第98話 リヴィオの思惑
重症のルーシアを心配して医務室に向かうと、ルーシアに怒られてしまった。
「ゴロー様は試合を見ててください……! 私なら大丈夫ですから……!」
戻って試合を観戦する。準々決勝の第3試合が終わり、第4試合が始まってもまだルーシアは戻って来なかった。
第4試合の対戦は戦争の際に軍隊長を務め、城で手合わせもしたイヴァン・ドレッドバレイと、人数の関係で3回戦の無い組み合わせから勝ち上がってきた、ラファエルのように深くフードを被った魔術師との戦いだ。
イヴァンは国から借り受けた強力な魔装で奮闘したが、魔術師の強力な魔法の前に敗北してしまった。
「ヤツだ……」
ラファエルがフードの中からポツリと言った。
「まさか、あれがお前の言っていた魔族か?」
「先程、アレが大魔法を放った際に内に隠しておる魔力を感じ取れた。あの質と膨大な量……まず間違いあるまい。選手として出場しておったとはなァ……」
牙を剥き出し敵意を露わにするラファエル。
「厄介なのが決勝の相手ってことか」
「その前に準決勝でしょう、クロキヴァゴロー……」
コンスタンティアが俺を窘めた。
あまり表情の変わらない彼女だか、なんだかいつもより顔がぷっくりしているような……。
「わかってますよ。……怒ってます?」
「貴方に対してじゃないわ……。ガラード・フールバレイに対してよ……。ルーシアはよくしてくれて、好きなの……。ますますもって、許せない……」
「それは吾輩もだ」
「オレモ、怒ッテル……!」
この3人だけは医務室に行かなかったのだが、ルーシアのことで怒ってたんだとわかって、嬉しくなった。
大人数で行くと邪魔になるから遠慮したのかもな。
屋敷に戻った後、上級治癒魔術師によって怪我から回復したルーシアから、ガラード・フールバレイがアンバレイ家に行なってきた悪事を聞いた。
衝撃的な内容だった。まさか、全部アイツが仕組んだことだったとは……。
リヴィオもショックを受けている。魔剣ロンドヴァルも偽物だったなんてな……。
そして、皆が怒りを露わにした。
「ふざけおって……!」
一番、表に出したのはラファエルだ。あまりに怒鳴り散らすので、コンスタンティアが叱るほどだった。
「ゴロー様、どうか仇を討ってください……!」
色々とショックだったのだろう、優れない顔色をしたルーシアに懇願され、俺は力強く了承する。
「ゴローよ、このようにヤツを殺せる好機など滅多にあるものではないぞ。この機を逃すなよ……!」
「……え……? 俺が……殺す……?」
「ぬ? そうだぞ。何を言っておるのだ」
俺はまた、抜けてたな……。
漠然と倒してやろうとしか今は思っていなかった。
ルーシアも、そういうつもりで仇を討てと言ったのだろうか。
戸惑っていると、リヴィオが問い掛けてきた。
「ロゴー、どうするかはお前の好きにしたらいい。ガラードを殺す気で戦うのか、今まで通り出来るだけ殺さないように戦うのか。と言ってもガラードには負傷を無かったことにする鎧がある。ヤツに勝つ為には、降参させられなければ殺すしかない。嫌ならロゴーが降参し、準決勝で敗退するという手もある」
「な……っ。何を言っておる!? 降参するだと? 莫迦な。殺さずしてどうする、そんなものは論外だ! ヤツを降参させるのもな!」
ラファエルが信じられないといった顔で抗議する。
「戦うのはロゴーだ。どうするかはロゴーの自由だ。私たちがどんなにガラード・フールバレイが憎く、殺したくともその為にロゴーに無理に人殺しをして欲しくはない」
「貴様、何を甘いことを……! ヤツを野放しにすれば、また理不尽な目に遭う者が増えるというのがわからんのか!」
「わかっている。ヤツを許すつもりもない。だが、闘技大会ではロゴーの好きにして欲しいのだ」
「悪事の証拠も無しに、どう許さないというのだ! 闇討ちでもする気か!」
「追って考える」
「戯けが過ぎるぞ!」
激昂するラファエルを意に介さないと言った様子で、リヴィオは再び俺に問い掛けた。
「ロゴーはどうしたいんだ?」
「俺は……」
ガラードは、野放しには出来ない。
罪を償わせるべきで、アンバレイ家にしたことの証拠が上がれば死罪になるだろう。
