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第1話 イミテーション

 同心円状に広がる世界。

 中心へ行くほど高くなり、もしこの世界を横から見る事ができる者がいたならば、まるで一つの城塞都市のようなシルエットを見る事が出来ただろう。

 しかし、段々畑のようになった層一つ一つには森や山、いくつもの街が広がり、横から見るなんてまねは到底できない。

 それができるのは、この世界でただ一人。元あった世界を破滅させ、新たにこの世界を創り上げた人物。

 この世界の中央、世界の最上段に君臨する者――魔王、その人のみ。


 段々畑の中層より少し上、それでも中心部には程遠い高さ。

 そこに、一段上の層の下を掘るようにして、洞窟が広がっていた。洞窟の中は、床や天井のそこかしこから無色透明の水晶が突き出している。

 その洞窟に小爆発が起こり、砕けた水晶の欠片がバラバラと洞窟内に降り注ぐ。

 耕平はナターシャを背負い、動じる様子のない小さな少女の手を引いて、その場を逃げ出す。


 サティーを魔王なんかに渡せるわけがない。

 当然、耕平の答えはノーだった。その返事をした途端、彼の表情から笑みが消え、実力行使に及んだ。


「皆! 大丈夫か!?」


 湖の淵まで戻り、仲間たちを振り返る。

 ティアナ、イリサ、セレーネ。大丈夫だ、全員そろっている。


「勇者様……さっきのお話は、本当なのですか?」


 イリサの問いかけに、耕平は視線をそらす。


「……今のこの世界は、本来の世界じゃない。それは、本当だ」

「それでは、イリサ達は――」

「来たわよ!」


 ティアナが鋭く叫んだ。

 闇の中を、砕けた水晶をパキリ、パキリと踏みしめながら、青と黒の着物をはおった姿が歩いてくる。


 耕平は背後の湖へと目を向ける。

 凍らせた湖が盛り上がり、巨大なドラゴンに――


 魔王がパチンと指を鳴らした。

 龍を形作ろうとしていた氷はその輪郭ができあがる前に、火柱へと変わり溶け崩れる。

 炎は生き物のように渦を巻いてうねり、耕平たちを丸く取り囲んだ。逃げ道は、ない。


 魔王の顔に、表情はない。


「馬鹿だな……俺から逃げられるとでも思ったか? お前は、俺自身だ。自分自身の考える事なんて、予想するまでもない。さあ、その子をこちらへ渡せ。その子のためを思うならば。ここにいるのが、一番、彼女にとって安全なんだ。ここには、妙な輩や知性の欠片もない魔物が侵入してくることもない。そういう風に創ったのだから。本来ならば、お前と俺が戦うことになろうとも、巻き込まれることなどないはずだった」

「そんなの、監禁じゃないか! それでこの子は、幸せなのか? どうしてそんなに、この子に執着するんだ? 俺はそんな趣味を持った覚えはないぞ!」

「お前には関係ない。いいからその子を渡せ。あまり俺を怒らせるな。俺もまだ、この世界を終わらせたくない」


 ぼうっと耕平たちを取り囲む炎がその勢いを増す。

 続けて現れる壁と屋根のある牢に、耕平が浴びせようとした水は防がれてしまう。


「だから、言っているだろう。お前の考える事なんか、お見通しなんだ」


 ボンッと爆発が起こり、牢が破壊される。

 風で吹き消される炎。


「まだ、懲りないのか……」


 爆風の中、キラリと白い刃が光る。

 魔王が気づくや否や、剣を構えたティアナが爆風の中から飛び出し魔王に迫る。


「はああああっ」


 ガァンと硬い音が洞窟内に木霊する。

 一瞬にして魔王の前に現れた鉄の壁にティアナは正面から激突し、跳ね返される。


「可哀想にな……無駄な抵抗で怪我をするはめになって」


 倒れ伏すティアナを見下ろし、魔王は爆風へと呼びかける。


「いい加減、あきらめろ! お前と俺の力の差は歴然としている。今ここで戦っても、仲間を無駄に痛めつけるだけだぞ! ここまでして、それが分からないような馬鹿ではないだろう」


 分かっている。

 耕平は魔王の背中を見つめながら、小さな手を握る手にぎゅっと力を入れる。


 魔王は恐らく、耕平と同じ類の力を持っている。それも、世界を一つ滅ぼしてしまうような、強力な力。

 いわば、耕平の上位互換だ。考えまでも読まれてしまうとなれば、勝利は絶望的。


(でも……でも、だからって屈するわけにはいかない……!)


