第103話 駆け引き
『ナユクリスタル』に変更して、グリーディの真後ろへと瞬間移動した。
そしてヤツの肩を掴み、すぐに再び瞬間移動の必殺技を使うべく、レバーを下げる。
――参加者が望んでいません――
必殺技は発動せず、脳内にベルトの音声が響いた。
は!? 瞬間移動できないのかよ……!
動揺する俺に、振り返ったグリーディが俺の頭へ手を伸ばしてきた。
させるか……!
払いのけ、バックジャンプで距離を空けた。
「瞬間移動とは驚いたぞ。しかも随分と正確な位置に飛ぶようだな。出現先に輝きすら起こさないとは……。奇襲に向いている。なのに、なぜ襲ってこなかった?」
「…………。お前を連れ出そうと思ってな。だけど、お前が行きたいと思わなきゃダメだった」
正直に話した。この後の嘘の為に。
「そうか、残念だったな。フフ……」
「なあ、俺の魔装の力が欲しいんだろ?」
「無論だ。だが、貴様のその力は本当に魔法によるものなのか?」
さっき奪おうとして、疑惑が生まれたか。
「魔法だよ。だけどプロテクトをかけてあるからな。奪えなかったんだろう? ……条件がある。戦争を起こすのをやめろ。そうしたら連れていってやるよ。俺の魔装の秘密がわかる場所へな」
「……フフフ……! ハハハハ……! いいだろう、私の望みは優れた魔法を手に入れることだからな。条件を飲もう」
かかった。
マスクの中で、安堵の溜め息を吐いた。
こんな口約束が有効だとは思わないが、これで後はコイツを倒すだけだ。
……でも、やけにあっさりだな……。
そうか。
「なぁ、お前は転移魔法が使えるんだろう?」
「その通りだ」
やっぱりか。思えばさっき瞬間移動のことを言っていたとき、転移魔法を知っているような口ぶりだったもんな……。
でも、魔法は発動するまでに時間がかかる。
エステルとトリア村へ瞬間移動して石化した村人たちを助けたときに、転移魔法ってのは上級治癒魔法を使える者より稀有だという話を聞いたので、そんな魔法ならすぐには使えないだろうし、俺の攻撃を防ぐにも他の魔法を使う余裕はないかも知れない。その間に決着をつけるしかないな。
「ふぅーーー……」
大きく息を吐いて、リヴィオたちのいるであろう参加選手と身内用の観客席を見上げた。
随分と数が減っていて、皆の姿は見当たらなかった。
残念だな、ひと目見ておきたかったんだけど……。
仕方がない。俺はグリーディへと歩み寄ると、肩を再び掴んだ。
これから自分がやろうとしていることが怖い。身体が小さく震えている。
景気付けに、軽口でも叩きたい気分になった。
「じゃあ行くぞ。ひとっ飛び付き合えよ……!」
相手には見えないが、マスクの中で強張った広角を上げ、仮○ラ○ダー○ラ○ブのような台詞を叫んで、必殺技を発動すべくレバーを下げた。
――参加者が望んでいません――
「…………え!?」
呆然とする俺の身体に、強い衝撃が襲ってきて身体が吹っ飛ばされ、地面を転がった。グリーディが魔法で風の刃を放ったようだ。
胸の装甲が抉れている。右腕に強い痛みを感じて見ると、上腕部の中ほどから赤い鮮血がだくだくと流れていた。
ベヒーモスの青い返り血を浴び、雨の為に泥にまみれた身体に、赤い血の色が加わっていく。
「ぁああぎァア……!」
耐え難い痛みに身悶えた。かなり傷が深そうだ。
「ど、どうして……!?」
「フフハハハハ……! 質問する前に、嘘を見抜く魔法を予め使っていたのでな。貴様の力が魔法でないとは驚いたが……。もしかしたらとは思ってはいた」
「ぐっ……!」
そうか……。そんな魔法もあるか……。
なんて厄介なヤツだ……。
「その力は、一体なんだ?」
「……俺にもよくわかんねェよ……。超科学じゃないかと思ってる」
「ほう……。その力は、私が手に入れることは可能なのか?」
……もしかして、ベルトとクリスタルをコイツに渡せば、変身することが出来るのか?
