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第3話 唯一の居場所

「また、やられたそうよ」


 村の人々が囁き合う。

 ここ最近、アジトを移したのか、頻繁に聞かれる山賊の噂。今日もまた、罪もない人々が犠牲になった。


「峠の向こうの村ですって。怖いわねぇ……」

「あら。イリサちゃん、出かけるの?」


 道端で噂話をしていた近所の者達が、村を出て行くイリサに目を向ける。

 イリサはこくんとうなずいた。


「冬が来る前に、薪を集めておきたいから……」

「気をつけてね。山には山賊が出るのだから。あまり遠くへ行っちゃダメよ」

「うん」


 にこやかに、でも少し心配げに見送る彼女らに、小さく手を振りイリサは出掛けて行った。

 人里を離れると、魔物が出没する。世界にはそれらを倒し、旅をする勇者や戦士や魔導士と言った者達もいるが、イリサが使えるのは回復魔法とちょっとした結界だけだ。それだけで魔物と戦うなんて、到底できない。山賊の噂がなくとも、そう遠くまで行くつもりはなかった。


 あまり森に深入りしないよう気をつけながら、薪を拾う。

 それが起こったのは、陽もだいぶ傾き、空が紅く染まって来た頃だった。


 辺りに響き渡る、つんざくような甲高い鳴き声。


 魔物だ。


 震え上がってキョロキョロと辺りを見回したが、それ以上物音は聞こえなかった。

 薪のカゴを背負い、森を進むと、木に背を預けて座り込む一人の男と遭遇した。男のそばには、横たわる巨大な狼のような生き物。その顎下には、宝石に飾られた剣が突き刺さっている。

 どうやら、先ほどの鳴き声は断末魔だったようだ。


「いっ……」


 短く呻く声に、イリサは男へと視線を戻す。

 派手な色の服で目立たなかったが、男の足は血に濡れていた。


「大丈夫ですか!?」

「ああ……と言いたいところだが、立つのは無理そうだな。まあ、仲間がその内探しに来るだろうから……」


 イリサは男のかたわらに屈み込んだ。そっと傷口に手を掲げ、呪文を唱える。

 青い光が男の足を包み、傷口はたちまちふさがれて行った。


「お前……回復魔法が使えるのか」

「これくらいしか出来ませんが……」

「ありがとよ、助かったぜ。あのデカブツを倒したはいいが、爪にやられちまってな」

「やっぱり、あなたが魔物を倒したんですね。ありがとうございます」


 イリサは頭を下げる。男は目をパチクリさせていた。


「なんでお前が礼を言うんだ?」

「あの魔物が倒されていなかったら、今頃、私が襲われていたかもしれないし、すぐ近くには村もありますから……」

「ほう……この辺りにも村があるのか」


 男はスッと目を細める。その表情の意味を、この時のイリサはまだ分かっていなかった。

 イリサは立ち上がると、薪を背負い直した。


「それでは、私はこれで……もう少し薪を集めたいので」


 言って、イリサは男に背を向けた。


 イリサが村へと帰ったのは、陽が完全に落ちてから。

 そこにはもう、イリサの知る村の景色は残っていなかった。

 燃え盛る家々。あちこちから聞こえる悲鳴。


「よお、お嬢ちゃん。さっきは、ありがとよ」


 炎を背に、馬の上から見下ろすのは、イリサが助けたあの男だった。

 彼は、村の者達が持っていたはずの宝石を首や腕にぶら下げていた。








「どこへ行っていたんだ?」


 山賊たちは、森の奥の岩窟をアジトにしていた。

 山賊たちが造ったのか、それとも元々住んでいる人がいたのか、イリサは知らない。岩窟は地下まで続き、牢や盗品の保管庫として使われていた。

 岩窟に入ってすぐの所は広間になっていた。広間の出入り口は二つ。一方は外への出口。もう一方は、イリサが歩いて来た奥へと続く道。

 広間の壁には武器や絵画が飾られ、まるで一つの部屋のようだ。広間の壁沿いには、山賊たちのボスの席があった。

 イリサが助けた、あの男。山賊たちのボス。

 ボスはどこかから盗んで来たのだろう大きな椅子にふんぞり返り、言った。


「あの男の売却先は、今、手下に探させている。二人とも剣を持っていたからな、弱っちい男だったが、魔物相手に戦えるだけの体力はあるんだろう。いい金になるぞ。女の方は、ここに置くつもりだ。良かったな、お友達が出来て」

「……」


 イリサは黙ってうつむく。手下たちが捕らえてきた男女の二人組。男性の方は軽装にマント、剣、薬と勇者風の装備で、女性の方は剣こそ荷物の中にあったものの白いワンピース一枚と言う軽装だった。


「仲間が出来るからって、変な気は起こすなよ。解ってるな? お前が俺の怪我を治したから、お前の村は無くなったんだ。お前はもう、立派な山賊だ。ここ以外に居場所はない」