他にも色々とやっているだろうけど、俺が大会で殺してしまってはそれらの証拠が失われる可能性もあるし、余罪の追求も出来ない。そういう意味では、殺さないほうがいい。
でもそうすることで屋敷の皆を危険に晒し、他の人々も不幸になるかも知れない。
どちらがよい結果になるかと考えれば、生かして証拠が得られるかわからないより、殺してしまったほうがいいのだろう。
俺は、それでも出来れば人殺しはしたくない。
勝手かも知れないが、そう説明とともに素直な心情を口にした。
「どちらがよいかわかっていながら、殺したくないなどと……! この機を逃す手がどこにあるというのだ!」
ラファエルが赤い目を血走らせて俺を睨み付けてくる。
すると、俺でも恐ろしさを感じるその彼に、おずおずとフリアデリケが小さく手を上げた。
「あ、あの……。私もゴロー様には、出来たら人殺しはして欲しくありません……」
「なんだと……?」
「ぴぃっ!」
睨み付けたラファエルの迫力に、フリアデリケが小さく悲鳴を上げる。
よく勇気を出して言えたな……。俺の為か……。
そもそも、リヴィオもあの空気の中で言い出したことには勇気が要ったのかも知れない。
「フリアちゃんを睨まないであげてください。ゴロー様は、お好きなようにされれば良いんです」
「ルーシア、貴様まで……! ……ええい、わかったわ! どの道、ヤツは吾輩が殺すつもりだったのだ!」
それで、いいのだろうか。
思案する俺にルーシアが歩み寄ってきて、俺の片手を両手で握ってきた。
「ゴロー様はそれでいいんですよ。ガラードは私たちに危害を加えようというのですから、そのとき襲ってくる者から証拠を得られるかも知れないですし。それに、そのときにはゴロー様は私たちを守ってくださるんでしょう?」
「え、ええ……」
「それで充分ですよ」
優れない顔色で、優しく微笑むルーシア。
「……わかった。でも他に勝つ手段がないんなら、俺はやるよ。この屋敷の皆を守る為に。この国に戦争をさせない為にも」
改めて口にすると、事の大きさに迷いが生じる。
「……やっぱり俺、甘いかな?」
「いいじゃないですか。そこまでゴロー様が背負う必要はありません。ね、リヴィオ様」
「ああ。女王様に命を懸けて戦うことは誓っても、殺しをすることは誓ってはいないのだ。ロゴーの好きにしたらいい」
「……ありがとう……」
ありがとう。リヴィオもルーシアもフリアデリケも、俺のことを思いやってくれて。
「ゴロー、話があるんだけど」
話し合いが終わり、自室に入ろうするとエステルが声を掛けてきた。
本日は、なぜかエステルが菜結と一緒に城に戻らずに屋敷に付いてきたのだ。ルーシアのことが心配なのかと思ったが、俺に用事だったのだろうか。
菜結もひとりでももうだいぶ城に慣れてきたみたいだしな。姫様とも仲良くなったし。
中で話したいとエステルが言うので部屋に入れると、真剣な顔で迫ってくるので、たじろいだ。
「ち、近いんだけど……!」
「ゴロー! リヴィオとキスしたんだって!?」
「うぇ!? き、聞いたのか……」
コロシアムみたいな他に人のいるところで、リヴィオがエステルにそんな話をするなんて意外だな。
エステルは顔を赤くしながら俺の胸に飛び込み抱きついてくる。そして胸に顔を埋めながら願いを口にした。
「わ……。わ、わたしともキスして!」
「ええぇ!?」
顔を上げたエステルは、耳まで赤くなっている。大きな青くて綺麗な瞳と一瞬目が合ったが、彼女はすぐに逸らすと一気にまくし立てた。
「聞いたよ、リヴィオからクリスタルが出たんでしょ。わ、わたしともキスすれば出るかも! そうすればゴローの力になるからって、リヴィオが言ってたの! ガラードに勝つ為には力が必要でしょ、わたし、ゴローが死んじゃったらやだよ!? さっきの話聞いてたら、ガラードってヤツ絶対この家に何かしてくるじゃない。そのとき邪魔になるゴローのこと、試合で殺そうとしてくる気がするの……だから……!」
俺のポロシャツの胸ぐらを両手で掴んで訴えてくるエステルに、気圧されながら実際にも押されていて後ろに下がってベッドにぶつかり、一緒に倒れた。
金髪の髪が俺の頬を滑り落ち、彼女の瞳が数センチの距離にある。
