第99話 準決勝
準決勝の朝。
空は曇り、冷たく湿った空気を素肌に感じる。深夜から明け方にかけて小雨が降っていたらしく、地面がまだ濃い色を残していた。
そんな明け方に、ラファエルとコンスタンティアはコロシアムへ出かけていったという。用事があったのはコンスタンティアで、ラファエルは護衛だそうだ。
そういえば、コロシアムの舞台と客席を隔ててるドーム状の魔法壁にはコンスタンティアが技術協力しているって話だったし、それ関連なのかな?
会場に着いて控室に赴くと、ラファエルの膝で眠るコンスタンティアがいた。
何の為にこんな早くに来ていたのか聞いてみると、コンスタンティアの作った魔晶石を利用して、対戦相手と審判たちとのあいだで声が伝わる魔法を強化する実験をしていたらしい。
上手く行けば、ガラードの指輪による魔法の妨害があっても会話が審判たちに届くようになるそうだ。
コンスタンティアはそれに徹夜で取り組んでいたのだという。
彼女がここまで頑張る姿を見たのは初めてだったと、ラファエルは感慨に浸っている様子だった。
「じゃあ、俺がガラードの口からヤツのしてきた悪事を上手く言わせることが出来れば、審判たちの証言が得られるかも知れないな」
「うむ。だが審判だけでは買収などの懸念もあるからな。手っ取り早く、今回は特別に宰相や姫にも聞いて貰えるように、お前たちから頼め。というのがコンスタンティアの言伝だ」
「それなら言い逃れ出来ませんね!」
一晩眠ってすっかり元気になったルーシアがそう言うと、ぐっと両拳を胸の前で握り締めた。
「ゴロー、貴様が殺さないなどと言い出さなければコンスタンティアはここまでしなかったかも知れん。却ってよかったかもな。上手く行けばの話だが」
会話の最中、コンスタンティアの薄い銀髪が流れ落ちて顔にかかっているのを見つけたラファエルは、骨張った手で優しく退かしていた。
試合開始直前になった。
コロシアムの空は青色がかった灰色の雲に覆われている。秋も深まり、ポロシャツ1枚だと肌寒さを感じる日和だ。
舞台上に姿を現したガラード・フールバレイは、高価そうな大きな盾を用意していた。
今までの試合では使っていなかったものだ。俺対策だな。厄介そうだ……。
それと、今までは確か1本だった腰の剣が2本になっている。これも俺対策なんだろう。
「よもや、貴様が黒き魔装戦士だったとはな」
大歓声の中、十数メートルまで近付いてきたガラードが話し掛けてきた。
上手く悪事について証言させないとな。
「昨日のことで、話がある」
そう申し出て、ガラードに指輪の魔法を使うようにジャスチャーする。
「あれは事実だ」
伝わったとは思うが、ガラードは指輪を使わずに答えるとあざ笑った。
話に乗ってこなかったか。
ヤツが指輪の魔法を使うのには距離があるのかも。それが使わない理由の一因かも知れない。遠くても魔法は効くのかも知れないが、ひそひそ話をしてるようには見えなくて審判にバレそうだからな。ガラードはバレても歯牙にも掛けないような気もするけど……。
どうあれ、魔法の指輪を使わせるべく、話をしながらガラードへと歩み寄った。
「決勝の相手が誰だか知ってるか? どんなヤツなのか、情報が欲しくはないか? ヤツはお前とも縁があるぞ」
金色の主義って縁がな。
筋骨隆々の大男のガラードが、厳つい顔で近付いた俺を見下ろしている。初めて会ったときも思ったが、凄い威圧感だ。
気圧されないように気合を入れ、再びジェスチャーをした。
ガラードは篭手の上に付けた指輪の1つを発光させる。
「ふん。まぁ聞いてやろう」
「便利な魔法だな」
「盗聴する魔法が生まれれば、それを防ぐ魔法が生まれるのも世の理だ。そんなことより本題を話せ」
俺は頭の中でシミュレーションしてきたことを思い出しつつ話を始めた。
「さっきの『あれは事実だ』っていうのは、アンバレイ家を騙して多額の借金を負わせたのも、偽物のロンドヴァルを売りつけたのも、お前の仕業だったっていうことか?」
