1-4 ボルゴ屋敷
リナリアちゃんの寝巻は、パジャマではなくワンピース型。すなわち、ネグリジェである。裾は爪先も隠れるほど長いため、おんぶをすれば自然と裾がまくり上がり、可愛らしいおみ足がむき出しになってしまう。
そこで私は違和感に気付いた。リナリアちゃんの足は冷たく、裸足だったのだ。
「リナちゃん、スリッパはどうしたの? どこかに置いてきた?」
「さいしょからはいてないよ〜」
「廊下とか歩いてて、冷たくなかったの?」
「そんなのヘッチャラ♪ ヘッチャラ♪」
「そっかぁ。これが…若さか……」
実は私も脂肪アーマーを標準装備してたりするので、寒さには結構強かったりする。まあ、それはそれとして。
……するとリナリアちゃんは、裸足で私の部屋まで来たってことか。大丈夫なのかな。
ボルゴ屋敷は管理人さんがしっかり清掃しているから、その可愛いおみ足が汚れることはない。しかし、廊下の床は結構冷たい。季節は春になったばかりだし、早朝だから尚更だ。風邪を引かないだろうか?
うむ。可愛い女神ちゃんが病気になっては一大事だなっ! ここはおぶったまま一階に降りよう! そうしよう!
いや、これはリナリアちゃんが心配だからであって、下心とか煩悩とか、そう言ったことは一切関係ないからっ。そもそも私はロリコンじゃないし。………………本当だぞ?
「それではリナリア船長! オトジロー丸、出港しま〜す♪」
「おー♪ しゅっぱつしんこー♪」
ベッドに置いていたリュックを左腕に引っかけると、私はドアに向かう。両腕はリナリアちゃんを背負っているため塞がっていたが、ノブを回す必要は無かった。何故ならドアは明け放れたままだったから。
実は部屋のドアは鍵が壊されており、ドア止めでも使わないと勝手に開いてしまうのだ。私の部屋だけではない。二階にある下宿部屋は全て壊されている。これがボルゴ屋敷の家賃が激安な理由だった。
不動産屋のマダムから聞いた話によると、数年前、ボルゴ屋敷は国際的人身売買組織の拠点に利用されていたらしい。人狩りが王国内で拐かした娘達を、奴隷商人の本拠地がある国外へ『出荷』するまでの、一時的な監禁場所にされていたのだとか。証拠を掴んだ王国の警察組織が、犯人逮捕と拉致被害者救出のために踏み込んだ名残が、この鍵の壊れたドアというわけだ。私の部屋はましな方で、蹴破った時の足跡がついたままだったり、ドアそのものが壊れて無くなった部屋もある。
ボルゴ屋敷の今の大家さんは、かなりのケチンボだ。だから破壊跡の応急措置こそしたものの、修理する気など全く無い。むしろ更地にして売り飛ばしたいのだ。だけど先代大家の遺言で、ボルゴ屋敷の立て替えは絶対に許さないと厳命されているため、売ることも建て替えることも出来ない。とはいえ、そのまま遊ばせておくわけにもいかなかったので、節税対策に超格安物件として役所に申請した。また、先代大家の遺言を守る建前から、屋敷の管理人も募集する。ただし、誰もやりたがらないよう最低賃金で。
大家さんにとっての誤算は、最低の賃金にもかかわらず管理人を引き受ける物好きと、オンボロ屋敷に下宿したがる物好きが、本当に現れてしまったことだった。ただ、今では嬉しい誤算と喜んでいるらしい。ガング人……すなわち、この世界の人にとっての異世界であるガングワルドから来た人間が、自分の持ち家の下宿人になったおかげで、パーティーなどに行くと人だかりが出来るほどの人気者になっているとか。みんなガング人が珍しくて話を聞きたがるから、有ること無いこと吹聴して回っているらしい。本当に困ったものである。
相変わらず屋敷を修理する気は無いみたいだが、その代わり、部屋の改造は勝手にしてもかまわないと言質は取った。今すぐには無理だけど、お金が貯まったら部屋の魔改造に挑んでみたいものである。
私は廊下を進んで階段を下り、一階のエントランス・ホールにたどり着く。そのまま真っ直ぐ行くと正面玄関なので、そこにリュックを置くと急速反転。屋敷の奥に進み、右の廊下へ向かう。廊下の左右、方角で言うと東側と西側には、一つずつ食堂がある。東側は朝食用。西側は夕食用の食堂なのだそうだ。
ロウソクや暖炉しかなかった昔は光源の確保に苦労していたので、自然光をとことん活用した建築をしていた。その結果作られたのが朝食用と夕食用の食堂というわけだ。もっとも、建築物の密集化が進んで自然光が活かせなくなり、ロウソクや暖炉以外にも光源が用意できる今では無意味な構造だが。
ちなみに、私達が向かっているのはどちらの食堂でもない。どちらの食堂も広すぎて、居心地が悪いのだ。だから向かうのは台所。三人で食事するなら、大きさ的にもちょうど良い。そこで管理人さんが私達を待っている。
今日の朝食はなんだろうな。もうお腹がペコペコだよ。管理人さんの手料理、楽しみだ。
本当に、本当に、楽しみだな……