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第1話 無人島への漂流

 青い空、青い海。太陽は複数あるらしいが、地球は丸いままなのか、遥か彼方にはどこまでも続く水平線が見える。


(海と言えば、テコ入れ回なんだけどなー……)


 船の欄干に肘をつき、耕平は恨めしげに隣の女の子二人を見る。

 燦々と照らす太陽の下、二人とも厚手のマントを着たままだ。そう言う耕平も、赤いマントをはおったままなのだが。

 マントがなくても寒くはなさそうな陽気だが、わざわざ脱ぐほど暑くもなかった。


「ん? なあに、コーヘイ?」


 耕平の視線に気付き、ティアナが振り返る。


「え、いや……その、せっかくの海だし、泳いでみたかったりしないかなーって……」

「川ならともかく、海なんて波もあるし広いし危ないじゃない」

「勇者様が船を出してくださったので、泳ぐ必要なんてないのですよ」

「あ、そう……」


 山奥の村に住んでいた二人には、海で泳ぐなどという習慣はないようだ。


「勇者様、泳ぎたいのですか?」

「いや、そういう訳じゃないけど……」


 ティアナは、海面に目を落とす。


「……それに、魔物もいるみたい」

「え」


 ザバアッと激しい水音が辺りに響いた。

 船が大きく揺れ、耕平は床へと倒れ込む。


「な、何だ!?」


 大きなイカの化物が、船のすぐ横に頭を出していた。

 ヌメヌメとした長い足が、船のヘリを叩き壊す。魔物の出現と共に、真っ青だった空には暗雲が広がり、ゴロゴロと雷鳴が鳴っていた。


「きゃあっ!」

「イリサ!」


 イリサが巨大イカの足に捕らわれる。

 すぐさまティアナが跳び上がり、イカの足を切断する。落ちたイリサを抱きかかえるティアナに、何本もの足が次々と襲いかかる。

 船は激しく揺れ、耕平は立つ事もままならない。


「うっぷ……気持ちわる……」


 ティアナはイリサを小脇に抱えたまま、片手で魔物に応戦していた。

 こみ上げて来そうな物を何とか堪えながら、耕平は魔物を見上げる。


 避けきれなかった触手が、ティアナを掴む。ティアナとイリサが、まとめてしめ上げられる。

 大きな斧が宙に現れ、二人をつかむ足へと落下する。

 ティアナはイリサを抱き寄せ、魔物の足を足場にして船の方へと跳ぶ。


「コーヘイ!」

「こっちだ!」


 欄干につかまりながら、耕平は叫ぶ。


「丸焼きにでもなりやがれ……!」


 激しい音と共に、巨大イカへと雷が落ちた。

 眩い光に一瞬、目をつむる。


 次の瞬間、これまでの揺れなんて比にならない大きな振動が船を襲った。


 開いた目に飛び込んできたのは、ヌメヌメとした大きな身体。落雷を食らった魔物が、船へと倒れ込んでいた。

 悲鳴をあげる間もなく船が横転し、冷たい水の中へと投げ出される。


 ――ごめん、ミスった!


 薄れ行く意識の中、耕平はひたすら心の中で謝り倒していた。






 ザザ……と打ち寄せる波の音が聞こえる。

 耕平は、白い砂浜に倒れていた。少し離れた所に、ティアナとイリサの姿もある。


「ティアナ! イリサ! 大丈夫か!?」

「う……」

「あれ……どこ……ここ……?」


 二人とも、よろよろと身を起こす。二人の無事に安堵し、耕平も辺りを見回した。

 人気のない砂浜。陸地の方には森が広がっていて、人工物は一切見えない。聞こえるのは、森の方からの鳥のような鳴き声のみ。


「島……無人島か……?」


 無人島……と言えば。


「これは……サバイバル展開……!? 洞穴で身を寄せ合って眠ったり、見つけた池で水浴びしたり……!?」

「何言ってるの? 家も船も、コーヘイの魔法で作れるでしょ?」


 耕平が抱いた夢は、ティアナの一言であっさりと砕かれた。


「そこに気付くとは、やはり天才か……」

「え? え、て、天才なんて、そんな、大したことじゃないわよ……っ」


 ティアナは、照れたように頬をぽりぽりとかく。


「勇者様は別に、褒めているわけではないと思いますよ?」


 耕平の劇々しい口調を察したイリサは、あきれたような半笑いの表情だった。


 船はまた作れば良いとしても、ここからどの方向へ向かえば良いのかわからない。日の落ちる方向と出る方向を確認するため、この島で一夜を明かす事となった。

 耕平は潮の来ない森沿いにロッジを創り出した。一階にソファや机の置かれた居間と、シャワールーム。二階に二つの寝室。

 バタバタと階段を上がり降りし、部屋を見て回りながら、ティアナが歓声を上げる。


「すごーい! 本当の家みたい! ありがとう、コーヘイ!」

「さすがは勇者様なのです」

「今だけは、この力が憎い……」


 喜ぶ二人とは対照的に、耕平はがっくりと肩を落としていた。






 森の向こうへと日が沈み、辺りは闇に包まれる。

 日の出を確認するため、早めに床に就いたが、耕平はなかなか眠れずにいた。こんなに早く寝る事なんて滅多にないのだから、無理もない。それに元々、耕平は夜型人間なのだから。