「ふん、そのようなことを確認してなんとする。我を殺すか?」
「……そうするしか倒す方法がないんならな。なんで騙したんだ? 恨みでもあったのか?」
「そんなものはないわ。莫迦な成り上がり貴族を騙したに過ぎん」
「そうか……」
よし、これで上手く行っていれば、今の会話が審判や姫様や宰相の耳に届いたハズだ。
この男の動機が知りたかったってのもあるけど、腹の立つ言い草だな。ルーシアなら怒り狂ってたかも。
「聞きたかったのはそんなことか?」
「ああ」
その後、ガラードに決勝の相手について聞かれて、強力な魔力を持った魔族であるということ、凄い数の魔法が使えるであろうこと、そして金色の主義を発案し、広めた者であることを伝えた。
「ほう……。魔族であったか。ならば金色の主義の思想は、その理想の為ではなく別の目的があるのか……。貴様は知っておるか?」
「ああ。ヤツは戦争を起こすつもりだ」
ガラードの賢しさには、厄介さを感じるな。
戦争を起こすのは、その魔族が相手の魔法を自分のものにする為と魔法を発展させる為だが、悪用される危険があるので黙っていた。
動機に疑問を持つかな……。
「成程な……。薄汚い魔族のやりそうなことだ」
だが、ガラードはそれで納得したようだった。
小さく息を吐いたところでハッと、ガラードも金色の主義者だと暴いておくのを忘れているのを思い出した。危ない、うっかりするとこだった。
俺は用意していた言葉を思い出す。
「お前もフリとは言え、金色の主義者なんだろ? この試合に魔法のスクロールは持ってきてるのか?」
「ふん、我をメデューサラミアを召喚したあの阿呆と同じに見るな。今はまだこの国で金色の主義者の貴族だと知られると立場を悪くするのだ。持ってきているわけがなかろう」
そうか。強力な魔物を召喚してくるかもという懸念はなくなったな。
「ふん、スクロールに魔力を使うよりも、魔道具に使うほうが我は強いぞ」
ガラードが皮肉っぽい口調で非難してくる。俺の安心した表情を見透かしやがったか。
「負傷を無かったことにする鎧があるもんな。かなり魔力食いそうに見えるが……何回くらい持つんだ?」
「ふん。知りたいか。確かに致命傷を無かったことすれば一度にかなりの魔力は食うがな、この鎧は事前に大量の魔力を溜め込んでおくことが出来る。我の魔力を使うのはその後だ。もしも我を負傷させられたならば、数えておくがいい。出来るものならな」
「……負傷させっぱなしにしたら数もわからないだろ?」
「ルーシアという使用人に、つい口を滑らせてしまったな。だが、貴様にそれが出来るかな。貴様の魔装の弱点はわかっているぞ、クロキヴァ」
「え……?」
「フフ、もう話は終わりだろう? 距離を空けなくてよいのか? 魔装を装着する前に斬って捨てられたいのならば、そのままそこに突っ立っておるがいい」
俺をギョロリと見下ろすガラードの指輪からは、いつのまにか光が消えている。
弱点というのがなんなのか酷く気になるが、かつていきなり殺されそうになったことを思い出したからか、思わず一歩後ずさってしまったことを内心で悔しく思いながら距離を空けた。
暫くして、試合開始の鐘が辺りに鳴り響く。とうとうこの時が来た。
当初の予定では、まず『ヴァンパイアクリスタル』で変身し、『クリエイト』の物質生成を使って熱湯を頭上からぶっかけてやるつもりだった。
だが、ガラードが大きな盾を身に付けているので、これは却下だ。あまり有効打にならずにこちらの体力を消費してしまうだろう。
けっこういいアイディアだと思ったんだけどな……。攻撃としてはエグいけど。
この攻撃だったら魔装の鎧が負傷を無かったことに出来るといっても、熱湯が消えるわけではないだろうから、ダメージを与えられるかも知れなかった。
与えられずとも、鎧の中に火傷するほどの熱湯がある間は魔力を消費させることは出来るかも知れない、と。
