第107話 愛情
狼のような魔物の数は多い。30匹以上いるように見える。
こんなのが街中で暴れたら、どれだけの被害が出るか……。
「ええい、面倒な! ブラックワーグか!」
ラファエルが不満に声を荒げる。
一瞬、ブランワーグかと思ってヒヤリとしたが、ブラックか……。白くなくて青黒い体をしてるもんな。
「大男、そっちに着け!」
ラファエルが間隔を空けてフランケンを隣に並ばせ、向かってきたブラックワーグが射程距離に入ったところで、ともに雷撃を放った。
樹状に広がる放電がブラックワーグたちに迸り、悲鳴を上げて次々に倒れていく。
何匹かはそれに耐え、または掻い潜ってラファエルたちや俺へと迫った。
ラファエルは跳躍すると建物の屋根に乗り、それを回避する。
「楽々と屋根まで跳べるとは……! これがゴローの力か。凄いものだな……!」
残ったフランケンへと何匹ものブラックワーグが飛び掛かり、噛み付かれているのを見て、俺は思わず声を上げた。
「うわぁ、フランケン!」
しかし、フランケンはブラックワーグたちの牙を物ともせず、振りほどいたり殴り飛ばしたりしていく。
俺はほっと息を吐いた。
そんな後方にいる俺へ向かって、数匹のブラックワーグが疾走してくる。
今までよりパワーが2倍になってルーシアの特訓も受けた俺は、その攻撃を食らうことなく次々に打撃を浴びせて倒した。
だが、明らかに普通のワーグよりも強かったな……。ここで叩けてよかった。
恐れをなしたのか、数匹だけ残ったブラックワーグが俺たちの横を通り抜けて道を先へと駆けていく。
「面倒な……! 追うな、ゴロー!」
追い掛け始めた俺を制止する声が屋根の上から飛んできて、今の俺ならすぐ追い付けるだろうから言い返そうとしたが、ラファエルは魔法で尖った氷の礫を撃ち出して駆けていくブラックワーグたちを全滅させると、「行くぞゴロー」と先を促した。
そうして貴族街へと入り、もうすぐ目的地といったところでラファエルが渋い顔をした。グリーディと思われる強い魔力が消えたというのだ。
急いでその消えたという場所へ向かうと、そこはどこかの貴族の敷地内だった。大きな屋敷は破壊され、半分ほど瓦礫の山と化している。
「……見当たらぬ……。魔力を抑えたのかと思ったが……」
広い敷地内を見渡すが、グリーディの姿はない。かといって、そんなに短時間で目の届かないところへ行けるとも思えなかった。
「まさか……転移魔法か……?」
俺は脳裏に浮かんだ可能性を口にする。
転移魔法を使えるというのは嘘だとグリーディは言っていたが、そっちが嘘で本当は使えたのではないか。
俺たちが必死に探しているあいだに、被害を拡大させる気で……?
じゃあ、アイツは都市に魔物を召喚するだけしといて、どこかへ行っちまったってことか?
「……っ! ちっくしょうッ!」
苛立ちを大声で吐き捨てると、それに反応したのか瓦礫の山が動き出した。
「誰かいるのか!?」
民家1軒分くらいはありそうな大量の瓦礫が広い範囲で動いている。
とても人間の力で動かせるものではないが、もしかしたら魔法か何かを使っている生存者かと駆け寄ると、瓦礫の一部が吹っ飛んで中から体長3メートルほどの青い皮膚をした一つ目の化物が現れた。
「コイツ……サイクロプスってやつか!」
「気を付けろ、ゴロー! 普通のサイクロプスではないぞ!」
確かに、一つ目の周りや腕などに魔石が埋め込まれていて普通とは違うようだ。体も青い皮膚が虹色の光沢を帯びている。
「コイツ……なんで埋まってたんだ?」
大量の瓦礫を動かすパワーから察するに、自分で破壊した屋敷の下敷きになってたんだろうか。
サイクロプスが近くにあった天蓋付きの大きなベッドを片手で軽々と掴み上げたのを見て、その推測は合っていそうな気がした。
「うおッ!?」
勢いよく投げ付けられたベッドと天蓋とのあいだを、身体を丸めて避ける。擦り抜けていったベッドの後ろにはフランケンがいて、彼はそれを受け止めると、脇にブン投げた。
「グリーディ、イナイ。ダッタラ、ゴロー行ッテ」
「え……?」
「コノ魔物ハ、マカセテ。竜巻ト魔物、トメテ」
「……大丈夫か?」
そう問うとフランケンは「オ父サン、イルカラ」と答えた。お父さん?
