華琳さんのお休み
秋も深まり、食べ物が美味しい季節。外は少し肌寒くなってきました
「お休み、か…」
おや?城内をフラフラと、歩いているのは…
“今日の華琳さん家”のヒロイン、華琳さん
華琳さん、今日は久々のお休みです
「とは、言ったものの…」
いつも忙しい彼女には珍しく、今日はなぜだか、暇を持て余しているようですよ?
「皆は仕事の中、私だけ、休みと言われてもね…」
おやおや、“ズーン…”と、華琳さん。肩を落としてしまいました
『華琳様は、どうか、おやすみください!こちらは、私たちで片付けますから!』
『お兄さんに会いに行くといいのですー。きっと、お兄さんも待ってますからねー』
『一刀殿なら、この時間は、街にいるでしょう。ゆっくり休まれて、向かわれたらどうですか?』
魏の皆はそれぞれ、何かお仕事に追われている様子です
ですが、華琳さんだけは政務室から、追い出され、強制的にお暇を与えられてしまいました
「ふぅ…。まぁ、たまには、甘えましょうか…」
しばらく、政務室を見上げていた華琳さんでしたが、戻ることは許されないことを、悟ると、トボトボと、城の中の散策に出かけます
「蜀呉の子たちは、国に帰ってしまったし…」
蜀呉は国の様子を見るために、一時的に、帰省しているんですね
魏にいるのは、魏の者たちだけのよう
あとは、外史監視者と先生たちくらいですか
「…そうね!まずは、先生とお話を!…あら?丁度いいところに…!」
「んー。そろそろ、魏も落ち着いて来たし、次に行こうかしら?」
「そうねー。なら、蜀に行かない?劉備の治める国っていうのも気になるところよね?
「ふふ…。桃香さん、抜き打ち監査になりそうですよ!覚悟してくださいね!」
「いやいや、手紙くらい、出しときなさいよ。向こうは困るだけよ?」
「正直、面倒です♪」
東屋にちょうど、差し掛かったところで、喬玄、孫堅、盧植が楽しそうに談笑しているところでした
これはもう、きっと、天命です
飛び込むしかないですね、華琳さん!
「ふーっ。よし!…喬げ『その肉まん、貰ったー!!!』…え?」
「ああぁー…!!最後の肉まん!」
しかし、飛び込もうと意気込んだその時、三人の輪の中に、さらに誰かが入ってきたようですよ?
その男性は、卓の上に置かれた最後の一つ、フカフカ肉まんを、流れるように奪い去ると、そのまま何処かへ駆けて行ってしまいます
大変です!その肉まんは、喬玄大先生が、眠らせて置いた肉まん
お腹も程よく減らし、最高に美味しいと思えるタイミングで食べようと、していただけに、喬玄さまはもう、プンプンです
「左慈…ちゃん?…私が楽しみ取って置いた肉まんに手を付けたね?もちろん、遺言書は書いて来たんだよね?」
喬玄大先生は、立ち上がると、おもむろに、長刀を抜き、ゆらりと歩き出します
大変です!このままでは、魏内で殺傷事件が起きてしまいます!
「やばっ!そ、空!」
「はい♪蓮さん!」
「「ぱくっ!」」
助けに入るのかと、他の二人を見ますが、“触らぬ腹ぺこ神に祟なし”と、そうそうに、手に持っていた肉まんを食べ、茶器を片付けてしました
そのまま、ヒラヒラと手を振り、鬼神を見送ってしまいます…
「左慈ぃ!待あぁーてぇー!こらあぁー!!」
「モグモグ…ん?なっ!?…ひやあああぁー…!!」
長く綺麗な黒髪を靡かせ、左慈の命を狙って、腹ぺこ鬼神が駆け出します!
残念なことに、華琳さんが踏み出す前に、皆、何処かに行ってしまいました
「まぁ。肉まん一つで、命までは取らないでしょう。…取らないわよね?」
ちなみに、その後、左慈さんの姿を見た人は、いないそうです
「はぁ……仕方ないわね。また後で、話しましょう」
小さくため息を吐くと、華琳さんはトボトボと、歩きだします
「んー…そうね。一刀に会う道すがら、皆の仕事ぶりでも、見に行きましょうか」
切り替えの早さも、王には必要ですね
華琳さんは目標を変えて、演習場に向かいます
「…なんなの?これは…」
到着して早々、華琳さんは驚きました!