心の中でベルトに尋ねてみる。答えはノーだった。俺以外は変身できないそうだ。
答えがわかったので教えるのは簡単だが、俺は黙っていることにした。コイツの注意が俺に向けば、上手く行けばこれ以上の被害を出させずに済むかも知れない。
「フフ……。黙秘にも対応してある魔法でな。成程、手には入らないのか」
うっ、マジかよ……。
「残念だが……魔法でないのならまぁよい。私の望みは多くの優れた魔法を手に入れることだからな。ところで、貴様のような力を持つ者は他にもいるのか?」
「いいや……いねぇよ」
菜結の力は似たところもあるが、違うと言えるだろう。
「そうか。ならば、貴様を殺せば邪魔な力は消え失せるな」
「……そう言うだろうと思ってたよ」
こうなったら、ここでコイツをもう一度倒して魔法が使えないように封じ込めるしかない。
再生を留めるには限度がありそうだから兵士たちと連携したいが、彼らはまだ結界の張られた出入り口の向こうで何やらバタバタとしている。
まだ時間がかかるのか……。
「おい、その女子高生みたいな姿、どうにかならないのかよ」
俺は、時間稼ぎをすることにした。
「女子高生……? 学徒か? この見た目では戦いづらいか。いいだろう」
グリーディを中心に魔法陣が足元に展開すると、光を発してヤツを包んだ。それが消えると、ヤツは淡い青色の肌をした若い女性の姿へと変わっていた。
ラファエルが言っていた姿だ。服装も、胸元の開いた黒のドレスへと変わっている。
「変身、というやつだ。フフフ……」
わかっちゃいるけれど、本当、色んな魔法を持っていやがる。
「声はそのままなんだな」
「見た目と懸隔していて、不気味さを誘えるかとな。ところで……アレはいいのか?」
口元だけで笑顔を作り、グリーディが顎で横を指し示した。
見ると、ケルベロスが起き上がっている。
生きてたのかよ……。自分で治癒したのか。
グリーディもなんとかしたいが、放っておけば人が死ぬ。俺はケルベロスへと駆け出した。
一度、グリーディを振り返ったがこちらを見物するつもりのようで、他に何かをする様子はなかった。
さっさとケルベロスを片付けよう、兵士がなだれ込むタイミングでグリーディを倒さないと……!
ケルベロスがこちらに気付き、その三つ首すべてを向けると火を噴いてきた。
『ドラゴンクリスタル』
想定していた俺は、すぐにクイックモードシフトして炎と熱の耐性を上げ、炎をなるべく避けながらダメージを軽減しつつ、近付いていく。
「いぎぃッ……!」
炎を右腕の傷口に浴びてしまい、強い痛みに顔が歪んだ。
痛む右腕を震わせながらベルトのレバーを操り、炎の剣を出現させて左手で掴み、その必殺技を発動する。
発光を始め、明るくなっていく炎の剣を両手で掴み、三つ首が一斉に炎を噴いてきたタイミングでそれをジャンプで躱しつつケルベロスへと飛び、剣を薙ぎ払った。
三つの首が一気に切断されて、どれかの首が小さく断末魔の呻きを発すると、今度こそ絶命した。
しんどいな……。
もう一度大きな必殺技を使ったら、かなりこたえてきそうだ。
「ほう……。一度に三つ首全てを飛ばすとはおもしろい。ならば、この魔物はどうだ?」
遠くにいても魔法で届く声に、俺は振り返ってグリーディを見る。
ヤツは新たな魔法のスクロールを広げていた。
――くそッ!
瞬間移動、いや、クイックモードシフトしてからでも間に合わない!
俺は全力で走りつつ、もう一度炎の剣の必殺技を発動させた。
出てきた瞬間にぶった切ってやる……!
「ううあ……ッ!?」
だが、グリーディがこちらへ向けた手から暴風が吹き荒れると、身体が持ち上がり、ケルベロスが倒れた辺りまで吹き飛ばされると、泥の上を転がった。
「ぐっ! うぅ……ぐ……!」
転がった衝撃で右腕の傷が激しく痛んだ。それに耐えながら身体を起こすと、グリーディのいる広場の中央付近に、全長20メートルほどの9つの頭を持つ大蛇が召喚されていた。
「コイツ、何かで見たことあるな……。なんて言ったか……」
「ほう……この大陸にはいない魔物だぞ、このヒュドラは」
そうだ、ヒュドラだ。確か俺が見た物語だと、首を切り落としても再生してたよな……。
でも火で焼けばよかったハズだ。だったら俺の炎の剣は効果的なハズだけど、なんでコイツを召喚したんだ? グリーディのヤツ、楽しんでやがるのか?
