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第3話 永遠の命

 純白のドレスのような服を身にまとっていたが、布面積は少ない。長い布を巻いたようなスカートの分け目からは白い太ももがのぞいている。上も貝殻をモチーフにした形の布で胸をおおっただけの、何とも大胆なかっこうだった。

 ティアナが一歩前に出て、腰の剣に手を添える。


「……何よ、あなた。幻覚なんて見せて、何のつもり?」

「そんなに構えなくていいわ。ちょっと退屈だから、遊ぼうと思っただけよ。でも……」


 岩の上の美女は、足を組み替える。思わず凝視してしまう。


「……そこの彼には、興味を持っちゃったかも」

「えっ……」


 美女は、にっこりと微笑む。頬はほんのりと紅く、瞳をやや潤ませた、妖艶な笑みだった。


「私の世界で、お人形になってみない?」


 すうっと彼女は息を吸う。そして、空気を震わせるようなソプラノボイスで歌い出した。


「や……っ、まさか……!」

「彼女が、伝説の人魚……!」


 三人は慌てて耳をふさぐ。

 しかし、手でふさいだ程度では頭の奥へと響き渡ろうとする彼女の美声を完全に遮断する事はできない。歌は、異国の言葉のようだった。まるでオペラか何かのように、崖に囲まれた入り江に高い声が響き渡る。


 イリサが、ガクリと膝をつく。

 その表情は、ぼうっとして来ていた。


「イリサ! ダメ! 頑張って……!」


 励ますティアナの声も、歌声にかき消される。


「クソッ……そんなに歌いたいなら、ヒトカラでもやってろ……!」


 ドドンと大きなコンポが宙に現れる。そして、耕平馴染みのアニメのキャラクターソングが大音量で流れ出した。


「きゃ!? な、何、この歌! 音大きいし、何言ってるか分からないし……!」


 味方にも被害が行っているが、魔力を持った人魚の歌声よりはマシだ。現に、イリサも意識が覚醒したらしく、つらそうな表情で耳を固くふさいでいた。


「オタクの賛歌、電波ソングだ! 目には目を、歯には歯を、歌には歌をってね!」


 曲はサビに入り、いよいよテンポも速くなり音量も増していく。さすがの人魚も折れ、歌うのをやめた。


「どうして……? どうして拒むの……!? 幻覚の中では、不老不死でいられるのに。永遠の幸せが約束されるのに……!」


 耕平はハッと目を見開く。


(そうか……この子は……)


 どこからともなく飛んできたボウガンの矢が、人魚の足を貫いた。


 足は白く光り、光が砕けたそこにあるのは、鱗におおわれた魚の尾だった。

 人魚は痛みに悶え、海面へと落ちる。


「よしっ……やったか!?」

「急げ! 一気に畳みかけるぞ!」


 崖の陰から、弓や斧を手にした男達が姿を現す。昨晩、耕平達を襲った中にいた者達だった。


 耕平は全てを理解した。

 出発時に聞こえた物音。あれは、彼らだったのだ。

 彼らが本当に島の者なのか、外部から来た者だったのかはわからない。

 ただ確実なのは、彼らもまた人魚の肉を狙っていたと言う事だ。耕平達の来訪で獲物を横取りされるかと思って襲撃したが、耕平らの方が強く、目的も人魚ではなかった事で、耕平達を人魚討伐に利用しようと考えたのだろう。


