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変身ヒーローin異世界  作者: 鯨尚人
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第104話 vs.ヒュドラ

 グリーディは落ちていく俺に見向きもせず、都市のほうへと移動していく。


(変身……しないと……死……ぬ…………)


 ベルトの出現を願うが、朦朧とした意識で願いが弱いせいか、変身が解除されたばかりだからなのか、ベルトは現れてくれない。


「おにいちゃん!」


 聞き覚えのある声にハッとなって、意識が覚醒した。聞こえたほうへと首を向けると、箒に股がった菜結がこちらへ向かって飛んできていた。


「のって! おにいちゃん!」


 箒を掴む力は出なかったが、なんとか箒の前側に腹を乗せ、身体を折りたたむようにして乗ることが出来た。菜結は俺が箒から落ちないように、小さな両手で懸命に支えてくれている。

 グリーディは菜結の浮遊魔法を役に立たないと箒を捨てたらしいが、役に立つじゃねぇか……。

 やがて、観客席に菜結は俺を降ろした。

 観客はまだ何万人とコロシアムに残っているが、出入り口側に殺到していて、離れたここは人がまばらだ。


「うぶっ……! ゲハッ!」


 血を吐き出す俺を見て、菜結が悲鳴を上げる。変身した状態で吐いた血は、変身解除で消えていたからな……。


「は、はやくなおさないと……!」


 菜結は星型の透明な魔石の付いた小さな杖を取り出すと、それを掲げて呪文を唱えた。


「マジー・ションジュモン!」


 これはフランス語で魔法と変化を意味する言葉だと、カルボから聞いた菜結が言っていた。

 それにより、変身が始まる。杖の魔石が七色に発光し、菜結の身体が七色の光に包まれた。杖が宙に浮かび、服が消え、そのシルエットが大人びた体型へと変じていき、ファンタジックテイストの魔法少女な感じの衣装がその身を包むと、10代後半くらいの姿の菜結が姿を現す。杖も大きくなって衣装と同じような感じのデザインへと変わり、宙に浮かんだそれが差し出した菜結の手に収まると、菜結と杖から光が弾け、変身が終了した。


 変身すると、魔法力がアップして高い身体能力を得て、光線を放つ必殺技を使えるようになる。

 変身ヒーローというよりは魔法少女のほうが近いと思うのだが、これでも変身ヒーローなのだそうだ。

 魔法力は上がる代わりに魔力消費量が必要量より大きくなってしまう欠点があるのだが、今はそれで治癒魔法を使い、早く治してくれようとしていた。

 そうしながら菜結は、通路側の人々へと悲痛な声を張り上げる。

 

「だれかたすけて! ちゆまほーをおにいちゃんに!」


 少し離れた位置から様子を伺っていた人たちの中から、冒険者と思しき何名かが駆け寄ってくる。


「しょ、初級治癒魔法でよろしければ……!」

「お、俺も!」

「腕の出血が酷いな……!」

「おい、お前らは会場にいる連中に声を掛けに行け! これだけいるんだ。中級治癒魔法が使えるやつが何人かいてもおかしくねえ!」

「わかったわ!」


 治療にあたってくれる人たちに俺と菜結が礼を述べると、出血を止める為に腕を縛ってくれていた男が血相を変えた。

 見ると、舞台と観客席を隔てる高さ2メートルほどの壁をヒュドラの首が3本越えて、こちらへ迫ってきている。

 そこへ、赤い光線が放たれた。光線を浴びたヒュドラは悲鳴を上げると、首を引っ込め観客席から姿を消した。

 数多の蝙蝠こうもりが近くに飛んできて、深くフードを被った男の姿へと変容する。冒険者たちは驚きの声を発した。


「ヴァ……ヴァンパイア!?」

「らふぁえる!」

「吾輩の『ブラッディ・レイ』を受けて体に穴が開かんとは……。高い耐性があるようだな」


 ラファエルの身体からは、煙が噴き上がっていた。菜結がそのことを尋ねると、蝙蝠こうもりになって移動してきたことで日の光を浴びてダメージを受けた為とのことだった。空は暗い雲に覆われているが、ヴァンパイアにはそれでも厳しそうだな。


