第2話 癒しの魔法
薄暗い地下牢へと、二人は投獄された。武器はもちろん、火のそばに置いていた荷物も含めて全て取り上げられてしまった。
手錠のように身体の前で両手を縛った縄はそのままに、男達は牢を去って行った。
途端に、ティアナは立ち上がり駆け出した。通路との間にある鉄柵へと飛び蹴りをかます。
しかし当然どうにかなるはずもなく、ティアナはどさりとその場に落ちた。
「ティ、ティアナ? 大丈夫か?」
ティアナはあきらめず、なおも立ち上がり鉄柵を蹴り続ける。耕平は慌てて間に割って入った。
「無理だよ、足だけでどうにかしようなんて……怪我するよ」
「どいて! コーヘイも聞いてたでしょ? ここに着くまでに、あいつらが話してた内容。持ち物だけじゃなくて、私達の事も、奴隷として売り飛ばすって……!」
「でも、その格好で蹴りは、その……止めた方が……」
思わず視線が下がり、耕平は慌てて顔をそむける。ティアナはハッと気が付いたように、スカートを押さえた。
ティアナは、涙目で恨めしげに耕平を見上げる。
「……どうせ抵抗より服を優先するなら、下着も着せてくれれば良かったのに」
「む、無茶言うなよ! 細かくイメージしなきゃいけないんだぞ!? フリーサイズのワンピースを被せるだけならともかく……だいたい、女の子のなんてよくわからないし……!」
イラストなら描いた事あるなともふと思ったが、この場でそれは言わない方がいいだろう。そもそも、耕平の二次元知識が三次元にも当てはまるとは限らない。
ティアナは真っ赤になり、それから急に意気消沈してうつむく。
「ど、どうしよう……」
ティアナは涙目になっていた。
「とにかく、落ち着けって。ヤマガミを倒すって息巻いてた頃のあの自信はどうしたんだ?」
「だって、剣、盗られちゃったのよ!」
「大丈夫だよ」
「そんな言葉じゃ、安心できないよ……! コーヘイは確かに強いよ。あのヤマガミを倒しちゃうんだもの。でも、荷物は全部……!」
「大丈夫」
耕平は繰り返す。
そして、通路との間にある鉄格子へと目を向けた。
鉄格子の一部が、ぐにゃりと丸い穴を空けるように曲がった。
ティアナは息をのむ。
耕平は「しっ」と口元で人差し指を立てた。そして再び鉄柵へと視線をやる。鉄格子は、元通り穴の無い檻へと戻った。
「俺の力は、呪具も詠唱も必要ない。いつだって逃げられる。……少しは、落ち着いたか?」
ティアナは目に溜まっていた涙をごしごしと拭うと、こくんと首を縦に振った。
カツンと足音が聞こえて、二人は通路を振り返った。
牢へとやって来たのは、長身の男だった。頭にはバンダナを巻き、ネックレスやら指輪やら、大きな宝石をじゃらじゃらとぶら下げている。
恐らく、こいつがお頭――山賊たちのボスだろう。
男は、女の子を一人従えていた。青いショートカットの小柄な女の子。大きな薄紫色の帽子に、前後に大きく布を垂らした白っぽいローブ。
女の子の方は男と違い飾り気もなく、無表情でうつむきがちに歩いていた。
「ほう、お前らか。あの剣やら薬やらの持ち主は。気分はどうだ?」
男はニヤニヤとゲスな笑いを浮かべながら、牢の中へと入って来た。
戸口は、男の後ろ。逃げようと思えば、いつでも逃げられるのだ。両腕を縛られ、荷物もどこへあるのかわからないこの状態で無茶をするのは得策ではない。
耕平はティアナに目で合図を送ったが、残念ながら彼女には通じなかった。
「ふん! いい気でいられるのも、今の内よ! 私達をアジトに連れ込んだ事を、後悔させてやるんだから!」
「ティ、ティアナ」
「へえ……面白いじゃねぇか」
幸い、男はティアナの発言をただの強がりだと受け取ったらしい。
「自分が奴隷として売り飛ばされるかもしれないってのに、泣きもしなければ、暴れもしない……気の強い女は嫌いじゃないぜ」