 イリサはただ無表情でうつむく。

 解っている。村が無くなったのは、イリサのせい。イリサが男を助けたから。山賊に、村の存在を教えたから。


 イリサにはもう、ここしか居場所がない。


「……そう言う事か」


 怒りを押し殺したような静かな声が聞こえ、イリサ達は振り返った。

 広間の入口に立つのは、囚われていたはずの二人の男女。


「な……てめぇらは、牢に入れてたはず……! イリサ! お前が逃したのか!?」

「鍵なんか無くても、あんな鉄くず簡単に抜けられるんだよ」


 耕平は冷ややかに言い放つ。


「くそッ……かかれー!」


 ボスの指示で、手下達は一斉に二人へと襲いかかった。


 一陣の風がそよぐ。

 カンカンと音を響かせて、大理石の床に幾つもの刀身が落ちた。二人を取り囲む山賊たちは、刃先を寸断された己れの剣を唖然と見つめる。


「女だからって、見くびらないでよねっ!」


 ティアナは目の前の男に剣先を突きつけ、パチンとウィンクした。

 男達は尻込みする。


「武器ならいくらでもあるだろ! もう商売はいい、男を殺せ! 弱い方を先に片付けろ! 仲間が死ねば、その女も大人しくなるだろう」


 耕平達がいる奥とは反対側の壁に掛けられた弓を、手下の一人が手に取っていた。

 放たれた矢は、空中で見えない壁に当たったかのように弾かれた。


「な……っ」


 山賊たちは絶句する。新しい武器を取ってきた他の手下達も加わったが、矢も剣も、見えない壁に阻まれ、耕平には届かない。


「――そろそろ反撃させてもらうとするか」


 そう言って耕平が作り出したのは、大きな散弾銃。


「ヒャッハー! 汚物は消毒だー! ……つっても、麻酔銃だけどな」


 山賊達へと乱射し、それが何かも分からない彼らは逃げる間もなく倒れ伏す。

 ティアナも剣を手に、山賊たちを舞うように斬り倒して行く。


「や……めて……」


 乱闘の中、イリサは震える声で呟く。

 まぶたの裏に蘇るのは、燃え盛る村。居場所が失われた記憶。


「私の居場所はここ……ここにしか無いの……」


 目標に当て損ねた矢が、イリサの方へと飛ぶ。


 見えない壁が、それを弾いた。

 イリサの前にあるのは、耕平の背中。


「君の居場所は、こんな所じゃない。君は何も悪くない」


 小回りが利くよう拳銃へと形を変えた武器をぶっ放しながら、耕平は背後のイリサに囁いた。


 そして、出口の方へと目を向ける。

 手下達が戦う中、ボスはこっそり逃げ出そうとしていた。倒れ伏した手下達を大きな鳥籠でひとまとめにし、ボスへと投げつける。

 鳥籠は見事命中し、ボスもろとも外の崖を落下した。後を追い、耕平は崖の上に立つ。


「人の善意を無碍にして、あろう事かそれに付け込んで脅したりして……俺はお前を、絶対に許さない……!」


 ズウンと地響きが鳴る。

 地面からせり出すようにして現れた土の拳に山賊たちは吹っ飛ばされる。空の彼方まで飛んで行き、キラリと光り消え去った。






 無人の岩窟から、耕平はせっせと物を持ち出していた。宝石やら服やらを、魔法で出した手押し車に積んで行く。


「……もらっちゃうの? いくら悪い奴らの物でも、ちょっと……」

「別に、私利私欲のためじゃない。旅をする中で、金があれば助かるような人達にも会うかもしれないだろ?」

「貧しい村に配って歩くって事?」

「ティアナって結構バカだろ……」

「何よー! バカって言う方がバカなんだからね!」


 ティアナはぷくーっと両頬を膨らませる。子供のような反応に少し笑いながら、耕平は言った。


「街で換金するんだよ。財宝の状態で持っていても、かさばるし手間なだけだからな」

「なるほど」


 財宝は、運びきれないほどあった。かと言って残りをこのままにしておけば、また山賊たちが戻って来るかもしれない。

 外に佇み、耕平は岩窟の入口を見つめる。


「岩窟自体も住処として申し分ないし……ちょっとセキュリティ上げとくか」

「せきゅりてぃ?」


 首をかしげるティアナを、耕平は手招きする。


「ここに手を当てて」

「こう?」


 ティアナは耕平に言われた通り、岩肌に手を当てる。耕平もその隣で岩肌に触れた。


 ゴオオオと低く岩の壁が唸る。ぽっかりと空いた入口はみるみると縮んで行く。

 やがて入口は完全にふさがれ、新たに造られた横開きの自動ドアだけが地面に残された。

 ティアナは目をパチクリさせる。


「な、何をしたの?」

「入口を地下に移したんだ。指紋認証式のオートロック。これなら、あいつらが戻って来ても中に入るどころか、入口がどこでどう開けるのかさえ判らないだろ」


 耕平は、手押し車を振り返る。


「本当は元の持ち主に返せたらそれが一番いいんだけど、現実的に考えて難しいからなあ……」

「彼らは人里を荒らす際、いつもそこに住む人達を皆殺しにしていました……持ち主は皆、もう、残ってないと思う」


 そう答えたのは、イリサだった。

 耕平とティアナから少し離れた所に立ち、岩窟の入口があった場所を見つめていた。


「お前、これから行く当ては?」


 耕平の問いかけに、イリサはゆっくりと首を左右に振る。


「私の村は、彼らに殲滅されてしまいましたから……」

「それじゃ、一緒に来ないか?」


 イリサは目をパチクリさせる。

 そして、うっとりと頬を染めて微笑んだ。出会ってから初めて見せた、笑顔だった。


「ありがとうございます。勇者様は、私を助けてくれました。ここにある財宝と同じく、イリサの身も心ももう勇者様のものです。どうぞ好きにしてください」

「え、す、好きにって……」


 健全な男子高校生である耕平の脳裏を思わずやましい発想がよぎっても、誰も責められないだろう。

 ティアナが慌てたようにイリサへと駆け寄り、彼女の両手を握った。


「そ、そこまで尽くす必要なんてないのよ! これからは、自由なんだから。イリサは、これからどうしたいの?」

「私が、どうしたいか……」


 イリサはきょとんとティアナを見上げる。

 そして、言った。


「私……勇者様のおそばにいたいです。ご一緒させていただけますか?」

「コーヘイ!」


 ティアナは明るい笑顔で、問うように耕平を振り返る。

 耕平もニッと笑う。そして、問うまでもないその答えを返した。

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