まぁ、この世界のヒュドラがそうとは限らないが。
それに……だ。
確か再生能力があるのは、あの首の中のどれか1本だったハズだ。このヒュドラもそうなら、ソイツをぶった斬ればそれで終わりだ。
『ブレイズフォース』
再び炎の剣の必殺技を発動させた。伸びるこの剣は、初見殺しだ。再生の役割をしていそうな真ん中の首を狙う!
ヒュドラへと泥を跳ねさせながら地面を駆けていくと、そのタイミングで舞台を覆う巨大な魔法壁が解除され、出入り口から兵士がなだれ込んできた。
「フフ……。丁度いいときに来たな」
グリーディはそう言うと、浮遊魔法で浮かび上がっていく。
「おい! 待て!」
「よそ見していていいのか?」
「なっ……!?」
ヒュドラが9つある首から、毒々しい紫色をしたガスを吐き出している。
それは地を這うように辺りに広がり始めた。
「くそッ!」
どの程度の毒性があるか危険度がわからない為に、迂闊に近付けない。兵士たちも困惑している。
グリーディはコロシアムの高さを越えて上昇すると、そのまま移動を始めた。都市の外れにあるこのコロシアムから、ヤツは都市の方角へと進んでいる。
戦争を、起こす気なのだろう。
「待て! グリーディ! 逃げるのか!?」
「フフフ……。ヒュドラを倒せたらまた相手をしてやろう」
「じょ、冗談じゃない……!」
俺はラファエルから貰ったマントをストレージから出現させると、空を飛んでヤツを追い掛けた。
「言ったろう。ヒュドラを倒せたら、と」
グリーディは溜め息を吐くと、その周囲に多数の光の矢を出現させた。
ディアスや2回戦で戦ったキーゼルが使っていた魔法だが、数が違う。3、40本はある。
「くっ……!」
すぐに『ゴロークリスタル』にクイックモードシフトして、魔法を1回分消し去る必殺技『スティンガーディスペル』を発動した。
実は何十回も魔法を使っていて、1本だけしか消えないってことないよな……!?
そうでないことを願いながら、グリーディへと上昇していく。
光の矢が一斉に俺へ降り注いできた。
輝く腕から放ったミサイルのような光線がそれを迎撃する。眩い光が生じ、眼を腕で覆いながら光の中へ突っ込んだ。
矢が当たる感触は無い。全て消え去ったようだ。
光の中を突き抜け、グリーディを再び視認するとヤツも腕で視界を覆っていた。
――チャンスだ!
『キックグレネード』
今度は俺が大きな蒼い矢になって、ヤツ目掛けて飛んだ。
もう体力も残り少ない。これで決まってくれ……!
「ベルトの声で丸わかりだな」
グリーディの笑いを含んだような声が耳に届いた。
ヤツの周囲に3つの光弾が現れ、1つが俺へと向かってくる。
その光弾は俺の輝く脚に衝突し、光が広がって強い衝撃波が発生した。
『キックグレネード』は、ドラゴンの炎から俺を守ってくれたように衝撃波の殆どを逸らし、俺の身を守ってくれる。
しかし、2発目と3発目の光弾は左右から現れた。グリーディが軌道を操ったのだろう。それが1発目の衝撃波に接触したのか、俺の身体に触れる前に新たな光と衝撃波を生んだ。
左右から間髪入れずに、潰れてしまうんじゃないかと思うほどの強い衝撃が全身を襲った。吐き気が込み上げてきて、発していた喉の呻き声は中断され、マスクの中で血を吐いた。
「遠くの相手の声を届ける魔法というのは、便利なものだ。ああ、そうだ、ひとつ教えておいてやろう。先程、転移魔法が使えると言ったがあれは嘘だ。そのうち使い手を探して奪うつもりだがな」
傍で聞いているようなグリーディの高笑いを耳にしながら、俺は落下していく。
全身が発光し、すぐに消えた。グリーディの声が急に遠くなった。
ああ、変身が解けて、掛けられていた魔法がリセットされたのか……。