「どうした、お前達!平和になったからって、気が抜けていないか!?そんなことで、三国の平和は守れやしないぞ!」
「さぁ!もう1回だよ!全力で来てよ!」
「皆さん、綱を握ってくださーい!」
「「押忍…!」」
そこでは、春蘭と希衣と流琉の合同演習が行われていました
三人の武将たちと、五十名弱の綱引きが行われていますね!
「初め!」
「「ウオアアアアアーッッ!!」」
号令と共に、五十名の屈強な兵士たちの雄叫びが響き、綱を皆で引いています!
はて?その、お相手は?
「どぅふふ…!筋肉を唸らせ、叫ぶ姿、素敵ねぇ?五十有余名の、屈強な男子たちが、私を屈服させるために、頑張る姿に、思わずビンビンになっちゃうわよん!しかも、私が勝ったら、この中の数人と、デート出来るなんて、素敵だわぁ!もう、張り切っちゃう♪」
大陸を代表する変態、貂蝉さんでした
余った縄を腰に巻き、片手で綱を持ちながら、くねくねと品を作っています
しかも、縄を握っている手に、ご注目!
なんと、ティーカップを持つように、チョンと摘んでいるだけではありませんか。ちゃっかり、小指も立てるのも忘れないところに、漢女の気品を感じますね…
「そうだ!お前達!負けたら、逢引だぞ!喜んで、負けるといい!肉体だけでなく、精神も鍛えられるぞ!あーっはっはっは!」
春蘭の笑い声に、兵士五十有余名は…更に顔を真っ赤にして、かつてない程、全力で綱を引きます
「「負けたくねぇー!!ウオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッッッッッッッッッッッッ!!」」
「あらん?急に強くなったわね?なら、そろそろ、私も本気を出すわよん!スーッ…ふんならばぁー!!!!」
貂蝉さんVS屈強な兵士五十有余名
まさに生死を掛けた闘いです!
貂蝉さんは、両手に持ち替えると、その綱を引き始めます
ズルズル…と、兵士五十有余名は踏ん張っているのですが、その中には縄を握ったまま、訪れる恐怖に、何人も失神者が出ている様子です
これでは、流石に勝てません!
「うあぁ!母ちゃーん!助けてくれぇー!」
「より子ー!す、すまねぇ!オレは今日、死ぬかもひれなひぃー!
「いやだー!デートは、化物とデートは嫌だー!」
「くそーっ!死ぬ前に、死ぬ前に!一目でいい!曹操様の!曹操様の水着姿を!私は、拝みたかったー!」
口々に皆、叫びを上げ、ズルズルと引き摺られて行きます
「って!?なんで、そこで私の水着姿とか、出てくるのよ!?」
華琳さんは顔を真っ赤に、叫びを上げますが、皆、闘いに集中して、聞こえていませんね
ちなみに、華琳さんの水着姿は、一刀さんがしっかり拝み、その後美味しく頂いたそうです!
「なんなのよ、もう…。でも、このままでは、可哀想よね?相手が相手だし」
華琳さんは、近くに落ちていた木の棒を手に取ると、くるくると回して、考えます
綱引きの勝敗は、もう着きそうです
ですが、このままでは、兵士に大きなトラウマを遺しかねません
さらに、“変態と強制デートをさせられる軍隊”などと、変な噂が広がれば、新しい兵の供給は難しくなるかもしれませんね
「止めに入るわけには…いかないわよね。それじゃあ、兵のためにもならないし、この調練を考えた子に申し訳ないもの。天命に…任せるしかないのかしら」
そうして、見守ることに決めた華琳さん。内心はドキドキです
そんな時、上から何やら鳥の羽ばたきが聞こえます
パタパタ…とてとて…
『クルッポー』
何処からともなく白い鳥が現れて、華琳さんの近くを歩きます
そのまま、目の前まで来ると、華琳さんを見つめてきましたよ?
