第1話 上層の町で
「はい、コーヘイくん。お酒をどうぞ」
セレーネの案内でたどり着いた一つ上の階層、そこに広がる大きな街。
食事のために立ち寄った店で、セレーネは耕平にグラスを差し出した。
「いや……俺、まだ未成年だから……」
「あら、いくつ?」
「十六……」
「あらぁ、十六なんて、どの国の法でももう大人じゃない。遠慮しなくていいのよ?」
「いや、でも……」
「どうぞじゃないわよ! セレーネ、あなた、今何か混ぜたでしょ!?」
「ええっ!?」
耕平は、目の前に置かれたグラスから身を引く。
セレーネは悪びれる様子もなく、にこやかに答えた。
「私の血を一滴……」
(……怖っ!)
耕平は戦慄する。
「さすがに、そう言うのはやめてくれ……」
「そう? それじゃ、キスしましょ?」
セレーネは耕平の腕に腕を絡ませ、顔を近付ける。
イリサの投げたにんじんスティックが、セレーネの口にすっぽりと収まった。ティアナは耕平の腕を引き、席を立たせる。
「それじゃって何!? 意味が分からないわよ!」
「キスでも、彼を不老不死にできるから……」
「しなくていいの! だいたい、抱きついたりとかキ……キス……しようとしたりだとか、はしたないと思わないの? くっついてる時とか、胸当たっちゃってるし……!」
「当たってるんじゃなくて、当ててんのよ。それに、そう言うあなたも今、コーヘイくんの腕に胸を押し当ててるじゃない」
「へ? あっ!?」
ティアナはパッと耕平の腕を放し、真っ赤になって腕で胸をかばう。
「そ、そう言うつもりじゃ……」
「それに、あなた達、魔王の城を目指しているのでしょう? 不老不死になる事の何が不都合なの? 層も上がって、魔物も下のようなザコばかりとはいかなくなるわよ。決して、拒むような悪い話じゃないと思うのだけど」
「そ、それは……」
ティアナは、返答に困り言い淀む。
確かに、魔王と対峙するのに不老不死ならば危険も減るだろう。
「セレーネの言う通り、不老不死なら今後の戦いも有利になると思う」
「じゃあ……」
「でも、違うんだ。それじゃ、ダメなんだ」
セレーネの紫色の瞳を見据え、耕平はきっぱりと言った。
「俺は、最強の戦士とかになりたい訳じゃない。魔王には、聞かなきゃいけない事があるんだ。戦いになる可能性は高いけど、それが目的って訳じゃない。
甘いかもしれない。でも、不老不死なんて手に入れたら、俺はそれに寄りかかってダメになってしまうと思う。限りある命だから、守ろうと必死になるんだ。強くなれるんだ」
セレーネは、ポカンと耕平を見つめていた。ややあって、彼女はフッと軽く息をついた。
「本当、あなたは面白い人ね。ますます興味深いわ」
「ハハ……それは、どうも……。
ああ、あと、あまり外で君の特性を話さない方がいいと思うよ。入り江を離れたからって、あの男達みたいな連中がいないとは限らない。またいつ、命を狙われる事になるか分からない。肉でなくていいと分かっても……セレーネも、襲われてムリヤリ提供させられるのは嫌だろう?」
「あら、私の身の危険を心配してくれるの? さすが、ダーリン! 優しいのね」
セレーネは立ち上がり、ぎゅっと耕平に抱きつく。
「あー! また! 離れなさーい!」
ティアナが絶叫する。
イリサも、ポカポカとセレーネの背中を拳で殴っていた。
「あ、あのう……」
控えめな声が、耕平達にかけられた。耕平は慌てて、セレーネの肩越しに声の主をのぞき込む。
「す、すみません! 騒がしくて……」
大人しそうな、茶色い三つ編みの女の子だった。三つ編みの少女は、慌てて首を振った。
「えっ、あのっ、違うんですっ。その……あなた達の話していた内容が聞こえて……不老不死だとか、魔王と戦うだとか……」
「さっそく敵襲!?」
ティアナはセレーネを背中にかばい、剣を抜く。三つ編みの少女は、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
耕平は、コツンとティアナの頭を軽く小突く。
「こら、早合点するな。どう見ても丸腰の、戦いとは縁のない女の子だろう」
「えっ。あ、うーん……」
ティアナはジーっと彼女を見つめる。そして、剣を下ろした。
「……そうみたいね。動きにキレもないし。
ごめんなさい。ちょうど、襲われるかもとかって話をしていたところだったものだから」
ティアナは、三つ編みの少女に向かって頭を下げる。
「あ、いえ、そんな……っ」
「それで、どんなご用なのですか?」
おろおろと手を振る少女に、イリサが尋ねる。
少女は真剣な顔でうなずいた。
「魔王と戦うと言う事は、勇者様なんですよね? ナターシャを……私の姉を、助けてほしいの……!」
少女は、名をクララと言った。
唯一の家族だった姉のナターシャが失踪してしまい、今は一人で暮らしているらしい。
「いきなり黙っていなくなるような人じゃないんです。何かあったとしか……」
「行方不明か……でも、助けて欲しいって言うのは?」
「この街の西に、洞窟があるんです。他の街へ向かうには、そこを通るしかなくて……そこに最近、悪鬼が出るようになったんです。それがちょうど、ナターシャがいなくなった頃と重なっていて……」
膝の上で握られたクララの拳は、震えていた。
「分かってます。ナターシャが悪鬼と遭遇したなら、もう生きてないだろうって事ぐらい。街の皆も、私には言わないけど、そう噂している。でも……でも、あきらめきれなくて……!」
クララは、わっと両手で顔をおおう。
「洞窟に潜む悪鬼か……うん、分かった。俺たち、その洞窟に行ってお姉さんを探してみるよ」
クララはパッと顔を上げた。
「本当ですか!?」
「うん。どの道、先へ進むには洞窟を通らないといけないんだろ? もしかしたらお姉さんも、洞窟を通り抜けた後に悪鬼が出没するようになって帰れなくなっただけかもしれない。だから、元気出しなよ」
「……はい! ありがとうございます……!」




