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玲瓏戦姫は生を謡う  作者: 鉄まがね
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邂逅

【プロローグ】邂逅


鳴海影彦という少年は「一般的な高校生」ではない

表向きは平凡な学生を演じてはいるが、彼には裏の顔がある

武器商人――

通称「トレーダー」と言われる職種で、彼はそれを生業としている

鳴海の家系は代々武器商人の家系であり、影彦は死んだ父の後を継いだのである

そんな少し変わった経歴を持つ彼と、ある少女が出会う物語から始めよう



冬の到来を感じる風が、ここ「鬼棲きせい都市」を吹き抜ける。

冴え冴えとした月光を背に、影彦は高層ビルの屋上から街を見下ろしていた。

時刻は深夜二時。眼下に広がる街並みは眠る事を知らず、賑わいを見せる。

しかし、影彦は夜の街を展望しに来たわけではない。

ある男を待っていたのだ。

同業者――すなわち「トレーダー」を

張り込みを開始してもう四時間が経過しようとしている。

傍らにあった缶コーヒーはすっかり冷めてしまっているが、影彦は気にせず喉に流し込む

丁度、飲み干し終えたタイミングで影彦の携帯電話が、けたたましい音を上げた。

ディスプレイに表示された「平子条介」の名前を確認して画面をスライドさせる

『鳴海、今俺との取引が終わった。あと数分もすればそのビルに奴が来る』

電話越しの相手、平子条介ひらこじょうすけは影彦と古い付き合いを持つ同業者。

影彦が待っている男の動向を伝える為に電話をしてきたようだ

「そうか、取引中に何か変わった事は?」

『いや、滞りもなく取引も終わってそのまま帰っていったよ』

「相手の人数はわかるか?」

『それが奴を含めて四人、噂じゃ五十人ぐらいは部下を連れて回ってるって聞いてたから最初本人じゃないかと思ったぐらいだ』

「だが、本人に間違いはないんだな?」

『ああ、奴が腰に引っさげてた刀、間違いなくあのSSS級の魔導兵器だ。本人に間違いねぇよ』

武器世界にもレートというものは存在する。

SSS級からD級までランク付けされており、SSS級の武器は確認できているだけでも世界で二十本しか存在しない。

そんな希少な武器を持つ者のほとんどは世界的に認知されており、それが本人である事を決定付ける確たる証拠になる。

「やはりこの街に帰ってきてたんだな、辻斬りの蝉道せんどう

忌々しい声を絞り出して呟く。

影彦と蝉道には少なからず、因縁があるのが伺える。

『なぁ鳴海…本当にやるのか?情報を流してる俺が言うのもなんだが、相手がどんな奴かは知っているだろ?あの極東八鬼きょくとうはっきの第五位だぞ?』

極東八鬼―

日本国内で「最も武器を有している大商人」の八名の総称だ。

武器のランク、保有数、その総合でこの八名は圧倒的な力を持ち、今も尚君臨している。

その八鬼の序列五位に位置づけされる男との接触を図る為に影彦は待ち続けていたのだ。

『武器商人の世界は下克上上等の無法世界ではあるが…流石に相手が悪すぎる』

人体を破壊する目的で作られる武器、それに携わるトレーダーという業種の世界では抗争や殺し合いは切っても切れないもので悪い言い方をするならば「賊」と言っても差し支えない。

