第10話 見合い話
リヴィオを嫁にしてやる、と目の前の大男は言った。
先程、街で見た人々より随分と上質の服を着ていることから貴族なのだろうと伺えた。
隣の長身細身の男は燕尾服のようなものを着ていた。執事なのだろうか。
「……お断りする」
毅然とした表情で、リヴィオは大男の申し出を一蹴した。
いいぞいいぞ。失礼な感じするしな、コイツ。
「ふん。よいのか? お家再興が亡き父君の悲願なのだろう?」
「なぜそれを知っている」
「見合い話は聞いておるだろう? 我がその相手、ガラード・フールバレイだ」
フール……愚者か。お似合いの名前だ。
「その名前は聞いている。だが、私が望むのは我がアンバレイ家を継いでくれる者だ。嫁入りしては、それは果たせない」
「そんなものは、オマエが子を産み、その子供に継がせればよい。アンバレイを名乗らせてやるぞ」
「何……? そうか、家督を継ぐ候補を産む者は他にいるのだな」
「んん? 聞いておらんのか。お前は第三夫人だ。……ふむ、だがまぁ、オマエが子を何人も産み、その中に優秀な者がおれば、家督を継がせる候補にしてもよいな。どうだ、悪い話ではなかろう」
リヴィオは口を空けたまま、呆然としていた。
あまりのことに理解が追い付いていないんだろうか。
こっちの常識とかよくわかんないけど、コイツ、殴りたいから殴っちゃダメかな。
「……優秀な子は、そちらの家を継がせる候補というわけか」
「そうなるな」
コイツ、悪びれもなく。
「だが、フールバレイ家と親類であるならば、それだけで釣りが来るであろう?」
「…………」
「ふむ、わからぬか。貴族の家を継いだと言っても、まだ17の娘では、そういったことに疎くても仕方ないのかも知れぬな。オマエは剣ばかりやっていたとも聞き及んでおるしな」
17!? 17って言ったよね?
リヴィオって17歳だったのか。そんなに若いとは思わなかった。
俺よりふたつ下だったのか。
確かに幼さの残る顔をしているけど、20~25歳くらいかと思ってた……。
「いい話、だと思う」
暫く狐疑逡巡した様子を見せた後、リヴィオは俯きながらそう言った。
いい話なのか……。
「ひとつ聞きたい。本日、ここに参られたのは、私を検分するためか?」
「うむ、その通りだ。やんごとなき事情ができてな。そのことを伝えるために来たのもあったのだが、お前の器量によっては、破談にするつもりで来たのだ」
「……事情、とは?」
「うむ、それは伝えねばならんな。実は我は暫く後、猛者どもと戦わねばならなくなりそうなのだ。生き死にに関わる戦いだ。生き延びる保証などない。そんな状態でありながら、婚約を結ぶわけにもいくまい? だから、今回の話は我がその戦いで無事であったのなら、の話になる」
「……そうか。それは、いつ頃になる?」
「数ヶ月後、と言ったところか。余り時間はかかるまいよ」
「…………ならば、それまで返事を待ってはくれないか」
「んん? これはお前の亡き父からの、我がフールバレイ家への頼みであるというのはわかっておるのだろう? それに、今の力のないお前の家にその亡き父の悲願であるアンバレイ家の再興ができるとは思えんが、他に何か手段でもあるのか?」
「無くとも……心の準備は要るのだ」
「ふん、生娘でもあるまいに。その横にいる妙な格好の男は、お前の情夫なのだろう? そういう痩せぎすが好みか」
厳つい顔をしたガラードの目が、ギョロリとこちらを向いた。
威圧感すごいな。
路傍の石でも見るような目をしてるのに。
「失礼なことを言うな! この者は客人だ!」
「ほう……。随分、変わった出で立ちをしているが異国の者かな?」
その言葉は、俺の目を見て発せられた。俺への問いかけだろう。
だが、俺が声を発する前にリヴィオがそれに答えた。
「そうだ。そして彼はとても優れた力の持ち主だ。そのような無礼な振る舞いはやめて頂きたい」
「そうか、それは失礼した。異国の方よ。優れた力ということだが、どこか遠い国の貴族か何かであらせられるのかな?」
「いや……違いますけど」
「ならば、魔術師か?」
「まぁ、そうです」
俺はリヴィオを顔を見合わせた後、そう答えた。
魔法を使い、魔装を呼び出す。俺の変身は、リヴィオとエステルと相談し、そういうことにしたのだ。面倒事を回避するために。
「若いでしょうに、大したものですな。一体どのような魔法を使われるのかな?」
「魔装を呼び出して戦います」
「ほう……他には?」
「いや、まぁ……それだけです」
俺の返答に、リヴィオが顔をしかめた。
あれ、言っちゃマズかった?
