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第2話 人魚伝説

 音は、一階から聞こえていた。

 ティアナは一転、厳しい顔つきで部屋の戸口に駆け寄り外の気配をうかがう。


「魔物か!? ここ、森のすぐそばだし……」


 こんな事なら、リナ達がいるあの岩窟のように、セキュリティを上げておくべきだったか。一晩だけの仮宿だからと油断した。


「魔物じゃないわ。気配がなかったもの。たぶん……人」


 下で、バタバタと扉を開ける音がする。確かにこの物音は、人間だ。ここは、無人島ではなかったらしい。

 ドタバタと階段を駆け上がって来る足音に、さすがのイリサも目を覚ました。


「襲撃ですか?」

「ああ。イリサは下がってろ」

「はい」


 イリサはいそいそと、壁の方へと寄る。




 扉が勢いよく開かれた。


 扉の横に立っていたティアナが、侵入者の先頭に立つ者の顔面に回し蹴りを食らわせる。

 二人目が振り下ろす斧を避け、一人目の腰から奪った小型ナイフで応戦する。

 加勢しようとした三人目は、天井から降ってきたたらいを頭に受け床に倒れた。


「ティアナ!」


 耕平は普段ティアナが使っているのとよく似た長剣を出し、ティアナへと放る。

 ティアナは軽々と受け取ると、流れるような動作で侵入者を斬り捨てる。


 階下で探していた者たちも、二階へと上がって来る。


「はいっ、ボッシュート!」


 耕平は番組司会者のように手で廊下を指し示す。

 階段から寝室へ向かう廊下に大穴が開いた。後から上がって来た者たちが、わらわらと穴から一階へ落ちて行く。


「ハハハ! 人がゴミのようだぁ! うーん……たらいの後にこれだと、どちらかと言うとコントだったかな」


 再び階段をドタバタと駆け上がる足音がする。


 階段の段がなくなり、滑り台のような急斜面になる様を思い描く。

 階段の方から、ゴロゴロと複数人が転がり落ちていく音が聞こえた。


「そしたら、次はこれか」


 ナイフを手に耕平の方へと駆けて来た者の足元が沈む。

 シーソーのように先がはね、襲撃者の顔面を直撃した。


 ひと騒動の末、侵入者達はあっさりと捕獲された。






 侵入者達は、顔を隠すように鼻から下にバンダナのような布を付けていた。

 男ばかり、十数人。中には、耕平達と同じか少し年上程度だろうと言う少年や、戦闘要員としては少々老け過ぎではないかと言う老人もいる。

 耕平は、一番年上だと思われるその男の顔をおおう布を剥ぎ取った。


「いきなり襲って来て……目的は何なんだ? 金か?」

「フン、白々しい……ぬしらもどうせ、人魚伝説を聞きつけて島を荒らしに来たんじゃろうて」

「人魚伝説?」


 ティアナが首をかしげる。


「島に勝手に家を建てたのは悪かったよ。海で魔物に襲われて、ここに流れ着いたんだ。人魚伝説なんて知らない。ここがどこなのかさえ、よく分かってない。上層へ行くためのポートを探してるんだ。この辺りだろうとは思うんだけど……」


 男達はざわめく。

 老人は目を丸くして、耕平達を見上げていた。


「ポート……じゃと……? おぬしら、もしや冒険者の類か……?」

「え……まあ、そんなものかな……魔王の城を目指していて……」


 男達は顔を見合わせ、ざわざわとさざめき合う。

 耕平達三人は、困惑するばかりだ。


「いや、すまなんだ。何年ぶりかのう、この層から上へ行こうとする者に会ったのは……。

 この島には人魚伝説があっての。島の入り江には人魚が住み、その肉を食べれば不老不死になると言われておる。最近、その人魚をわしらの村が匿っている、あるいは捕らえて肉を隠し持っていると思い込み、村を荒らしに来る輩が多くてのう……てっきり、おぬしらもその類かと思うたんじゃ。他に、こんな世界の端っこへ来る理由もないしのう。

 上層には、より強い魔物がはびこっておる。わざわざ上へ行こうとする者なんぞ、おらんからの」

「でも、魔導士村とか、騎士の街とか、あるだろ? いかにも、パーティーメンバ―――旅の仲間を輩出してそうな町の名前なのに……?」


 耕平はティアナを振り返る。

 ティアナは軽く、肩をすくめた。


「魔導士は、あくまで仲間よ。魔王の城を目指す勇者がいなければ、自分達だけで旅なんてしないわ。最近だと、薬を作ったりだとか学者方面で活躍している人の方が多いわね。騎士の街も、魔物から街を守るので精いっぱい。街を出て行く人達も、たいていはどこかの護衛として雇われた人達だって、ヴェロニカが言ってたわ」

