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第3話 ココロ

 サティーはまたしても耕平の後をついて来たが、相手をするような気力は湧かなかった。無言のまま街中を歩き、人を避けるように大通りをはずれて行く。


 人気の少ない川辺で、耕平は土手に座り込んだ。

 川は西日を受け、キラキラと輝く。橋のかけられた大きな川で、向こう岸では子供達が水切りをして遊んでいた。投げられた石が、二、三回水面を跳ねて沈む。

 耕平は膝を抱え、跳ねては沈む小石を見つめていた。


 子供達を、親らしき人が迎えに来る。子供達は手を繋ぎ、土手の向こうへと去って行く。

 夜が来ようとしていた。


 ポチャン、と隣から川へ小石が投げ込まれた。

 耕平は、隣を見上げる。サティーが、川へと石を投げ込んでいた。耕平の視線に気付き、じっと見つめ返す。


「……水切りが、したいのか?」


 サティーは首をかしげる。水切りと言う言葉が分からない様子だ。


「水切りって言うんだよ。そんな石じゃダメだ。こう言う、平たい石を選んで……」


 耕平は立ち上がると、拾い上げた石を川へと投げる。チャプ……と小さな音を立てて、石は跳ねることなく水中へと消えた。


「あれっ……」


 サティーは表情を変えることなく、じっと耕平を見上げている。


「お、俺も初めてだから、勝手がつかめなくて……もう一回」


 言い訳するように言って、今度はもっと軽そうな石を探す。

 やはり石は一度も跳ねずに、川底へと沈んだ。


 もう一回、もう一回と、耕平は石を投げ続ける。もう、意地になっていた。


 何度、石を投げただろうか。やっとの事で、石は水面をチャプ、チャプと跳ねた。

 陽は遠くに見える山の向こうにその姿をほとんど隠し、辺りが夕闇に包まれていた。


「やった……!」

「とんだーっ!」


 パチパチと手を叩く音がして、耕平はサティーを振り返る。何を聞いても無口無表情だった小さな女の子は、手を叩きキャッキャと喜んでいた。


 目の前の子供らしくはしゃぐ少女を、耕平は呆然と見つめていた。


 ずっと無表情で、特殊な力を持つ少女。

 彼女は魔王に創り出されたキャラクターなんかではない。やはりこの子もまた、元は普通の女の子だったのだ。


 耕平は、ぎゅっとサティーを抱き寄せる。

 この子も、普通の子供と何ら変わらない。それをあの魔王は――魔王となった耕平は、水晶の迷宮に閉じ込め、笑顔を奪っていたのだ。


「ごめん……ごめんね……」

「こーへー? ……泣いてるの?」


 サティーはきょとんとした声で尋ねる。


 ――この子は守る。絶対に、魔王なんかに渡しちゃいけない。


 これ以上、魔王の好きにはさせない。

 耕平の自分勝手で犠牲者を出してはいけない。


 どんなに力の差があろうとも、彼との戦いは避けて通れないのだ。


 ……例え、耕平一人で立ち向かう事になろうとも。






 外灯の明かりに照らされた夜道を、イリサは一人とぼとぼと歩いていた。

 立ち並ぶ家々からは温かな明かりと美味しそうな夕飯の匂いが漏れ、笑い声が聞こえて来る。それは、かつて暮らしていた山奥の小さな村を彷彿とさせた。優しく、温かかった村の人達。


 しかしそれは、創られたものだったと言う。


 イリサを救ってくれた耕平への思慕さえも、創られたものだったのだろうか。イリサは、耕平のための駒として用意されたに過ぎないのだろうか。

 自分の記憶も感情も、信用できない。何を信じれば良いのか、これからどうすれば良いのか、イリサは何も分からなくなってしまった。


「私も、二人みたいに自信が持てたらいいのに……」


 戦いでも、いつも後ろに下がって守ってもらうばかり。

 剣を振るい、いつも皆の前線に立って戦うティアナ。自信に満ち、迷いなどなくまっすぐなセレーネ。彼女達が羨ましい。


「イリサーっ!」


 イリサはビクリと肩を揺らし、振り返る。

 道の向こうから駆けて来るのは、ティアナとセレーネ。


「良かったーっ。イリサまでいなくなっちゃったのかと……」

「コーヘイくんとサティーちゃん、見なかった? まだ帰って来ないのよ。ナターシャとの事があった後だから、心配で……」

「ナターシャさん、お目覚めになったんですか?」

「あ、そっか……イリサはいなかったんだっけ」


 ティアナとセレーネは、気まずげに視線を交わす。

 ティアナが、何があったのかをイリサに説明した。

 目を覚ますなり、ナターシャはクララの包丁やティアナの剣を奪って自らを刺そうとした事。ナターシャは人としての理性を取り戻していたが、悪鬼として人を襲っていた間の記憶が残っていた事。駆けつけた耕平を、なぜ殺してくれなかったのかと責め立てた事。