先に挙げた極東八鬼の位置を奪わんとするトレーダー達は多く存在しており、彼らを倒して武器を押収、八鬼という称号も得る、とまさに一石二鳥である。

だが、影彦が蝉道を狙うのはそういった地位や名誉ではない。


復讐―

この2文字が影彦を突き動かす揺ぎ無い原動力なのだ。

『鳴海、聞いてるのか?』

「ああ、すまん。何はともあれ色々とありがとな。」

『…やっぱり行くのか?』

「ずっとこの日を待っていたんだ。お前の気持ちは嬉しいがこればかりは今更やめる気はない」

肌寒い風の中、友人の暖かい言葉が染み渡り、心なしか少し緊張が解れた気がする。

だが、数分後には生死のやり取りをするかもしれないのだ。

「じゃあ、そろそろ俺も準備するよ。生きて帰ったら飯でも食いに行こうぜ、じゃあな」

『お前それ死亡フラグじゃねえか!』

ハハハと笑い流して通話を切る。

「さて、準備しますかね」

さんざめく街を一瞥して屋上の方へ向き直る。

平子からもらった情報によると、蝉道の次の取引はこの高層ビルの屋上。

取引相手はこの屋上には現れないように前もって対策済みだ

影彦は大きく深呼吸をして右手を身体の前にかざす。

「セットアップ―」

消え入るような声に呼応するかの如く、右手に光の粒子が収束し、次第に形を帯びていく。


顕現せしは剣―

東洋の剣というよりかは、西洋の剣に近い形をしており、その美しい刀身はこれが武器なのかを忘れるような芸術の域に達している。

彼らの扱う武器は、通常の武器ではない。

中世ヨーロッパから生まれたとされる「武器に魔法を組み込む術式」

現代でこの術式を組める者は三人しか存在しないとされる為、ほとんどの武器は古来より伝わるものがほとんどである。

身体能力を向上させるものから、人体破壊を主とした武器など、組み込まれている術式は様々であり、その危険度によって魔導兵器のランク付けは決定されている。

この魔導兵器を売買しているのが、すなわち「トレーダー」なのだ。

更に待つ事、数分―

コツコツと階段を上がってくる音が聞こえてくる。

扉が開き、複数の人影が姿を現す。

「ん…?あれあれ?俺が待っていたのは大長峰おおながみねのお嬢ちゃんのはずだったんだが…君はどちらさんかね?」

時代錯誤の着物、両目に大きな傷、そして何より人を殺してきたような鋭い目つきと腰に携えた刀。

この声の主こそ間違いなく「辻斬りの蝉道」で相違ないだろう。

「見る限り嬢ちゃんの代理って感じでもなさそうだ。強奪者の類か?」

怪訝な顔をして影彦を凝視する蝉道。

ただ見られているだけなのに、全身に寒気を感じる。

とはいえ、怖気づいていても前には進まない。

「俺はそのお嬢様の代理でもなければ強奪者でもない。お前に聞きたかった事があってここで待っていたんだ」

「貴様…!蝉道様に向かって何たる口の利き方…!」

蝉道と同伴していた女の一人が口を開く。

影彦の発言が癇に障ったのか、今にも襲いかからんといった形相でこちらを睨みつける。

「よいよいあかね、聞こうじゃないか。坊主、俺に何が聞きたいんだね?」

茜と呼ばれた女を手で制して、蝉道は影彦に問いかける。

茜は不服そうではあるが、それに従った。

「鳴海龍一郎という男を知っているよな?」

「―!」

影彦の問いに蝉道の眉がピクリと動いた。

その反応を確認して、影彦は言葉を続ける

「俺は龍一郎の息子だ。あんたに聞きたかったのは、かつて親父と親友だったあんたが何故親父を殺したんだ?ってことだ」

そう、影彦の親父はこの蝉道に殺されたのだ。

親父が死んでから影彦はずっと犯人を捜し続けていた。

そしてある情報屋に辿り着き、父を殺したのは「辻斬りの蝉道」という真相に辿り着いたのだ。

逡巡した後に、蝉道は口を開いた

「そうか、お前が龍一郎の息子か…そうさな、俺が斬ったんだよ。」

抑揚のない声で影彦の問いを肯定する

「何故殺した?親父の遺品を調べたが、あんたと親父は本当に仲が良いのが伺えるものばかりがあった。なのに何故だ?」

「影彦と言ったか?世の中にはな、知らなくていい大人の事情ってのがあるんだよ」

あくまで胸の内を語る気はないらしい。そして言葉を続ける。

「で?お前さんは復讐にでも来たのかい?先に言っておくが、復讐なんてものは人として正常な感覚を失わせていく麻薬のようなもんだ。やめときな」

父を殺され、責めるべきは自分なのにも関わらず、説教じみた事を言われ影彦の怒りは限界に達した。

「お前は…ここで倒れろ!!」

咆哮と共に、影彦は蝉道目掛けて駆け出した!

