思い出の味
ふと、思い出すあの香り。
醤油、みりん、酒、砂糖、塩、酢、味噌。
夕日を背に、テクテクと、家に帰っていく道すがら、近所から漂う様々家庭料理の香り。
焼魚や味噌汁、煮物や、野菜炒め、そして、カレーライス。
あぁ、思い出の香りって、どうしてこう、ふっと、やって来るのだろうか。
「そう!なんで、本当にふっと、やって来るんだよ!こんな時に!?」
ガキン!
目の前に振り下ろされた太刀を、防ぎながら、俺は怒り心頭で、太刀を跳ね返す。
「北郷!大丈夫か!?」
三対一という、傍から見たら不利な状況に、俺の側へ秋蘭が、現れる。
そうだ、今は戦いに集中しないと!
そうしないと、領土に、こいつらを招いてしまう。
「くっ!うおぉー!とりあえず、その、じゃがいもの煮っ転がし色の防具、今すぐ、外せー!気が散るんだよ!」
「おぉ!?北郷が何やらヤル気に、満ちてるな!」
近くで見ていた春蘭が、目を輝かせて、俺を見つめる。
「あと、お前!さっきから、視界に入ってる、そのスプーンはなんだ、コルァ!!まじめに、戦う気あるのか!?あん!?」
なぜか敵の腰にぶら下がっている、謎のスプーンに、俺は、叫びをあげる。
「というか、変に殺気立ってるわね。さっきから、敵の攻撃というより、敵の防具に、えらく、目がいってるみたいだけど。」
敵をぱっぱっと縛りあげながら、雪蓮が俺を見る。
「あー、ダメだぁー!シースー!焼きそば!焼肉!豚カツ!あー!あー!あー!もぅ、だめだ・・・。」
「「っ!?」」
攻撃を否していた俺だったが、ついに、我慢の限界が訪れた。
「故郷の・・・飯が・・・恋しいいぃーー!!」
一刀は、オロチを大砲に変形させると、辺り一面に、砲撃を開始。
『嬉しくなると、つい、殺っちゃうんだ♪みんなも一緒やって見ようよ!いくよー?ランラン』
「うるせえぇー!竹輪麩!さっさと、仕事しろおぉー!」
『あらー!?』
“ドドドド・・・!!!”
天界時間で、ものの五分とかからず、敵陣を一掃してやった。
その後も、俺の砲撃は止まらない。
否、止めない。
「何もかも、お前らが、お前らが、悪いんだ!」
「はわわ!?ど、どうしたんですか?ご主人様のあの荒れようは!」
「あわわ!?もう、ここに戦なんて、ないよ!もうコレは、ただの一方的な殺戮だよ!ご主人様が、千人の残党を相手に、殺戮を始めたよ!?」
蜀の名軍師が、何やら後ろで騒いでいるが、オレには、どうでもいいこと。
俺は、ただ、目の前の敵を撃って、撃って、撃ちまくるだけ!
そうだ、お前らは、邪魔したんだよ!
俺の、俺の大事な・・・。
「ご飯時を狙って来た、お前らー!全員、最後の晩餐は、しっかり、済ませてきたんだろうなぁー!?」
ぐわぁー!!っと、般若のスタンドを背後に見せながら、一歩一歩、敵陣に歩み寄る。
「うわぁー・・・。ねぇ、祭?これ、やばいんじゃない?たしか、敵は全員捕らえて、情報を聞き出すって、話じゃ無かったっけ?」
「う、うむ。といってものぅ?アレを止めるのは、曹操くらいにしかできんじゃろう?」
後ろでコソコソと、幼女(小蓮)と熟女(祭)が話しているが、関係ない。
俺は、ただ、ご飯を食べたかっただけなんだ。
華琳が、少し大きくなったお腹を庇いながら、一生懸命に作ってくれたご飯を。
俺は、ただ・・・。
「華琳のご飯を食べたかっただけなんだよー!」
「「理由、それかー!」」
「それとは、なんだ、それとは!」
“ドドド・・・!!!”
叫びをあげた敵を睨みつける。
大丈夫。全部、威嚇射撃だから。
ギリギリで、はずしてるから。
前回の“不殺の精神”は、まだ、かろうじて生きてるから。
威嚇して、捕縛しやすいように、一箇所に追い込んだだけだから。
折り重なった集団。その天辺で、白旗がパタパタと、振られている。
「・・・はぁ?」
“ガチャン!・・・パン!”
「ひぃ!?」
問答無用で、その旗を撃ち抜く。
大丈夫。不殺の心情は、かろうじて、生きてる。と思う。そう信じたい。たぶん。
「あはは・・・。降参とか、ありえないから。」
「い、いやでも・・・。ボク達、戦意は、これっぽっちもありませんし。」
「攻めて来たんでしょ?」
「いや、そもそも、それが誤解で。ボク達、遠方から、用事で、魏の城に来ただけで・・・。」
「はぁ!?なら、なんで、武装してるの?オマケに千人とか、軍隊で来てるの?」
ガタガタと、震えながら、書簡を見せてくる。
これは、華琳直筆の招待状と通行許可証?