「ゴローよ、あの大蛇を殺すには貴様の力が必要なようだ。吾輩がエナジーを分けてやろう」

「……助かる」


 そういえば、ラファエルはそんな力を持っていたな……。

 俺の肩に骨張った手を当て、エナジーを注ぎ始めるラファエル。手の内側が光っている。

 魔法で怪我は治っても体力は回復しないから、今は本当に有り難い。これでまだ戦える。


「お、おにいちゃん……。まだたたかうの……?」


 すると、菜結が不安そうに問いかけてきた。


「やだ、おにいちゃんがしんじゃったら……。やだ、やだ!」

「菜結……」


 声を荒げる菜結に驚いたが、今までお母さんも親父も俺も、菜結は失ってきたんだもんな……。

 杖を握った震えるその手に、俺は優しく手を重ねた。


「心配かけてごめんな。でも、俺が戦わないと犠牲者が増えるから……」

「でも、とうぎたいかいで、たくさんつよいひとあつまってるでしょ? おにいちゃんがたたかわなくても、なんとかならないの?」

「それでなんとか出来るなら、吾輩は此奴こやつに力を求めん」

「うぅう……」


 俺は上半身を起こすと、菜結の頬に伝う涙を指ですくい、優しく微笑んで見せる。

 菜結は少し黙り込んだ後、頷くと、眉を吊り上げて宣言した。


「わたしもたたかう……!」


 う……。それはそれで心配なのだけど、ここでやめろと言ったところで菜結は聞かないだろう。


「無理はするなよ。危なくなったら、全力で逃げるんだぞ」

「うん……!」


 中級治癒魔法の使い手は見つからなかったが、最終的には初級治癒魔法の使い手が5人集まってきて、菜結と一緒に魔法を掛けてくれた。

 治療を受けているあいだに、グリーディが人々から魔力を奪っている為に無尽蔵に魔法を使えることを伝えると、ラファエルは魔力の流れで察していたらしい。菜結や冒険者たちは青ざめていた。


 ヒュドラはもうこちらへ近付いてくることはなかった。舞台の中で兵士たちが四方から主に弓矢と魔法で遠距離攻撃をして、引き付けている。

 ヒュドラの吐く毒ガスは、闘技大会の為に用意された2名の上級浄化術師が舞台を駆け回って浄化していた。そうでなければ既に観客席にまでガスが達していただろうな。


「見よ、ゴロー。あの大蛇の数多ある頭の額には、どれも強力な魔石が埋め込まれておる。あれが高い防御力を発揮していて、魔法も矢も効きが悪いのだ。魔剣ならば斬れるやも知れんが、毒でなかなか近付けん。だが貴様なら、吾輩のマントで飛ぶことも出来よう?」

「ああ。だけど、あれが俺の知ってるヒュドラと同じだったら、弱点の首を倒さないと、他の首は再生するぞ」

「何? あれはヒュドラというのか。弱点はどの首かわかるか?」

「多分、あの真ん中の首だ。他の首が庇ってるように見えたし」

「ククク……そうか。前の世界での知識というヤツだな。グリーディとかいう魔族とて、まさか弱点がバレているとは思うまい。この惨状には吾輩も不快であったが、これは愉快だな。行くぞ、ゴロー! もう体力も半分がた戻っただろう?」

「ああ……!」


 この状況で体力の半分って、結構エナジー奮発してくれたんじゃないか……? 怪我を治してくれた人たちにも礼を述べつつ、俺は立ち上がりベルトを出現させた。


「変身……!」


 眩い光が俺を包む。避難しようと出入り口のほうにいた人々からも、声が上がった。


「菜結、お前は空からヒュドラの気を引いてくれ。近づかないようにな」

「わかったっ!」


 ラファエルとともに、コロシアムの舞台へと降り立つ。

 菜結は箒で浮かび上がり、ファイアボールを仕掛けてヒュドラの気を引いている。


「まずはコイツだ」


『メデューサクリスタル』

『ヘビーブロッサム』


 石化の必殺技を発動した。黒く光る蛇たちがヒュドラのへと向かい、その周囲を取り巻く紫色の毒ガスの中へと這いずっていく。大半は毒ガスにやられてしまったようだが、噛み付くことに成功した蛇がいたようで、太い胴体の一部が石化していく。