「やめろ! 彼女に手を出すな!」


 男達は聞く耳も持たず、浅瀬でもがく彼女へと大挙して押し寄せる。


「やめろって……言ってるだろ……!」


 膝ほどまでしかない海水が、ゴオオと渦巻く。水の一点が竜巻のように持ち上がったかと思うと、それは竜の形を成した。

 水の竜は、くわっと大きな口を開き男たちに襲い掛かる。

 男たちは尻込みし、後ずさった。


「ティアナ! イリサ!」


 二人に声を掛け、モーゼのごとく水の中にできた道を人魚の元へと駆ける。

 気づいた男達の一人が、耕平らにボウガンを向ける。

 放たれた矢は、ティアナの剣にあっさりと払われる。駆け寄ろうとした男は、突然空いた地面の穴に再びボッシュートだ。


 人魚を背負うと、耕平達はすたこらとその場を逃げ去った。






「ア・ドーウィン・トーィル・メー・ハーリン・ソーラス」


 ぽうっと青い光が灯り、尾の傷跡が跡形もなく消える。

 森の中、耕平達は人魚を取り囲むようにしてしゃがみ込んでいた。


「……もう、追って来てないみたい」


 目を閉じ、耳を澄ませていたティアナが言う。


「大丈夫か?」


 耕平は、人魚へと問う。

 彼女は、屈辱に満ちた表情をしていた。


「フン……私の負けよ……。煮るなり、焼くなり、好きにすればいいわ……」

「そうか」


 耕平は思い描く。

 人間に憧れた人魚の少女。彼女が声と引き換えに手に入れたもの。


「え……?」


 人魚は目を瞬く。彼女の尾ひれは、人間の足へと形を変えていた。


「嫌だったらごめん、戻すよ。でも、幻覚で人の足に見せてたのって、ただ誘惑のためだけじゃなくて、君自身にも憧れがあるからなのかなと思って……。君はただ、寂しかっただけなんだろ?」


 遊びたいだけだと言った彼女。

 幻覚の中では、永遠の幸せが約束されるのに。そう、彼女は言った。


 不老不死伝説の人魚。

 もし彼女自身も不老不死なのだとすれば、そしてずっとあの入り江に一人で隠れ住んでいたのだとすれば、それは途方もなく孤独な日々だったろう。


「俺達は別に、不老不死になりたいわけじゃないんだ。君も、この足で自由に駆け回るといい」


 人魚はぽかんとした表情で耕平を見つめ、そして、クスリと笑った。


「本当、面白い人なのね。そうねぇ……自由にと言うなら、こんな使い方もありかしら?」


 そう言うと彼女は何を思ったか、まるで恋人に抱きつくように耕平の首の後ろへと手を回した。さらには足を絡め、身体を密着させる。腕、胸、足、柔らかなその感触が、ダイレクトに耕平の全身へと伝わってくる。


「えっ、ちょっ、な……!?」

「私、あなたの事、気に入っちゃった。実はね、不老不死って肉じゃなくてもいいのよ。人魚の体液を摂取するだけなの……あなたになら、あ・げ・る」

「え、た……え、ええっ!?」

「無しに決まってるでしょーっ!!」


 ティアナが、渾身の力で人魚を引きはがした。イリサも、人魚から遠ざけるように耕平をぐいぐいと押す。


「あ、あなたねぇ! 自分が何を言ってるか分かってるの!? こんな真っ昼間から、人前で堂々と……!」

「あらぁ。それじゃ、夜に二人っきりで事に及ぶわ」

「そう言う問題じゃなーい! だいたい、たっ、たっ……」

「あら。私、何かおかしな事を言ったかしら? 殺して肉を食べなくても、血でもキスでも涙でもいいって話をしただけなのだけど」

「え……」


 ティアナはぽかんと言葉を失う。それから、みるみる赤くなっていった。


「あらあら。お顔が真っ赤よ? 可愛いお嬢ちゃん、何を想像しちゃったのかしら?」

「コ……こーへぇ……」


 ティアナは半べそをかいて、耕平に泣きつく。


「あー……あの、人魚さん? あんまり、俺の仲間をいじめないでもらいたいんだけど……」

「セレーネ」


 耕平の唇にトン……と人差し指でそっと触れ、銀髪の美女は微笑んだ。


「私の名前はセレーネよ。仲間の名前くらいは覚えてちょうだいね?」

「え……仲間って……」

「私、本物のポートの場所を知っているわ。案内してあげる。それに、あなたの隣にいたいの。断られても一緒に行くつもりだから、よろしくね? コーヘイくん」


 セレーネはにっこりと微笑む。

 爆弾だらけの毎日の幕開けだった。

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