「ボク達、曹操様のご結婚を祝福に来たんです。そのお祝いの品があるので、警備は厳重にしてました。」
「・・・。」
はい・・・。この後、華琳にめっちゃくちゃ、怒られました。
はい・・・。当然、ご飯も無しになりました。
数日後 ─。
「そうそう、一刀?そういえば、この前、来た子たちが、お祝いにと、珍しい物をもって来たわよ?」
「え?誰が?何を?」
「あなたが、心を傷だらけにした彼らよ。えーっと、たしか、ここに・・・。」
そういって、取り出したのは、黒に近い茶色の液体の入った瓶。
「ん?これって?」
「彼ら、調味料の研究を生業としてた子たちでね?壺にタレを仕込んでいたら、何やら、珍しい味になったとかで、私に味見をして欲しいと、持ち込んできたのよ。」
大陸一の美食家と言われた華琳のお墨付きが、得られたとなれば、商品にも箔が付くからなー。
そりゃ、バカ売れするに違いない。
「へぇー?そうなんだ。美味しかった?」
「んー。それがねー。」
華琳は顔をしかめると、腕を組んで、瓶を見つめた。
「これ、調理が難しいわ。試しに、拉麺の隠し味や、湯に使ってみたけど。どれも、これも、味が台無しになるのよ。」
「・・・それ、単に毒なんじゃない?」
「違うわよ。調味料なのは、間違いないわ。」
華琳はタレを、小皿に移すと、俺に差し出す。
まー、酒を差し出すように、軽く渡してくるじゃないか。
「不確かなものを愛する夫に・・・舐めろと?」
「えぇ、愛する夫の考えを教えて?」
「へー?素直になったもんだ。華琳から頼られるのは、嬉しいもんだけどさ。こういうときじゃなければー。」
「ふふ。これでも、いつも、頼りにしてるのよ?」
華琳は笑うと、口直しにと、水を差し出し、目の前の椅子に腰掛けた。
「それでは、頂きます。」
「はい。お願いします。」
ぺろりと、匙に付けたタレを舐める。
「ん?・・・あー。なるほど。」
一口で、分かった。これ、あれだ。
天界でも、よく知ってるあれだな。
つまり、また、外史のお遊びが、始まったらしい。
「外史は、暇なのか?」
「何が?」
「いや、こっちの話。そういうことなら、よし!華琳!お腹は空いてる?」
「え?えーっと、まぁまぁかしら?」
俺は、華琳の手を取ると、厨房へと歩き出した。
「一刀の手料理って、私、初めて食べるわ?」
「そう・・・だっけ?あ、そうだね。あのときは、“お菓子”だったっけ。」
「そう。あの珍しい菓子も、また、食べてみたいわ。」
華琳は小さく頷くと、キラキラとした目で俺を見つめる。
なんか、くすぐったくてしょうがないな。
「また、機会があったら、ね。今日の主役はコイツだよ。」
そういって、華琳から預かった瓶を、目の前に置いた。
「これは、調味料で合ってるのよね?」
「あぁ。俺の国では、よく知られた調味料に似てたよ。これだけでも良いんだけど、これも必須だね。」
華琳の前に、別の食材を並べていく。
「卵、食用油、酢、塩、胡椒、砂糖?」
「天の、最強調味料、“マヨネーズ”の出来上がり。」
「魔夜寧酢?」
「ちっがう!マヨネエェーズゥ!!」
「ま、まよねえぇーづぅー!」
「ぷっ!」
一生懸命な華琳さんに、思わず、吹き出してしまう。
当然、真っ赤な華琳さんに、殴られた。
全てを混ぜ終えた物を、小皿に取り、手渡す。
「・・・毒?」
「安心しなはれ。天の万能調味料だよ。」
「そう?それでは・・・。ん・・・。」
チロリと匙に掬い舐めると、華琳は目を丸めて、俺を見る。
はは。気に入ったようで、何よりだねー。
「んん!?なによ、これ!すごく、美味しいじゃない。」
「マヨネーズは、最強すぎるんだ。中毒者もいるほど、依存性が高い調味料さ。しかも、少量で高タンパク、高カロリーだから、この時代には持って来いのものだ。ただし、食べすぎれば、間違いなく、後悔することになる!!」
