第4話 迎撃
闇におおわれた森。ぼっとそこに、火が灯る。木々の間に、いくつもの松明が現れていた。
森の一角、木々が伐り倒されぽっかりと空いた広場に、幼い黒髪の少女が炎に煌々と照らされて佇む。
「ようやく差し出す気になったか……」
フッと闇の中に、青と黒の着物とローブを重ねた姿が現れる。
魔王は、松明の灯りで昼間のように明るい森をぐるりと見渡す。
「まあ、サティーを囮に何か企んではいるようだが……どちらにせよ、同じ事。力も経験も俺の方が遥かに上だ。無駄な足掻きだ」
ふわりと魔王はサティーのいる広場に向かって下降する。木々と同じ高さまで降りたその時、サティーのすぐ後ろの木から一人の少女が飛び上がった。
「やああああっ」
正面からの刺突は、空中で見えない壁にさえぎられる。ティアナは弾かれ、後ろへ飛ぶ。
魔王は背後を振り返る。何のフェイントもない、正面からの全力攻撃。となれば、次は後ろだ。
しかし、誰も来ない。
ティアナは空中に現れた壁を蹴り、再び魔王へと斬りかかる。ティアナが地面まで落ちる事を想定し、背後に気を配っていた魔王は、反応が遅れた。
「く……っ」
魔王の肩から鮮血が噴き出す。
宙で剣を振り下ろしたティアナは、再び宙へと投げ出される。
無防備なその背中に手をかざした魔王の四方を、手榴弾が取り囲む。手榴弾はひとりでにピンが抜かれ、一斉に爆発した。
ぼわっと強い風が吹き、爆風が払われる。魔王が爆発によるダメージを受けた様子はなかった。
次に現れるは、無数の重火器。魔王を取り囲むそれらが、一斉に火を噴く。
連射が終われば、ティアナの剣撃。
耕平とティアナは、絶え間なくあらん限りの力で大技を仕掛ける。
(何なんだ……こいつらは、バカなのか……?)
続けざまの攻撃を軽くいなしながら、魔王は訝る。
二人の攻撃には、何の捻りもなかった。真っ向勝負で魔王に勝てるはずがあるまい。自分が、そこまで抜けているはずがない。何か、奥の手でもあるのだろうか。
混乱する魔王の前に、ティアナが飛び上がる。背後には、耕平。
二人は手にした剣を、魔王へと振りかぶる。
「……ガッカリだな」
青黒い光が弾け、耕平とティアナの胸に一閃が走る。
そして二人は、それぞれ別の方向へと吹っ飛ばされた。
ガサガサと枝葉の間を落ち、地面に倒れ伏す。耕平の胸には、血がにじんでいた。
目の前に、魔王が降り立つ。
「どうした。お前らしくもない。やけにでもなったのか?」
声を出そうにも、息をすると胸がジクジクと痛んだ。魔王は、嘲るような目で耕平を見下ろしていた。
「策がないなら、取るに足らない。当初の目的通り、サティーを返してもらおう」
魔王は耕平に背を向け、サティーの方へと歩み寄る。サティーは動かず、無表情で佇んでいた。
「待たせたな、サキ……もう、こんな危険なところにいる必要はない」
魔王は、小さなその肩に手をかける。
途端、少女の姿をしていたそれは、地面に突き刺さった一本の丸太へと姿を変えた。
「な……っ」
「いつからサティーだと錯覚していた?」
魔王の背後へ、一瞬にしてティアナが肉薄する。魔王は、苦々しげな顔で後ずさった。ティアナの連撃が、魔王を襲う。
「お待たせしました、勇者様……っ」
木々の間から、イリサが耕平へと駆け寄った。
「ア・ドーウィン・トーィル・メー・ハーリン・ソーラス」
青い光が、耕平の身体を包む。胸の傷は、ゆっくりとふさがれていく。痛みは和らぎ、耕平は息を吐く。
「ありがとう、イリサ」
「作戦通りですね。魔王さんは、人の心を操る事はできない……」
耕平はうなずき、上空で戦う魔王とティアナを仰ぎ見る。
ティアナの連撃を避けるため、魔王は再び宙へと逃げていた。ティアナは木々の枝を足掛かりに、何度も跳び上がっては斬りかかる。
