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第1話 緑の帽子の少年

 中世ヨーロッパのような街並み。

 山の方に出る魔物から身を守るためだろう。街は、高い塀で囲まれている。


 山道とは全く異なる白い石畳みの道を踏みしめ、耕平は財宝の積まれた手押し車を押して歩く。その足は重く、目元にはクマがあった。


「コーヘイ、眠そうだね」


 ティアナが、耕平の顔をのぞき込む。イリサも、心配そうな顔で耕平を見上げる。


「勇者様、大丈夫ですか……?」


 ――誰のせいだと思ってるんだ……!


 耕平の脳裏に、昨晩の事が蘇る。






 耕平、ティアナ、イリサの三人は街を探して山を下って行ったが、その日の内にたどり着くことはできなかった。


「今日はここまでにするか。テントでも張って……」

「待って」


 魔法でテントを作り出そうとした耕平を、ティアナが止めた。


「山の中は、魔物が出るのよ? それも夜となれば、こっちの視界は効かなくなる。見張りを立てて、目立たないように隠れて寝た方がいいんじゃない?」

「それもそうか」


 まずは、耕平が見張りをする事になった……の、だが。




「勇者様……」


 ティアナとイリサは茂みに隠れるようにして眠り、耕平は一人、近くの木を背にして座り込んでいた。辺りに魔物の気配は無い。

 静寂を破ったのは、イリサの控えめな声だった。


「どうしたんだ? 眠れないのか?」


 こくんとイリサはうなずく。


「……一緒にいても、いいですか?」


 耕平はうなずく。イリサは、寄り添うように耕平の隣に座った。

 冷たい夜風に、ぶるっとイリサの身が震える。


「寒いの?」

「少し……」


 耕平は肩の部分にあるマントの留め金を外すと、イリサの肩に掛けた。


「それ、使いなよ」

「でも……そしたら、勇者様が……」

「俺は大丈夫だから」


 イリサは、マントを耕平の肩にも掛けようとする。しかし、元々耕平の肩幅しか無い布。さすがに二人分はなかった。マントは上の部分が肩に付けるために絞られていて、横向きでは上手く掛からない。