厄介なのは、あの鎧はおそらくカルボが作ったものだろうだから、魔力を消費しない可能性があることだったか、ガラードの話を聞くにそれはなさそうだ。
昨日ルーシアが魔剣によって付けた鎧の傷は消えていて、すっかり元通りになっていたのを見たときは、嫌な予感がしていたが。
というのも、自己修復する魔法が篭められた魔装も存在するらしいのだが、長い時間を要するので1日ではあまり変わらないという話だからだ。
なので、常識からは外れているのだが、そこはまぁカルボが魔力を注げば修復する仕様にでもしたんだろう。
まったくカルボのヤツ、厄介なものを残しやがって……。こんなヤツに渡っちまってんじゃねぇか……。
俺は心の中で悪態をつきながら『ジャイアントスパイダークリスタル』で変身した。
このクリスタルは細いロープのような蜘蛛の糸を、掌か足の裏から1本だけ飛ばすことが出来る。糸はかなりの耐久力があり、先端には強い粘着性がある。
コイツをヤツの足に貼り付けて、転ばすのが狙いだ。
これも、アイディアを思い付いた当初は盾を奪うのが狙いだったのだが、よく見ると盾は腕に2本のベルトで装着されていて奪えそうになかったので、狙いを変更したのだ。
そういうわけで、俺はヤツにある程度近付いてからは、飛びかかるような姿勢で掌をガラードへ向けながらじりじりと距離を詰めていった。
そして、3メートルほどの距離まで近付いたところで下げておいた左腕の掌からいきなり糸を放った。
射出音とともに白い糸がガラードの足へと飛んでいく。ショートボウの矢より遅いが、なかなかの速度だ。
不意を突けたのだろう、ガラードの脚に見事に絡み付いた。
「ぬぅ……!?」
だが、糸を引っ張って転ばせる前にガラードの持つ魔剣ロンドヴァルによって糸が断ち切られてしまう。
「うわっ……とと!」
直後に思いっ切り力を入れて糸を引っ張ったので、バランスを崩してしまった。
その隙をヤツは見逃さず、間合いを詰めてきて剣を袈裟懸けに振り下ろし、すぐに刃を返して下から斬り付け、一歩踏み込んで突きを浴びせてきた。
「ぅうッ! ぐッ……!? ……ぐあぁッ!」
強力な突きを食らって、後方に転がる。
激しい痛みにボディを見てみると、金属の装甲に切れ込みが出来ていて、厚手のラバーっぽい部分には貫通はしていないようだが傷が出来ていた。
「い……いっつ~~ッ……!」
まさか開幕でいきなりこんなダメージを負うとは思わなかった。
痛みに耐えているうちにガラードが迫ってきたので、大きく後ろに飛び退く。
空中に放物線を描く俺を見ながら、ガラードは声を上げた。
「それが貴様の弱点だ! その魔装は強力だが、痛みが伝わるのだろう? 攻撃を食らえば動きは鈍り、先程のように連撃を浴びることになる」
「ぐ……っ」
よく俺のことを調べておいでのようで……!
痛みが伝わるのは、この変身した姿が自分の身体だからなのかも知れないけどな。
俺のこの姿は特殊なスーツを着ているわけではなく、そういう姿に身体が変わっているのだ。
それでも、金属の装甲部分は付けているのかとも思ったのだが、ベルトに尋ねてみるとそれも身体の一部という話だった。
以前は、特撮ヒーローが変身した姿でダメージを受けていたことが、俺のなりたかった変身ヒーローの願望として反映された結果として、装甲部分でも痛みを感じるのかと思っていたのだが。
もしやり直せるなら、痛覚は無しに……いや、遮断できるようにしたいところだ。
ちなみに、マスクだけは取り外しが出来るのを確認しているが、他は脱いだりは出来ない。マスクが外せるのは、願望が反映された結果だろう。
「痛みが伝わるのならば、こういうのも効くのだろう?」
ガラードは篭手の上から付けた、いくつものゴツい指輪の1つを光らせた。
すると、俺の傍の地面から何本もの火柱が噴き上がって、放物線を描いて襲い掛かってくる。
「うおッ!?」