「フフハハハ……! 力とは、戦う力のことであったか。リヴィオよ。何かアンバレイ家の役に立つ魔術師でも連れてきたのかと思えば、戦をともにした異国人相手に、宿屋の商売でも始めるつもりか。確かに家人がお前一人では大きな屋敷だ。有効活用せんとなぁ。フハハハハハ……!」
リヴィオが苦虫を噛み潰しちゃったような顔してる。
しかし、無礼な男だな。
「俺の友人を悪く言うのはやめてください」
一言、言ってやろうと思った。
そして、その一言で空気が変わった。
笑っていたガラードが急に真顔になり、腰の剣の柄へと手を伸ばした。
俺は、斬られる気がした。
コイツ、何も言わずにいきなり斬り付けてきそうだ、と。
そして、それは正解だった。
柄を握るとすぐに剣を抜き放ちつつ、ガラードは鋭く深い踏み込みとともに、俺の右側面を斬り付けてきた。
剣を抜き放つ前に予想したおかげで、俺は脚をもつれさせながらも後ずさり、既の事でその斬撃を回避した。
だが、ガラードの斬撃は振り抜かれず、切っ先が俺の胸を向いてピタリと止まる。
そして、流れるようにさっきとは逆の足で踏み込み、俺を刺突しようとしてきた。
避けられない。
俺が胸を刺し突かれるその寸前。視界に、光が差し込んだ。
それは剣の刃に陽光が反射したものだった。
その刃は俺を掠めると、ガラードの剣を弾いた。
リヴィオの剣の刃だった。
「何をする!」
リヴィオが怒声を発した。
俺は顔面蒼白になっていただろう。
後ずさり、腰にベルトを出現させた。
「力ある貴族に対する礼儀を教えてやったまでだ」
ガラードは光り輝いて現れたベルトを「ほう……」と呟いで眺めた後、リヴィオに目線を移し、事も無げにそう言った。
「ふざけるな! 殺すつもりだったろう!」
「ああ。それで死ぬなら、それまでのことだ」
「ご主人様、いかが致しますか。魔法を使われると面倒かと……」
そこで、初めて執事風の男が口を開いた。
見ると、いつのまにかその男も剣を抜いている。
彼らの敵意にゾッとさせられた。
「ふむ……。だが、その者も何やら魔装を展開したが、こちらに挑んでくる様子もない。これで手打ちのようだ」
ガラードが剣を鞘に収めると、執事風の男もそれに倣った。
「……お引取り願おう。返事は貴殿が無事に戻ったら、でいいのだろう?」
「うむ。せいぜいフールバレイ家の者となった際、恥じぬことがなきよう努めておれ」
そう言って、ガラードたちは去っていった。
俺は、あんなことがあってもリヴィオは破談にしないんだなぁと憂い、悲しさと残念さも相まって、暫く落ち込んでいた。
やがて、リヴィオの屋敷内にて。
「すまなかった」
リヴィオは酷く申し訳無さそうな表情で膝を突き、すがるように両手で俺の靴の片方を掴んだ。
後で知ったのだが、これは貴族の最大級の謝罪と懇願を表す行為なのだそうだ。
かつて、落ちぶれた貴族が救いを求めて懇願し、へりくだり取りすがった様子の滑稽さから広まったらしい。
なんとも趣味の悪い話だ。
しかも、拒絶の際にはその手を踏みにじるのが通例だという。
だが、了承の際でもその手を踏みにじることも多いとか。
プライドの高い貴族にとって、それは日本人の感覚でいうところの、土下座以上の謝罪のようだった。
「いや、リヴィオのせいじゃないから」
「だが、私が見合いで起きたことだ」
「それでも、悪いのはアイツだ」
「……すまん。ロゴーには貴族との接し方を、しっかり教えておくべきだった。まさかあのような行為に及ぶとは……」
「そっか。いくら貴族っていっても、あれはない、って感じなのな」
「当然だ。あのような蛮行、公爵家といえども許されるものではない」
「公爵って貴族で一番偉いんだっけ」
「国にもよるが、この国ではそうだな。フールバレイ家は公爵家、ウチは子爵家だ。階級は4番目だな」
「そうか……。じゃあ、あんなことするってことは、警察……は存在してないか。えっと、治安を守る組織と繋がったりしてんのかな」