 セレーネの幻術に気付かず、魔王は耕平が実際にいるのとは反対側の爆風へと話しかけている。

 宙に出現した大量の銃が、魔王の後ろ姿へと砲撃する。


 鳴り響く銃声。

 立ち上る煙。

 耕平はサティーの手を引き寄せ、マントの中にかばう。


 魔王といえども、元は人だ。

 これだけの集中砲火を浴びれば、無事ではいられないはず。


「残像だ」


 冷たい声が、隣から聞こえた。


 耕平は息をのみ、ゆっくりと首を動かす。魔王は隣に立ち、耕平のこめかみに銃を突き付けていた。


「言っただろう、お前の考える事なんか予想するまでもないと。何度も言わせるな。さあ、その手を放せ。サティーさえ返せば、お前たちに危害を加えるつもりはない」


 耕平は、サティーの肩に手をやり、抱き寄せる。

 渡す気はないという意思表示に、魔王の目がすっと細められる。


「……そうか。自分を殺す事になるとは、残念だよ」


 引き金に添えられた指が動く。

 耕平は硬く目をつむる。


 やっぱり、ダメだった。

 この力があれば何でもできそうだなんて、幻想だったのだ。

 魔王を倒す? 思い上がりも甚だしい。

 彼との遭遇がもっと先だったとして、それまで耕平がもっと戦闘経験を積んでいたとしても、さらに経験値の高い自分自身に勝つなんて、絶望的じゃないか。


 これで、全てが終わる。

 短い夢だった。

 手にしたまがい物(イミテーション)は最後には砕け散り、それでもせめてと貫こうとした意思も儚く潰える。


 死を覚悟したその刹那、サティーが動いた。


「ダメ……やめてええぇぇぇ!!」


 目を開けた耕平は、眩い光に再び目をつむった。

 一瞬、自分と同じ顔が愕然としているのが見えた。


「サティー……どうして……!」


 辺りが光に包まれる。

 地面が回転しているかのように足元がおぼつかなくなり、ふらりと倒れ込む。




 当たったのは冷たい結晶の欠片ではなく、乾いた土だった。


 耕平は、そっと目を開ける。

 耕平が倒れているのは、洞窟の中ではなかった。なだらかな坂、両脇にうっそうと茂る森。

 そこは、街から洞窟へ向かう道の途中だった。ティアナ達皆もいる。

 皆、何が起こったのか分からず、きょとんとした顔で起き上がり辺りを見回している。


 ただ一人、サティーだけが無表情でその場に佇んでいた。


「サティー……まさか、君が……?」

「皆さーん!」


 坂の下から聞こえてきた声に、一同は振り返る。クララが、スカートのすそを持ち上げ、坂を駆け上がって来ていた。


「洞窟の方で爆発が見えて、いても立ってもいられなくなって……ナターシャ!」


 姉の姿を見とめ、クララは声を上げる。

 ナターシャはまだ、目を閉じたまま地面に横たわっていた。


「ナターシャ……! やっぱり、洞窟にいたんですね……!? ナターシャは、大丈夫なんですか!?」


 クララはナターシャの傍らに膝をつき、耕平を見る。

 耕平は、顔をそむけた。


 魔物を生み出すのは、魔王。この世界の采配は、全て魔王――耕平自身によるものだ。ナターシャの件だって、彼が関わっているに違いない。目を合わせる事なんてできなかった。


「え……まさか……」

「大丈夫よ。ナターシャさんは、気絶しているだけだわ」


 不安を抱くクララに、ティアナが微笑みかける。


「でも、私達も心配だから……彼女が目を覚ますまで、あなたの家に置いてもらえるかしら? ご迷惑だったら、どこか近くに宿を探すけど……」

「いえ、大丈夫です。むしろ、私も不安でしたから……ありがとうございます。一緒にいてくださると、心強いです」


 クララは、ぺこぺこと頭を下げる。

 クララの家に向かう間も、耕平はずっと、うつむいたままだった。

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