第108話 魔物との攻防
「貴様、高みの見物をしておったのかァ!?」
激情に駆られたラファエルの怒りの声が、上空のグリーディに届いた。
眼下に発光する人影に、グリーディは目を見開く。
「貴様は……。コンスタンティア・シュタインバレイの夫のヴァンパイアか。なぜ全身が発光している?」
「……先に吾輩の質問に答えよ。高みの見物をしておったのか?」
赤い目を発光させ、ラファエルはグリーディを睨み付ける。
グリーディは周囲を見回しながら、浮遊魔法でゆっくりと地面に下りてきた。
「……フフフ。今にも襲い掛かってきそうだな。サイクロプスを仕留めたのか。残念ながら見物はしていない。召喚できる魔物を確認していたのでな」
「ほう……。召喚『できる』と言ったか。貴様の召喚魔法は転移魔法を利用しておったが、つまり予め別空間に捕らえておいた魔物を喚び寄せておるのか?」
「その通り。捕らえるだけでなく従うようにもしてある。そうでなければ命令を聞くように召喚するのにも膨大な魔力を食ってしまうからな」
「成程な……。そうしなければ貴様は使えても金色の主義者は使えんしな」
「そういうことだ。ところで、残念だよ……」
「何がだ?」とラファエルが問う。グリーディは薄く笑うと、「そこに転がっている人造の怪物が死ぬところを見学できなくて」と底ごもる声に皮肉を込めた。
「貴様ァアーーーーッ!」
怒髪天を衝いたラファエルは怒鳴り声を張り上げ、グリーディ目掛けて『ブラッディ・レイ』を放つ。
赤い光線はグリーディの魔法壁を貫通し、その身体を真っ二つに切断した。
「よし、2つ目!」
フランケンとラファエルに後を任せた俺は、都市を破壊する竜巻を消して回っていた。
竜巻の元へは瞬間移動の必殺技を使えばすぐに行けるが、近距離でも体力の消耗が大きいので、これから強力な魔物と戦うことになるかも知れないと思い、流石に控えた。
3つ目の竜巻の元へ向かう途中で、戦士たちに混ざってエステルと菜結が魔物たちと交戦している場面に出くわした。
そこには一般市民の人々もいて、戦士たちは彼らの周りで壁を作って守りつつ戦っている。押されているようだった。
魔物は全部で3種類。
まずはマンティコア。ルーシアが2回戦で戦った、人面で獅子の胴体に蝙蝠の翼、それにサソリの尾の姿をした、1体でも討伐隊が編成される怪物。それが4体。
次にキマイラ。獅子と山羊とドラゴンの3つの頭に、ドラゴンの翼は生えていて尾は蛇で、胴体と四肢は獅子の形と大きさだが蛇……いや、ドラゴンの鱗の生えた部分がある。山羊が混ざっているがドラゴンも混ざっていて、マンティコアより見た目は強そうに見えるが強さはわからない。それが3体。
最後にグリフォン。鷹の上半身と翼、それに獅子の下半身をしている。俺が冒険者をして得た大雑把な知識だと、上級冒険者と同じくらいの強さらしい。それが8体。
戦士たちが押されるのも当然だ。中には逃げ出す者もいた。
それでも彼らが市民を守って戦っていられるのは、通りに並ぶ屋根の上から弓矢で攻撃するエステルと、杖にまたがって空を飛び、魔法などで攻撃する菜結が奮闘し、彼らは守備に力を入れているからじゃないだろうか。
『キックグレネード』
必殺技を思い描いてレバーを下げると、ベルトの音声がその名を発した。
パワーアップした必殺技は、蒼く輝く右脚にキラキラと瞬くいくつもの金色の光が加わっていた。
ジャンプし、空中でキックの姿勢を取ると今までよりも飛んでいく速度が増していて、蒼く輝く流星のような軌跡に、幾つもの短い軌跡を描く金の光が加わっていることだろう。
そして、固まっているグリフォンたちの中心部にいる1匹のグリフォンへと上空から必殺の蹴りが炸裂した。
致命傷を受けた魔物が爆発する威力も増していて、固まっていた他の3匹のグリフォンが全て誘爆を起こす。