「…なによ?」
『クル…クル…』
どうやら、その手に握っている棒が、気になる様です
「なに?今、いいところなのよ。邪魔しないで」
しっし、と棒を振って追い払おうとすると、鳩は突然、華琳さんに飛び掛ります
「え?きゃっ!」
『クルポー!』
ガシッ!パタパタ…!
驚いた華琳さんが、棒を手放すと、鳥は棒を掴んで、飛び立ちました
「な、なんなのあの鳥は…」
『クルッポー!』
恨めしげに飛ぶ鳥を見ていると、鳥は華琳さんから奪い去った棒を落としてしまいました
「人から奪っておいて、すぐに手放すなんて、失礼な鳥ね!」
プンプン!お怒りの華琳さん。ですが、これこそが奇跡でした
鳩の落とした棒はなんと、あろうことか、闘いの真っ最中である演習場に落ちました
「ふぅ!トドメよおぉぉーー…んっ!?わっ!?わわ…!?」
貂蝉さんが、最後の仕上げにと、大きく一歩下がったところに、棒が落ちていたんです。そうです。華琳さんの拾った棒でした
貂蝉さんは、棒に足を取られ、そのまま転けてしまいます
「ふふ…!好奇だ!引けぇー!」
「「ウオアアアアアアアアアーッッッッッ!!」」
春蘭の号令に、皆、全力で縄を引きます
「ふふ!そら見ろ、天が味方してくれたじゃないか!」
「ひゃあっ!?いやああぁぁ~ん!」
体制を整えることも出来ず、あれよあれよという間に、貂蝉さんは引き摺られて、決着が着いてしまいました
「ふふ!止め!!……勝者、魏軍!!」
なんと、大大大逆転!兵士五十有余名の貞操は、無事に護られたのです!
「良かったな。必死な想いが天に通じたのだ。これからも、その気持ちを、忘れるんじゃないぞ!」
「「うおぉーん!おいおいおい…!」」
皆、涙で互いの健闘を讃えます!
個々の強さなど、戦では無意味。強い結束力が、勝利を手にする鍵なのだと、これからも、兵士たちの胸に強く残る戦いとなりましたね!
「……結果、良しとしていいのかしら?」
華琳さんは苦笑すると、パタパタと飛んで行く鳥に目を向けます
今日はまだまだ、時間がありますね!さて、次はどこに向かうのでしょうか?
「…そろそろ、街に行ってみようかしら?一刀、いるかしら?」
街に向かうようです。ようやく、愛しの人に会う覚悟が決まったようですね
ーーー
ーー
ー
ガヤガヤ…!ワイワイ…!
『いらっしゃいー!肉まん、只今、出来立てホカホカー!美味しいよー!あ!曹操様!どうです?お一つ!』
「肉まんか…」
先ほど、目にして、少しお腹がペコリの華琳さん
迷わず、買いました…
「…もぐ。もぐもぐ…。ん?意外と…」
早速、頬張ると、その美味しさに舌鼓を打ちます
もう一度、店を見ると、まだまだ、肉まんはあるようですよ?
「……そうね。もう一つ、貰えるかしら?」
「はい!ありがとうございます!」
華琳さん、ホカホカ肉まんを、もう一つ買いました
「ふふ…♪」
おや?食べないんですね?
