防御力のおかげで、柔らかな部分ではあったが少し深く刺さる程度で済んだ。

 白い白衣とワンピースを血で染めながら、コンスタンティアは手から光弾を放つ。それが、距離を空けて逃げようとしていたダークエルフの頭上へ放物線を描いて届いた。


「くっ……!? 発動が早い!」


 ダークエルフはすぐに半円状の魔法壁を傘をさすように出現させ、魔法に備える。光弾が強く、眩しく発光した。


「ぅうッ……!? ……衝撃が来ない? ……目眩ましの魔法か!?」


 その予想は当たっていた。コンスタンティアは独自魔法と嘘を付き、ダークエルフの注意を引き付けていたのだ。

 目眩ましの光が消失すると、ダークエルフの足が周囲の地面とともに氷で固められていた。コンチェッタの氷魔法だった。


「チッ、見事に引っかかったな……。ここまでしっかり固められてしまうと、勝つのは無理か……。そこのメイドもまだ動けるようだしな……」


 荒い呼吸をしたルーシアが血塗れの胸を押さえながらも、ダークエルフへと飛び出せる姿勢を取っていた。

 ダークエルフは大きく溜め息を吐くと、魔剣を手放す。


「こんなところで終わりを迎えるとは……。だがな、あのかたは無敵だ。貴様達など、あのかたの糧に過ぎん! 苦しめ、『人』どもよ!」


 そう叫ぶと、観念したと思われたダークエルフは別空間に繋がる裂け目を生み出し、そこから魔法のスクロールを取り出した。

 ルーシアが走り出し、コンスタンティアとコンチェッタが止めようとするが間に合わず、ダークエルフはスクロールを使って巨大な魔物を召喚した。

 それは、ドラゴンだった。





 ダークエルフの女性、ジーズーはかつてレンヴァント国の貴族の奴隷だった。

 レンヴァントの貴族のあいだでは魔力の高いダークエルフを奴隷にするのがステータスであり、ジーズーはその為に幼い頃に誘拐され、奴隷にされていた。

 ジーズーを買った貴族は、いつか他の貴族などにお披露目する機会が来るかも知れないと、ジーズーに過酷な訓練を課した。

 その結果、魔法に剣術、弓術においてジーズーは一流の力を得るに至ったが、彼女にとってそれは余りにも辛い歳月だった。


 いつかの為にと育てたダークエルフが素晴らしい力を得た為に、ジーズ―を買った貴族は彼女を他の貴族に自慢したくなり、自ら披露する機会を作った。

 そして、他の貴族のダークエルフと命を懸けた真剣勝負をさせ始めた。

 同胞との命の奪い合いを強要され、ダークエルフたちは皆、強い拒否を示したが隷属の魔道具には逆らえなかった。


 そんなある日、ジーズーやダークエルフたちの死闘の噂を聞き付けたグリーディは、レンヴァント国の奴隷制を廃止させた。

 グリーディにとっては貴重な魔法を生み出す可能性のある才能を潰されない為で、その後ダークエルフたちがどうしようが構わなかったのだが、ジーズーはグリーディが成そうとしている金色こんじきの主義の為に生きることを強く望み、グリーディはそれを聞き入れたのだった。





「もしや以前、戦場でドラゴンを召喚したのは……ゲホッ、貴方なのですか……?」


 ルーシアが血を吐きながら問い掛ける。


「ああ、その通りだ! あのときは黒き魔装戦士のおかげで妨害されてしまったが、今度は存分に暴れ回ってくれよ……!」


 ドラゴンは足元で叫ぶジーズーへと目を向けた。

 ドラゴンは精神支配に対して耐性を持っていて、グリーディの魔法でも完全に従うようには出来なかった。

 戦場ではジーズ―はドラゴンに襲われることはなかったが、制御できていたわけではなく偶然だった。今回の召喚では、ジーズーは死を覚悟していた。


 ドラゴンの尾の一撃が、動けないジーズーを蹂躙する。十数メートル吹っ飛ばされたジーズーは民家の石塀に強く身体を打ち付けて、動かなくなった。

 今度はルーシアを捕らえるドラゴンの目。その口から強力な炎のブレスが放たれた瞬間、彼女は跳んだ。

 ブレスを回避し、民家の木の板塀を蹴ってドラゴンの足元へ。そこに落ちていたジーズーの魔剣を拾い上げて魔力を流し、すぐにドラゴンの横から腹部を斬り付けたが、硬い鱗に刃が通らない。

 鱗の無い体の下側に潜り込んだが、ドラゴンがすぐに腹這いになって圧し潰そうとしてきたので、斬り付けるのは無理だった。


(ゴロー様にドラゴン戦のことは聞きましたが、このドラゴンは人を相手にした経験値が高いのか懐に潜り込ませてくれない……!) 