「ヌァア! 何度言えばわかる! 吾輩は貴様の父などではない!」
ああ、ラファエルのことか。
「デモ、ハカセ、オ母サンダカラ……」
「吾輩は貴様を作ってなどおらぬと何度も――!」
「わかった! ここは頼むな!」
ラファエルの反論を遮って俺は踵を返し、一番近くの竜巻へと駆け出した。
「ヌゥウゥ……」
ラファエルは唸り、大きな溜め息を吐く。
誰が貴様のような不出来な男の父親か。
しかし、フランケンシュタインにいくら言い聞かせようとしても、理解させることが出来ないでいた。
フランケンシュタインにとっては、この世界に自分を誕生させたコンスタンティアは母親で、ラファエルはその夫であるから父親だとしか思えないのだろうと、ラファエルは考えている。
だがそれは違っていて、フランケンシュタインはラファエルに自分の父親のようになって貰いたくてそのように振る舞っていた。
かつて、フランケンシュタインはコンスタンティアのことを母かと尋ねたことがあった。
コンスタンティアはそれを肯定し、フランケンシュタインはそのときに自分を誕生させた苦労や、手間がかかるが成長していく喜び、可愛がって大事にしていることなどを彼女から聞かされて、言葉では上手く表現できない気持ちを彼女から感じた。
それを境に、この世界に誕生してからこれまで漫然と日々と過ごしてきたフランケンシュタインは、自分が好ましいと思うものに関心を向けるようになった。
痛みを嫌い、戦うことを避けていたが大好きなコンスタンティアを守る為に戦闘の実験にも協力するようになり、ある日、フランケンシュタインは偶然ラファエルがコンスティアに対して自分のことを褒めているのを目撃することになる。
そのときから、フランケンシュタインはそれまで関心のなかったラファエルのことも好ましく思い、関心を向け始めた。
そうして、最初はフランケンシュタインもコンスタンティアが母親だからその夫であるラファエルは父親だという認識を持ち、「オ父サン」と呼び始めることになる。
ラファエルは父であることを否定したが、コンスタンティアが彼のことを父だと言ったので、フランケンシュタインはそれを信じた。
また、フランケンシュタインは再びラファエルに褒めて貰いたくて戦闘の実験に積極的に力を入れるようにもなった。
しかしその為に自分でも感情を制御できない欠点が発覚して逆に疎まれてしまうようになり、フランケンシュタインはもしかしたら自分が褒められているのを目撃したことは幻だったのかも知れないとさえ、最近では思うようになっていた。
感情制御の欠点は知能の発達とともに無くなり、ラファエルが父親ではないということも今ではわかっている。
それでも、フランケンシュタインはラファエルを慕い、彼に自分の父親のようになって貰いたいと、褒めて貰いたいと願い続けていた。
「オ父サン!」
「グ……ゥッ……!?」
サイクロプスの一つ目の周囲の魔石が輝き、やや遅れてその臙脂色の瞳が輝く。それを視界に収めたラファエルの動きが止まった。
(麻痺……!? 魔石によって魔眼と化したか……!)