バックステップで躱したが、炎は地面に着くと再び放物線を描いてこちらへ迫ってきた。
「なァッ!?」
今度は避けきれず、腰や足に炎を浴びてしまう。
炎は数度、放物線を描いて避けきれない俺の身体に当たると消えていった。
「熱ぅうッ……! こんのォ……ッ!」
「フハハハハ! 無様に逃げ回っておったな! どうした、掛かってこぬか!」
コイツ……! そりゃあ考えなしに突っ込んで来させる為の安い挑発じゃないか? 乗るかよ。
『スパイダーズウェブ』
蜘蛛の糸が効かないってんなら蜘蛛の巣だ。
必殺技の直径2メートルほどの蜘蛛の巣をガラードへと飛ばす。ガラードは避けようとも、盾で防ごうともしなかった。
命中するかに思われたが、ガラードの身体の前面を半ドーム状の魔法壁が覆い、蜘蛛の糸を防いでしまう。
よく見ると、ヤツの指輪の1つが輝いていた。
「それは対策済みだ」
ホント、よく研究していやがる……。
ガラードが再び炎の魔法で攻撃してきたので、『ドラゴンクリスタル』にモードシフトした。
炎と熱の耐性があることは知らないだろ。
とはいえ、ダメージは軽減できるが炎に触れて平気なわけではないから、浴びないに越したことはない。
手の部分だけなら、必殺技を発動して更に熱くなった炎の剣を持っても平気なので、炎を避けながら、手だけで浴びるようにした。
そうすることで、炎はもう追尾してくることなく消えていく。狙い通りだ。
「ほう……。やはりその手には炎は効かぬのか。炎の剣は使わんのか?」
「そこまでわかってんのかよ。リサーチばっちりかよ。これから使おうと思ってたとこだよ!」
俺は炎の剣を出現させ、更にその必殺技を使うべくレバーを下げる。
『ブレイズフォース』
ヤツの盾は俺のこういう強力な必殺技対策だろう。
防げるか、試してやる。
重みが増し、炎の勢いが増して明るく発光した剣を思いっ切りガラードへと振り下ろす。リーチの伸びた炎の刃が、ガラードの盾で受け止められた。
盾の表面には僅かに切れ目が入ったようだが、何度か繰り返して破壊できるようには見えなかった。
「硬いな……」
「オリハルコン製の魔装の盾だ」
ミスリル、アダマンタイトときて、今度はオリハルコン。しかも魔装かよ……。ファンタジーの世界は硬い防具があって困るな。
正直、あの盾は酷く厄介な代物だ……。
盾を無理やり腕から外すのにも、盾で防げないように攻撃するのにも接近戦を挑まなくちゃならないが、ヤツには強力な魔剣ロンドヴァルと一流の剣術がある。
ルーシアに鍛えられたとはいえ、ヤツの剣撃はそう避けられるものではないだろう。
剣で受けられるならだいぶ防げると思うが、ストレージに入れてきた普通のロングソードでは魔剣に折られてしまうだろうし、炎の剣は折られないかも知れないが、受けるので精一杯で盾をどうにかするのは無理筋に思えるな。
……あ。何も盾にこだわらなくてもいいじゃないか。
俺は『ゴロークリスタル』にモードシフトすると、気合いを入れた。
やっぱり、コイツ相手にリスクを負わずに戦うのは無理みたいだ。
「勝負だ、ガラード・フールバレイ!」
「ほう……来るか!」
レバーを下げ『キックグレネード』を発動して、ヤツに接近する。走り幅跳びのように跳んでキックの姿勢を取り、矢のようにヤツへと飛んだ。
このやり方なら高く飛び上がって飛んでいくより避け難いだろう。それに、ジャンプで跳んだ軌道から逃げられても、相手に向けてキックの姿勢を取ることでそちらへと飛んでいく。
「ぐぅうッ……!」
俺の蒼く輝く蹴りが盾にぶつかり、ガラードが呻いた。
予想はしていたが、盾を斜めにして受け流す姿勢を取っている。
それでも強烈な威力によって、ガラードの身体は跳ね飛ばされて地面を転がった。
すぐに追い打ちをかけたかったが、ヤツを飛ばした俺も飛ぶのが終わらず、更に地面に滑りながら着地して、距離が空いてしまった。
次はキックの姿勢になって飛ばずに蹴るか……!
