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第2話 路地裏の子供たち

「やられた……!」


 人通りの少ない道の真ん中で、耕平は頭を抱える。

 犯人は、昨日のあの緑の帽子の少年だ。それ以外に考えられない。

 袋は、紐ではなく布の一部に金具を差し込むようにして取り付け、キーホルダーによくあるようなフックをベルトの部分に引っ掛けていたのだから。取ろうとしない限り取れる事はない。


 耕平、ティアナ、イリサの三人は、少年と出会った道を中心に町中を探していた。




「あの、すみません!」


 耕平達に話しかけて来たのは、みすぼらしい格好をした小さな女の子だった。

 肩まで伸びた赤毛は、毛先がくるんと内側に巻いている。服装からしてセットするような余裕があるとは思えないから、天然の癖なのだろう。


「リナお姉ちゃん見ませんでしたか? ブロンドのショートカットで、緑の大きい帽子をかぶっていて……」

「えっ」


 三人は顔を見合わせる。

 その特徴は、耕平達が探している例のスリの少年とよく似ていた。


「あの子、女の子だったの?」

「いや、でもまだ、同じ子だと決まった訳じゃ……」


 ティアナと耕平の会話に、女の子は食らいついた。


「知ってるの? どこ? どこで見たの!?」

「えっと……」


 耕平は困って視線を泳がせる。

 後から思えば、不自然なぶつかり方。財布を奪ったのは、あの子だと見て間違いないだろう。

 それを、この子に話して良いものか。そもそも、この子の言う「リナ」という子が昨日のスリと同一人物だとは限らない。


「ルカ! リナ姉見つかった? ……あ」


 女の子の元へと駆けて来たのは、黒い髪を二つの団子に結った女の子だった。昨日の、スリの子にハルと呼ばれていた女の子。

 ハルの表情を見れば、彼女が耕平達を覚えている事も、リナが何をしていたのか把握している事も明らかだった。


 ティアナが、びしっとハルを指差して叫ぶ。


「あーっ! あなた、昨日の!」

「……ルカ! 逃げるよ!」

「え、なんで? この人達、リナお姉ちゃんの事知って……」

「逃がさないわよ!」


 ティアナが駆けて行く二人の後を追う。

 相手は子供。そうでなくても、ティアナの足の速さは大したものだ。あっと言う間に追いつき、二人の前に回り込んだ。

 ハルとルカは、慌てて方向転換してこちらへ戻って来る。そして、耕平の目の前で脇道に飛び込んだ。石畳に覆われた大通りとは異なり、踏み固められただけの地面が続いている。


「コーヘイ! 足止めして!」

「はいよっと」


 思い描くのは、壁。

 狭い路地の地面が、ズズッと引っ張られ、せり上がって行く。逃げる女の子達の行く手は、地面から作られた高い土の壁でふさがれた。


「さすがです、勇者様」

「コーヘイ、ナイス! さあ、どういう事だか説明してもらうわよ!」


 耕平とイリサの横を駆け抜け女の子達を壁へと追い詰めたティアナは、腕組みをして仁王立ちになる。

 女の子達は怯えた顔でティアナを見上げる。


「う……。そ、そんな顔したって、泥棒は泥棒なんだからね!」

「ティアナ」


 耕平は声を掛け、ティアナを下がらせる。高圧的になったところで、この子達は仲間を売ろうとはしないだろう。

 耕平はハルとルカの前まで歩み寄ると、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。視線を向ける先は、ルカと呼ばれていた今日初めて会った方の女の子。