それと同時に、茜が叫ぶ

「蝉道様!お下がりください!ここは私が!」

「いや、よい。彼は俺をご指名だ。快く迎えようじゃないか」

蝉道は随伴の三人を後方に下げて影彦に向き合う

「さて、じゃあこちらも簡単に死ぬわけにもいかないんで参りますかねぇ…」

蝉道が腰に携えた刀に手をかけようとした瞬間、影彦は蝉道の間合いにすでに入っており、剣を振りかぶった―!

ギィィンと金属同士が衝突し合う甲高い衝撃音。花火のように迸る火花が屋上を照らす。

(―っ!速い!)

蝉道はあの一瞬で抜刀し、影彦の剣を受け止めたのだ。

間合いを取る為に影彦はバックステップ。

「討ち取ったと思ったか?」

ゆらりと身体を揺らし、蝉道は再び刀を構える

「今のを受け止めるとか…あんた化け物かよ」

「お前さんが今相手にしているのは極東八鬼の五位だ。あまり八鬼をなめてくれるな」

その言葉と同時に蝉道は一切の助走なしで跳躍し、影彦の間合いに詰め寄った。

「ふっ―!」

刃が完全に影彦を捉えた

電光石火の如き刀を回避は勿論、剣で受け止める動作さえ与えてはくれなかった。

「ぐ…ぐああっ!」

左腕に激痛が走る。

「安心しろ、骨まではイってねぇからよっと!」

蝉道はこれで終わりではないと言わんばかりに剣戟を浴びせてくる。

一太刀、更に一太刀と、嵐の如く影彦の身体を切り裂いていく

影彦は恐怖で動けないわけでもなければ、斬られたダメージで身体が鈍くなっているわけでもない。

あまりに速すぎるのだ、蝉道の刀が。

とはいえ、このまま防戦一方では拉致があかない。

影彦は力を振り絞り、横薙ぎに一閃、刀を振るった。

蝉道は受け止めはせず、軽い身のこなしで後退する。

「わかっただろう?八鬼の実力は伊達じゃねぇって事が」

血で塗れた刀をピッと振り、返り血を落とす。

殺そうと思えばいつでも殺せたにも関わらず、蝉道の太刀はすべて致命傷を外していた。

「速すぎる…いくらなんでも人間の域を超えている」

影彦は無意識に呟いていた。

無理もない、太刀筋を見切るのはおろか、蝉道が間合いに入った瞬間、何をされたのかわからない。

後に残ったのは無数の切り傷。

まさにかまいたち、まるで見えない刀を相手にしているようだった。

「人間の域を超えてるねぇ…俺らが所有してんのは魔導兵器だ。何を今更人間らしい理屈で考えようとしてんだ?」

その通り、今目の前で行われているのは人智を超えし魔導兵器のぶつかり合い。

そこに常識なんてものは存在しない。

蝉道の持つ魔導兵器もまた、何か特殊な力を備えているのは間違いないだろう。

「ぐっ…」

ふらふらと立ち上がり影彦は再び剣を構える。

「ほう、まだ戦意はあるのか。それとも潔く降参するかね?」

「はっ…!冗談―!!」

再度、蝉道目掛けて一直線に跳躍する。

その動作は先ほどの初手の攻撃と何ら変わりない。

「また同じ手か?一度通じなかった芸が通じるとでも…」

刹那、蝉道の表情が強ばった。

動作そのものは同じなのだが、ひとつだけ違う点があった。

剣が赤いのだ―!