「コーヘイ、完全に挫けちゃって、また出て行っちゃって……サティーが後を追って行ったんだけど、夜になっても二人とも帰って来なくって」


 イリサは目を丸く見開いていた。


「ナターシャさんが……勇者様を、責めた……?」

「私たちも、まさかこんな事になるなんて思わなかったわ。死んだら、それまでじゃない」


 厳しい口調で言ったのは、セレーネだった。


「良心が傷むなら、生きていればこれからいくらだって償える。忘れて幸せになったって、誰も責めない。だって、原因は魔王でしょ? 彼女はたまたま通りかかってしまっただけ。

 それに死んだら、残されたクララはどうなるの? 気が動転していたとは言え、ちょっと彼女の言葉にはカチンと来たわ。コーヘイくんがどんな思いで助けてくれたと思っているのかしら」

「皆、セレーネみたいに強いわけじゃないわ」


 憤るセレーネを、ティアナがなだめる。


「優しい人なのよ。自分が人を傷付けた事実が、堪えられないくらいに……」


 セレーネは腕を組み、吐き捨てるように話す。


「本当にそうかしら? 自分の行いを知るぐらいなら死んだ方が良かったなんて、ただ逃げているだけだと思うけど?」


 耕平のために創られた世界。

 魔王は、そう言った。


 イリサの存在。この感情。

 それらは全て、魔王によって都合良く創られたものなのかもしれない。そう思った。

 でも。


「ナターシャさんが、勇者様を傷付けたんですね?」

「う……まあ、そうなるかな……彼女だけじゃなくて、色々重なってだけど……」

「下手なフォローなんて要らないわよ。コーヘイくんが傷付けられたのよ? あなたは、怒りが湧かないの? それでも、彼の恋人なの?」

「へ? は!? わ、わわ、私、別にそんな関係じゃ……!」

「あら、そうなの? 私に怒るばかりするから、てっきりあなた達、彼とそう言う仲なのかと」

「人前であんなハレンチなマネばかりしていたら、誰だって怒るわよ! だいたい、恋人がいると思いながらあんな事してたの!?」

「恋人がいるかどうかなんて関係ないわ。今の恋人よりも私の方が魅力的だと思えば、私を選ぶ。それだけのことでしょ?」

「あなたねぇ……」


「……それが事実なのでしたら、魔王さんは私たちを操ってなどいない」


 ぽつりとイリサは言う。ティアナとセレーネはぴたりと言い合いをやめ、イリサを見る。

 イリサはキッと二人を見つめ返す。その目にはもう、迷いはなかった。


「イリサ達の存在は――イリサのこの気持ちは、創られたものではありません」






 夜も更け、通りを行き交う人はいなくなり、街は眠りに落ちる。

 ブーツが石畳を踏む音、ゆっくりとした息遣い。それらが妙に大きく聞こえて、自然、耕平は忍び歩きのようになる。

 サティーの方はお構いなしで、パタパタと言う足音が、夜の街に響く。


 少ない荷物をまとめ、そっと耕平はクララの家を出た。

 家並みの中をサティーの手を引いて歩き、畑の広がる町外れまで来て、耕平は立ち止まった。

 畑の間を過ぎれば、森に入って行く坂道がある。道沿いに登れば、昼間の洞窟だ。


 坂の下に、三つの影があった。

 サティーは、きょとんと尋ねるように耕平を見上げる。


 耕平は、口を真一文字に結んで立ち尽くす。三人の人影は、二人の方へと歩いて来た。


「やーっぱり、一人で行こうとしたわね」


 ティアナは耕平の前で立ち止まり、腰に手を当ててふんぞり返る。


「コーヘイくんは、一人で魔王との戦いに向かおうとするだろう。皆が寝静まる夜の内に、この街を去ろうとするだろう」

「魔王さんでなくとも、勇者様の考えることはお見通しなのですよ」


 セレーネとイリサが、おどけるような口調で言う。


「お前ら……なんで……」

「置いて行ったりしないって、そう言ったじゃない」


 ティアナが言った。


「私達だって、そんな危ない旅に、コーヘイを一人で行かせたりしないわよ。私達は皆、コーヘイと一緒にいたいと思ってる。一緒に旅を続けたい。一緒に戦いたい。力になりたい」


 耕平はうつむき、両の拳を握りしめる。

 温かな言葉。しかし今は、好意的な態度をとられればとられるほど、胸が痛んだ。


「そう言ってくれるのは、ありがたいよ……でも、この世界は、魔王が俺に都合よく創った世界なんだ。その決意は、その気持ちは、魔王に操作されたものなんじゃないのか!?」

「違う!」


 三人の声が、重なった。

 耕平は顔を上げる。ティアナ、イリサ、セレーネ。三人の仲間は、真剣な瞳で耕平を見つめていた。


「論理的な説明はできないけれど……でも、違うの。私達は、魔王に心を操られてなんかいない。コーヘイを思う気持ちは、本物よ」

「そんな、何の根拠もなく言われたって……」


 耕平はふいと視線をそらす。

 ティアナは、ぎゅっと耕平の両手を握った。


「説明はできないけど、証拠を示す作戦なら考えたわ。ねえ、コーヘイ。ナターシャとの戦いで、私達は説明もなく、コーヘイの作戦に従った。コーヘイなら大丈夫。皆、そう信じていたから。

 次は、コーヘイが信じて欲しい。今度の戦いは、私に任せて」

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