第109話 露店街の戦い
「た……助かった……。アンタたち、その身体は……!?」
リヴィオとベルナ・ルナに助けられた若い冒険者は、淡く全身を輝かせるリヴィオたちに目を見開いた。コロシアムでの出来事を知らないのだ。
「悪ィけど、説明してる暇はねェんだよ。行こう、リヴィオさん!」
石畳からレンガ畳に変わった地面を蹴って、鍛冶屋が立ち並ぶ区域に入ったふたりは、ベルナ・ルナの働く鍛冶屋の前に辿り着いた。
ベルナ・ルナはリヴィオが持ってきた鞘を受け取り、偽物ではあったが修理して生まれ変わった新たな魔剣ロンドヴァルを取りに行く。
待っているあいだ、リヴィオは鍛冶屋が立ち並んで切り取られた景色の向こうに見える竜巻が消えるのを目撃した。
(自然に消えたようには見えなかった……。まさかロゴーか? こちらに来ているのか?)
胸元に手を当て、リヴィオは吾郎の身を案じる。
(ロゴーは強くなったが、グリーディに勝つにはヤツの力を封じ込めるか何かしなくてならない……。何かいい手があればいいのだが……)
「持ってきたよ、新しいロンドヴァル……」
両手にロンドヴァルを抱えて戻ってきたベルナ・ルナは、心配そうなリヴィオの様子に声の調子を落とした。
「あ、ああ」
「兄ちゃんのことが心配かい? 死ぬような無茶はしないって約束したんだ。いざとなったら瞬間移動するなりして逃げるさァ……って!?」
そこへ、吾郎が飛び降りてきた。ふたりを見つけ、屋根伝いにやってきたのだ。
「ロゴー!?」
「兄ちゃん!? どうしてここへ?」
吾郎がグリーディがいなくなったことを説明すると、ベルナ・ルナがそれを否定した。
「いやいや、感じるぞ。貴族街のほうから凄ェ魔力を……。あれはグリーディって魔物で間違いねェよ」
「えっ!? 戻ってきたのか!」
ベルナ・ルナは、そういえば暫くグリーディの魔力を感じていなかったが、そちらに意識を向けていなかったせいじゃなく、どうやらいなくなっていたようだと知る。
吾郎はリヴィオたちに、強い魔物が多くいたから4、5人か、もっと他の仲間と合流するようにと告げると、急いで貴族街のほうへと向かっていき、あっという間にリヴィオたちの視界から消えてしまった。
その様子を、ベルナ・ルナが働く鍛冶屋の入り口の扉から武具で武装した赤いトサカ頭のおっさんや従業員の男たちが魔物に怯えながらおっかなびっくり伺っていた。
露店街は滅茶苦茶だった。
竜巻と魔物の被害で路上には商品や破壊された露店の残骸などが散乱している。
足場の悪い中、ギュスタというワニのような魔物が何匹もいて、上空にはステュムパリデスという翼の先端や嘴や鱗が青銅で出来た全長約1メートル、翼開長は2メートルを越す鳥の魔物が数匹おり、前線の戦士たちは上下に注意を向けなければならず、苦戦を強いられていた。
「うぁああーーっ!」
散乱した衣服の下から飛び出してきたギュスタに噛み付かれて、上級冒険者パーティのリーダーが悲鳴を上げる。ギュスタの牙で鉄の籠手と腕に穴が空いた。
彼らのパーティが崩れれば、この露店区域の戦士たちには大きな被害が出るだろう。
戦況が不利な為に出来るなら一時撤退したいところだったが、戦士たちが詰めかけてきていてそれは難しく、かと言ってその戦士たちが戦闘に加わっても犠牲者が増えていくばかりであった。
せめて、上級冒険者が加勢に来てくれれば。
穴の空いた腕から血を流しながら、上級冒険者パーティのリーダーはそう願いつつ、噛み付いてきたギュスタと死闘を繰り広げる。上空ではその隙をステュムパリデスたちが狙っていた。
「うぉっ!?」
地面に転がっていた梨に足を取られ、彼はバランスを崩して尻餅をついた。
口を大きく開いて襲い掛かってきたギュスタが彼の脚に食い付く直前、彼の視界の上側から全身に光を帯びたドワーフの男が降ってきて、ギュスタの胴体を巨大なハンマーで叩き潰した。
「えっ……!?」
どこから来た? 露店の奥の建物の屋根か? だがドワーフだぞ、エルフじゃないんだ。そんなに身軽じゃない。いや、エルフだとしても距離がある。あの発光した身体のせいか?