「俺達、リナお姉ちゃんを見たよ。君の言うリナお姉ちゃんが、緑のシャツにベージュの上着、茶色いチェックのズボンをはいた、男の子みたいな格好と話し方の子ならね」

「リナお姉ちゃんだ!」

「ルカ!」


 やはり、ルカは昨日の事を知らない。ハルは黙らせようと彼女の腕を引くが、逃げ出せないこの状況ではそれ以上の妨害はできなかった。


「リナお姉ちゃん、朝起きたら、いなくなってたの。朝はいつも、わたしたちが起きるのを待って、一緒に川へ水を取りに行くのに」

「今朝からか……ごめんね、俺達がリナお姉ちゃんに会ったのは、昨日の夕方なんだ」

「なんだぁ……」


 ルカはがっくりと肩を落とす。

 耕平は、隣でギラギラとこちらを睨んでいるハルへと目を向けた。


「それじゃ、今朝からリナは行方不明なんだな? 最後にリナを見たのはいつ?」

「あなたに関係ないでしょ」


 ツンとハルはそっぽを向く。ルカが答えた。


「昨日の夜だよ。おやすみした後、夜中に出て行くリナお姉ちゃんをミッちゃんが見たって」

「ミッちゃん?」


 こくんとルカはうなずく。


「ミッちゃんはね、わたしと同い年なの。リナお姉ちゃんは、一番お姉さん。次がハルちゃんで、その次がチーちゃんで、次が私で、一個下がタッくんで……」

「ちょ、ちょっと待って。君達、何人いるの? 何の集まり?」


 次々と連ねられる名前に、耕平は慌てて口を挟んだ。ルカは大きな瞳をパチクリさせる。


「家族だよ。わたしたち、一緒に暮らしてるの」


 そう言うと、ルカはにっこりと笑った。






 魔法で造った壁を地面に戻し、ルカの案内で路地を進んで行く。右へ左へと袋小路を曲がり、辿り着いた先は建物に三方を囲まれた行き止まりだった。

 そこには、ハルとルカも合わせると全部で六人の子供達がいた。女の子だらけの中、一人だけ男の子もいる。どの子も、日本の基準に合わせれば未就学児か、せいぜい小学校低学年くらいだろう。

 皆、リナの行方を案じ、不安げな様子だった。あまりに幼くて街中を探し回る訳にいかない子供達は、ここでリナの帰りを待つしかないのだ。


「こんなに子供がたくさん……」

「わたし達、みなしごなの」


 ハルが言った。もう、だんまりはあきらめたらしい。


「みんなでここに住んでる。人に見つかったりとか天気とかで場所は変わる事もあるけど、みんな一緒なのは変わらない……一番年上のリナ姉は、みんなのお母さん代わりだった」


 幼い男の子が暗い顔でうつむく。


「リナちゃん……どこ行ったんだろ……」


 耕平は、ポンとその頭に手を乗せる。


「俺達も探してみるよ。一人でも多い方が、探しやすいだろ?」


 ぱあっと男の子の表情が明るくなる。


「お兄ちゃん達も、探してくれるの?」

「ああ。だから、そんな暗い顔するなって。この中で男はお前だけなんだから、皆を守ってやれよ」

「うん!」


 男の子は、強くうなずいた。






 子供達には大きな口を叩いたものの、リナの捜索は難航した。聞き込みをするも目撃情報は得られず、リナがいなくなった夜となると、外に出たと言う人さえ見つからなかった。


「もう、盗んだお金で遠くに逃げちゃったんじゃないの?」


 どこを探しても手がかりさえ得られず、ティアナが根を上げたように言った。

 街の中心にある学校へと、聞き込みをし終えたところだった。ここでもやはり、リナらしき人物を見たと言う情報は得られなかった。


 授業が始まったのだろう。窓からは、チラホラと席の空いた教室で子供達が一定方向を向いて座っているのが見える。壁際には、子供達の鞄が端から端までぎっしりと並んだ棚。

 その光景は、耕平の通っていた高校によく似ていた。


「盗んだ金を持って逃げたとして、あの子達を置いて行くかな」

「それは……まあ、あんな小さい子達を置いて逃げたなんて思いたくないけど……でも、どうしようもない事ってあると思う。どんなに普段は笑顔で接していても、その裏ではこんな子いなければいいのにって、足手まといだって、そう思われてる事ってあるから……」


『柴田くん、どのグループにも入ってないの? あー、そっか、割り切れないから……』

『じゃあ、柴田はリーダー同士がジャンケンして勝ったところで』

『え? 勝ったところに来るの?』

『おい、バカ』

『勝ったところだよ。一人戦力増えるんだからいいだろ』


 体育、グループ作業、修学旅行や校外学習の班。いつも、耕平は余り物だった。

 何も、いじめられていた訳でも嫌われていた訳でもない。皆、ただ仲の良い者同士で組もうとしただけだ。最終的にはどこかしらに入れられたが、いつも疎外感を感じていた。

 嫌味を言われた訳じゃない。親以外の人に殴られた事もない。

 しかし、歓迎されていないのはありありと伝わって来た。


「……俺は、そんな風に思ったりしない。ティアナは、足手まといなんかじゃない。大切な仲間だ」

「べっ、別に、私の事じゃ……!」


 ティアナは頬を紅潮させ、あわあわと両手を振る。


「リナだってきっと、何かあっただけなんだ。街の入り口へ行こう。もし外へ出たなら、門番が見ているはずだろ?」


 そう言って街の出入口へと向かったが、耕平は不安だった。

 もし、ティアナの言う通り、リナが子供達を見捨てて逃げ出していたとしたら?