爆発すると体が飛び散ってグロかったりするんだけど、体が爆発物に変わる部分が増えたのか、あまり飛び散らなかった。
「ゴロー!」
「おにいちゃん!」
「無事か!?」
「うん!」
「うんっ!」
「何より……だ!」
ふたりと会話しながら、横合いから襲い掛かってきたマンティコアが振るってきた鋭い爪の生えた腕を受け止める。
パワーアップしていなければ受け止められても体勢を崩したりしていただろうが、微動だにしなかった。
それを受け、動揺したような短い声を発するマンティコア。その人面の顔にパンチを浴びせた。鼻が凹み、人面だが人とは違う鋭い歯が何本か折れて落下する。それが地面に着く前に、回し蹴りを首に叩き込んだ。
「ギャヴッ……!」
マンティコアが地面に沈み、周囲を見ると他の魔物たちの視線をすべて集めているようだった。
そりゃあ、あれだけ派手なことをすればな。
その隙を見逃さなかったエステルが、屋根の上に登ってきて自分を攻撃しようとしていたキマイラの獅子の口の中にショートソードを差し込む。
菜結もそれでハッとして、近くにいるキマイラへと必殺の白い光線を浴びせた。
「ストーンゴーレムッ! おお……!? デカイ!」
そのあいだに俺はストーンゴーレムを召喚した。
今までは全長2メートル程度だったが、パワーアップした能力によって、4メートルほどの大きさになっている。
「よし、お前は市民を守れ!」
大きなストーンゴーレムに、市民だけでなく戦士にも恐れの色を見せた者がいたが、戦士たちに加わって市民を守る壁となると、喜びの声が上がった。
戦士たちも奮い立つ。
そんな中、エステルの悲鳴が耳に飛び込んだ。
「きゃあぁ!」
見ると先程、ショートソードを獅子の口に突っ込まれたキマイラの、ドラゴンの頭が放ったブレスを浴びたエステルが、屋根から転がり落ちていくところだった。
「うああ! 熱……ッ! 熱い! 痛ぁ! ……あれ? 落ちたのにあんまり痛くない……。身体も、ちょっと赤くなっただけ?」
淡い金の光を纏い、俺の通常の変身と同じ身体能力を持っているエステルが、その防御力に驚いている。
だけど服は少し燃えてしまって、ショートパンツからふとももが覗き、胸当てに押し当てられてはみ出した可愛らしい胸元が露わになる。
ちょっとだけ見つめてしまったが、そんな場合じゃない。顔を逸らすと、先程のキマイラがエステルに向かって屋根の上から飛び掛かったのが視界に入った。
「エステル!」
「うわっ!」
服の炎を消していて直前に反応したエステルだったが、素早く身を翻して躱すし、「ええい!」とドラゴンの頭部をショートソードで薙いだ。
しかし、硬い鱗でショートソードが折れてしまう。キマイラのドラゴンの頭部は小さくともやはりドラゴンだ。頑丈だった。
だが、エステルはそれには怯まない。剣を捨てるとすらりとした脚を振るって、再びブレスを吐こうとしたドラゴンの頭部に飛び回し蹴りを食らわせた。
ブレスが中断され、蹌踉めくキマイラ。
そこへ、側面から駆け付けた俺がキマイラの胴体に拳を叩き込んだ。肋骨の折れる音がして、キマイラが横倒しになる。
「任せて!」
露わになったその胸部へ、エステルが風魔法で強化した矢を放った。心音を耳で捕らえたのだろうか、心臓を撃ち抜き決着が着いた。
「ゴロー、ありがと!」
「ああ!」
「グリーディはどうしたの!?」
「消えた! 今はこっちだ! こんな強い魔物が多いんじゃ、ふたりじゃヤバイだろ!?」
「そうだね! 守る人がいなかったらなんとかなるかもだけど……!」
俺たちは大声で会話をしながら、次から次へと魔物に攻撃を浴びせていく。
菜結の力もあって形勢は逆転し、次々に魔物を仕留めて、残りはこちらを警戒して隙を見て襲ってきては離脱するという行動を取ってきたマンティコア2体だけとなった。
やはりこの中ではこの魔物が一番強いようだ。知能が高く動きも速い。