彼が考えを巡らせていると、今度は注意して見ていた視界の上側に、飛んでくるステュムパリデスを捉えた。
「上! 来るぞ!」
「任せろさー!」
大声で彼が注意を促すと、ドワーフの男ではなく後ろから女性の声がして、すぐに彼の視界の上側にその姿を現した。彼をジャンプで飛び越したのだ。
ドワーフの男のように金色の光を全身に纏ったドワーフの女性は、同じように巨大なハンマーを持っている。
ドワーフの男、ゴドゥへと襲い掛かったステュムパリデスは、2階建ての屋根を越えるほどの高さまで跳躍してきたドワーフの女性、トアンに驚いて回避が遅れた。これまで、そんなに高くジャンプする人を見たことがなかったのだ。
トアンの振り下ろしたハンマーが命中し、頭骨や青銅の嘴を砕かれたステュムパリデスは墜落して石畳に体を強く打ち付け、バタバタと藻掻いたのち絶命した。
それを見た他のステュムパリデスは怯み、その隙に屋根の上から放たれた十数本の魔法の光の矢によって、1羽を残して撃ち落とされた。
撃ち落としたのは全身を淡い金色で輝かせた全身黒ずくめの格好をした銀の杖を持った男、ディアスだ。
残った1羽はディアスへと滑空して襲いかかるが、彼は銀の杖を振るうとそれを叩き落とした。
「がっはっは! おヌシ、魔法いらんのう!」
「いや、いらんってことないさー……」
笑うゴドゥにトアンが苦笑する。
「じゃあ、一気に片付けるさー!」
トアンが落下したステュムパリデスにトドメを、ゴドゥは上からのディアスの指示でギュスタの位置を把握し、次々と叩き潰していく。
上級者パーティの面々はその光景に呆気に取られていたが、やがてリーダーが彼らの活躍に「うぉおおお!」と歓喜した声を上げると、次々と喜びの声を上げた。
そうして短時間のうちに視界に映る魔物を全滅させた。
「これで終わりか? まだそこいら辺にギュスタが潜んどるかも知れんぞ」
「うーん、いなそうに見えるけど……。ディアス、どうさー?」
「こちらからも見えないな。……ん? なんだ!?」
道の先で竜巻が突然発生し、周囲に散乱した物品や残骸が飲み込まれて舞い上がり、飛んでいく。
その傍の脇道から全身が緑色に淡く輝いた、羽の生えた小柄な女性の姿をした精霊が現れて、ゴドゥたちは息を呑んだ。
「あ、あれって風の精霊シルフか? 初めてみたさー……」
「こちらを睨んどるな……」
「敵意を感じるな……。操られているのか? 都市の竜巻はあの精霊が起こしていたのか……?」
この世界の精霊というのは、意志と形を持った魔力の塊だ。
コンスタンティアはこの精霊を研究し、魔晶石に知能を加えたフランケンシュタインを完成させた。フランケンシュタインは、いわば人工精霊なのである。
「滅……。全……営ミ……」
シルフは片言を口にしながら、グリーディの魔法による支配から脱することが出来ない苦しみに涙を零した。
「泣いとるぞ……。うぉッ!? うあおぁ!?」
シルフから風の刃がいくつも放たれ、ゴドゥとトアンに襲いかかる。ふたりは必死でそれを躱した。
「や、やるしかないわい! じゃが、出来たら殺さんでくれ! ワシャあ若い頃、シルフに命を助けられたことがあるんじゃ!」
精霊は人の味方というわけではないが、時に人を助けることもある。害をなすときもあるが。
自らの意志で襲い掛かってきているわけではないシルフを、ゴドゥは殺したくなかった。
「そうなのか!? わかったさー! ディアス、牽制たのむー!」
「了解だ!」
屋根の上からディアスが10本ほどの光の矢を放った。
風の影響に強い矢だが、シルフの突風の前に全て逸らされてしまう。しかし牽制としては充分だった。
「やぁああっ!」
巨大なハンマーを振り上げて跳び上がったトアンが、シルフ目掛けてハンマーを振り下ろす。だが致命傷にならないように脚を狙ったせいで、ひらりと避けられてしまった。
振り下ろしたその隙に、シルフの風の刃がトアンへと襲い掛かる。
「トアン!」
トアンの攻撃が避けられた際に追撃しようとすぐ近くに来ていたゴドゥが、トアンを突き飛ばしてその刃を浴びた。
シルフは間断なく次々に刃を放ち、ゴドゥの身体に傷を追わせていく。
「ぐぉおぉォオ……!」
変身したゴローと同じ高い防御力が、致命傷を負わせるのを回避する。しかし身体中が傷だらけになり血に染まって行く。
ディアスがシルフへと光の矢を射掛け、命中はしなかったが風の刃は止まった。
「ジ……ジジイ! なんで!」
「ふん。トアン、おヌシ、ジジイ呼ばわりをやめておったが、心の中ではジジイと思うておったな……」
トアンの口から咄嗟に出た言葉に、ゴドゥが不満そうな顔を見せる。