厳密に言えば赤黒い。最初に見た神々しいフォルムの面影はなく、血に塗れた魔剣を連想させる。

「…おっどろいた。よもやお前さんがそれを持っていたとはな―!!」

蝉道は影彦の武器には見覚えがあるようだ。

すかさず自前の刀で防御の体制を取る。

互いの刃がぶつかり合い、火花を散らす。

一撃、また一撃と、攻守は完全に逆転し、影彦の猛攻が続く。

「蝉道様‼何故反撃なさらぬのです!?蝉道様の実力であれば…‼」

「反撃できないんだよ、あれはSS級魔導兵器、ブラッドスレイブ。使用者の血を剣に送り込む魔剣。送り込んだ血液の量だけあの剣の威力は上昇する。蝉道様が反撃できないということは相当な血を送り込んでるはずだ」

蝉道の配下の一人が茜の声を遮る。こちらは端麗な顔立ちをした美男子。貴族を連想させる雰囲気を纏っていた。

「とはいえ、己の血を代償にする魔剣だ。長くは持つまい」

美男子は前髪をいじりながら両者の戦闘をしげしげと眺めている。

人間の失血致死量は全血液量の二分の一。つまり半分を失うと死に至る。

蝉道によって失血した血液と魔剣の使用。かなりの血を失っているはずだ。

現在は優勢だが、流石は極東八鬼の五位。影彦の攻撃すべてを傷一つ負う事なく受け止めている。

このままではまずい―

影彦の表情に焦燥が翳る。

これ以上の魔剣解放は危険だ。

連撃の手を緩めれば死。

このまま消耗戦に持ち込んでも死。

完全に詰みの状態であった。

血を流し過ぎたか、意識が朦朧としてきた。

その隙を百戦錬磨の剣豪が逃す訳はなく

「隙を…見せたな―‼」

横薙ぎに一閃。影彦の腹部を切り裂いた。

影彦は、ごぶっと血を吐き、糸の切れた人形のように倒れた。

「王手と言ったところかね」

蝉道は仰向けになった影彦の喉元に刃を突き立てる

「あんたの勝ちだ…殺せよ」

かすれ声で蝉道を睨み付ける。

元より死ぬ気で挑むつもりで来た。そして負けたのだ。

後悔はあるがこれが運命であるならば受け入れよう。

「世間では鬼だの辻斬りだの言われてる俺だが、遺言ぐらいは聞いてやるぞ」

「…ねぇよ。お前に聞いても親父の真相は教えてくれないだろうしな。」

「俺を打ち負かしてれば真相に近づけたのかもしれんが、残念だったな。俺が地獄に落ちた時にでも教えてやるよ」

これ以上の会話は必要ないと言わんばかりに、蝉道は刀を振りかぶる。


その時だった―

「踊り狂え―鬼哭の炎よ」

頭蓋の奥から声が聞こえた。凛とした女性の声。

刹那、影彦の周囲を覆うように、火柱が上がり屋上を照らす。

これでは近づけまいと判断したのだろうか、蝉道は影彦を覆う炎から飛び退きあたりを見渡す。

しかし、視認できたのは随伴に連れてきた部下三人だけであった。

「―蝉道様!後ろです!」

声を上げたのは茜。

その警告に蝉道はすかさず全身を捻り、刀を振るう。

甲高い金属音が鳴り響きそこでようやく声の主を捉えた。

「俺の背後を取るたぁ相当な手練れかと思えば…いやはやどうして。まさか再び相まみえる事になるとはなぁ…」

「久しぶりね、辻斬り。会うのは四年前の八鬼の会合以来かしら?」

「そうさな、俺はてっきりあの時に死んだと思ってたんだが―な!!」

蝉道は鍔迫り合いから逃れるようにバックステップ。腰を落として刀を構え、再び相対する女性を睨み付ける。

絹糸のような銀の長髪、切れ長の瞳は宝石のようなサファイヤ色。

全身真っ黒な軍服と真っ黒なベレー帽に身を包み、その手には漆色の槍が握られていた。

「あの女は一体…」

