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第2話 迷宮探索

 水晶に囲まれた洞窟の中、次から次へと現れるゴブリンをティアナが先頭に立って斬り倒していく。

 ゴブリンは子供くらいの背丈で、髪はなく、茶色い硬そうな肌をしていた。剣と石鎚のぶつかり合う高い音が、洞窟内に響き渡る。


「――勇者様、後ろにも!」

「なるほど、挟み撃ちか」


 焦ることなく耕平はつぶやき、ゴブリンの軍勢へと手をかざす。

 描くは、氷。辺りを囲む水晶と同じような透き通った硬い塊。


 一瞬にして、ゴブリン達は氷の中に閉じ込められる。


「ティアナ、俺もそっち手伝……う必要は、ないみたいだな」


 途切れる事なく現れていたゴブリンは、もう最後の一体となっていた。

 振り下ろされた石鎚をティアナは軽々とかわし、敵の首へと剣を突き刺す。ゴブリンは氷が砕けるように、消え去った。

 ティアナは、白く輝く剣を高々とかかげる。


「よしっ、二十七連撃!」


 耕平達は、ティアナへと歩み寄る。

 狭いトンネルのような道を抜け、広間のような場所に出る。水晶におおわれた天井は高く、闇に隠れている。道の両脇には湖が広がっていた。

 ティアナは剣を下ろし、得意げに胸を張る。


「見た見た? 自己記録更新よ! 一回防御に回らなければ、四十三になったのになー……」

「すごいけど、あんまり無茶するなよ。死んだら元も子もないからな」

「うん、分かってるって!」


 ティアナはニコニコと答える。


 突如、バシャバシャと激しい水音が辺りに響いた。


 セレーネが、道から落ちていた。

 暗い水の中、バシャバシャともがく。


「セレーネ!」


 三人がかりで道の上へと引っ張り上げる。セレーネは、固く目をつむっていた。


「セレーネ! おい、セレーネ! 聞こえるか!?」


 呼びかけに対する返答はない。

 耕平は、口元に耳を近付けてみる。……無音。


「息……してない……」


 三人の間に、緊張が走る。


(つまり、これは……人口呼吸展開!?)


 バカな事を言っている場合ではない。耕平はセレーネの首を動かし、気道を確保する。

 艶やかな唇。人命救助だとは分かっていても、どうにも意識してしまう。セレーネの顔が、徐々に近づく。


「待って」


 セレーネの顔まであと十センチと言うところで、ティアナが鋭い声で言った。彼女は、冷たい視線でセレーネを見下ろしていた。


「イリサ」

「はい」


 差し出されたティアナの手に、イリサがタラコを渡す。なぜそんな物が手元にあるのか、聞ける雰囲気ではなかった。

 ティアナは手で合図をして、耕平を立たせる。交代でティアナがしゃがみ込み、二つに並べたタラコをセレーネの唇に押し当てた。

 途端、セレーネの腕がティアナの背中へと回された。


「わっ」


 ティアナはセレーネの口にタラコを押し当てたまま、その豊満な胸へと顔をうずめる。

 セレーネはタラコへと舌を絡め……そして、声にならない悲鳴をあげて飛び上がった。

 タラコではなく、辛子明太子だったらしい。


 起き上がったセレーネを迎えたのは、耕平を含む三人の冷ややかな視線だった。


「あ、あら……皆さん、お怒り?」

(当たり前だ)

「当たり前でしょう! 騙してコーヘイに人口呼吸させようとして!」

(いくら何でもふざ……)