 しかし、耐性が高いようで石化が途中で止まってしまった。脱皮するように体の表面の石が剥がれ落ちていく。

 石が剥がれた下の皮膚は損なわれることなくそのままだったので、石化が失敗するとああいう風になるのだろう。

 グリーディにも効かなかったが、高い耐性によって石化が効かなかったのは初めてだな……。


「だったら……!」


『ドラゴンクリスタル』

『ブレイズブレイド』

『ブレイズフォース』


 空飛ぶマントで飛んで近付き、炎の剣の必殺技でヒュドラを薙いだ。

 何本かまとめて、弱点の首ごと斬り落とせるかと思ったのだが弱点以外の首の2本目の途中で剣が止まり、動かなくなってしまった。


「硬い……っ!」


 引き抜けない剣をすぐに諦め、手を離して離脱する。

 剣の炎はヒュドラも嫌がるだろう。剣が折られてしまう前に『ゴロークリスタル』にクイックモードシフトして消去した。

 半分がた切れたヒュドラの首の傷は、みるみる再生し元に戻っていった。切断された首からは、新しく2本の首が生えてきた。


「マジか……! 炎で焼いてもダメなのか。それに、俺が知ってるヒュドラは2本は生えてこなかったんだが……」

「だが見よ、ゴロー。新たな首には流石に魔石は付いておらん。今度は矢も刺さっているぞ」

「でも、こんなヤツにいつまでも手間取っていられない……! グリーディのヤツを追わないと……!」


『ブレイズフォース』


 再び炎の剣の必殺技を発動し、マントで飛んだ。

 妨害してくる首の1つを蹴り飛ばし、弱点の首を目指す。

 更に妨害してきた首の1つをラファエルが雷撃で、もう1つを菜結が必殺の白い光線で退かしてくれた。


「横がダメなら縦だ!」


 両手で思いっ切り振り下ろした必殺の一撃が、弱点の蛇の頭から首の途中までを斬り裂いた。

 今度は剣が抜けなくなることもなかったので剣を手放すことなく、毒ガスのない離れた地面へと着地した。


「やったね、おにいちゃん! ……あっ!」

「えっ!?」


 弱点の蛇が再生していく。弱点じゃなかったのか!?

 いや、他の蛇があの首を守る動きはあった。弱点ではあるハズだ。


「他の首の妨害をもう一度頼む!」


『ゴロークリスタル』

『キックグレネード』


 なら、頭をふっ飛ばしてやる!

 再びマントで空を飛び、接近する。

 さっきと違い、他の全ての首が警戒していてなかなか隙が出来ない。菜結やラファエル、そして兵士たちが攻撃をして、僅かに出来た隙に矢のように飛び込み、弱点の首の頭部へと必殺の蹴りを命中させた。


「……なぁッ!?」


 だが蛇が首を反らし、その威力を減じてしまう。動かなくなることも、爆発することもなかった。


「くうっ……!」

「馬鹿者が! 焦るな。貴様の力とて有限だろうが」

「うっ……。すまない……」


 ラファエルにたしなめられ、反省した。

 よく考えたら、弱点の首だけを倒しても爆発するかどうかもわからない。俺だけの力じゃあ、グリーディはおろかヒュドラにも届かないかも知れない。

 戦争を止めるには、皆の力が必要だ。


 まず、どうやってヒュドラを倒す……?

