第6話 記憶の創造
声にならない悲鳴を上げ、ティアナはその場に膝をつく。
「ティア、ナ……!」
イリサは動かない。
ティアナも、立ち上がろうとはしているが動けそうにない。第一、腕が無くては剣を握る事もできない。
「クソ……っ」
悪態をつくと共に腹の傷がズキンと痛み、ゴホゴホと咳き込む。咳き込むとなお、その振動で傷が痛んだ。
『記憶の中にある攻撃は、対応策も記憶の中。マネっこばかりじゃ、永遠にオリジナルを超えられないわよ』
憎たらしい声が頭の中に響く。
彼女の言う通りだ。耕平の能力は、所詮猿まね。記憶にある物をマネているだけなのだから、相手の記憶を読み取る事のできる悪魔なら防御も容易だろう。
――記憶を読み取る。
耕平は目を見開く。
まだだ、まだあきらめるのは早い。
この悪魔は、記憶を読み取り、現実の物とする。
耕平の能力の具現化対象を、相手の記憶のみに限定したようなもの。
上手くいくかは分からない。でも。
耕平は、固く目をつむった。イメージがより鮮明になるように。
(信じろ、そして思い描け……俺が描けば、それはそこに生み出される……!)
黒い闇は消え、全て白い光となる。
世界の変化に戸惑い、その姿を露わにする悪魔。
耕平は立ち上がる。握った拳は、悪魔の横っ面にクリーンヒットする。一撃で砕け散る悪魔の身体。光の中へと霧散し、消え去る。
全ては、耕平の妄想だ。
しかし、より強く、より鮮明に思い描く事で、それは意味のあるものとなる。それが、耕平の力だ。
「な……っ、ウソでしょ……!? 偽物の記憶を作り出すなんて……!」
耕平は目を開く。
闇は消え、辺りは光に包まれていた。悪魔も目の前に姿を現している。
「こんな記憶……続けさせるものですか……!」
「逃がすか……!」
耕平は拳を固く握り、悪魔へと襲いかかる。
「フン……そんなヘロヘロの奴に捕まる訳ないじゃない……!」
悪魔は黒い羽根を広げ、飛び立とうとする。
飛んできた細い剣がその片翼を斬り落とした。
「なっ……」
ティアナが、残った左腕で剣を投げつけたのだ。
耕平は残りの距離を、ひとっ跳びで詰める。
「イヤ……待って待って、ちょっとしたお遊びだったのよ! ほら、何でも願いを聞いてあげる。こんな力があるのに殺しちゃうなんて、もったいないでしょ? あなた専属の使い魔になってあげるから……! ほら、ね、ハーレム要員追加よ。良かったじゃない」
「誰が悪魔のささやきなんかに耳を貸すか! 大人しく消え去れ!」
「いやあああああ!!」
拳が悪魔の横っ面にめり込む。
ピシピシと悪魔の頬からヒビが広がっていく。
まるで石が砕けるように、悪魔は光の中に霧散し消滅した。
辺りの景色が揺れる。
悪魔の力で作り出されていた幻影は消え、耕平達は元の暗闇に包まれた教会に立っていた。
「う……」
背後から小さくうめき声が聞こえる。耕平は振り返り、駆け寄った。
「イリサ! 大丈夫か?」
「はい……あれ……傷が、消えて……痛みもないです……」
「腕が……腕が、治ってる!」
耕平も、自身の腹に手をやる。貫かれたはずの腹に傷痕はなく、もちろん痛みもなかった。
「俺達は、悪魔に幻覚を見せられていたんだ……恐らく、あの空間で起きた事は全部夢を見たのと同じ、現実の身体には起こっていない出来事だったんだろう」
ステンドグラスから差し込む光が、教会の床に色鮮やかな影を作る。
悪夢は終わり、夜が明けようとしていた。
教会の裏手に連なる、白い石の墓。
真新しい墓に花を手向け、耕平は手を合わせる。
「悪魔と戦って、敗れた……子供達には、そう伝えるつもりです」
手を組み、祈るような姿で、ロゼッタは言った。
「ごめんなさい。ソフィアさんも、助けられれば良かったんだけど……」
しょんぼりとうつむくティアナに、ロゼッタは言った。
「悪魔は、出て来るなりソフィアを刺したのでしょう? それでは、仕方ありません。私がその場にいても、何もできなかったでしょう」
悪夢の中で攻撃を受けた耕平たちは、無傷で還る事ができた。
しかし、現実世界で腹に穴を空けられたソフィアは、そうはいかなかった。悪魔との戦いが終わった時にはもう彼女の身体は冷たく、イリサの治癒能力をもってしても、傷は癒えども息を吹き返すことはなかった。
表の道の方から、歓声が上がった。
子供たちの声が聞こえる。
「わーっ、水だ!」
「水だー! 川に水が返ってきたー!」
イリサの助言に従い、貴族が水門を開放したのだろう。町中に、喜びの声が広がっていく。
「ロゼッタは、これからどうするんだ? もし、行くあてに困るようなら――」
耕平の言葉を、ロゼッタは首を左右に振って遮った。
「そこまでご迷惑をおかけするわけにはいきません。私は人を殺しました。例え私自身の望まぬ行いだったとしても、その罪が消える事はありません。
それに、私は教会の子です。神に仕える使命があります。今いる他の子達が私と同じくらいの年になるまでは、ここで彼女たちの面倒を見ていくつもりです」
「……そっか。うちにも、同じような境遇の子供たちがいるんだ。全体的に、ここにいるより少し年下だけど。でも、仲良くなれると思う。今度、遊びに来るといいよ。俺達も、きっとまたこの町に来る」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
ロゼッタは微笑む。
その表情に鋭い刃はなく、重い荷を下したような柔らかな笑みだった。