肉まんの入った紙袋を持って、華琳さんは街を歩きだします
「さて、肉まんは美味しかったけど、喉も渇くのよね。どこかに茶屋が…」
と、目を向けると、何やら橙色の旗がユラユラと見えます
“あったか~い、始めました”の文字…
「…あったか~い?」
気になるキャッチコピーに、ふらふらと、店の前に行くと、その意味を理解しました
湯せんの中に、銀色の小さな筒が、沢山並べられていたのです
なるほど、現代でもある、飲み物のワゴン販売ですね
ですが、この時代には珍しいのは、確か。
昔の水筒は、竹や動物の蔵を干して乾燥させ、その中に飲み物を入れて、持ち歩いていました
ですから、このようにお湯に入れて、温めることなど出来なかったんですね
珍しい物好きの華琳さん。思わず、魅入ってしまいます
『おや!曹操様!いらっしゃいませ!…気になりますか?』
「えぇ。珍しいわね?これ、水筒なの?」
『えぇ。“缶”というものです。お一つ、手にして見てください』
店主はニコニコと、缶を手渡します
「へぇ…!よく温まっているわ。筒の正体は、鉄かしら?熱が伝わり易い点を、利用したのね。よく考えているわね…」
正体を知って、満足そうに華琳さんは頷くと、缶を店主に返します
『はは!畏れ多いお言葉、ありがとうございます。ですが、考えたのは、私ではないんですよ。ある方の発案です』
「え…?そうなの?」
思わぬ言葉に、華琳さんは目を丸めます
『えぇ、そうなんですよ。この寒い時期に、怖いのは、寒さに負けて、病に倒れることですよね?』
「そうね…。今年は、例年より寒くなるようだから、一刀の知恵も借りて、公共の“温泉スパ”というものも作ることにしたほどよ」
仕事モードに入った華琳さん。民の言葉にしっかりと、耳を傾けます。さすが、王ですね
『えぇ、アレは皆も楽しみにしてますよ。街に更に活気が出ますね。ですが、その施設も、冬場にはいっぱいになります。暖の取れる宿も予約でいっぱい。そんな中、出稼ぎでまめに働く人たちも多くいます』
「えぇ…そうね」
『歩きながらでも、温かい飲みで、ほっと…一息つけるように。そのためにも、簡単に買えるように、こうした店が増えることを、“その方”は願っていました。お客さまが、この国の街を温かい気持ちで巡れるように、働く人たちが、寒空の下でも、ほっと一息つけるようになれば、もっと、この街を好きになって貰えるだろうね!と、言っていましたよ』
「そうなの…。その方って、もしかして…?」
店主の言葉に頷くと、華琳さんは、制作者にふと思い当たり、店主に問いかけます
『えぇ。北郷様ですよ』
そう言って、温かい小さな水筒を一つ手に取り、華琳さんに手渡します。
『今日は少し冷えますね、曹操様。お代は結構です。お身体に気を付けて、街をお楽しみ下さい』
「えぇ…ありがとう…」
店主の気持ちに、感謝を述べ、華琳さんは店を後にしました
あったかい缶の中で、お茶がチャプリと音を立てます
風避けに、軒下に入ると、缶の温もりを手に感じながらを通りを眺めました
「もう、浸透し始めているのね…」
見ると、何人か銀色の缶を持っている姿が見えます
華琳さんも、缶を空け、口を着けました
「こくこく…ふぅ…!温かくて、優しい味に仕上がってるわね…。ふふ…」
北郷さんの優しい想いと温もりが、冷えた身体に染みていくようで、思わず顔が綻びます
民を思う気持ちは、様々。改めて、華琳さんは、“彼”が大好きになりました
「…一刀」
華琳さんは、缶をしまうと、キョロキョロと見回し、歩きだします
“十字”の紋を着けた警備隊が、目の前を通って行きました
これは天命ですね!彼の手掛かりが掴めそう!
「…そこのあなた!ちょっといいかしら?」
『はい!如何なさいましたか!?…え?曹操様!?』
「貴方、北郷隊よね?」
『は、はい!本日、街の警邏を任されています!』
何か仕出かしたのかと、すっかり、怯えた表情の兵士は、ガクブルで、華琳さんに応えます
「ふふ…。そんなに、畏れないでくれる?大丈夫よ。今日は非番だから、とやかく言うつもりは、ないわよ。私はただ、夫の居場所を知りたいだけよ。知ってるかしら?」
『そ、そうでしたか…』