身動きの取れないラファエルにサイクロプスが迫り、鉄製のトゲ付きの棍棒を振り上げた。
それを、ブーツに仕込んだ魔石を発動させて後ろから飛びかかったフランケンシュタインが食い止める。
サイクロプスに腕の力以外では負けてしまい引き剥がされかけたが、フランケンシュタインにはサイクロプスにはない知能がある。関節技を決めてサイクロプスの棍棒を持つ片腕をへし折ることに成功した。
「ギィァガアアァ!」
サイクロプスは苦痛に声を上げながら、フランケンシュタインへと振り返る。
フランケンシュタインはその一つ目を視界に入れないように顔を逸らした。だが、そうしたことで死角から迫ったサイクロプスの残った片腕に頭を鷲掴みにされてしまう。
知能の宿る頭の中の魔晶石は替えが効かない。
すぐに引き剥がそうとサイクロプスの片腕を両腕で掴んだフランケンシュタインは、握り潰されそうな痛みに悶えながら腕を引き剥がしたところで、迂闊にも視界に飛び込んできたサイクロプスの一つ目を見てしまった。
「ウゥ……!?」
身動きの取れなくなったフランケンシュタインの頭部へと、再びサイクロプスの腕が伸びる。頭を掴まれ、人よりも強固な人工の骨がミシミシと悲鳴を上げた。
骨に亀裂が走り、もう少しで割れそうなところでサイクロプスの背後から、高い魔法抵抗力で麻痺から早期の復帰を果たしたラファエルが電撃を放った。
「ギィアガァアッ……!」
「ウォオォォ……!」
迸り樹状に広がった電撃がサイクロプスに流れ、その体を伝ってフランケンシュタインにも浴びせられる。
しかしこれは、彼を救う為だった。
フランケンシュタインを見捨てて背後から不意打ちで『ブラッディ・レイ』を放てば、それで決着がついていただろう。
だがそれでは間に合わないと判断し、ラファエルは発動の早い電撃に変更したのだ。
「ガァアアーーッ!」
叫声を上げ、振り返るサイクロプス。
ラファエルは目線を合わせないように下側へと落としつつ、『ブラッディ・レイ』を準備する。
突き出した両手の中に赤い光が集まり、放つ寸前にラファエルの身体が貫かれた。
「なにぃッ!?」
先にサイクロプスが目から光線を放ったのだ。
放つ前にはサイクロプスの目の周囲の魔石が発光しラファエルの視界にも入っていたのだが、ラファエルは目線を合わせなかったこと、自身も光を集めていたこと、日の光を避ける為に深くフードを被っていたこと、更には『ピープルクリスタル』の力で全身が発光していた為に気付けなかった。
「ゥグウァアアッ!? ぬかった……!」
激痛に蝙蝠と化すことも出来ず、ラファエルはサイクロプスの光線によって胴体を横に切断された。
胸に大穴を空けられてもじきに再生できるラファエルであるが、内臓器官のある部分を切断されてしまうと、再生に暫くの時間を要する。
切断された下半身が幾多の蝙蝠に変わり、地面に仰向けに倒れたラファエルの上半身と切断部を合わせるように元に戻ると、再生が開始された。
そうしているあいだに、麻痺して動けないフランケンシュタインへと、サイクロプスの光線が放たれた。
フランケンシュタインの身体は頑丈で、貫かれることも切断されることもなかったが、深い傷を負った。防御魔法で強化された胸の魔晶石にもヒビが入る。
トドメを刺そうとサイクロプスはフランケンシュタインへと迫り、その手に持った棍棒を振り下ろした。頭部に一発食らったところで、フランケンシュタインの麻痺が解けた。
「ウォオオォオーー!」
2発目の棍棒を大きな右手で受け止めたフランケンシュタインは、左手で棍棒を持つサイクロプスの腕を掴み、投げ飛ばした。
巨体が放物線を描き、空中で棍棒を手放してしまったサイクロプスは屋敷の外壁に頭から突っ込んだ。頭頂部に角がある為にダメージが軽減され、すぐに起き上がるサイクロプス。すると、その近くにあった倉庫から幼い少女が悲鳴を上げた。
「ダレカ、イタ……!?」
倉庫内には屋敷の夫人と幼い娘、それに従者が幾人が潜んでおり、サイクロプスはそちらに一つ目を向けると、入り口前にいる悲鳴を上げていた幼い少女とそれを抱き上げすぐに身を隠す母親の姿を見つけ、そちらへ向かって目の周囲の魔石を輝かせた。