 子供達に何て説明しよう。ティアナも、ショックを受けるだろう。


 そして、耕平自身もそんな事はあって欲しくなかった。

 この世界は、今までいたあの世界とは違う。こんな所に来てまで、人の嫌なところなんて見たくない。




 幸か不幸か、門番もリナの姿を見てはいなかった。


「何人か街から出た人はいるけど、旅人らしき男性ばかりだよ。子供はいなかったなあ……」

「この子より少し小さいぐらいの子供が隠れられるような、荷物を持った人は?」


 参考としてイリサを視線で指し示しながら、耕平は問う。

 門番の答えは、ノーだった。


「いなかったよ。皆、君と同じような荷物の少ない人ばかりだ。だから、旅人だろうと思ったわけだからね」


 八方塞がりだった。子供達を裏切って逃げた訳ではないようだが、もう他にどこを探して良いかわからない。

 奪われた財布を探す体で憲兵の所へは真っ先に向かったが、昨日からの間にスリで逮捕された者はいなかった。




 夕方になり、耕平達は子供達のいる路地裏へと戻った。

 ハルもルカも戻って来ていて、子供達はどこかの店からもらって来たらしいパンの耳を食べていた。


 耕平達に気付き、ハルがパッと立ち上がった。じっとこちらを睨みつけて来る。まだ耕平達を警戒しているのだろうか。

 他の子供達も気付き、耕平達を見上げる。どう言う訳か、皆、きょとんとした表情。


「お兄ちゃん達、だあれ?」


 そう言ったのは、ルカだった。


「え……忘れたのか? お、俺だよ、俺」


 思わず、まるで詐欺電話のような返答をしてしまう。それから慌てて言い直した。


「リナお姉ちゃんの事、一緒に探すって約束しただろ? 何も手がかりは掴めなかったけど、一応、伝えた方がいいかと……そっちもどうだったか気になるし」


 ルカはきょとんとした顔でハルと顔を見合わせる。ハルも警戒は解き、きょとん顔に変わっていた。

 何だろう、この気持ちの悪い違和感は。


 ルカとハルは再び、耕平達に視線を戻す。ハルが口を開き、その言葉を口にした。


「……リナって、誰?」






 子供達は完全に耕平達の事、そしてリナの事を忘れていた。なす術もなく、耕平達は宿へと戻った。


「きっと、リナが帰って来たのよ。皆でかばってるんじゃない?」


 ティアナはベッドにドスンと腰を下ろし、枕を抱きかかえて口を尖らせる。


「私達だって心配して探していたのに、バカみたい。もうあのお金、このままあげちゃっていいんじゃない? 元々、貧しい人を救うためのものだったんでしょ?」

「それはそうだけど……全額は困るよ。ここの宿代だってあるし」


 とは言え、どうしようもないのも事実だ。あんな事情を知ってしまうと、強く出るのも気が引けてしまう。


「どうしますか、勇者様?」

「仕方ないな……明日、俺が一度家に戻って、また売り払えるものを持って来るか。魔法を使えば、そんなにかからないだろ。とにかく、今日はもう寝よう。街中を歩き回って、クタクタだ」

「今日はコーヘイ、ベッド使う?」


 部屋にはベッドが一つしかなかった。空き部屋が一つ、それも一人部屋しか見つからなかったのだ。

 幸いソファがついていたので、一日目はティアナとイリサがベッド、耕平はソファで睡眠をとった。


「いいよ。俺は、今日もソファで。ソファに二人は狭いだろ」

「もちろん、ベッドが二人でソファが一人……あっ」


 言いながらティアナは気付いたのか、顔を赤く染める。耕平がベッドで寝れば、ティアナかイリサか、どちらかが耕平と寝る事になってしまうのだ。


「勇者様だけずっとソファなんて、申し訳ないです。イリサはソファでも構いませんから……」

「えっ、なっ、ちょ、えっ」


 ティアナは顔を真っ赤にして、言葉にならない声を上げる。


「そんな、イリサだけソファに寝させるなんて、悪いからさ……」

「では、三人でベッドに寝ましょう。少し狭いでしょうが、無理ではないかと……」


 無理ではないだろう。だが、狭い。明らかに狭い。互いに密着した状態になるだろう。もう眠るどころの話ではない。


「勘弁シテクダサイ……」


 耕平は力なく言った。


 結局、今夜もティアナとイリサがベッド、耕平はソファで眠る事となった。毛布をかぶりながら、耕平は明日使う魔法に思いを馳せる。

 ○斗雲的な何かを出して空路を行けば、森の中を通るよりは魔物による足止めも少なく済むかもしれない。それに、少し楽しそうだ。

 静かな闇の中、明日を楽しみに、眠りに落ちていく。




 ――そしてその晩、イリサが消えた。

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