「ええー……何だかそれ、つまらないな……」

「でしょ!? 皆、旅よりこっちの方が平和でいいって言ってたけど、私は嫌だった。平和なんて言いながら、村を一歩出れば魔物もいるし、ヤマガミの事だってあったしね。だから私、ずっと待ってたのよ。あの村を、勇者様が訪れるのを。閉じられた村から、広い世界へ連れ出してくれる人が現れるのを」

「あ……」


 初めて耕平の服装を見て勇者ではないかと尋ねた時、ティアナの声はどこか期待に満ちていた。あれは、ヤマガミ討伐への希望だけでなく、そう言った意味もあったのだ。


「それで、ポートはどこにあるんですか?」


 男達の縄を解いてやりながら、耕平は問う。


「わしも、案内できるほど詳しくは知らん。ただ、入り江のどこかにあるとだけ、聞いた事がある」

「入り江って……」


 息をのむイリサに、老人はうなずいた。


「ポートを探すなら、くれぐれも気を付けるよう。人魚の肉を食せば、不老不死になれると言う。しかし同時に、人魚の歌声を聞けば、理性を失い狂人になるとも言われておる。人魚を見つけたら狩ろうなどとムダな事は考えず、耳をふさいで逃げる事じゃ」






 もう、方角を確認する必要はなかった。

 次の日、耕平達は陽が十分に昇るのを待ってから、入り江へと赴いた。


「よーっし、魔王の城への第一歩! ポートを見つけるわよー!」

「頑張ります」


 空高く腕を突き上げるティアナ。

 イリサも、両の拳をぎゅっと握りしめ、気合を入れる。


 ガサ……と葉のこすり合う音に、耕平は森を振り返った。しかし、そこにはただ緑が広がるばかり。


「どうしたのですか、勇者様?」

「いや、何でも……」


 動物でもいたのだろうか。

 耕平は前へと視線を戻した。


「あ、そうだ。ティアナ」


 耕平は、折り畳んだ紙を差し出す。


「昨日の、イラスト。描き上げたから……」

「ほんと! やった! ありがとーっ」

「何ですか、それ?」


 イリサがキョトンと紙を見上げる。


「あ、ねぇ、イリサにも見せていい?」

「う、うん、まあ……」


 少し緊張しながらも、耕平はうなずいた。

 ティアナは紙を広げ、イリサと一緒にのぞき込む。


「これね、コーヘイが描いたのよ」


 イリサは少し驚いた顔で、耕平を振り返る。


「勇者様、絵の才能もおありになるんですね。素敵な絵です」

「あ、ありがとう」

「あんまり褒めると、コーヘイ、照れちゃうのよ」


 ティアナがニヤニヤと笑いながらイリサに耳打ちする。


「う、うるさいな! やめろよ、そう言うの!」

「イリサも、勇者様の描かれた絵が欲しいです」

「それじゃ、次の宿で描いてやるよ。何かリクエストとかある?」

「リクエスト……」

「すぐじゃなくていいよ、夜までに考えといてくれれば」


 イリサはこくんと首を縦に振った。




 森に沿って砂浜を歩いていくと、やがて岩場にたどり着く。

 足場を探して少しずつ降りて行くと、陸地側が大きくくぼみ、流れ込んだ海水が溜まって入り江になっている場所があった。周囲は崖に囲まれ、湾の中央には大きな岩がどっしりと構えている。


「あのお爺さんが言ってたのって、この辺りね!」

「あ! あれ! 洞窟の中に、白い光が見えます!」


 イリサが、入り江の奥を指さす。

 そこには、崖を大きく抉ったような洞窟があった。その中に、ちょうど扉ほどのサイズの白く細長い光のベールがあった。


 耕平はただ黙してその光景を見つめていた。

 ……何だろう、この違和感は。


「なーんだ。案外、あっさり見つかるものね」


 ティアナが軽い足取りでそちらへと駆け出す。

 耕平はハッと目を見開き、ティアナの腕をつかんで引き留めた。


「ダメだ! 近寄るな!」

「え、な、なんで?」

「勇者様? どうされたのですか?」

「……この入り江、影がない」


 時刻は昼間。天気は晴れ。海水の流れ出る一方以外は全て崖に囲まれた立地。

 にも関わらず、この入り江には全く影と言うものがなかった。


「これは……幻覚だ」

「あらぁ、私の幻術を見破るヒトがいるだなんて、驚きだわ~」


 何もなかったはずの大岩の上に、長い銀髪の女が腰かけていた。

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