『キックグレネード』
間をおかず、すぐにもう一度レバーを下げた。
起き上がろうとしているガラードへ、光り輝く足で地面を窪ませながら駆け寄っていく。
おそらく、今の攻撃でヤツに大きな負傷を与えられてはいない。盾で防がれるとしても、盾を取り付けた腕の筋にでもダメージを与えたいところだ。
立ち上がったガラードは先程の半ドーム状の魔法壁を発生させた。飛び上がってキックの体勢を取れば、魔法壁を破壊しつつヤツへ攻撃出来るだろうが、さっきより威力は落とされるな。
「だったら!」
ジャンプで魔法壁を飛び越えた。普通に飛び越えたのではガラードに背を向けた状態で着地してしまうので、身体の上下を一回転させつつ、前向きの身体を後ろ向きへ変えるようにジャンプする。
予測していたのだろう、ガラードもその場で身体の向きを変えながら、すぐに盾を上げて上からの攻撃に備えた。
空中で身体の上下が逆さまになっている状態で、ヤツの盾が傍にある。好機だった。
腕を伸ばして盾を掴んで抑えながら、ヤツの空いた胸元に思い切り蒼く輝く蹴りを放つ。
「ぐぅおああァッ!?」
蹴りを食らい、魔法壁を自分の身体で割り砕きながらガラードは吹っ飛んだ。
よし、一撃入れた!
『キックグレネード』
間は空けない。すぐにもう一度レバーを下げる。
必殺技は使う間隔が短いほど体力の減りが大きくなるようだが、ガラードを追い込む為だ。
ヤツの元へと走り必殺の蹴りを食らわせにいく。
よろりと立ち上がるガラード。鎧はキックによって凹んでいたのだが、既に元に戻っていた。
表面の傷は直らなくても、鎧の凹みは無かったことになるのか? 凹んだままだと身体が潰れたままになるしな。
「ぬぅ……ッ。貴様の魔装は、その強力な魔法と引き換えに魔力だけでなく体力も奪われるのだろう? 我の魔力切れが先か、貴様の魔力か体力が尽きるのが先か、消耗戦を挑んでおるのか!?」
魔装でも魔力を使ってもいねぇよ。知られると厄介だから黙ってるけど。
「さぁな。でも俺はなぁ、昨日からお前にはホント、頭にきてんだよ! だからぶっ飛ばしてやりたいってずっと思ってたんだ!」
声を張り上げながら駆け寄ると、ガラードがまた魔法壁を展開した。それを拳で叩き割ると、そのタイミングでヤツがロンドヴァルを振り下ろしてくる。
これを待っていた。
しかし、これは位置もタイミングも悪い。
俺は肩口に刃を掠めながら、大袈裟に後ろに飛び退いた。再びヤツに剣で攻撃する機会を与える為に。
ガラードは再び魔法壁を張り、俺の拳がそれを砕く。それに合わせて一歩踏み込んだヤツが、再び剣を振り下ろしてきた。
――間に合わない。
『キックグレネード』で剣を蹴り飛ばすつもりだったが、肩に食らってしまった。ズシリとした重さと痛み。だが、ヤツが踏み込んだおかげで刃は止まった。
俺は両手でがっしりと刃を掴み、魔剣を握るガラードの手に必殺の蹴りを放つ。弧を描いた蒼い光の軌跡がヤツの手と魔剣の柄を捕らえた。
直前で刃から手を放した剣は、十数メートル向こうへと飛んで地面に突き立った。
「くっ……! 不覚! 剣を掴まれるとは……」
「……警戒してたか? 俺が1回戦でやったことだもんな」
「おのれ……!」
ガラードは素早くもう一本腰に穿いていたショートソードを抜き放つ。刃が紫と真紅の淡い輝きを纏っている。
予想してたけど、そっちも魔剣か。
「さっきのようにはいかんぞ!」
また別の指輪を輝かせるガラード。
身体の動きがおかしくなった。メデューサが持ってた杖の状態異常魔法と同じもののようだ。
「それなら特訓済みだ」
走ってガラードから離れて魔剣ロンドヴァルの所へ行き、地面から引き抜いた。
「貴様ァッ! 我が剣を!」
「なぁ……これ、俺が勝てたらくれないか?」