ホッと、安堵の表情を浮かべると、兵は反対の通りを指さしました
『隊長なら、この一つ向こうの通りにいらっしゃいますよ』
「そんなところで何をしているの…?」
『まぁ、それは見てみてから、ご判断ください。ご案内します、こちらへ』
兵は手で、通りの脇道を示すと、先導をきって、歩きだします
華琳さんも、その後について歩きました
すぐ、隣の通りとは、意外と近くに北郷さんは居たんですね
兵の後をついて歩くと、すぐに裏の通りに出ました
その一角に向かって歩いていきます
「あちらに、いらっしゃいますよ」
「あら…?ふふ…。そういうことね…」
そこは少し開けた広場になっており、沢山の子供たちと、大人たちが、集まっていました
その真ん中に、天の御使い様が腰を据えて、本を読んでいます
「最初は、我々、兵や街の兵たちに、面白おかしく、天に伝わる伝説や昔話を、教えてくださっていたのです。それを聞いた大人たちが子供たちに話したところ、大層、喜ばれたので、こうして、空いた時間で、語りべをお願いしているんですよ」
「そうなのね。確かに、一刀の話は面白い譚が多いものね…」
「聞かれませんか?ちょうど、別の話が始まるようですよ?」
「ふふ…。そうね!」
兵の茶目っ気に、笑みを浮かべると、華琳さんは子供や大人の交じる和に歩み寄りました
「ん?いやー…。参ったな…はは!やぁ、いらっしゃい、曹操さん」
「ふふ…。私にも聞かせてちょうだい?」
「あぁ、喜んで…」
一刀さんは、華琳さんに気付くと、恥ずかしいところを見られたと、照れた笑みを零して、迎え入れました
皆、二人の仲は知っています
華琳さんを一刀さんの近くに来るよう、皆で場所を譲り合いました
二人が向かい合う形で、座りますと、いよいよ御使い様の最後の語りが始まりました
「ちょうどいい!我が国の王がここに来たのも、何かの縁だ。天の国で、有名な王様の話をしよう!王様の名前は“豊臣秀吉”。1人の農民だった彼が、どうやって天下を取ったのか、そして、天下を取って何を思ったのか、聞きたいかい?」
『聞きたーい♪』
「き、聞きたーい…///」
郷に入っては郷にした構え、といいますからね?
子供たちの空気に合わせ、華琳さんも照れながら、答えました
一刀さんは、語り慣れたように、話を紡いでいきます
終始、笑いあり驚きあり、時に勉強になる話も交えて、聞く者達を引き込んでいきました
『あはは…!』
「ふふ……」
華琳さんも、もちろん例外ではありませんでした
いつまでも、聞いていたい…。そう思わせる力が、彼の話にはありました。
ですが、楽しい時間はあっという間に過ぎるもの
気付けば話も佳境となりました
少し、寂しくも感じますが、話の終りを聞きたい気持ちもあります
ここは、ぐっと、名残惜しさを堪えて、耳を傾けましょう
「そうして、天下を取った秀吉だけど、立身出世の夢を果たし、思うままに振る舞った人生を振り返って残した言葉が、意外なものだったんだ」
「……」
結末が気になって仕方ない華琳さん。一語一句、聞き逃すまいと、前のめりになっていることも気付かずに、一心に一刀さんを見つめます
「露とおち、露と消えにし、わが身かな。難波のことも、夢のまた夢。…そう、言って秀吉は、その生涯に幕を下ろしたそうだよ」
“露”とは、早朝、葉の上につく水滴です。
太陽が昇ると、瞬く間に蒸発し、どこに露があったのか、跡形も残りません。
「難波」とは、自分が威勢を張った大坂のことです。
そこで、彼は天下を統一し、関白になり、大坂城を造り、聚楽第を築き、金と女に戯れて遊んで、楽しむだけ楽しんだ人生を送りました…
最後の言葉を訳すと、“今から思えば、朝露が消えるような、アッという間の一生だった…。夢の中で夢を見ているような、儚いものであったことよ”と泣いている言葉なのです。
『私はいったい、今まで何をしてきたのか。思い出など過去のことだというのに。切ない、むなしい…』
「そんな心情が伝わってくるようだね」
そう呟き、見つめる華琳さんに、微笑むと一刀は、こう続けました
大きいか小さいかの違いだけで、俺たちも、やがて同様に、思い知らされる時が来る
俺たちが、生涯、どれだけ全力で地位、名誉、金、財産、享楽などを追い求めても、王様の何十分の一、何百分の一にもならないだろう