それでも、エステルは自分から強引にはしてキスをして来なかった。ぐっと唇をつぐんで、俺の言葉を待っている様子だ。
「キ、キスはさ……。クリスタルが出た後にしたんだけど……」
「あっ、そうか! ご、ごめん、キスはわたしがしたいだけだった……」
わ、わたしがしたいだけって……。
「そ……相思相愛になればいいんだよね?」
綺麗な青い瞳で、今度は俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「相思相愛ってのも、ホントにそうなのかどうかは……。それに、い、いいのかな……」
エステルやリヴィオの言動から、なんとなくはどっちも好きになっていいようには感じていたんだけど。
「それなら大丈夫。ね、リヴィオ?」
「えっ?」
エステルが扉のほうを振り返ると、扉が少しだけ開いていて、そこからばつが悪そうな顔を赤らめたリヴィオが現れた。
「い、いたのか……」
「エ、エステルに頼まれて……。ロゴーが私とのことを気にしたときに、私の口から言うようにと……」
「そりゃあ、気にするよ……」
「そ、そうか……。あのな、ロゴー。私は元よりお前を独り占めしようとは考えていない。この家にはルーシアとフリアデリケもいたし、他の者もゴローを好きになったら、皆でその……そういう関係になればいいと思っていたのだ」
「リヴィオ……。ホントにそれでいいのか?」
「ああ。それでいい」
「エステルもか?」
「うん。わたしは人間よりずっと寿命が長いしね。前に正妻はリヴィオに譲るって言ったんだけど、そういう順番を決めるのも嫌なんだよね、リヴィオは」
「ああ」
「そんなことまで話してたのか……」
「じゃあ、もう私は行くぞ。ロ、ロゴー……私も後で少しだけふたりっきりになる時間が欲しいのだが、いいか……?」
「あ、ああ、うん、わかった」
俺が答えるとリヴィオは扉を閉め、廊下を駆けていく足音が聞こえた。
廊下を走るなんて珍しい。気を遣ってすぐに離れたのかな?
「嬉しそうだったねー。途中からスキップしてたね」
「え? 俺にはわかんなかったよ」
「ああ、そっか。わたし、耳がいいから。……リヴィオってさー、ホントにいい子だよね。わたし、リヴィオ大好き」
にっこりと笑うエステル。それから頬を赤らめ、顔を逸らした。
「ゴ、ゴローのことも好きだよ……。本当はね、旅に出るとき、凄く付いてきて欲しかったんだー。もう二度と会えないと思ってたから……。でもまた会えて、こうして一緒に暮らすことになって、ホント、すっごく嬉しい……」
エステルの大きな青い瞳がみるみる潤み、揺らめいている。
「……俺も、前からエステルのこと好きだったんだと思う」
「えっ。そ、そうなの!?」
「ああ。エステルが旅に出た後も、ずっと気になってたし……。それは心配だったのかも知れないけど」
「そそ、そっかぁ……。あはは、嬉しい……」
宝石が溶け出すみたいに、涙の雫が頬を伝う。
「わたしね、今、すごく幸せなんだ。だけどそれを壊そうとする人たちがいて、わたしが力になれるのならそうしたいの……! 正直言うとね、わたしはガラードは出来るなら殺しておいたほうがいいと思う。大切なもの、失ってからじゃ手遅れだもん……」
「エステルが言うと、重みがあるな……」
「だから、それを壊させない為にもゴローにわたしの力をあげたいの……!」
エステルが顔を寄せるときゅっと目を閉じて、唇を押し当ててきた。
柔らかな唇の弾力が俺の唇に伝わってくる。
やがてエステルの唇が離れ、彼女は甘い吐息を漏らした。
「…………クリスタル、出ないね」
「そ、そうだな……」
すると、エステルは頭を抱えて悶え始める。
「う……うう~! なんでかな? 相思相愛だよね? お互い気持ちを伝えても出なかったから、キスすれば気持ちが昂って出てくれるかと思ったのに……! 愛情が足りないのかなぁ? わたし、かなりゴローのこと好きなんだけどなあ。初恋なんだけどなあ。キスだってちっちゃい頃、お兄ちゃんとした以来だから、ファーストキスって言ってもいいよね? すごいドキドキしてるのになぁ。なのに、なんでかなあ?」
「エ、エステル、落ち着いて……。クリスタルは出る法則もわからないし、そもそもさ、エステルからは出ないかも知れないし。てか、初恋だったのか。エルフってそんなもんなの……?」