蝉道の部下の一人が目を細め、軍服の少女に視線を注ぐ。こちらは白衣に身を纏った女性で、顔は包帯で覆われている為、はっきりとした人相はわからない。

「元極東八鬼第三位、統堂珠姫とうどうたまき玲瓏戦姫れいろうせんきと謡われた女よ」

包帯少女の問いに美男子が答える。

ポケットから煙草を取り出し、もう片方の手で火をつけ言葉を続ける。

「かつてはあの「刀剣卿とうけんきょう」とも肩を並べる化け物だったが、ある事件をきっかけに国を追われることになった重罪人」

煙を吐き、視線を斜め上に逸らし、夜空にあがる火柱を見つめる。

「ある事件ですか?」

「ああ、何をとち狂ったか、四年前、日本政府の重鎮を殺したそうだ。それを知った政府は奴を国際的テロリストとして報道し、八鬼のうちの五人を奴の元に送り込んだ」

「でも…今奴がここにいると言う事は…」

包帯女の呟きに美男子は視線を珠姫に戻し小さく頷いた。

「五人の猛攻を掻い潜り、逃げ延びた。その後は消息不明となっていただが、まさかこんなとこで出会うとはな」

言い終えてから茜の身体の前に手を広げる。

「…何の真似だ?瀬場」

瀬場と呼ばれた美男子は表情を崩すことなく茜に視線を落とした。

「今、蝉道様の元へ助太刀に行こうとしたろう?今の話を聞いていたか?我々が行ったところで蝉道様の足手まといになるだけだ」

茜は瀬場に「その手をどけろ」と言わんばかりの形相で睨み付けたが、瀬場はあくまで譲るつもりはないらしく、無言で茜を見つめる。

茜は根負けしたのか、舌打ちをして踏み出していた左足を引き下げた。

包帯女は一触即発の危機が去ったと安堵したのも束の間、視線を蝉道の方へ戻すと、彼の周囲はすでに紅蓮の炎で囲まれていた。

「相変わらず戦姫様は火遊びが好きだねぇ…」

皮肉を混ぜた言葉に珠姫は無反応。代わりに蝉道を取り囲む炎が轟と音を上げた。

「取りつく島もなしかい、寂しいもんだ」

寂しさの欠片も感じさせない声でやれやれと両手を上げる。

そんな蝉道の挙動にも目を逸らさない珠姫。


蝉道道真せんどうみちざね

極東八鬼第五位にして、八鬼で最も対人戦闘に長けた男。

ついた異名は「辻斬り」

圧倒的な神速の剣術で相手を斬殺するトレーダーであり、間合いに入られたら並の剣術家では太刀打ちどころか、剣の軌道すら視認できないほどの剣の達人。

飄々とした性格で掴みどころのない男だが、こうして相対している間も一瞬たりとも隙は見せない。

「一つだけ聞きたいんだが、俺はお前の恨みを買った覚えはないんだけどねぇ…戦姫討伐作戦にも俺は参加はしていない。なのに何故俺を狙う?」

灼熱の炎が今にも自身に襲い掛からんとしている状況下でも、蝉道は顔色一つ変える事はなく、珠姫に問う。

「辻斬り、貴方はその作戦の裏で何を企んでいたの?私の推測が正しければ貴方は政府の…」

「おっと、推測で物を言っちゃあいけないね。俺はあの作戦には乗り気じゃなかった。ただそれだけだ」

瞬間、場の空気が凍ったと錯覚するほどの殺気が周囲を包みこむ。

蝉道のものだ。あまりの殺気に珠姫も気圧されそうになった。

「殺すつもりはなかったんだが…気が変わった。戦姫さんよ、俺の刀の錆になってくれや」

蝉道はそう言うと中腰になり居合いの型を取る。

だが、珠姫との間合いは距離にして約十メートル。

周囲は炎によって阻まれている。

何をするつもりだと迎撃態勢を取る珠姫。

「その距離からどうするつもりだとか思っただろ?さっきな、そこに倒れてる坊主にも言ったんだが、俺らが所有してんのは魔導兵器だぜ?人間らしい理屈で考えるな―‼」

そして床を踏みしめ抜刀―‼

(速…っ!)