秀吉でさえ“夢のまた夢”なら、俺たちには“夢のまたまた……夢”と、『また』がいくつ、付くのか分からないね
これらは、どこまで求めても完成のない『生きがい』だからだと、俺は思うよ
「秀吉の辞世は、『人生の目的』は、これら『生きがい』のほかにあることの明証じゃないかな?」
華琳さんは、首を傾げ、一刀さんを見つめます
「それは…?」
「ふふ。それは、俺には答えられないよ。俺の答えは、どこまでいっても俺の答えだからね。答えは人の数だけ沢山、あると思うから。きっと、その答えは、自分自身で見つけて行かなきゃならないんじゃないかな」
「そうね…」
一刀さんの微笑みに、華琳さんも微笑み返すと、静かに頷きました
周りの子供たちには、少し難しかったようだけど、大人たちは一刀さんの言葉を理解したのでしょう
華琳さんと同じように、皆も小さく頷きました
「最後に、“寂しい、むなしい…”って、言葉は、富や名声を手にした王様ですら、思うことだ。なら、死ぬ時に、“満たされた人生だった”と、笑えた人は、王様よりも、もっと凄い人なんだろうね。幸せは、財産や栄光なんてものじゃ、語れない。じゃあ、本当の幸せって、どこにあるんだろうね?」
『私は…お母さんとお料理する時、楽しいな!』
『ボクは、お父さんが抱っこしてくれた時、嬉しい!』
『ウチはねー、友達と駆けっこしてるときが、楽しいな!』
口々に子供たちが、楽しかったこと、嬉しかったことを声を上げて、話してくれました
「ふふ…。意外と何も持たない子供たちの方が、“幸せ”の在り処を知ってるかもしれないね?」
そう微笑みながら、子供たちの頭を撫でる一刀さんの言葉に、華琳さんを始め、周りにいる大人たちは苦笑を浮かべるしか、ありませんでした
いつから、自分たちは、忘れていたのか…
その温かな手を、その優しい眼差しを、その真っ直ぐな愛情を…
その在処を思い出したとき、皆の顔には笑顔が溢れていました
『勉強になりました。御使い様』
『ありがとうございました!』
「いえいえ。こちらこそ、勉強になりました。有難うございます」
一礼すると、会はお開きとなり、皆、帰って行きます
その背中に、笑顔で手を振りながら、華琳さんと一刀さんは、見送りました
「いい話、だったわ…。とても、勉強になった。ところで、一刀?」
「うん?」
「あなた。こんな所で、こんなことしてて、いいのかしら?」
「うー…ん?(タラタラ…)」
ジト目で、見上げている華琳さんの視線から、逃げることも出来ず、一刀さんは引きつった笑顔で固まります
そうですね?一刀さんは仕事中なんです。警邏はお仕事ですが、民への説法では、お給金は発生しません。残念!
「ジーッ」
「あ、あはは!いやー!これは、立派な警邏ですよ、華琳さん!民への話は、民の心を育んで、道を逸れないように導くことができるからね!“民の未来”を警邏してるんだよ!」
「モノは言い様ね。ふふ。その機転に、今回は負けてあげるわよ。いい話も聞かせてもらったから」
アセアセ!と、取り繕う一刀さんに、華琳さんは苦笑を浮かべると、持っていた紙袋を手渡しました
渡された紙袋を開き、一刀さんは首を傾げます
「どうしたんだ、これ…?“肉まん”?」
「えぇ。美味しかったから…。もう、お昼も近いし、一刀もお腹が…って…だから、その…」
華琳さんは、次第に小さくなり、声まで小さくなっていきました
おやおや、耳や顔は真っ赤ですよ?
「あぁ!俺のために、買って来てくれたのか」
「言わないでよ、ばか…///」
ズバリと言われて、華琳さんはより小さくなってしまいました
「ありがとうー!華琳!」
「ど、どういたしまして…///」
少し、時間が経ち、肉まんは冷めていましたが、暖かい雰囲気に、二人は十分、包まれました
「さっきは、あぁ、言ったけど、可能な限り、これからも民に話をしてあげて?とても、大切な話だと思うわ。平和になった今だからこそ、ね」
キュッと、袖を掴む華琳さんに、一刀さんは微笑むと、強く抱きしめます
「もちろん、華琳とも沢山、話すつもりだよ?」
「もう…///」
さて、皆さんの幸せはどこにあるんでしょうね?