100歳だけど、見た目はまだ少女だしな。
「うう……。初恋だよー。でもエルフの中じゃ遅いかも……。わたしの場合、お兄ちゃんがカッコ良かったからさ~」
「ああ、そっか」
「でも、ゴローは命の恩人だしお兄ちゃんの恩人でもあるし、変身して戦うとことかカッコイイし……好きになっちゃった……。ゴロー……。ゴローはまだ、わたしのことそんなに好きじゃない?」
「えっ。い、いやぁ、どうだろう……」
正直、考えないようにしてたからな……。よくわからない。
「…………えっちなことしたら、出るかな?」
「えっ……!」
「ゴ、ゴ、ゴロ、ゴローにだったら、わたし……っ!」
「い、いや、エステル、落ち着けって! 嬉しいけどさ……今はそんな気分じゃないんだ……。俺も試合で少し疲れてるし、ルーシアさんのあんな話を聞いたばかりだし、明日のガラード戦のことも考えたいしさ」
「そ、そっか……。そうだよね……」
しゅんとしている。明らかにがっかりした様子だ。
「エ、エステル……。気にするなよ。好きなのはホントだから……」
「う、うん。ありがと、ゴロー。あはは、恥ずかしーな~」
最後は空元気を出した様子で、エステルは城へと戻っていった。
夕食の支度はフリアデリケがひとりで行なったそうで、食事にもルーシアは現れなかった。横になっているらしい。やはり色々とショックだったんだろう……。
その後、約束通りリヴィオの部屋へと赴いた。
部屋の中には、俺のあげた人形と元々あった2体の人形が並べて飾られている。大きい熊みたいなぬいぐるみもあった。元々あった2体の人形には、このあいだプレゼントされた服が着せてある。
もう隠してないのは予想通りで、そうなったのが嬉しい。
リヴィオは俺をソファへと誘うと隣に腰掛け、肩を寄せてきた。
「ロゴー……。頭、肩に乗せていいか?」
「あ、ああ」
ゆっくりと肩に重みが伝わってくる。それが心地良い。
甘えてくるの可愛いな。でも……。
「やっぱり、リヴィオもショックだったよな……」
「ああ……。だが、私は嫌なことを受け入れるのに慣れてしまっているようだ……。婚約も、戦争も……。しかし、ルーシアにはずっと心配も掛けてきたのだろう。エステルの兄を助けに行った旅のときも。大会に参加したのも、私が参加するのを阻止する為というのもあったのだと思う……」
「…………」
俺は言葉で慰める代わりにリヴィオの頭に手を伸ばして、そっと撫でた。
リヴィオは目を瞑り、それを感じ取っているようだ。安らぎを与えられているだろうか。
暫く、そうして緩やかな時間を過ごした。
「ところでさ、何か用事だったのか?」
「いや、私もショックだったから、ロゴーと居たかっただけだ。もう平気だ、ありがとう」
「そっか。リヴィオ、昨日はあんまり寝てないんだろ? 今日はもう色んなことは忘れてさ、眠ったらどうだ?」
「そうだな。でも、眠る前に……。その、あの、だな……」
「ん?」
「いやこれ、改めて言おうとすると恥ずかしいな……。その、クリスタルは出なかったと聞いたが、エステルとキスしたのだろう? わ、私もその……キ、キスしたいのだが……」
顔を真っ赤にして俯くリヴィオ。
とても可愛くて、愛おしい気持ちが沸いてくる。
顎を摘み上げて、くちづけた。
眠る前、リヴィオはフリアデリケとルーシアに感謝していた。
ロゴーは請われれば、ガラードを殺すことを選んでいたかも知れない。
しかしロゴーが自分で殺したいと思っていないのなら、平和な国から来て人を殺した経験のない彼は、その為に弱ってしまう危険性がある。動きが鈍ったりするかも知れない。
そうなれば試合中、ロゴーの命の危険が増す。
本物の魔剣ロンドヴァルは、ブランワーグの牙のように変身したロゴーの身体を貫けるかも知れない。
だから、ロゴーが全力を出せるように彼の好きにして欲しかった。
それから、このことを話せば彼はそれさえも受け入れて最良だと思う選択肢を取り、ガラードを殺そうとするかも知れない。
なので、それは黙っていることにした。
思惑通り、彼がしたいようにすることになり、それを後押ししてくれたのはフリアデリケとルーシアだ。
感謝していたのは、その為だった。