「ケイサ……? 衛兵か。繋がりは当然ある。罪を裁くのは王族や領主の権利だからな。あの男の家ともなれば、広大な土地の領主であり、他の貴族や王族とも繋がりがあるだろうな」
自分の領地だったら裁く側なのかよ。
「そっか。なら俺なんかあの場で斬り捨てても、どうとでもなったってことなのか……」
「貴族街でそのような蛮行が行えるのかは疑問だが……。いくらでも言い訳がきくと思ってのことだったのかも知れない。なんにせよ、ロゴーが無事でよかった……。あの男の初太刀、よく躱せたな」
「あぁ、なんか、来る気がしてな」
あのときのことを思い返してみると、ガラードは初太刀を途中で止めたのではなく、たぶん元々、俺に切っ先を向ける形で止める剣戟だったのだ。
俺の左側にはリヴィオがいて、右側から斬り付けて振り抜けば、リヴィオに当たってしまうことを考えて。
そして流れるように刺突してきたが、あれは一連の型だったのではないだろうか。
あのとき、左にリヴィオがいたから、左には避けづらい。右から斬り付けることで右側へも逃げづらい。後ろに逃げれば流れで刺突。
そこまで考えていたのだろうか。
殺す気まんまんじゃないか。
全身が身震いするような感覚に襲われる。恐ろしい。
初めて、自分を殺そうとする人間に襲われたあの衝撃は、生涯忘れられないかもな。
「ロゴー。気を付けろよ。変身したオマエは強いが、その前にやられてしまっては、意味がない」
もっともだ。でも、まさか文句一言でいきなり殺しに来るとは思わなかったんだよ。
だけど、ここは異世界だもんな。そんなことを言っていて殺されてしまってはリヴィオの言う通り元も子もない。せっかく変身ヒーローになれたのに。
気を付けなきゃな。
リヴィオは、屋敷の一室を俺の部屋として充てがってくれた。
少なくとも和平が決まり、俺が落ち着くまでは滞在していいそうだ。
「……疲れたな。私は少し休む。何かあれば、メイドに申し付けてくれ」
そう言ってリヴィオは部屋を出て行った後、暫くしてひとりのメイドさんがやってきた。
この家にはメイドがふたりおり、彼女はそのうちのひとりだ。
さっき、リヴィオの出迎えに出てきた彼女とは面識があった。
「改めまして、メイドのフリアデリケと申します。どうぞなんなりとお申し付けください。場合によってはお応えできないこともございますが、屋敷の外のことでも承りますので」
フリアデリケは、小顔でリスとかの小動物系な感じの可愛らしい女の子だ。
栗色のショートの髪と瞳。年齢は14とのことだ。
彼女は、フリルの少ない質素な感じの黒のメイド服を着ている。
脚がすっぽりロングスカートに隠れるメイド服で、これはこれで、よいものだ。
メイド喫茶のメイドさんみたいなミニスカじゃ、主人が欲情しちゃうかもだしな。
萌えメイド文化があった日本にいたけど、メイド喫茶などには行ったことはなかった。
個人的にけっこう興味があったから、ちょっとテンション上がるものがあるなぁ。
「俺は、黒木場吾郎。リヴィオはロゴーって紹介してたけど。まぁ、どっちでもいいよ。えと、屋敷の外のことまで面倒みてくれるの?」
「クロクィ、ヴァゴロー様。はい。かしこまりました。リヴィオ様より、ヴァゴロー様はこちらの世界にあまりお詳しくないとお聞きしております。ですので、外の面倒も見てやれと、リヴィオ様はそのように仰っておられました」
「ヴァゴローじゃなくて、ゴローが名前ね」
「しっ、失礼致しました!」
「いや、いいよいいよ。こっちの世界には疎くてね。色々教えてくれると助かるな」
「は、はい!」
畏まるフリアデリケを微笑ましく見ていたら、なんだか眠くなってきた。
リラックスできるところに着いて、安心したのかな。
俺はだいぶ疲弊していたようで、少しフリアデリケと会話をした後、眠りについた。
夕刻前に眠ったというのに、目が覚めると朝だった。