「莫迦を抜かすな……! その剣だけでアンバレイ家ならば三度は国の査定を通過できる代物だぞ」
「やっぱ凄ェ高価なんだな……。使わせて貰うぞ」
「ふん、特訓したとて、この魔法の中で我が剣を受けきれるものか!」
ヤツはこの魔法の中でも、変わらずに剣を振るってきた。リヴィオのように、かなり長けているようだ。
しかも今度は剣を蹴り飛ばされないようにかなり注意を払っている。
特訓したとは言えど、身体を自在には動かせない。
剣を掴もうにもなかなか掴めず、片手で掴んでもヤツは筋骨隆々の大男だけあってパワーがあり、かなりの痛みとともに引き抜かれてしまう。両手で掴もうとロンドヴァルから手を離して、危うく奪い返されそうにもなった。
斬られた手の指は装甲部分もあるが、掌はラバーっぽい素材なので損傷が大きい。痛みに刃を握る手をつい緩めたりしたからか、貫通はしていないようだが。
『キックグレネード』を剣や身体に当てようとも試みたのだが、盾で防がれてしまっている。
蹴りでヤツの盾を持つ腕を曲がらない方向に曲けたりもしたが、負傷を無かったことにするというのは、その苦痛さえも無かったことになるのだろうか、ガラードにそういったダメージは無いように思えた。
逆に、俺はヤツの剣撃によって徐々にダメージを蓄積している。連撃が得意なようで、幾度も浴びてしまっていた。
互いに呼吸を荒くしていたが、正直、俺のほうが分が悪い。このままでは先に力尽きるのは俺のほうだ。
…………。やってみるか。
『リヴィオクリスタル』にモードシフトした。
魔法による状態異常を軽減する能力があるのだが、こういう魔法には効果がないらしい。下手に軽減されて動かす感覚が変わってしまったら嫌なので、よかったかも知れない。
『フォーキャストフォーサイト』
数秒先までの出来事を、予測できた場合にだけ予知できる必殺技を発動した。
ヤツの剣の軌道を予知して回避し、魔剣ロンドヴァルでヤツの鎧を攻撃する為に。
さっきまで一度も当てることが出来ていないので、ヤツの鎧に効くかどうかわからないのだ。
だが、予測予知できたところで、そう簡単には攻撃は当たらない。
何度か逆に攻撃を食らい、ようやくヤツの腕に魔剣ロンドヴァルによる一撃を与えることに成功した。
鎧に小さな切れ目が入っていて、出血が見て取れる。ややあって、鎧の切れ目が消えた。傷ごと無かったことになったようだ。
小さいな……。
今の一撃は全力ではなかったが、全力でも真っ二つには出来なそうな気がする。
ダメか――――。
俺はロンドヴァルを放り投げた。
動きを読めたところで、『キックグレネード』が出来ないのが痛い。ヤツのもう一本の魔剣を奪えれば勝機が見えるんだが。
ルーシアのようにヤツの首を折ろうにも盾もあるし、最も警戒されていることだろう。
ルーシアなら、盾があったところでそれを利用して戦えるかも知れないな……。彼女を相手に盾を持ってこなかったのは、却って邪魔になるせいもあったのかも知れない。
彼女が魔力で身体強化するように『ヴァンパイアクリスタル』でパワーアップするのはどうだ? いや、彼女のように上手くは戦えないし、この魔法の中で上手くコントロールは出来ない。下手に突っ込んで却って危険になるかも知れない。
……突っ込む、か。
そうか。こんな単純な手が思いつかなかったとは……!
『ヴァンパイアクリスタル』
『ヴァンパイアブラッド』
一定時間パワーアップ出来る必殺技を発動させ、姿勢を低くしてガラードへとタックルに行く。
倒してしまえば色々やりようがあるだろ!
「――あぐッ!?」
「阿呆が! 想定済みだ!」
ガラードは素早く片膝立ちになって盾を地面に立て、俺のタックルを防いだ。
1メートルほどガラードを押し滑らせたが体勢は崩せず、そんな勢いで盾に頭から衝突してしまった。
頭だけじゃなく、く、首も痛ェ……!