それは、わりと近くにあるかもしれません
“ありがとう”
そんな気持ちを伝えるだけでも、ほっと、心は温かく、満たされていくでしょう
周りの人に伝えてみませんか?日頃のありがとう…
「そうそう。そういえば、華琳。なんで、今日、休みになったんだい?…もしかして、体調悪いとか?」
そうです。冒頭から、気になっていることではありますね
いくら周りが言ったところで、休む華琳さんでは、ないのですが、今日はすんなり、お暇をもらっています
これは、実に珍しく、今まで一緒過ごしてきた一刀さんだからこそ、気付ける違和感でした
「…ふふ。鋭いわね、一刀。でも、違うわよ?体調が悪いわけではないわ」
小さく微笑むと、華琳さんは、一刀に抱きつき、その首に手を回します
「キス、して?」
「ん?珍しいね?」
華琳さんの甘えるような声に、一刀さんは微笑むと、強く抱きしめます
そうですね?日頃、厳格で凛とした姿勢の華琳さんには、これまた珍しいことです
「そうよ?今日は何もかも、特別なんだから」
「特別?」
「そうそう、さっきの話の答えね。少なくとも、私は幸せよ。貴方に出逢えて、結ばれて、本当に幸せ」
「…うん。俺もそう想うよ。華琳と出逢えて、こうして一緒に居れることが、何よりも幸せに想うよ」
「そう、思ってくれて、嬉しいわ。でもね?」
「ん?」
華琳さんは小さく微笑むと、ギュッと抱きつく力を強めて、一刀さんの唇を深く深く…奪いました
「ちゅ…。はぁ…もっと幸せにしてあげるわ」
「んっ……え?」
華琳さんは唇を離すと、抱きついたそのまま、一刀さんの耳元に唇を寄せて一言だけ、告げました…
「赤ちゃん…できちゃった…///」
「……え?」
………
…………
………………
華琳さんの言葉に、一刀さんの時は止まりました…
長いのか、短いのか、それすらも分からないくらい、二人の間に静かな時間が訪れます
「…できたって…できたのか!?子供が?」
「えぇ…。できたわよ、赤ちゃん///性別は分からないけどね?」
「どっちだって、構わないさ!二人の子だ!大事にするよ!」
一刀さんは、泣き笑いで、華琳さんを抱きしめます
華琳さんも目尻に涙を浮かべて、そっと、微笑みました
実は、華琳さん自身も、昨日までは、想像もしていないことでした
それは、今日の政務中に、突然やってきたのです
「はぁ、はぁ…ふぅ…。ごめんなさい。少し、休むわ」
「体調、悪そうですね…?って!お顔が赤いですよ!華琳様!」
「季節の変わり目だから、風邪でも引いたかしらね?少し、休んだら、戻るから、このままでお願いするわ」
心配そうに、魏の三軍師は、華琳さんを見つめます
朝の時点から、あまり、調子が良くなさそうなのは、皆、気付いていました
ゆっくり立ち上がると、ソファに腰掛け、差し出されたお茶を飲みます
「この前の、“人間…どっぐ”でしたか、あの結果は、ご覧になられましたか?」
人間ドッグは、この世界にも、一刀さんの発案で導入されています
病気は早期発見、早期治療が重要だという一刀さんの力説に、国は動かされ、国中の医師が集められました
天の医術を学んだ左慈と于吉が、その指揮を取ることで、最強の医師軍団が出来上り、今も、国中の病と闘っています
また、その値段も、国の補助があり、民も比較的安く診療を受けられるようになりました
さらに“保険”という言葉が生まれたのも、この頃から。おかげで、年間の病や怪我による死亡率は激減したそうです
御使いの知恵で、少しずつ、国は豊かになっていますよ?
頑張ってますね!我らの北郷さん!