「うっ、いや……。そ、それよりなんで庇ったんさ! どうしてそう、いざってときはそういうことすんだよ!」
「前も言うたじゃろ。立派に育てるとおヌシの母に誓ったと……。おヌシも女じゃからな。肌に傷はないほうがええじゃろ」
「っな……!」
トアンの顔が紅潮する。
「い、いや、ごまかされないぞ! 傷痕になる前に回復魔法で治せばいいし! 下手したら死んでただろ!?」
「今は言うとる場合じゃないわい!」
ゴドゥは話をはぐらかし、トアンともう目を合わせないようにしてシルフと向き合った。
シルフは血まみれになったゴドゥを見て、こんなことはしたくないと苦しみ、呻いている。
「嫌……。滅……ボ……。嫌ァ……。ア……ァア……!」
魔力の塊であるシルフから大量の魔力が漏れ出し、突風が吹き荒れる。
「うわあぁーっ!」
「うぉおお……っ!?」
風に煽られ、散乱した瓦礫や物品などとともに石畳をゴロゴロと転がるゴドゥとトアン。
シルフは先程ゴドゥが致命傷を受けなかったことを受け、今度は大量の魔力を消費して、緑色に鮮やかに輝いた剣を魔法で生み出した。
ディアスも、今度はより風に負けない光の中級魔法を放とうとこちらも剣を魔法で生み出していた。
やや発動の早かった彼の白色に輝く剣が飛び、それを吹き飛ばそうとしたシルフの風に抗い、その細いふとももを貫いた。
「アァッ!」
しかしシルフの魔法を中断させるには至らず、シルフの剣もトアンへと放たれる。
トアンはハンマーを盾にするが、シルフの剣はそれを砕いた。
「うおぁああ!」
駆け付けたゴドゥが、再びトアンを突き飛ばす。
剣はゴドゥの片腕を深く斬り付け、トアンの頬を掠めた。
「ぐぉぁああっ! っぐ……!」
「ジ……! バ、バカぁっ!」
「ぐ……! ぐぅうぅ……!」
痛みに身体を反らして仰ぎ見たゴドゥの視界に、シルフの放った剣が映った。再びトアンへと上空から迫っている。魔法はまだ続いていたのだ。
「トアン……!」
風に押された露店の品や残骸が山となっていてトアンの背にあり、突き飛ばすことが出来ずにゴドゥはトアンに被さって盾となった。
変身した吾郎と同じ防御力でも剣はゴドゥの胸を貫いたが、トアンに届く前にゴドゥが剣を両手で掴む時間は稼いだ。
「ゴブッ……! ぐっ……! ぐぉおおォオオ……!」
トアンへと迫る切っ先を必死に止めていると、やがて剣は動かなくなって消滅した。
「あ……あぁ……!」
トアンは顔面蒼白になって、倒れ掛かる血まみれのゴドゥを抱きとめた。
「な……なんでさー……。なんで……。や、やめろって言っただろー……。アタイのこと、一人前の冒険者として見てないのかよォ……」
「グブ……ッ。み、見とるというた……じゃろォ……。こ、こりゃァワシの勝手じゃ……。ゲホッ……ワ、ワシの生き甲斐…………」
「お……おい! 死なないでくれさー!」
トアンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちていく。
そこへシルフを魔法の光の輪で拘束し、戦いの決着を付けたディアスが叫びながら向かった。
「誰か! 中級か上級治癒魔法の使い手はいないか!? ポーションでもいい!」
臓器や骨の損傷は、ディアスの初級治癒魔法では治りが悪く、まず助けられない。
トアンも声を張り上げ、近くの人々に助けを求めた。
だが、治癒魔法は初級の使い手さえもそう多くない。中級以上の使い手もポーションもここには存在していなかった。
後ろのほうにいた戦士たちが、中級以上のポーションや術士を求めて冒険者ギルドや商業ギルドへと向かう。
初級治癒魔法を使える者がディアスを含め3人いて、皆で魔法を掛け続ける。
「アタイを独りぼっちにしないでくれさー……!」
先程トアンの頬に付いた傷口に、涙が混ざって頬を伝う。
それをゴドゥが野太い指を伸ばして優しく拭った。
「なにを……ゲホッ……言うとる……。ゴローたちが、おるじゃろ……。それにワシは死なんぞ……。おヌシの……花嫁姿を見るまではな……」
言い終えるとニヤッと笑うゴドゥ。それはからかいの表情で、傍にいた初級治癒魔法の使い手2人にはわからなかったが、トアンとディアスには伝わった。
「な……。は、花嫁!? バ、バカなこと言うなよなー」
「がっはっは……」
目を丸くして慌てたトアンを見て、ゴドゥは苦しそうな愉快そうな顔をして笑うと、気を失った。
「おい……。冗談なのか本気なのかどっちさー……。本気でそんなバカなこと考えてたんかよぉ……? だったら死ぬなよなー……! ぜったい、死ぬなよなー!」