「久しぶりに絵でも描こうかな……」


 旅を始めてからと言うもの、さっぱり何も描いていない。

 学校に通っていれば日常的に紙とペンが手元にあるが、それがなくなったのだからなおさら描くような機会もなかった。


 むっくりと起き上がり、明かりをつけてベッドの脇の小机に向かう。ポポンと机上に現れるスケッチブックと鉛筆。こんな時、魔法と言うものは便利だ。

 丸を描き、十字線を引く。どんな構図にしようかと思いを巡らせながら、青ペンで当たりをとっていく。パソコンに取り込むわけではないのだからこのペンである必要はないが、慣れた道具の方が描きやすい。


 時間が経つのも忘れて、ざかざかと描き進める。

 ある程度仕上がり、細かい装飾を描いているところで、突然部屋の扉が開いた。


 ビクリと肩を揺らして戸口を振り返る。そこに立っているのは、ゆったりとしたワンピース型のパジャマにナイトキャップをかぶったイリサだった。

 イリサはぼーっとした足取りで、ベッドの方へとやって来る。耕平は慌てて描きかけのスケッチブックを裏返す。


「イ、イリサ!? いったい……」


 イリサは答える事なく、耕平を押し倒すようにしてベッドに倒れこんだ。手が滑り、スケッチブックとペンが床に落ちる。


「むにゃ……ティアナさん……」


 どうやら、寝ぼけているらしい。

 耕平は慌てて、イリサの肩を揺らす。


「ち、違うって! 俺はティアナじゃないし、お前たちの部屋は隣――」


 バーンと勢いよく扉が開いた。

 今度は、白いネグリジェの上にオレンジ色のガウンをはおったティアナだ。こちらは、意識がはっきりしているようだった。


「ティ、ティアナ!? これは、その、イリサが寝ぼけて……!」

「……ずるい!」


 ティアナは助走をつけ、ぴょーんとベッドの上に飛び込んできた。


「えっ、ちょっ、ティアナ!?」

「私だけ仲間はずれなんてずるいーっ」


 身を起こし、ベッドの上に座り込んだ状態で口を尖らせる。そしてふと、ベッドの床の一点へと目をとめた。


「ん? 何これ、絵?」

「えっ、あっ、それは……」


 落ちた拍子で、表が上になってしまったらしい。

 耕平はのしかかるイリサを四苦八苦してのけながら、慌てて起き上がる。ティアナはスケッチブックを拾い上げていた。


「可愛いーっ! 私達三人だね! これ、コーヘイが魔法で出したの?」

「え……いや……魔法じゃなくて、その……描いた……」

「コーヘイが描いたの!? コーヘイ、絵上手いのね! 可愛い絵で、ちょっと意外かも」


 ティアナは、クスクスと笑う。

 耕平はかあっと顔が熱くなるのを感じた。ティアナの手から、スケッチブックを引っ手繰るように取り上げる。


「何だよ、悪かったな。こんな趣味で。気持ち悪いなら、気持ち悪いって言えばいいだろ」


 言いながら、泣き出してしまいそうだった。


 見られた。

 知られてしまった。


 彼女たちは、耕平に好感を抱いていてくれていたのに。

 オタクだ何だと蔑まれることもなかったのに。


 やっぱり同じなのだ。

 どこへ行ったって、どんな世界になったって、コーヘイは受け入れられない。


 耕平は、イラストを描いたページを持つ手に力を入れる。端が少し破れたところで、ティアナが耕平の両腕をつかんだ。


「ダ、ダメ!」

「何だよ! ティアナだって、笑ったろ! いつもそうだ……皆、俺のことを笑うんだ。気持ち悪いって思うんだ」

「え……そんな、違うよ。その、自分がすごく可愛く描かれているから……なんだか、気恥ずかしくって……」


 ティアナは頬を染め、視線を落とす。

 ティアナはフォローのためにウソをつけるような子ではない。それは、耕平もよく知っていた。


「何があったのか分からないけど、私は、すごいと思うよ。コーヘイの絵、上手いもの。可愛くって、私は好きだなあ。きっと、私だけじゃないと思うよ。コーヘイの絵が好きな人、他にもたくさんいると思う。だって、可愛いもの」


 必死に言葉を探しながら、ティアナは言う。

 コーヘイは返す言葉も見つからず、視線を泳がせていた。


「……コーヘイ?」


 ティアナはきょとんとして、手を放す。

 もう、耕平はスケッチブックを破ろうとはしなかった。ふいっとティアナに背を向け、ベッドの反対側に回り込むと、ティアナに背を向けて座り込み顔をおおう。


「コーヘイ……もしかして、照れてる?」

「……そんな風に感想言ってもらえるの、初めてだから……」


 SNSに投稿したことなら、何度かある。でもその時も、ポイントは入れども感想をもらったことは一度もなかった。

 人から好意的な感想を述べられるのが、こんなにも嬉しいことだなんて。


 トン、とベッドが沈む。

 ティアナが隣に腰かけ、耕平の顔をのぞき込んでいた。そして、クスクスと笑う。


「コーヘイ、可愛い」

「な、何だよ。うるさいな」


 ふいと耕平は顔をそむける。


「ねえ、コーヘイ。私、あの絵もらってもいい?」

「別に、いいけど……」

「やった! 大切にするね! あ、でもどうしよう? 本に描いてるよね?」

「そんなの別に、切り取れば……引っ張れば、リング部分の紙が簡単にちぎれるから……」

「そっか」


 ティアナは立ち上がり、机の上に置かれたスケッチブックを取りに行く。


「あ、でもまだそれ、描き上がってな――」


 バキッ、バリバリツという激しい音が、耕平の言葉を遮った。

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