「セレーネさん、いくら何でも悪ふざけが過ぎます」


 耕平が言葉にする前に、ティアナとイリサに全て言われてしまった。

 ティアナは腕を組み、仁王立ちになる。


「だいたい、あなたが溺れるはずないじゃない! 人魚なら、エラ呼吸でもしてなさいよ!」

「なるほど……その手があったわね。水中なら、より長く……」

「何が『なるほど』!? まだ懲りないの? あなたの考えてる事なんてだいたい予想つくけど、それ、あなたは良くてもコーヘイ死ぬわよ!?」

「あら。不老不死になるのだから死ぬ事はないわよ」


 二人が言い争う中、イリサは耕平の腹に抱きつき、セレーネを警戒するように振り返る。

 このままでは、収拾がつかない。耕平は恐る恐る、二人に声をかける。


「あの……二人とも、そろそろ……」

「あら、ずるいわ。イリサだけ」


 振り返ったセレーネは、素早く耕平の横まで移動し腕を絡ませる。その速さは、戦闘時のティアナにも劣らぬであろうものだった。

 イリサは耕平に抱きついたままセレーネと耕平の間に身体を割り込ませようとするが、とうてい敵いそうにない。


「ちょ、ちょっと! また、そうやって……」

「あら……羨ましいなら、ティアナもコーヘイくんの腕につかまればいいじゃない? 左側が空いてるわよ。私は別に、コーヘイくんを独り占めしようなんて思ってないわよ?」

「う……」


 ティアナは困ったように眉を下げ、顔を赤らめる。腕は、胸をかばうようにしていた。


「私は、別に……っ。それに、魔物が出たら前衛で戦わなきゃいけないし……」

「あら、そう? それじゃ、接近戦は彼女に任せて、私達は後方で仲良くしましょ、コーヘイくん」

「えっ……」


 ティアナのハシバミ色の瞳は潤み、今にも泣き出しそうな表情だった。


「そ、それはさすがに……」


 耕平は慌てて口を挟む。イリサは未だ、セレーネを押しのけようとムダな抵抗を続けていた。

 ティアナは慌てたように言った。


「で、でも……戦闘になってない間なら……っ」


 突如、地面が激震した。


 足元をおおう水晶が割れ、赤黒い触手が耕平らを襲う。

 巨大なタコが、湖面から頭を突き出していた。


「またこのパターン!?」


 ティアナが叫ぶ。

 急な攻撃になす術もなく、四人は捕まってしまった。


「や……あんっ……ダメぇ……」

「セレーネ……っ、ヘンな声出すの、やめて……!」


 何とか腕だけでも出せないかともがきながら、ティアナが叫ぶ。イリサは足をつかんで逆さ吊りにされてしまい、重力に従おうとするローブを必死に押さえていた。

 タコは怒り狂った様子だった。その口元にあるのは、さっきセレーネが跳ね飛ばした辛子明太子。


「あー……あれ、食べちゃったんだ……」


 耕平は、ティアナとイリサに目を向ける。


「え……それじゃ、私たちのせい!?」


 イリサは無言で顔をそむける。


「で、でも、そもそも、セレーネがふざけたマネするから……ひゃっ!?」


 触手がうごめき、ティアナは短い悲鳴を上げる。


「仕方ないわねぇ……」


 セレーネは目を閉じ、精神を集中させる。

 天井から、つららのようになった水晶が、無数に降り注ぐ。ティアナとイリサが、悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと待って! 私達もいるのよ!?」


(いや……これは、幻影だ)


 当然、耕平達が傷つくことはない。

 タコにダメージを与える事もできないが、怯んで少しでもティアナをつかむ手が緩めば、一気に形勢逆転できる。


 しかし、タコが怯む様子はなかった。


「見破られた……?」

「幻術は、それを理解するだけの知能のある魔物じゃないと、意味がないから……幻覚を見るほどの知能がない魔物だったみたいね」


 セレーネは、悔しがるでもなく、淡々と意見を述べる。


「勇者様……っ」

「コーヘぇ……」


 イリサとティアナが、助けを求めるように声を上げる。

 良い眺めだが、ずっとこうしている訳にもいかない。耕平は渋々、能力を発動させる。


 思い描くは、巨大な包丁。

 宙に現れた包丁がタコの腕を切断し、耕平達を解放する。


 道はタコの出現で破壊され、足元には暗い湖面が広がっている。

 耕平はそこへ、プールにあるような巨大な板状の浮きを出現させる。

 四人は、その上へと着地した。着地の勢いで、浮きが大きく揺れる。包丁は、タコの頭へと振り下ろされる。


 腕を切り、頭をカチ割ってもなお、タコは動き続けていた。


「何、この魔物……不死身なの……!?」

「下層にいたクラーケンと同じかと思いましたが、やはり、より強力になっているという事でしょうか」


 耕平は、ハッと目を見開く。


「いや、違う……! あの明太子、セレーネが口をつけたやつだろ?」

「あ……」


 三人は絶句する。

 耕平だと思い、ディープキスをかまされた明太子。それは図らずも、魔物を不老不死にしてしまったらしい。


「ど、どうしよう!?」


 ティアナは涙目だ。

 振り下ろされた足が、耕平達の乗る浮きに叩きつけられる。浮きが大きく浮き沈みし、耕平達は再び宙へと跳ね飛ばされた。


「殺して死なないなら、動けなくしてやる……!」


 ピシピシ……と湖面が凍り始める。タコはまだ残った足を振り上げ、宙を落下する耕平へと狙いを定める。


(間に合え……!)


「コーヘイ!」

「勇者様!」

「コーヘイくん!」


 第二撃が耕平に届くことはなかった。


 振り下ろされた触手は耕平の目前で凍りつき、耕平達は氷結した湖面の上へと落ちた。

 大ダコの姿をした魔物は、ゴブリンの軍勢と同様に氷の中へと閉じ込められていた。

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