小皿を突き出し、ニヤリと笑みを浮かべる。
華琳は、小皿を見つめ、恐る恐る俺に後悔の意味を聞いてきた。
「こ、後悔って、やっぱり毒なの?」
「近いな・・・。食べすぎれば、見る見る内に、肥る!そして、やがて、身体が重くなり、絶望と後悔に苛まれ、死に至る。」
まるで、怖い話を語るように、俺は低い声で、華琳を脅かしてみせる。
華琳は愕然とした様子で、小鉢と俺を交互に見た。
「な、何て恐ろしいものを、天は調味料にしてるのよ!」
「はは!たまになら、大丈夫だよ。そう、怯えなさんな。薬も摂り過ぎれは、毒になる。酒もそう。料理も同じさ。」
俺は鼻歌混じりに、エプロンを着けると、材料を探して厨房を巡る。
「さーて、これがアイツの遊びということは、きっと、調味料に関係した素材がある筈だ。どんな食材を用意してくれたのかなー?」
「何なの?誰の遊びなの?」
「ふふ、“外史”さ。」
「外史?」
期待に胸を踊らせ、食材の保管された扉を開ける。
「・・・なーるほど。そう来たか。」
「どうしたの?」
後ろから華琳が、俺の開けた扉を覗き込む。
「あら、珍しい食材が揃ってるわね・・・。」
「間違いないな。こりゃ、楽しくなりそうだね・・・。」
俺は笑みを浮かべると早速、調理に取り掛かる。
「あ、私も手伝うわよ。元は、私がお願いしたことだし。」
「あ、助かるよ。実は結構、行程が多くてさ。華琳が居るなら、百人力だ。」
「ふふ。そう言って貰えると嬉しいわね。じゃあ、頑張るわ。」
「ありがとう。まずは、これを・・・。」
こうして二人で調理で、仕込みをしていると、何やら食堂側が騒がしくなってきた。
「あー、もう。結局、会議伸びて、お昼、食べ逃しちゃったわ。それもこれも、あの、頭固い連中のせいよ。華琳に言って、首でもはねてもらおうかしら。」
「あはは・・・。さすがにそれは、行き過ぎだよぉ。でも、すごいなー。華琳さんなら、あの喧騒もひと睨みで、黙らせられるんだもん。」
「あれでも、昔に比べたら、丸くなったんやで。たぶんあれや。愛する旦那様の影響やろ。」
「確かに、華琳はん、なんちゅーか、こう、女らしい顔が増えましたよね。」
「恋する乙女は、いくらでも変われるのねー。そういえば、華琳って、私たちの中でも、年下なのよね・・・。いつもは、大人びて見えるけど。時々、一刀の話になると、途端に可愛らしくなって、時々、ギューッとしたくなる時があるのよ。」
等々、華琳の噂話が食堂で、語られ始める。
これがまた、悪口が一切出てこないのが、ある意味、隣の彼女の人望の厚さを物語っていた。
「しぇ、雪蓮ね・・・。いらないことを言って・・・。」
真っ赤になって、奥さんが俯いている。
あぁ、可愛いなぁ・・・。思わず、抱きしめたくなる気持ち、分かるかも。
「まぁまぁ。こうして、噂されるのも、幸せ者の宿命だと思ってさ。ほら、仕込み出来た。量もあるから、皆も巻き込んで、検食してみようよ。」
「はぁ・・・。分かったわ。本当は、貴方と一緒のつもりだったのだけど、仕方ないわね・・・。」
そう。たまにデレるこの子が、僕は大好きです!
「皆のとこに行く前に、ちょっと・・・。」
「え、なに?・・・ちょ・・・ん・・・んん・・・ちゅ・・・。はぁ・・・。きゅ、急に何してるのよ・・・。」
「いや。萌えたから。」
「ワケわからないわよ、ばか。」
照れる華琳の手を引いて、調理場を出ると、皆に声をかける。
皆、大変に驚いていたが、ご飯の話をすると、目を輝かせて飛び付いてきた。
てなわけで、突然ながら、ささやかながらのパーティが始まる。
熱々に焼いた鉄板を準備し、近くに仕込んだ材料を並べ、最後に華琳から預かった調理を準備。
調理法までは教えてないので、華琳もお客さんとして、鉄板を挟んで俺が調理を行うスタイルで行くことにする。
もう、イメージ出来たかな?