どう考えても刀が届く距離ではない。普通ならそう考えるだろう。

だからこそ珠姫は「普通」に考えず、あの刀が間合いにあると仮定して側面に身体を逸らした。

ヒュンという風切り音が耳元を通過。

彼女の白い肌を切り裂き、後方に聳えていた時計塔が豆腐のように真っ二つに両断され、重力を失った瓦礫は地上へと転落した。

頬から流れる血に気づいたのは遅れて二秒。

「今のを避けるとはどういう反射神経してんだよ。いやはやしかし…その場に立ってなくて正解だったな」

そう、蝉道は本当に「斬った」のだ。

真空斬り。かまいたちの原理で十メートルの距離をものともせず。

蝉道を取り囲んでいた炎も今の抜刀ですべて消え去っている。

なるほど、近距離、遠距離、双方を兼ね備えた剣豪。

対人戦の達人と言われるだけはある。

「流石ね、辻斬りの蝉道。想像以上よ」

「元三位にお褒めの言葉を預かるとは光栄だねぇ」

先ほどの殺気は消え、へらっとしている。やはりこの男は掴めない。

「でもね、私もやられっぱなしじゃ終わらないわけ!」

珠姫は地面を蹴り、一直線に蝉道の元へ駆ける。

射程圏内に入り、右腕を後ろに引き絞り、槍を放つ。

狙うは心臓。

しかし、蝉道もまた凄まじい反射神経。身体を捻って間一髪のところで躱した。

珠姫は手を休める事なく、嵐の如く槍を突きこむ。

互いに力は均衡している。

息つく暇も、瞬きをする暇もない剣戟の乱舞。


「鬼哭の炎よ!」

先に声をあげたのは珠姫だった。

呼応するかのように槍の先端を炎が包み込み、辺りを照らす。

「またお得意の炎かい!芸がないねぇ!」

火が燃えうつるのを回避する為に蝉道は後退するが、背後の違和感に気づいたのはその後だった。

そこには燃えさかる炎があり、これ以上の後退は不可能。

「袋の鼠ってわけかい…」

蝉道は肩をすくめて笑う。

「いやはや…俺をここまで追い詰めたのはあの「刀剣卿」とお前さんぐらいだぜ。人間離れしてるよな、お前もあいつも」

「…大人しくしなさい。私はただ、あの事件の背景を知りたいだけ」

くるりと槍を回し、「これが最後の通告よ」と添えて切っ先を蝉道へ向ける。

「へっ、何を勝った気でいるんだ?まだ勝負はついてないだろう?」

居合いの構えを取り珠姫を睨み付ける。

互いに沈黙し、牽制し合う。

再び緊迫した空気が場を支配した。


その時だった。

「っらぁぁぁああ!!!」

大喝と共に蝉道の背後、すなわち炎の中から飛び出して来たのは影彦。

蝉道めがけて放った渾身の回し蹴りは横腹に直撃し、真横に吹き飛んだ。

流石の蝉道も炎の中からの奇襲は想定外だったのだろう。珠姫も理解が追い付いてないのか、小さく口を開け唖然としていた。

「あつつつっ!服が!服が!」

影彦は上着を脱ぎ、燃え移った火をバタバタと仰いで消化していた。

火が消えたのを確認し、着用。

「初めて隙を見せたな、おっさん」

仰向けに倒れている蝉道の方へ向き直るが、起き上がる気配はない。

手応えはあった。骨の数本はイかれてるのは間違いないだろう。

「くふ…くは…くはははははは‼‼」

突如、けたたましい声で笑ったのは蝉道。

よろよろと起き上がってきたが、口元には一筋の血、片手で脇腹を抑えてるのを見ると、ダメージはかなりのものだろう。立っているのも辛いはずだ。

「今のはよかった…よかったぞ…‼流石は龍一郎の息子だ、血は争えんなぁ…‼」

「龍一郎の息子…!?」

突然の奇襲に我ここに在らずであった珠姫が我に返り、影彦に視線を移す。

品定めをするようにまじまじと見つめた後、蝉道の方に視線を戻し

「辻斬り、龍一郎に息子がいたなんて話は…」

「お前は知らんだろうな、あの男がずっと隠し続けてきた唯一の子孫だ。そして、この国の根幹を揺るがす切り(ジョーカー)