 炎の剣の必殺技で上から斜めに断ち切れれば……。いや、他の首のガードが固くなってしまっている。妨害してきて難しいだろう。

 炎の竜を口の中へ突っ込ませるか? でも毒にやられてしまうかも知れない。そうなると炎の剣が暫く使えなくなっちまう。

 『アックスビーククリスタル』の爆発する斧はどうだ? 口の中に放り込めれば……。でも、そんな上手くいくだろうか。口を閉じられたり頭を逸らされれば倒せずに体力の無駄になるだろう。

 …………。

 ……。


「……ラファエル、策を思い付いた。けど、今まで以上に隙が必要だ。それに上手くいくかどうか……」

「現状、貴様の攻撃が最も効果がある。吾輩が天から雷を落とすから、その隙を突け!」


 ラファエルが背中に大きな蝙蝠の羽を生やす。

 日の光でダメージを受ける彼は深くフードを被ったままなのだが、蝙蝠の羽は違う。ダメージを受けて蒸気を発し、穴が空くのを再生させながら、上空へと向かっていく。

 俺に賭けてくれたのだ。

 もしかしたら、俺が焦っていたからかも知れない。そう思えるくらいには、ラファエルのことがわかってきた気がしていた。


 『アックスビーククリスタル』にクイックモードシフトした俺は、マントで空へと浮かび上がり、その機を待った。

 ラファエルとは別の、都市の方角から遠雷のような音が耳に届いてきた。しかし、一面に立ち籠める暗雲の空は光っていなかったと思う。

 耳を澄まし、再び聴こえてきたそれは獣の咆哮のようだった。嫌な予感が身体に広がっていく。

 そこで、頭上が光り雷鳴が轟いた。見上げると多数の稲妻が現れては暗雲の1点に収束し集まっていく。

 やがて、そこから巨大な雷が轟音とともにヒュドラへとほとばしった。

 これだけでも倒せそうなほどの威力だ。だが、そうじゃないんだろうな。


『ヒートアックス』


 長さ2メートルほどの、刃が高熱を帯びてオレンジに光る巨大な斧を出現させた。『アックスビーククリスタル』のもうひとつの必殺技だ。

 重すぎて使えなかったこの斧だが、こうやって空中から落下しながら振り下ろせば……っ!


「うぉおおああッ!」


 感電した為か、身を震わせ動きが鈍くなっているヒュドラの弱点の首を目掛け、巨大な斧を振るった。

 オレンジに発光する刃は高熱でヒュドラの皮膚を溶かし、妨害してきた他の首の3本を真っ二つにした。4本目で止まってしまったが、炎の剣の必殺技と違い、『一撃』だけの技じゃあない。

 皮膚が溶け、抜けやすくなっているのだろう。すぐに斧を抜き取って空中で1回転し、4本目も切断する。

 横合いから菜結が光線で5本目と6本目の首を、兵士たちも7本目と8本目の首を妨害してくれて、弱点の首へと斧が届いた。

 落下しながら少し斜めにして振るったそれは、頭から首の根元まで切ることが出来たが、狙っていた切断は出来なかった。


 再生するかも知れない……! すぐに爆発する斧の必殺技『トマホーク×トマホーク』を発動し、切れて開いてきている首の中へ放り込もうとしたところで、斧を持つ腕を他の首に噛み付かれてしまった。


ッ……!」


 更に他の、おそらく動ける全ての首が俺へと牙を剥き、襲いかかってきた。

 菜結の光線がそのうちの何本かを、1本は自分で蹴り飛ばしたが、残りは無理だった。


「くそ……ッ!」


 そこで重低音が1度響き、蛇の首たちが動きを止めた。だが、その体は移動している。何かがぶつかり、跳ね飛ばされたようだった。

 その拍子に俺の腕から蛇の牙が抜けたので、再生してきている首の中へと斧を投げ込み、飛んで逃げた。

 逃げる先に、見覚えのある大男がいる。フランケンシュタインだ。さっきの重低音は、フランケンの怪力による一撃か……!


「うお……ッ!」


 斧が爆発して爆風に飛ばされ、フランケンに受け止められた。

 弱点の首が吹き飛んだヒュドラは、全ての首を横たえて動かなくなった。


「フランケン! 助かった!」

「ふらんけん!」

薄鈍うすのろめが。来るのが遅いわ」

「通路、人イッパイデ、ナカナカ進メナカッタ……」


 味方になると、ラファエルもフランケンも凄く心強いな。

 そう思っていると、俺の頭にクリスタルがコツンとぶつかってきた。ヒュドラを倒したことで会場が歓喜に沸き、飛んでくる音が聞こえなかった。

 これは、『ヒュドラクリスタル』だろうか。

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