そう、今日のご飯は・・・。
「天の国のソウルフード、お好み焼きだ!!」
「「おこのみやき・・・。」」
既に、数名の口から涎が出ている。
「なんやろう。名前を聞いただけで、こう、来るもんがあるんやけど・・・。」
「実はウチもなんです。姐さん。なんでか分からんけど、こう・・・叫びたなるんですわ。」
「分かるわ。こうやろ?せーの」
「「な、なんでやねーん!」」
二人の三国志産、関西人が声を揃えて叫びをあげる。
「はーい、お客さん。静かにねー。」
俺はカチャカチャと、タネを混ぜながら二人を制すると、鉄板の温度を確かめる。
因みに、鉄板は三国の絡繰王、真桜特製の改造調理台である。
「名付けて、可動式鉄板焼きくん一号や!」
「ば、爆発しないわよね?」
テーブルを確認しながら、華琳は苦笑する。
※大丈夫です。爆発オチはありませんのでご安心ください。
「テロップも流れたことだし、そろそろいいだろ。」
「一刀、手呂伏って?」
「何でもないよ。気にせず、さぁ、行くぞ!」
俺は華琳の質問を流しつつ、第一陣を戦場へ投下した。
お好み焼きは、簡単に見えて意外と奥が深いのだ。
神経を使う料理の一つと言ってもいい。
ここで、知らない人はいないと思うが、一応説明しておこう。
お好み焼きは、小麦粉とキャベツなどを使用する鉄板焼きの一種で、日本の庶民的な料理だ。
水に溶いた小麦粉を生地として、野菜、肉、魚介類など好みの材料を使用し、鉄板の上で焼き上げる。
「っと!ここだ!」
『!?』
俺はコテを使って、生地を返すと、再び待つ。
ここで、やってしまいがちなのが、焦って生地を押さえる人がいる。
それはやめた方がいい。中の空気が潰れ、外に逃げてしまうと、固いお好み焼きになり、美味しさが損なわれてしまうのだ。ま、常識だな。
焦らずじっくりと、時間と手間暇をかけた方が、いいものが出来るのは、世の常ってことさ。
「もういい頃合いだね。」
最後に、華琳から預かったソースをハケで塗り、特製マヨネーズをかけると、青のり等の調味料をふりかけ・・・そして。
「完成だ!お好み焼き!」
『いえーい!!』
なれないだろうから、こちらで切って、それぞれの皿に移していく。
「頂きます・・・。ん・・・。んん!」
華琳が最初に、一口。それに続いて皆も頬張っていく。
「これは、美味しいわね!今まで、こんな味は食べたことなかったわ。」
「本当ね!これ、“そーす”だったかしら、是非とも、商品化するべきよ。」
華琳や雪蓮は満足そうに頷いている。良かった。
「この“まよねーず”も美味しいね!ねぇ、ご主人様!これも、販売してみないかな?」
「桃香、お気に入りね。でも、それ、食べ過ぎると大変な事になるらしいわよ?肥るって。」
「ええぇー!?そ、それは困るな・・・。あー、でもでも・・・!美味しいんだよねー。」
桃香は自身のお腹と、お好み焼きを交互に見ながら頭を抱える。
十分、細いんだから、気にしなくてもいいのにね。
笑顔で盛り上がっている横で、なぜか、さっきまで上機嫌だった二人が沈んでいることに気付いた。
「ど、どうしたんだ、二人とも。口に合わなかった?」
「うう・・・。なんや、これはぁ。なんで、涙が・・・。」
「わかりまへん・・・。なんか、一口食べたら、急に胸が苦しくなって・・・。」
「なんだ!?まさか、食あたり!?」
「ちゃうねん・・・ちゃうねんで・・・。」
「なんでやろー・・・なんでやろー・・・。」
俺は焦って、二人の様子を確認するが、腹を痛めたとか、そういう雰囲気ではなさそうだ。もっとこう、精神的な何かに、異常が。あぁ、そうか・・・。
「二人とも、無性に米が欲しくなってない?」
「「な、なんで分かったんや!?」」
「あぁ、やっぱり。」
どうやら、二人の中に眠っていた虎を起こしてしまったらしい。
因みに米というのも、天の国の一部地域では、半数の人がお好み焼きをおかずとして食べているからだろう。
恐ろしいな、関西魂・・・。時を超えて、三国時代までやってくるとは。
「まぁ、口に合わなかったわけではないなら、良かったよ。」
「むしろ、お代わりしたい!」
「はいはい。」
俺は差し出される皿に、焼いたお好み焼きを乗せていく。
喜んでくれて何よりだ。
さて、タレはまだあるし。
中華麺もあるので、焼きそばでも作ろうとしたとき・・・。
「失礼します!隊長!」
「ん?どうしたんだ?」
食堂に入ってきた北郷隊が、俺に駆け寄ると、そっと耳打ちした。
「どうしたの?一刀?」
「うん。敵が攻めて来たらしいよ。文字通り、鴨がネギ背負って・・・。」
「え?」
どうやら、外史の気まぐれは、まだまだ続きそうだ。
因みに、華琳に好評価だったソースは奇跡のソースとして、販売される運びとなった。
商品化に伴って、華琳が寄贈したソースの名前は、その心におおきな波を打ったことから浪という字と、素朴ながら確かな存在を主張していたということから花という字が送られた。
知ってか知らずか、後にこのソースは、『浪花』と呼ばれることになった。