男の手が、ティアナへと伸びる。ティアナはわずかに身じろぎした。
耕平は咄嗟に、縛られた両腕で男の手をつかんでいた。
ティアナは決して、強くない。逃げなければと焦って暴れていたし、涙目にもなっていた。
この男をティアナに触れさせる訳にはいかない。
「あ? 何だ、お前」
男の拳が、耕平の横面へと諸に直撃した。
耕平は吹っ飛ばされ、冷たい石の床に倒れ込む。
「コーヘイ!」
「ふん、格好つけやがって。男はお呼びじゃねぇんだよ」
そう言って男は、耕平の腹を強く蹴った。
「ぐふっ……」
「コーヘイ!」
横たわる耕平へとティアナが駆け寄る。男との間に割って入るようにしゃがみ込み、男を睨んだ。
「やめて! 卑怯よ、縛られて無抵抗の相手を殴るなんて!」
「ふん……弱っちい癖に格好つけるからだよ。まあ、売り物にならなくなっても困るから、このくらいにしてやるよ。女に感謝するんだな――『俺の』女にな。行くぞ、イリサ」
「なっ、誰があなたなんかの……!」
青い髪の女の子を引き連れ、男は牢を出て行った。
男の足音が去り、耕平は身を起こす。
「コーヘイ! 大丈夫なの……?」
「ああ、うん。かなり痛かったけど、心配ないよ。さっきも、別に気絶してた訳じゃないし」
「それじゃ、どうして反撃しなかったのよ? コーヘイの魔法なら、あんなやつ一撃でしょ?」
「俺たちは武器を持ってたんだ。戦えるって事くらい、奴らにだって簡単に想像がつく。そしたら、扉の向こうに仲間を待機させてるかもしれないだろ。俺の魔法だけで出口まで辿り着けるかわからないし、警戒されたら逃げにくくなるだろ」
「あ、なるほど。さっすが勇者様! 頭いいねぇ」
少し考えれば分かりそうなものだが……。
ヤマガミの特性を調べもせずに戦いを挑んでいた事と言い、もしかしてこの子は少々頭が弱いのだろうか。
そんな風に若干失礼な事を考えていると、再び足音が近付いて来た。
檻の外に現れたのは、青いショートカットの女の子一人。確か、イリサと呼ばれていたか。
イリサは耕平とティアナの檻の前で立ち止まると、耕平に向かって小さく手招きした。
「え……俺?」
イリサはコクンとうなずく。
「鍵……無いから、そっちまで行けない……」
助けに来てくれたと言う訳ではなかったようだ。耕平は戸惑いつつも、鉄柵へと歩み寄る。
柵を挟んでイリサの目の前に立つと、彼女は耕平の頬に手を添えた。
「え、ちょ……」
身じろぎする耕平にも構わず、イリサは無表情で唱えた。
「ア・ドーウィン・トーィル・メー・ハーリン・ソーラス」
ぽう……と視界が青く光る。眼前だと言うのに不思議と眩しくはなく、彼女の手が触れている部分がほんのりと温かく感じられた。
光が消え、イリサは手を放した。
顔も、腹も、痛みはもう無くなっていた。
耕平は、そっと自分の顔に触れてみる。切れたはずの唇が治っている。恐らく、痣も無くなっている事だろう。
「治してくれたんだ……あ、ありがとう」
「私には……これしか、出来る事が無いから……」
イリサはうつむきがちに答える。
それから、耕平、そしてティアナを交互に見上げて言った。
「彼らに抵抗しようなんて考えない方がいいです。ボスは女性がお好きだから、反抗しない限り、女の子は悪いようにはしないと思う……。男の人も、彼らがやっているのはあくまでも商売だから、大人しくしていれば暴力を振るわれる事はないと思います」
「でも、売られた先でどんな扱いを受けるかなんて分かったものじゃないだろ」
「それは……」
イリサは言い淀み、再びうつむいてしまう。
「あなたみたいな子が、どうしてあんな奴らと……」
そう問うたのは、ティアナだった。
耕平も同感だ。どう見ても、山賊の一人だとは思えない。
「私は、この魔法で村の人達を殺してしまったから……」
そう答える彼女の顔はやはり表情に乏しいが、どことなく悲しげに見えた。