3-7 エキセントリック修道女シスタア 【8/26挿絵追加】
避難小屋の開いたドアから現れたのは、いかにも宗教やってますって感じの黒装束を身に付けた、若い娘だった。
修道女……にしては服飾的に何か足りない感じだ。
本来の修道女ならウィンプルと呼ばれる女性用頭巾で、頭から首やあごまで覆い隠すが、彼女は黒いヴェールを被るのみで、栗色の前髪を惜しげもなくさらけ出している。
そこはかとなく匂う見習い臭。人の道と神の道の狭間で、己の道を求むる者。なるほど、確かにミュリエルラ司祭が言うように、一目でわかる服飾だった。
「あっれ~? もしかしてハナナさんですかぁ~? 久しぶりじゃないですか~♪ お元気そうでなによりです~♪」
「へん、ナリザも相変わらずじゃん」
「もっちろんですよ~♪ ナリザは元気だけが取り柄ですので~♪」
この娘が見習い修道女のナリザか。しかし、なんだか装備品がおかしい。
装飾のないドレスエプロンはともかくとして、首に巻いているスカーフは、ついさっきまでマスク代わりにしてましたって感じだし、両手に装備している厚手の長手袋は防水加工が施されているように見える。更に左手には武器の代わりにバケツを装備し、先にタワシが付いているかのような棒が入っている。
これはもしや! 高難易度ミッション『オペレーション便所掃除』を実行中だったか!?
「先ほども言いました通り、今日は週に一度の遭難者回収日なんですよ~。妖魔狩りは回収が終わるまで出来ませんから、出直してもらいますか~?」
「うんうん、そりゃあしょうがないな。仕方ない。出直そうぜオトっつぁん♪」
「こら~! ダメにきまっとるだろうが!」
私も二人の会話に参加するため、二人の近くまで歩み寄る。
ナリザさんはキョトンとした顔で私を見つめていた。何者なのか理解しかねているといった感じだ。
「おはようございます。見習い修道女のナリザさんですよね? 私達は斡旋処から派遣されてまいりました」
「まあ! その胸のバッジは……。もしかしてハナナさんもですか?」
「ああ、不本意だけどな。すっごく不本意だけど、手伝ってやるよ」
「一人でも大助かりなのに、ハナナさんも連れて二人で来てくれるなんて…。
感激です! ありがとうございます!
ハナナさんのお父さん!!」
は? お父さん?
確かに年齢的には父と娘と思われても不思議はないけど……似てるかぁ?
誤解を解こうと思ったのだが、ナリザさんの死角から、ハナナちゃんが口に指を当て「黙ってて」というジェスチャーを送ってきた。仕方ねぇなぁ。嘘さえつかなけりゃいいか。
「雄斗次郎です。今日は1日、ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」
「アッハイ! ナリザと申します。こちらこそよろしくお願いいたしますデス!」
多少テンパリながらも、ナリザさんは握手を求め、右手を差し出した。厚手の長手袋を付けたまま…。
う~~~ん。なんだか臭そう。
「きゃぁっ! しっ、失礼いたしました!」
気付いたナリザさんは、慌てて右手の手袋を外す。
握手をした彼女の可愛らしい手は、ハナナちゃんに似て頑強だった…。
「ハナナさんもまた来てくださって、ナリザとっても嬉しいですヨ~♪ お仕事頑張りましょ~♪」
満面の笑みを浮かべるナリザさんは、そう言いながらハナナちゃんに握手を求める。
その瞬間、私の背筋が凍り付いたっ!
左手の握手……だと!?
右手の握手は友好の証だ。しかし、左手の握手は宣戦布告の証なのだ! 昔『侍ジャイアンツ』で観た!
しかもその左腕には、あろうことか、臭そうな厚手の長手袋をはめたままなのだ! うっかりミスなんてチャチなもんじゃない! 素人目にも分かる。この娘、殺る気だっ! 殺る気マンマンで挑発してやがる!
そしてハナナちゃんが、この安い挑発に乗らないはずも無く……
「……てめぇ、アタシに喧嘩売っとんのか」
「ふひゅひゅひゅ♪ 需要があるならいくらでも~♪」
二人の闘気が激しくぶつかり合い、瞬間湯沸かし器のようにアツく燃え上がる!
ナリザさんは見たことのない構え。丸腰のままってことは、格闘術か?
ハナナちゃんは、すかさず腰の短刀に手をかける。抜刀すればもう止められない。
戦争がっ! 帝国と王国の戦争が始まるっ!? 始まってしまうっ!?
「二人ともヤメテッ! 国際問題だからっ! 国際問題になっちゃうからっ!」
考えている余裕は無かった。二人の間に割って入り、両手を広げて説得した。ただ叫き散らしていただけかもしれないが。
二人は間に立つ私の存在など見えないかのように互いを睨み付ける。その殺意を込めた視線に、私の胃どころか、身体に穴が開きそうだ。
しかし、徐々に二人の殺意は収まってゆき……先に矛を収めてくれたのは、ハナナちゃんだった。
命拾いした私は、その場にへたり込んでしまった。寿命が縮んだかもしれない。
だけど、不幸な戦争を回避出来たのなら、無駄ではなかったかな。
「ったく危ねーなぁ。前に出るんじゃねーよ、オトっつぁん」
そう言いながら、ハナナちゃんは私に手を貸し、引っ張り起こしてくれた。
「あらあら、意外ですねぇ。以前お会いした時とはずいぶん印象が違いますよ~? ハナナさんもしかして、成長なんかしちゃったりしましたぁ? それとも、お父さんといっしょ、だからですか~? なんだか羨ましいですね~♪」
穏やかな口調に戻ったナリザさんは、どうやら私をハナナちゃんのお父さんだと思い込んでしまったようだ。
それにしても………何なんですかこの娘! いきなり喧嘩を売ってくるとか、ハナナちゃんよりヤバいじゃないですか!
……そういえば、ミュリエルラ司祭がお願いしますと頭を下げていたけど、あれって回収業の事じゃなくて、ナリザさんの事じゃないのか? ナリザさん暴走の際には止めてくださいお願いしますって意味だったのでは?
「…とまあ、このような感じでですね、ハナナさんとは仲良くしていただいてるんですよ♪ お父さん♪」
「トモダチヅラしてんじゃね~よ! ゴラァ!!」
生きて……帰れるのだろうか。