だけど――。
俺は『アックスビーククリスタル』の走る速度をアップする能力、そのパワーアップ版を発動させた。
クリスタルを使っているときに常時発動する能力は、『ピープルクリスタル』になると任意へと変更されているものがあり、これもそのひとつだ。
2体のマンティコアはそれぞれ左右に逃げたが、2倍のパワーにパワーアップして更にスピードを増した速度アップの能力が加わり、あっという間に1体のマンティコアに追い付いてそのサソリの尾を掴み取った。
すぐに今度は『オーガクリスタル』の能力、そのパワーアップ版を発動して力を強くする。同時に動きが鈍くなるのも発動してしまうが、使い所だな。鈍さはパワーアップしても変わらないようだ。
「うぉらぁああっ!」
サソリの尾を片手で引っぱり、近付いてきたマンティコアの胴体へ側面からもう片方の腕で殴りつける。拳は体を穿ち、マンティコアが叫声を上げた。
もう一発入れようと踏み込んだ足は石畳を砕き、拳はマンティコアの頭骨を砕くと、マンティコアは地面に沈んだ。
その頃には、もう1体のマンティコアを菜結とエステルが倒していた。
「片付いたね!」
「おにいちゃん!」
エステルと菜結が駆け寄ってくる。
「ああ。しかし、他もこんな魔物たちが相手だと皆が心配だな……」
「そうだね。2、3人じゃなくて4、5人のパーティにすればよかったかも。探して合流するよ。ゴローは竜巻、消しに行くんでしょ?」
「よくわかったな。出来たらそうしたいんだけど、エステルと菜結だけじゃあ心配だな……」
すると、エステルと菜結は顔を見合わせて頷き合った。
「いって、おにいちゃん。なゆたちはいいから」
「でも……」
「死ぬような無理はしないよ。いざとなったら菜結ちゃんの杖に乗せて貰って逃げるから」
「でもさ……あの戦士たちみたいに市民の盾になったりしたら、心理的に逃げられないときだってあるだろ?」
「んー……そうかもね」
そう言うと、エステルは真面目な顔付きをした。
「でもね、ゴロー。それはわたしたちが選んだことだから……。だからゴローは行って。キミにしかあの竜巻は消せないし、キミならひとりでも沢山の人を救えると思う。わたしたちはいいから」
「…………」
「あの市民たちはすぐ近くの冒険者ギルドで匿って貰うそうだから、そうしたらわたしたちも仲間を合流できるように探すからさ」
「おにいちゃん、しんぱいしないで、いって?」
「…………わかったよ」
俺は頷くと、竜巻の元へ向かおうと身を翻した。その途中で、眉根を寄せたエステルがちらりと視界に映り、振り返る。
「……エステル、やっぱり俺がいないと不安か?」
「え? なんで?」
「心配そうな顔してたから……」
「ええ、そんな顔してた!? ちがうよ?」
「ホントか? じゃあなんで……」
「なんでって……も、もっとゴローの役に立てたらいいのになって思ってただけなの! だ、だからもう行ってっ!」
意外な言葉だった。エステルは顔を赤らめて手で覆ってしまう。
じんわりと暖かさが胸に広がっていく。
「わ、わかったっ。……エステル! さっきまだリヴィオには敵わないって言ってたけどさ! そんなことないからな!」
俺は竜巻へと走りながら、後方のエステルへと大声で伝えた。
エステルにはエステルの良さがある。
リヴィオのように理解してくれるのも凄く嬉しいけどさ、そんなのなくったって恋人としちゃ充分すぎるし、比べられないよ。
……って、相当恥ずかしいことをしてしまったかも知れない。
さっきの台詞、菜結や他の人も聞いてただろうし。
そういえば、けっこう魔物を倒したけどクリスタル出てこなかったな。
――そこに割けるリソースがない為、クリスタルは出ない――
えっ!? ベルトの声がしたぞ!?
自発的に教えてくれるなんて今までなかったことだ。これもパワーアップしたからなのか。




