第5話 勇者と魔王
フッとティアナの姿が掻き消える。
「幻覚……!? そうか、サティーの時点で、術師の存在に気付くべきだったな」
「あらぁ、仕方ないわぁ。それだけ、私の術が完璧だったって事だもの」
木々の間から純白のドレスに身を包んだセレーネが姿を現わす。魔王は、スッと目を細める。
「……幻覚か」
「よく分かったわね」
「影がない」
セレーネは少し、目を見開く。そして、薄く笑った。
「本当に、コーヘイくんなのね。目の付け所が同じだわ」
魔王は答えない。ジッと、広場を囲む木々の間へと目を凝らす。
「でも、あなたは彼と比べるにも値しない、つまらない男だわ」
セレーネの煽りに乗る事もなく、魔王は指を鳴らし木々の間に火をつける。火は、そこに隠れるものを炙り出そうとするかのように、瞬く間に木々の間を這い広がっていく。
「こーら、女性と話をするのにそっぽを向いてるなんて、失礼よ?」
セレーネは、魔王の腕にすがりつき、手を彼の頬に添える。
魔王は腕を振り払い、鼻で笑う。
「しょせん、幻影。そうして調子に乗っていられるのも、俺がその力をお前に割り振ったからに過ぎないんだ。今この場で力を消し、無力な存在にしてやる事だって……」
「あら……やめた方がいいわよ。だって、こーんないい思いができるのに、もったいないと思わない?」
セレーネの幻影は、初めて会った時の耕平にしたように、腕を魔王の頭の後ろへ回し、身体を寄せる。
セレーネだけではなかった。ティアナとイリサも現われ、身をくねらせながら魔王へと絡みつく。どの幻影も本人が着ているような服ではなく、薄手で丈の短いベビードール一枚の姿だった。
「ちょ……っ、人の幻影で勝手な事しないでよおぉぉぉっ。だいたい、色仕掛けなんかにコーヘイが引っかかるわけ――」
真っ赤になって茂みから立ち上がる本物のティアナを、耕平は慌てて引き戻し、口をふさぐ。
(ごめん! たぶん、メチャメチャ効いてます!)
幻影たちは肩紐を落とし、見るも露わな姿になって行く。耕平は足元に視線を落とした。
(セレーネ、いくら何でもやり過ぎだ……!)
最初は、耕平とティアナの全力攻撃。二人が一撃でも食らったら、セレーネにバトンタッチと決めていた。
ここぞとばかりにハッスルしている姿が、目に浮かぶようだ。しかしこれでは、味方にも多大な精神ダメージだ。
ティアナは、ペチペチと耕平の腕を叩いていた。
「んー! んんー!」
「だから静かに……」
チラリと視線を上げ、ハッと息をのむ。耕平の手から逃れたティアナが叫ぶ。
「前! 気付かれた!」
地を鳴らし、炎を吹き飛ばし、黒い光線が森を抉る。
後には、焼け焦げたクレーターだけが残された。
「結局、こうするしかなかったか……」
魔王はクレーターの手前に降り立ち、ため息をつく。
その後ろで、白い光が弾けた。
魔王は振り向き、構える。光が弱まり、そこにはサティーを中心として耕平、ティアナ、イリサ、セレーネの面々が立っていた。
魔王の攻撃が届くその一瞬、サティーが耕平たちを瞬間移動で退避させたのだ。
「サキ……!? どうして、そいつらに味方するんだ……?」
「まだ分からないのか。自分で言うのも何だけど、俺はそこまで抜けちゃいないと思うんだけどな」
耕平は魔王を睨み据える。
「お前とサティーの間に何があったのか、俺は知らない。だけど、あんな暗くて狭いところに一人で閉じ込めて、神だなんて仰々しい立場を与えて祀り上げて、そんなのが相手の幸せだなんて俺は絶対に思わない。この子はフィギュアやカードじゃない。れっきとした一人の人間なんだ。お前は、この子の自由を奪おうとしているだけだ」
「奪われる痛みも知らないやつが、知ったような口を利くな!」
魔王は激高し叫ぶ。風が吹き抜け、大地が揺らいだ。
耕平は、ごくりと生唾を飲み込む。
これが、魔王。
服装やメガネの有無こそ違うが、嫌になるほど見慣れた顔。聞き慣れた声。そのせいでどこか妙な親近感さえ持っていたが、その実力は天と地ほどに違うのだ。
「サキは……サティーは、俺のただ一人の仲間だった。理解者だった。お前にとっての、その三人のように。俺達は、お前たちよりももっと長い時間を共に過ごし、もっと多くの困難を潜り抜けてきた。……そう、二人で戦っていたんだ。俺は、自分の強さに己惚れていた。命を失う事なんて、サティーを失う日が来るなんて、考えてもみなかった」
「え……」
耕平は目を見開き、足元に立つ無表情の少女を見つめる。
ティアナの声は、震えていた。
「それって……」
「サティーは死んだ。欲にまみれた人間たちの手によってな」