「切り札…」

「喋りすぎたな…まぁいい。今日のところはお開きとしようじゃないか。ちぃとばかし時間をかけ過ぎた」

ちらりと珠姫の方、厳密には珠姫の後方に聳えている両断された時計塔を一瞥する。

街下に転落した瓦礫で下は大騒ぎのはずだ。いずれこの屋上にも警察の手が伸びるだろう。

「待て、逃げるのか?」

珠姫は黒槍を構えて目を細める。ようやく見つけた重要参考人だ。やすやすと逃がすわけにはいかない。

それは影彦も同じであった。目標を逃がすまいと戦闘態勢を取る。

そんな両者を交互に見つめ、口元を釣り上げる蝉道。

「勘が鈍い奴らは嫌いだねぇ、逃がしてやると言ってるんだ。考えてみろ?俺は政府公認のトレーダー、今回の取引自体も違法取引でもない。そこに襲撃してきた貴様ら。このまま続けて警察が乗り込んできた時点で、お縄になるのはどっちかわかるかね?」

その通り、ここで警察に踏み込まれたら捕まるのは影彦と珠姫。

その言葉に二人は苦虫を噛み潰したような顔で顔を下げる。

短期決戦で倒せる相手ではない事は先の戦闘で明らかであり、このまま続行して蝉道を倒せる補償もないし、警察が踏み込んでくる方が早いだろう。


「鬼哭の炎よ、眠れ」

唇をキュッと噛み、戦姫は告げる。

屋上を取り囲んでいた炎を消失させ、辺りは再び闇に帰った。

「蝉道様!!」

炎の障壁が解かれ、いの一番に茜が蝉道に駆け寄り、残る二人も後に続いた。

身体への損傷を察してか、肩を貸そうと茜が手を伸ばすが蝉道は「よい」と一蹴して影彦に視線を向けて放つ。

「そう睨むなよ小僧。お前さんとはいずれまた会うだろう。その時に、この借りは返させてもらう」

そう言って、最後に珠姫に視線を移し

「お前さんもだ戦姫。次に会った時はその命、ないものと知れ」

ひらりと手をあげて屋上から立ち去っていく剣豪の背中を、二人は追う事はなかった。

最後の最後まで、茜は二人を睨み付け「蝉道様に傷を負わせやがって」と言わんばかりの殺気を放っていたが蝉道に続いて退出。

再び屋上に静寂が戻った。


もうここに長居は無用。

そう思ったのか、しばらくして珠姫は残されたもう一人の影彦の方に身体を向ける。

「龍一郎さんの息子さん…で間違いないのよね?貴方に少し話があるの。少しばかしお時間いただけ…」

声をかけたと同時に、影彦はぐらりと身体を揺らし、倒れた。先の戦闘のダメージが押して寄せてきたのだろう。

珠姫は俯せになった影彦に駆け寄り、顔をぺちぺちと叩いたりしたが、反応はない。

脈があるのを確認すると安堵したのか胸を撫で下ろして肩を担いだ。

「目が覚めてから、色々と聞くことにしましょう。まだ時間はある…」

そう呟き、二人も屋上から姿を消して、今回の舞台は幕を閉じた。




「…龍一郎の息子か…面白い奴だ」

否、まだこの舞台には人が残っていた。

男は、屋上の遮蔽物から戦いの一部始終を見ていたのだ。

無人となった屋上の中央に足を運び、辺りを見回す。アスファルトの焦げた臭いが立ち込め、鼻をつんざいた。

「そして玲瓏戦姫…あの女と龍一郎のガキが邂逅する事になるとは…これも貴様の筋書き通りなのか?」

答える者はこの世におらず、返ってくるわけもない問いは夜風へと消えた。

黒のテンガ―ハットに黒の装束を纏ったその男は、かつて玲瓏戦姫の一つ上のランクに席を置いていた男。



名をヴェルメルト・ゼルドレッガー。

「黒衣」と称される極東八鬼の一人であった。



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