 ドラゴンの尾の攻撃を後方に高く飛び退いて躱し、ルーシアはどうやって倒そうかと考えを巡らせる。

 そうしているうちにコンチェッタがドラゴンの足元を凍らせたが、ドラゴンは意に介さずに歩き出し、氷は砕き割れた。

 コンスタンティアもドラゴンの上空に巨大な氷柱を何本も出現させて降らせたが、あまり効いてはいないようだった。


「……ゴボッ! うぅ……コンスタンティアさん! コンチェッタさん! 氷の魔法でブレスの勢いを弱めて欲しいんです。出来ますか!? ゴホッ、ゴプッ……!」


 次に失敗すれば、もう動けそうにない。ルーシアは吐血しながらそう予感していた。


「出来るわ……!」

「た、たぶん出来ます! でも、どうするんです!?」

「説明してる時間はありません……。行きますよ!」


 ルーシアはドラゴンの真正面へと移動した。

 それを眼下に見下ろすドラゴンは口を開き、ブレスを放つ。

 コンスタンティアとコンチェッタの姉妹はそれに氷魔法をぶつけ、威力を弱めた。


「うぁああ……! ああっ……!」


 弱まっているとは言え、全身にブレスを浴びてルーシアは高熱による激痛に悶え苦しんだ。

 だがそれに耐え、ドラゴンのブレスが終わりそうになるタイミングを見計らって思いっ切り石畳を蹴って、ドラゴン目掛けて跳躍した。かつて、吾郎がドラゴンを倒したときのように口の中へ。


「えぇえええぇい!」


 ルーシアがその手に握った魔剣がドラゴンの口に飛び込んだところで、その口が閉じられた。


「うあぁああっ!」


 両腕を噛み付かれた形になったルーシアは、悲痛な叫びを辺りに響かせる。

 両腕は折れたが、剣を持つ手は離さない。ドラゴンの口内を斬り付けようと手首を曲げ動かすが、内側の頬肉を浅く斬り付けるだけだった。


「ガァアッ!」


 それでも斬られるのを嫌がり、ドラゴンは口を開けつつ舌を出して、魔剣とルーシアの腕を口の中から出そうとする。

 だが、落ちることはなかった。

 その理由の為にルーシアは堪え難い痛みに悲鳴を上げ、瞳から涙を零した。呪いの魔剣が手を回転させ、腕が折れた部分から反対向きになったのだ。

 魔剣はドラゴンの舌を深く斬り付けて入り込んでいた。


(魔力を流さなければ、魔剣は手から離れない……! 助かりました!)


 熱くヌメリのあるドラゴンの舌は滑る。ルーシアは腕の痛みに耐えながら柔らかい身体を使って脚を高く上げてドラゴンの牙に足を掛け、ルーシアは今度こそドラゴンの口の中へと入り込んだ。

 ドラゴンは瞳を発光させて歯茎を剥き出しにすると、本気モードの強力な炎のブレスを放ったが、僅かな量だった。ルーシアが魔剣をドラゴンの頭部へと内側から突き刺したのだ。

 ドラゴンは鳴き声とともに崩折れ、石畳と民家の1つとその民家の石塀を自重で破壊しながら、地面へと倒れ伏した。


「ル、ルーシアお姉ちゃんっ!」


 そこへ、遠くでドラゴンの姿に気付いたフリアデリケが現場に到着した。

 ルーシアとの戦いの一部始終も見ていて、顔を青くしながらルーシアを横になったドラゴンの口から運び出した。


「お、お姉ちゃん! お姉ちゃん……っ!」


 ルーシアの身体は見るも無残な有り様だった。

 ひとつに束ねられた黒髪はほどけて炎で酷く痛み、胸の傷からは大量に出血し、両腕は魔剣によって無理に動かされた為に骨が皮膚から露出している。炎と血で衣服もメイド服もボロボロだった。

 コンスタンティアが急いで持っていた中級ポーションを使用する。少し服用させ、残りは胸の傷にかけた。

 致命傷であった臓器の損傷はかなり回復したが、問題は血を流しすぎていることだった。

 もう中級ポーションはない。この世界で使用されている治癒魔法は血液だけなどというように、選択的に回復させることは出来ない。菜結が使う治癒魔法ならば、血液だけを回復することも出来たかも知れないが。

 コンスタンティアとコンチェッタが助けを求めに行ったが、間に合わないだろう。ルーシアはもうじき果てる自分の死期を悟った。


「あの人は、どうなりました……?」

「あそこにいるダークエルフのこと? 死んじゃったみたいだよ」

「…………そうですか……」

「ル、ルーシアお姉ちゃんは死んじゃ嫌だよ……?」

「…………。ふふ……こんなことなら、思い切ってゴロー様にキスしちゃえばよかったですね……」

「……お、おねえちゃぁん……」

「フリアちゃん、驚かないんですね……。気付かれてましたか」

「うん……」

「ふふ、そうですか。リヴィオ様も気付いていたんでしょうか」

「わかんない。でも、リヴィオ様ならきっといいって言うよ。ゴロー様だって、きっと嬉しいよ。だから死なないで、おねえぢゃん……もっど、一緒にいてよぉ……!」

「……ごめんね、フリアちゃん。……ああ、こんなことなら……とっておいたシュナンの実のはちみつ漬け、使っちゃ……え……ば…………」


 ルーシアは涙しながら優しく微笑んで顔をぐしゃぐしゃにしたフリアデリケを見つめていたが、紡ぐ言葉が途切れ、目線が合わなくなる。

 やがて、その身体に纏った淡い金色の光が失われていった。

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