ちょっと焦ったが、重大な損傷は無さそうだ。
乾いてきた地面から砂埃が舞っている中、首を押さえている俺にヤツの剣撃が飛んできた。
背中を斬り付けられ激痛に歯を食いしばって、俺はヤツの片脚を掴んだ。
「こ……んのォッ!」
ひっくり返したが、その後が続かない。
大きな盾と、足蹴りと、突きを放ってくる剣と、少し距離が離れたら魔法壁を張られてしまうことで、ヤツが起き上がるまで有効な攻撃が出来なかった上に、こちらは結構ボロボロだ。
「くそ……っ。いい手だと思ったのに……」
状態異常の魔法が掛かっていなければ、なんとかなったかも知れなかったが……。
『スティンガーディスペル』で魔法が消せればいいけど、状態異常魔法は範囲攻撃だしな……。指輪にでも当てりゃ消せるのかも知れないけど、非常に困難な上にもう一度発動されるかも知れない。
……待てよ。
『ゴロークリスタル』
『スティンガーディスペル』
緑色に輝く右腕を自分へ向けて、魔法を消滅させる必殺技を放った。
全身が緑に発光し、光は無数の粒になって消えていく。
「ぐっ……」
体力が削られる感覚に、膝を突いた。
『スティンガーディスペル』は『キックグレネード』より体力消費が多いようなのだ。
流石にこたえてきた。
だが、狙いは上手くいった。
魔法により状態異常が解消されている。
「貴様……。この指輪の魔法の効果を消したのか?」
ガラードが輝く指輪を見せながら問い掛けてくる。「さぁな」ととぼけたが、察したようだ。指輪の発光を消した。
もう一度、指輪の魔法を使う素振りはない。1回分しか消せないので助かった。
さて、どうするか。
『ヴァンパイアブラッド』でリトライするにも、この技は血液を使用する為に2回目が終わると貧血になってしまう。上手くいかなかったときのリスクが高すぎる。
だけど、状態異常は解けたんだ。
俺は放り投げた魔剣ロンドヴァルを拾ってきて『キックグレネード』を発動し、ヤツの剣を奪う為に挑んだ。
だが、身体が上手く動かせるようになっても、ヤツの剣が奪えない。
くそっ……。 リスクを取って、両手で奪いに行くか? いや、ロンドヴァルで剣撃を防いだ隙を突く、今のやりかたのほうが奪いやすいかも……。
ロンドヴァルがなかったら攻撃を食らいまくって、やられてしまうかもしれない……。
くっ……そ……。ぜえぜえと呼吸が苦しい。
「どうした、動きが鈍っておるぞ」
「…………」
「ふん。話す余力もないか? とうとう腕から出血が見えたな」
「何……?」
見ると、厚手のラバーのような部分が避けて、赤い血が滲み出ていた。
何度も食らえばこうなるか……。
だけど、やっぱりこの変身した姿は、硬い。
痛みは感じるのが弱点だとガラードは言った。確かに痛みのせいで動きが鈍り、怯む。しかし、痛いからこそ回避する。痛みがなければ、ヤツの剣を奪えていたのかも知れないが、ブランワーグに牙を突き立てられたように、モロに食らった刃が突き刺さり、深手を負っていたかも知れない。
「………………」
「突っ立ってどうした。万策尽きたか?」
「いいや、その逆だ……!」
ロンドヴァルを遠くへ投げ捨て、もう何回目だろう、『キックグレネード』を発動させるべくレバーを下げ、ガラードへと地面を蹴った。
魔法壁を発生させるガラード。それを両拳で叩き割る。
直後に紫と真紅に淡く輝く切っ先が、俺のボディを斬りつけた。
ガラードは連撃を得手としているようだ。おそらくヤツが学んだ流派の型なのだろう。
何度も攻撃されて、いくつか型がわかるようになってきた。この型は素早く2回斬りつけた後、踏み込んだ重い一撃が来る。
今までは痛みの為に受けるか避けるかだけだったが、今度は違う。2回斬られた俺は、大股でヤツへと踏み込んだ。
「ぐぅああァッ!」
「ぬぅッ――!?」
重い一撃が肩へと振り下ろされた。激痛に襲われながら、俺はヤツの魔剣を両手で掴むことに成功した。
1本目の魔剣ロンドヴァルを掴むことが出来たのは、深めに斬られて肩で止まった為に、手で掴めたからだ。それを再現してみせた。
ヤツが剣を引き抜こうとすぐに力を込める。
片手なら引き抜かれていたが今は違う。少なくとも、俺の輝く右脚が剣を握るヤツの手に届くまでは持たせてみせる――!
「うぉおぁあーーッ!」
「ぬぅうぅう……! 貴様ァッ!」
痛みを堪えながら、ヤツの怪力で剣が手から抜ける直前で蹴りが入った。魔剣が曇った空に舞い、地に突き刺さる。
「ぐぅう……ッ!」
有り得ない方向に指の曲がったガラードが呻きながら、そこに嵌った指輪を光らせた。
襲い掛かってきた炎を横に飛び退いて地面を転がって躱す。追尾してくる炎からまた逃げようとして、炎の向こう、魔剣へと走るガラードが見えて、炎へと突っ込んだ。
「させるかぁああッ!」
痛みを気合いで耐え、炎を突っ切るとガラードの周りに風が巻き起こっている。
「くそっ、どこだ!?」
砂埃の向こう、僅かにガラードが見えた。
姿さえ捉えられれば……!