「ヤメロ!」
フランケンシュタインはブーツに仕込んだ魔晶石を使って、サイクロプス目掛けて飛び上がると放電を放つ構えを取る。
サイクロプスの目からは光線が放たれ、倉庫が破壊されていき、中にいる人々が悲鳴を上げた。
フランケンシュタインは空中でサイクロプスを射程に捕らえると、すぐに放電を浴びせる。
全身の激痛に叫びながら、サイクロプスは光線の向きをフランケンシュタインへと変えた。
それを浴びたフランケンシュタインも、身体を穿っていく光線の激痛に吠えながらサイクロプスの傍に着地する。その衝撃で最初に受けた光線の傷口も悲鳴を上げた。
フランケンシュタインは已を奮い立たせ、それらの重苦に耐えながらサイクロプスへと飛び掛かる。
「ウォオォオオーーーーッ!」
「ガァアアァアーーーッ!」
吠え猛るフランケンシュタインと、光線を放ち終えたサイクロプスの殴り合いが始まり、フランケンシュタインが振り回した腕がサイクロプスの顎を捉えて脳を揺らしたことで、勝負は見えた。
最後は倒れたサイクロプスの上に乗り、その目玉と頭骨を破壊し決着を付けたところで、倉庫が大きく崩れる音を耳にしてフランケンシュタインはそちらを見た。
入り口から従者たちが飛び出してくるが、先程の少女と母親がいない。
駆け付けたフランケンシュタインが入り口の中を覗くと、母親の脚が瓦礫に挟まって動けないでいた。
「あ……あぁ……」
身体を発光させた、緑色の肌の不気味な見た目をしたフランケンシュタインの異形さに少女は怯え、高価な洋服のスカートを失禁で濡らした。
フランケンシュタインはそんな少女の横にしゃがみ込むと重い瓦礫を持ち上げ、母親をあっさりと開放させる。
「ハヤク、ニゲテ!」
「あ……! ありがとうございます……!」
倉庫は今にも崩れる寸前で、何か1つでもミスをする余裕はなかった。
礼を述べた母親は、少女を抱きかかえて駆け出そうとして、地面を濡らす液体に脚を取られて転んでしまう。
脱出は、間に合わなかった。
ラファエルが再生を終え、崩れた倉庫の瓦礫を退けようとすると、自力で大量の瓦礫からフランケンシュタインがその姿を現した。
懐には母親と少女の姿があり、従者たちが歓喜の声を上げる。
「……よくやったな」
ラファエルのその言葉に、フランケンシュタインは目を丸くしたあと、目頭を熱くした。
「ォ父サン……ッ」
「だから、吾輩は貴様の父などでは――! 貴様、どうした?」
フランケンシュタインの身体から『ピープルクリスタル』による発光が消え、ラファエルは戸惑った。
「割レタ」
「何?」
「頭ノ魔晶石、オモミデ、割レタ。モウスグ、オレ、死ヌ」
「なんだと……!」
「オレ、モウ、テツダエナイ。オ父サンハ、行ッテ。皆ヲ助ケテ」
「な……っ! …………貴様……。……それが貴様の願いでも、吾輩は暫時、ここに居る。貴様が迷惑でなければな」
「……迷惑、チガウ。デモ……」
「でもではないわ……! 家族の死に目を吾輩は優先する。動かんぞ」
ラファエルの目にも、熱いものが込み上げてきていた。
「家族……? オレ、ガ……?」
「そうであろうが。吾輩は父親ではないがな」
「…………。オレ、ウレシイ」
「……そうか」
「オレ、ウレシイ……ウレシイ……。ウレシイナァ……」
フランケンシュタインの瞳に、涙するラファエルの姿が映っていた。
未だに言い表せない、あのときのコンスタンティアの想いが嬉しくて、ラファエルに父親になって貰えたら強さは違えど、その想いを持って貰えるかも知れない。そう思ってラファエルを父と求めたフランケンシュタインは、その必要はなかったと気付いた。
嬉し涙で溢れたフランケンシュタインの瞳は、やがてその輝きを失っていった。
屋敷を後にした直後、背後から莫大な魔力を感じ、ラファエルは振り返り空を見上げた。
上空の空間に裂け目が出来ていて、そこからグリーディがその姿を現す。
ラファエルは身体を震わすほどの怒りに牙を剥き出し、ギリギリと歯噛みした。
「貴様ァア……!」




