もう少し話すことあると思うけど、マニア?とホラー?なことしか話していない
修三「目が、目が、あ~!」
陽介「突然どうしたんだい、頭が狂ったの?」
「この『あ~』が難しいんだよね。驚きと絶望の果て、それでも足掻かずにはいられない男の悲哀が表れていたかな?」
「はあ、表れていたんじゃないの」
「これを再現できる奴は中々いないと思う」
「普通は恥ずかしくてやらないからな」
「んなことないよ。この前ネットで見たら流行の兆しがあるらしいよ。とある地域では挨拶代わりに『目が!目が!』って言っているらしい」
「ふーん、嘘だな」
「違うよ、信じてよ」
「そんな挨拶してたら脳を疑われるね」
「はっはっは、君ひどい」
「馬鹿だなあ」
「斎藤陽介、斎藤陽介、斎藤陽介、斎藤陽介・・・ふう斎藤陽介」
「ちょっと何言ってんの」
「いやちょっと挨拶代わりに皆さんに君の名前を知ってもらおうと思ってね」
5月連休。蒸し暑い鹿児島南端の開聞岳の下山道程。下りでも汗が噴き出してくる。連休の人出は多く、小学生から老夫婦まで様々な人が登り降りしている。修三はすれ違う人に斎藤陽介の名をブツブツと囁きかける。すれ違う人は怪訝な視線を向けてくる。
「やめろよ」
「はっはっはっは。みんな不思議な顔して通り過ぎていくよ。お、見ろよあの少女、君をじっと見てるぞ。ひょっとしてこれ、いけるんじゃないか?なかなかの美人さんだよ」
「あっはっはっは、カスが!」
「少女!少女!少女!わー!」
「本当にカスいな」
「ところで、怖い話してもいい?」
「風呂で溺れる話は聞き飽きたよ」
「違うよ。福岡の福智山の話」
「聞いたことある?」
「誰かに話したけど、君には初めてかな。えーと、確か秋だったな」
「、」
「福智山に登頂した後、俺は南のほうへ縦走していった。牛斬山?とかある方向。福智山の頂上は賑やかだけど南への縦走路は本当に人が少なくて。時折、山菜取りのおばさんと擦れ違うくらいで、幾つかのピークを越えた。1時間半はそんな道が続いて、その一つのピークの上で、俺は出会った」
「、」
「犬と老夫婦がシートを広げて休憩していたんだよ。犬はゴールデンレトリバー。ススキや雑草が広がって見晴らしは悪い。さらに雑草の周りには杉とかの針葉樹」
「、それから?」
「ガサガサ音を立てて5メートルほど後ろを通り過ぎたんだから、俺が現れたことに相手も気づいたはずだけど、犬だけがこっちを見ていた。挨拶もしたけど返事はない。俺はそのまま通り過ぎて道に迷って変なところに下山した。下山した後で俺はおかしいと思ったよ」
「、」
「かなりの山奥で辺鄙なマイナールートにぽつんと現れた老夫婦、普段着のような軽装でこんなところに来ることが何かおかしい。それから・・・老夫婦の座っていた場所だな。木立の暗がりの中を向いて座っていたんだよ。普通、休憩するときは明るい方を向いて座るもんだ。暗がりを眺めても何も楽しいことないし。今思えば、あれは自殺だったのかと思うよ。それっぽいニュースも流れてないけど」
「・・・考えすぎじゃない?」
「かもしれない。でもあのルートは二度と行かんよ」
二人は悪路をてくてく歩く。