「いえ、それが見てないのよ。私だけ、少し気になることが、あるとかで、あれこれ調べられたから、結果がまだなの…」
「あぁ。華琳様は、頭痛持ちでしたね」
「病で一番厄介な場所だけに、より時間をかけて、じっくりやったようですね。確か、一刀殿がかなり、心配していたようで」
「ふふ…心配性なのよ、彼は」
「確かに、そうですね…」
華琳さんの呟きに、皆は苦笑を浮かべると、政務に戻ります
すると、ちょうど扉を開けて、于吉さんが入って来ました
「お邪魔しますよー…。ここに曹操さんはいらっしゃいますかね?」
「あら?これは、これは、医師団長様が直々に、お出ましとは、どうかしたのかしら?」
「はは、やめてください。そんな大層な名前は、私には似合いませんから」
華琳さんの冷やかしに、于吉さんは手を振ると、書簡を手渡して来ます
「この前の検査、遅くなりましたが、結果をお持ちしましたよ」
「そう。ありがとう。後でゆっくり、見させて貰うわ」
書簡を受け取ると、静かに、脇に置く
「あれー?気になりませんかー?」
「え?この結果のこと?」
「えぇ。今、熱っぽく、食欲もなく、睡眠が浅いでしょう?おまけに気だるく、少し政務にも支障が出始めている。違いますか?」
「えっ!?」
くつくつと、笑うとピタリと華琳さんの今の症状を言い当てました
そのことに、大層、驚いた様子で、華琳さんは目を見開きます
「私はこう見えて、天の医者ですよ?顔を見ただけで、その人の症状くらい見抜けますとも」
「さすがね…。でも、風邪でしょ?少し休めば、治るわよ」
華琳さんは、貴方も心配性かしら?と、苦笑を浮かべます
しかし…于吉さんは違いました
少し間を置くと、メガネをかけ直し、少し低い声でこう告げたのです
「本当に風邪だと思いますか?」
「…え?」
その言葉に、華琳さんと周りの軍師たちは、言葉を失いました…
明るい雰囲気は一変、部屋に沈黙が降ります
「違いますよ。風邪じゃありません。では、原因なんでしょうか?もっと、大変なことが、曹操さんの身体の中で起きているとしたら…どうでしょうね?それが、そこには書いてあるんですけどねー?気になりませんか?」
脇に置かれた書簡を指差し、于吉さんは真剣な表情で告げます
「っ…」
置いた書簡を手にして、華琳さんは于吉さんを一瞥すると、緊張の面持ちで、ゆっくりと紐を解き、中をあらためました
そこに書かれた文字に、華琳さんは声を上げることもできませんでした
そこには“妊娠”の文字
「…おめでとうございます。此度の検査で、頭にも、身体にも、異常は見られせんでした。母体は健康です。ですが、無理はお腹の子供には悪影響しかありません。過度な政務はお控えになり、安静にお過ごしくださいね」
「いじわるね、あなた…」
ポロポロと、涙を流して、華琳さんは于吉さんを怒りますが、その顔には笑顔も浮かんでいました
「私の父は、アレですから。私も意地悪になったんでしょうね。いや?元からでしたか。あはは…。お二人の子は、どんな子に育つのでしょうね。楽しみにしていますよ?」
御使いさんと、似た笑みを浮かべると、于吉さんは一礼して、部屋を後にします
「ほぅ…これはこれは!おめでとうございます!今日はもう、お休みされた方がいいですね、華琳様。ゆっくり、休まれてください」
書簡を覗き込んだ軍師たちは、笑顔で祝福を述べると、にこやかに華琳さんを、部屋から送り出したのでした…
そうして、冒頭戻るわけですが、
「なるほどな。検診で、そんなことも分かるようになったのか」
「えぇ。尿を取られた時は、恥ずかしくて、死にたくなったけどね…」
真っ赤になって、華琳さんは一刀さんの胸を叩きます
なんと、妊娠検査薬を自前で作ってたんですよ、于吉さん
“これから必要になるでしょうからねー”
その予想は見事に的中してたようですね
「ていうか、こんな寒いところじゃ、身体に悪いよな!ごめん、気が効かなかった!早く城に戻ろう!」
「も、もう、慌てすぎよ。って!え?ちょっ!」
華琳さんを、お姫さま抱っこすると、一刀さんは城に向って駆け出します
「ま、待って!これは、さすがに!」
「気にするな!軽い!軽い!」
「ち、違うわよ!体重の話じゃないわよ!皆の視線が、恥ずかしいと、言ってるのよ!」
「ふふ!そうか!俺、父になったのか!」
「聞いてないし…もう。…ふふ///」
秋の風は、少し肌寒くありましたが、2人には温かな知らせを運んでくれました
秋だけではなく、冬も、春も、夏も、二人はこれからも、共に歩んで行くんでしょうね
あ、違いました…?そうそう、“三人”ですね!
三人の未来が、幸せに満たされるように、心から願います
「胡蝶の夢の夢の夢の…えっと…閑話休題祭り!始まるよ!」