1-5 スズランの香り 【8/26挿絵追加】
■2016.3.15
『管理人さん』では味気ないと思ったので、タイトル変更しました。
■2016.3.13
話が進まないけど、細かい描写も大事だからね。仕方ないね。
さて、どうしよう。
台所前にたどり着いたものの、あいにく両手が塞がっていてドアが開けられない。
リナリアちゃんを降ろすか? …床の冷え切った廊下に、…裸足のままで? 問題外だ。
リナリアちゃんにドアを開けてもらうか? しかし背中からでは可愛いお手々がドアノブに届かない。私がその場にしゃがみ込むか、深く腰を曲げたら届くだろうか?
うーむ……。
ああ、そうか。管理人さんに開けてもらえばいいのか。私はリナリアちゃんの右手がドアに届くよう横を向く。
「はいリナちゃん、ノックして」
「は〜い。コンコ〜ン♪」
「……………もう一回お願い」
「コンコ〜ン♪」
するとドアの奧から駆け寄る音がして、程なくしてドアが開いた。
美味しそうな食べ物が溢れる中、ほのかに匂うのは、優しくて清潔感溢れるスズランの香り。
現れたのは、超オンボロアパートボルゴ屋敷の管理人、コンバラリアさんだ。掃き溜めに鶴とは、正に彼女のためにある。
「ごめんなさいオトジさん! 気付かなくて……って、もうリナったら、何してるの!」
「リナね、オトジロー丸のセンチョーさんなの♪」
「はははっ、いいんですよ管理人さん。それより椅子をお願いします。リナちゃん裸足なんですよ」
「え? あ、はいっ」
戸惑っていた管理人さんだったが、私の懸念に気付くと、テーブルから椅子を引き出した。私は「はい、到着~」と言いながら、そこにリナリアちゃんを降ろして座らせる。ちょっぴり名残惜しくもあったけど。
「もう、リナったら。スリッパを履かないとダメでしょ! 床はまだ冷たいのよ」
「だってスリッパブカブカなんだもん」
確かにリナリアちゃんのスリッパは大人向けのサイズなので、特に階段の上り下りなどでは煩わしいかもしれない。だけど子供サイズの履き物は高くつく。何しろ、成長すれば履けなくなってしまうのだ。後回しになってしまうのは仕方のないことだろう。
「遅れてしまいましたが、おはようございます、オトジさん」
「はい! おはようございます、管理人さん!」
「すぐに支度しますので、少しだけ待っていてくださいね」
私もテーブルに着くと、朝食の支度をする管理人さんを目で追った。
管理人さんの着る服は、どれも生活感が溢れすぎていた。色あせた地味なロングスカートのワンピースに、フリルやひよこマークといった飾り気が一切無いドレスエプロン。そして頭に被るのは、在り合わせのハンカチを折って作った三角巾。
これだよ! これっ!! 私が求めたいたのはこれなんだっ!!
メイド喫茶にはウンザリしていたのだ。過度にケバケバしくて慎みが無いあのコスチュームにはっ!
だから、1980年代からすでにメイドさん大好きっこだったにもかかわらず、私はメイド喫茶に一度も行ったことが無かった。だって所詮はメイドさんのふりをしたウェイトレスさんだもの。
だけどもし、管理人さんがメイド喫茶のコスチュームに身を包めば……大変なことになるだろう。ただでさえ美人なのに、エロくて可愛くて、リビドーの権化と化してしまうのだから。きっと人気者になれる。だけどそうなったら、私はここから去ってしまうだろうな。光り輝くアイドルは、眩しすぎて正視できないから。
……どうして私はただの妄想なんかにションボリしているのだろう? もっと現実を見なくては。
待ちぼうけてるリナリアちゃん可愛い! うむ、素晴らしい現実だっ!