 赤い布をどうにか耕平にも掛けようとくるくる回すイリサに、耕平は笑った。


「いいって。もうだいぶ山を下って暖かくなってきたし、これくらいなら俺は大丈夫だよ」

「では、イリサが勇者様の毛布になります」

「え?」


 耕平が言葉の意味を考える間もなく、イリサは耕平の胸に頭を預けるようにして倒れ込んだ。


「えっ、ちょ、イリサ……!?」

「……勇者様、温かいです」


 耕平に寄りかかったまま、イリサは上目遣いに耕平を見上げる。


「勇者様も、温かいですか……?」

「あ、うん、まあ……」


 思わず、耕平は答える。イリサはふわりと微笑った。


「良かった……」


 乱暴に引き剥がす訳にも行かず、かと言って抱き締めるなんて出来るはずもなく、耕平は座ったまま硬直してしまう。


「……イリサには、居場所がありませんでした」


 ぽつりと独り言のように、イリサは呟いた。


「故郷の村を失って、あの場所がイリサの居場所なのだと思い込もうとしました。でも、違った。あそこはいつも、怖かった……」


 ぎゅ、とイリサは耕平の服を握る。


「勇者様のおそばは、安心します……」


 そしてそのまま、イリサは眠りに就いてしまった。


「えっ、ちょっ、イリサ、このままは……」

「コーヘー!」


 ドン、と斜め後ろから衝撃があった。ティアナが、耕平の首に抱きついて来たのだ。

 肩に当たった柔らかな感触は、すぐに離れた。


「良かったー! イリサも、ここにいたのね」

「な、なんだよ、どうしたんだよティアナまで……」

「だって、目が覚めたら誰もいないんだもの! 置いて行かれたのかと……」

「こんな危ない所でティアナだけ置いて行く訳ないだろ。とにかく、もうちょっと声落として……イリサ、寝てるから」

「あっ、ごめん」


 ティアナは苦笑しながら、耕平の横に膝を抱えて座る。


「子供の頃、よくやられたのよね。村の外に出掛けて行った時に、一人置いて行かれたりとか、逆に皆隠れちゃって気付いたら私一人だけ進んでたりだとか」

「あー……」


 耕平は、言葉にならないうめき声をあげる。

 ティアナの思い出話は、耕平にも身に覚えがあるものだった。もちろん、耕平もやられる側だ。ティアナは笑い話のように話すが、耕平からすれば「おいやめろ」系の話だ。


 ふとティアナは押し黙る。その視線は、耕平達の方へと注がれていた。

 耕平と、耕平に身を預ける姿勢のまま眠ってしまったイリサ。


 ティアナは、パタンとその場に寝転がる。

 耕平の膝を枕にして。


「私もここで寝るわ」

「え、そ、それは構わないけど、なんで俺の足を枕に……」

「だって、私だけ仲間ハズレみたいじゃない。……ダメ?」


 眉尻を下げ、耕平の顔色を伺うように、ティアナは問う。そんな顔で尋ねられて、邪険に出来るわけがない。


「いや、別に、ダメとかじゃ……」

「えへへー。ありがと、コーヘイ。じゃ、代わりに三時間交代の所を一時間早く代わってあげるね」

「いいよ、そんなの。それより、しっかり寝とけ。通常の戦闘じゃ、ティアナの方が、目が効くし反射神経も良くて、頼ってばかりなんだからさ」

「え、そう? コーヘイ、私なんていなくても強いじゃない」

「そんな事無いよ。俺はこの力、手に入れたばかりだし、戦闘はまだ慣れないから。ティアナがいてくれて、すごく助かってるよ」


 ティアナは大きな目をパチクリさせる。そして、照れたように目を泳がせた。


「あ、ありがとう……なんか、そんな風に言ってもらえたの、初めてで……」


 ティアナは、魔導士の村で育った。そこでは剣の才能は認められず、魔法を使えないティアナは落ちこぼれとして蔑まれていた。

 挙げ句の果ては、村を守るための生贄として差し出される程に。


 耕平はそっと、ティアナの頭を撫でる。栗色の髪は柔らかく、さらりと滑らかな指通りだった。


「ふぇっ!? コ、コーヘイ!?」

「だから、しっかり寝て、体力温存しておけよ。頼りにしてるんだから」

「……うん」

「あ、でもこの体勢はちょっと……って、もう寝てるのかよ!? 早っ!」


 ティアナは耕平の膝に頭を乗せ、すーすーと小さな寝息を立てていた。


「って事は、まさか三時間このまま……?」


 それからきっかり三時間後にティアナが目を覚まし見張りを交代した。

 しかし、眠ったままのイリサは耕平を離さず、ティアナもそばにいたがり、結局その晩耕平は一睡もできなかった。








「結構な額になったなー」


 空になった手押し車に腰掛け、耕平は紙幣を数える。

 この世界の通貨は、もちろん日本のものとは異なる。しかし、紙幣と硬貨の存在する額は日本円と同じようだった。計算がしやすくて助かる。


「こうして見てると、本当に勇者なのか疑わしくなるわね……」


 紙幣をめくりニンマリする耕平を見てティアナがぼやくが、何も聞こえなかった事にする。これだけの金を手にすれば、眠気も吹っ飛ぶと言うものだ。

 手に入れた金を財布代わりの腰の袋に入れると、耕平は立ち上がった。


「さて、今夜の宿を探すとするか」




 空の荷車を押し、三人は歩き出した。

 しかしどうにも、通りに人気が少ない。道は広く、左右には商店が立ち並ぶ。街の門からも一直線に続いている道だ。間違いなく、ここが最も栄えた通りだろうに。

 立ち並ぶ店々も、シャッターを下ろし閉め切っている所が多い。


「何か……寂しい街だね……」


 ティアナの言葉に答えたのは、耕平でもイリサでもなかった。


「この街は、死霊が出るからね」


 キャスケットと言うのだろうか。ツバのある大きな緑色の帽子をかぶった少年だった。顔は帽子に隠れて分からないが、小柄なイリサよりも背が低い。声の高さからも、三人より年下だろう事が伺えた。


「しりょう……?」

「実体を持たない悪霊さ。お兄さん達も、日が暮れる前に早く宿を見つけた方がいいよ。夜になったら、死霊にさらわれちゃうかもしれないから」

「さらうって……魔物みたいなものじゃないのか? それが、街に?」

「最近は多いよ。普通は墓場とか廃墟とか、そう言う薄暗くて人気の無いところに出るものみたいだけどね。死霊は、生きてる人からエネルギーを吸い取るんだ。だから、餌を求めて街にまで出て来たのかも……」

「お兄ちゃーん!」


 耕平の後ろから声がした。

 振り返れば、黒髪を二つのお団子にした小さな女の子が道の先にいた。少年の知り合いのようだ。


「ハル!」


 そちらへ駆け出そうとした少年は、耕平に当たってよろける。

 耕平はとっさに少年を支えた。


「おっと。大丈夫か?」

「ありがとう。それじゃ、お兄さん達も気を付けてね!」


 少年は明るい声で言うと、幼い女の子の方へと駆け去って行った。




 財布を奪われた事に気付いたのは、宿で休み、翌朝になってからの事だった。

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