魔王が人の思考を操っているのだとすれば、耕平以外の思考も読めるはず。
裏を返せば、耕平以外の者の思考が読めないならば、人の心までは操っていないと言うこと。
それを証明するため、ティアナは提案したのだ。
耕平が作戦型ならば、あえて頭脳戦の苦手なティアナの指示に従う。ガンガン行こうぜとでも言うような作戦とも呼べない作戦だが、それで良いのだ。現に魔王は、耕平達の狙いが読めず、戸惑っていた。
魔王が戸惑えば戸惑うほど、それは耕平の自信へと変わった。
魔王は、人の心を操ってなんかいない。
ティアナ達の好意は、あくまでも彼女達自身の意思だった。
「ナターシャさんとのお話を聞いて、私は確信しました。魔王さんが人心をも操作しているのだとしたら、ナターシャさんが勇者様を糾弾するはずがありません」
「あ……」
盲点だった。
魔王に刃向かった後だ。耕平の士気を削ごうとして、あえて周囲の人々に辛く当たらせると言う事もあるかもしれない。
しかし、それができるならば、耕平達の――サティーの居場所も分かったはずだ。耕平とサティーが街をさまよっている間に、いくらでも襲撃できたはず。
傷が完治し、青い光が消える。
痛みはもう、全くなかった。
耕平とティアナが同時に攻撃を浴びた場合、魔王は耕平の方に注視するだろう。
ヒーラーの存在をつかませぬためにも、魔王が耕平に気を取られている内にティアナを回復させる。耕平が提案した事だった。
魔王の知らない要素は、耕平が考えようとも予測しようがない。
「イリサは、勇者様に救われて嬉しかったです」
耕平の横に膝をついたまま、イリサは言った。
「嬉しかった。幸せだった。何の迷いもなく、困った人がいれば助ける……イリサは、そんな勇者様の事が、好きです。大好きです」
イリサは、照れくさそうに微笑む。耕平は一瞬言葉を失い、それから慌てて言った。
「あ、ありがとう。皆、そう言ってくれて、どんなに俺も救われてるか……」
「お分かりだと思いますが、もちろん特別な意味ですよ? イリサは、あなたをお慕いしております」
「え……」
耕平は、完全に言葉を失う。
何と返して良いのか分からなかった。
適当に旅をして、女の子にモテモテになって、なんて事を考えた事だってある。しかし実際、自分が誰かに告白されるなんて場面は、想像できていなかったのだ。どこかで、自分にそんな事は起こり得ないと思っていたのかもしれない。
「あ……えっと……」
「イリサは別に、お返事を求めはしません。イリサの片想いでも、構わないんです。ただ、伝えておきたかっただけですから」
イリサは手をつき、立ち上がる。
「ただ、こうして、勇者様を想う人がいると言う事をお忘れにならないでください。ナターシャさんの事を、あまりお気にやみませんよう。勇者様は、これからもそのままでいいのです」
最初の内は混乱する魔王に何度か剣を当てることができたが、次第に彼もティアナのスピードと力任せの攻撃に慣れ、防がれるようになって来た。
何度も弾かれ、避けられ、それでもティアナは跳び上がり、剣を振るう。
魔王はスッと二本の指を立てると、ティアナの剣先を挟んだ。剣は固定され、押しても引いても動かせなくなってしまう。
「無関係の者は殺したくないんだけどな……」
「フン……どの口が言うのよ? あなたの生み出した魔物は、たくさんの人達を傷付けたのでしょう。直接手を下さなければ許されるとでも思ってるの?」
「目の前で失うのと、どこかで勝手に死ぬのとでは、感じるものも違うだろう。でもまあ、仕方ないか」
魔王のまとう邪気が、その禍々しさを増す。
彼の背後に揺らめいた影は、鋭い剣となり、ティアナを貫いた。