『キックグレネード』
低く飛び上がり、ヤツへ向けてキックの姿勢を取る。高速で身体が飛んでいき、蒼い光の尾を引いてガラードへと命中した。
「ぐぅぁあああッ!」
吹っ飛んで地面を転がり、ガラードは魔剣の数メートル横を通り過ぎていった。
俺は荒い呼吸をしながら魔剣へと辿り着き、遠くへと放り投げる。
投げた手から、パタパタと落ちた血が地面へと染み込んだ。切れてたか。
「降参しろ。それとも、死ぬまでやるか?」
「……そこまで愚かではない。だが、まだだ……!」
盾の裏にでも仕込んでいたのか、ガラードは起き上がると短剣を構えた。
あれも恐らく魔剣だろうな……。
やばいな、俺のほうはだいぶ身体が……。
ヤツの短剣は刃渡り20センチ程度だ。今度は腕を取ってもう一度……。いや、ヤツがまだ剣を持っていないとは限らない。ならどうする。やっぱりあの盾が厄介だ。あれさえなければ……。
どうにか出来れば……。
どうすれば……。
思考しているうちに、脚が蹌踉めいて踏ん張った。
「相当、参ってきているようだな」
「お前だって消耗してるだろ……」
「フフハハハ、貴様ほどではないようだぞ。今日は日差しも強くないしな」
ああ、全身鎧だと暑いんだろうな……。
…………日差しか。
懸けてみるか。
『ドラゴンクリスタル』
『ブレイズブレイド』
『ブレイズフォース』
炎の剣の必殺技を発動させると、ガラードは警戒して盾を構えた。
俺は空に片腕を伸ばし、掌の上に炎の球を作り出していく。
「何……?」
「これは知らないだろ」
思えば、ブランワーグたちに襲われた時にしか使ってない技だ。
その時よりもかなり大きめに作った球を、ヤツへと大きく山なりに放った。
「ぐっ……!」
ガラードが防ごうと盾を上向きにする。
大きな盾で俺が視界から見えなくなっている間に数歩、助走をつけて跳躍した。炎の球を盾で受け止めたヤツが、こちらの姿を確認する為に盾を下ろす。
近付く足音がしなかったから、近くにはいないと思っていたハズだ。斜め横に飛んだ俺を、視界の狭い兜のせいだろう、ガラードは発見できず戸惑った様子を見せた。
ヤツの側面、盾を持つ腕が狙える位置になり、俺は全身全霊を込めて炎の剣の必殺技を放った。明るく発光した剣がリーチを伸ばし、ヤツの鎧を纏った腕へと届く。
斬れるかどうかは、懸けだった。
「ぶった斬れろーーーーッ!」
ガラードの腕が肘の辺りから両断し、盾と鎧ごと、地面へと転がる。
「ぐうッ……!? ぐぁあぁああーーッ!」
ガラードの悲鳴が、ほぼ同時に起きた大歓声と混ざり合う。
俺の耳には魔法で痛いほどヤツの声が届いているが。
「そうなると、負傷が無かったことにはならないみたいだな」
「あがぁああ……! ぐぅう……ッ! ギザマァア……!」
ヤツの腕は一向に元に戻らず、激しく出血している。
「こ、降参だ……。だが、覚えておれ……! この報いは必ず! 必ず受けさせてやるぞ……!」
「その機会は来ないかもな。お前の悪事はこの国の偉い人の耳に入ってるぞ」
「フフ、フハハハ……! 証拠がなければ何も出来んわ!」
「さっきのお前の自白を、聞いてたとしたら?」
「何……!? き、貴様まさか、あの魔法も消していたのか? まだ魔装は身に付けておらんかっただろう?」
「俺じゃねぇよ。だけどお前は、色んな人に恨まれてるんだろう? 違うか?」
「ぐっ……。フフ、フハハ、フハハハ……! 莫迦げておるな……。こんなことが……こんな……ことが……!」
まぁ、コンスタンティアの仕掛けが上手くいってればだけど。
ガクリと頭を垂れたガラードを、救護の人たちが数人がかりで担架に乗せて運んでいく。
俺は胸を撫で下ろして、大歓声に応えて手を振るのだった。




